- 276 名前:現代数学の系譜11 ガロア理論を読む mailto:sage [2017/05/29(月) 11:38:34.45 ID:IKiw8fcW.net]
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”八木のこの痛烈な激励が、湯川の大胆な新粒子(中間子)の仮説へと踏み切らせる後押しとなった推察できる。” wiki.yukawa100.org/index.php?%C8%AC%CC%DA%BD%A8%BC%A1%A4%CB%B4%D8%A4%B9%A4%EB%B5%AD%BD%D2 八木秀次に関する記述 (抜粋) 岩手県二戸市にある田中舘愛橘記念科学館のWeb 湯川は量子力学の研究が先端的すぎて母校の京都帝大でも理解されなかったために、「阪大に入れて下さい」と八木に頼んだ。 『旅人』の「苦楽園」と題する章の、湯川が阪大へ移ることになったあたりを見たところ、次のようなことが書いてありました。 1933年8月、東北大で日本数学物理学会年会が行われた際に、八木と同じく東北大にいた湯川の長兄・小川芳樹の紹介で、湯川は八木の住居を訪れた。八木はいきなり阪大理学部の様子を何もかもさらけ出して話した。湯川は黙って聞いているうちに、「(八木)先生に対する信頼感が急激に増大し、阪大で勉強さしてもらう決心が、一ぺんにきまってしまった」 と。八木が湯川を阪大に呼ぶに当たっては、湯川の長兄・小川芳樹の配慮もあったのですね。 八木の叱責と激励 大阪大学での湯川秀樹・朝永振一郎展のパンフレットから ―八木の叱責と激励― 街中の大学でのピリピリした刺激 湯川は静かな京大の雰囲気から一変した街中の大学のピリピリした空気の刺激をうけた。さらに刺激を受けたのは八木自身の存在であった。八木の教授室は湯川の部屋の真上にあった。
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