- 105 名前:現代数学の系譜11 ガロア理論を読む mailto:sage [2017/05/07(日) 18:16:20.51 ID:LvkNTLYs.net]
- >>94 勝手に
よく読んでみると、”40 デデキントの実数論”も必要だね ogiwara108.blog.fc&2.com/blog-category-7.html は、NGワード規制があり余計な&を挿入しています。これを外してください(^^ 日々のつれづれ(オイラー研究所学術論叢) 微積分形成史の回想40 デデキントの実数論 2015/01/07 オイラーが提案した関数の概念はラグランジュとコーシーの手にわたって微積分の根本概念になり、それからはもっぱら「関数の微分」と「関数の積分」が考えられていくようになりました。 曲線は関数のグラフとして認識されますが、これはオイラーの流儀です。関数の導関数の定義に接線は介在せず、かえって導関数の数値が接線の傾きを表すと理解されます。 関数の定積分は面積や弧長とは無関係に定義され、面積や弧長は積分計算に帰着されて算出されます。幾何的なイメージは消失し、どこまでも数式が連なって理論が繰り広げられていくのですが、ラグランジュとコーシーでは議論の仕方は大いに異なっていて、今日まで継承されることになったのは、極限の概念を基礎に置くコーシーの流儀でした。 極限の理論の根幹を作るのは「数列の収束」の概念ですが、19世紀の半ばころ、これに関連して新たな出来事がました。それは実数論に寄せる関心のたかまりで、「数」というものを定義しなければならないという考えが生まれたのですが、その根本的な要因は極限の概念にありました。 ドイツの数学者デデキントはゲッチンゲン大学でガウスに学んだ人ですが、卒業してスイスのチューリッヒのスイス連邦工科大学に赴任して微分法を教えることになりました。 そのおりの消息はデデキントの著作『連続性と無理数』(1872年)の序文に詳述されているのですが、若いデデキントが直面したのは、数の理論には科学的な基礎が欠けているのではないかという疑問でした。 つづく
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