- 955 名前:文責・名無しさん mailto:sage [2012/05/29(火) 05:57:32.92 ID:piI+GX8XP]
- 産経抄 5月29日
昭和58(1983)年に、今世紀最高のピアニストといわれたウラジーミル ・ホロビッツの初来日が決まると、クラシック界は上を下への大騒ぎとな る。5万円という史上最高値の入場券はあっという間に売り切れてしまっ た。 ▼78歳の巨匠は、グランドピアノ3台を空輸し、料理人や医師、調律師 とともに意気揚々と乗り込んだ。ただ肝心の演奏は、「素人耳」にもミス タッチが目立つ散々の出来だった。「ひびの入った骨董(こっとう)品」。 音楽評論家の吉田秀和さんが、テレビ中継で述べた感想に、多くの人 が共鳴する。 ▼あまりに的確な批評は、ホロビッツの耳にも入ったらしい。酒や睡眠 薬をやめ、心身ともに健康を取り戻して、3年後に再来日を果たす。「霊 妙なアロマ(芳香)」。汚名返上の演奏に、吉田さんは最大限の賛辞を 贈った。なぜかこちらは、話題にならなかったが。 ▼戦前では珍しいピアノのある家で育った。母親に習って、バッハや モーツァルトを弾いて遊んだものだ。同時に、「どうしてベートーベンは こんな旋律を作ったのだろう」などと考える子供だった。 ▼9年前にドイツ生まれの妻、バルバラさんを亡くし、50年以上続いて きた執筆を一時中断した。しかし、悲しみを乗り越える力をくれたのも音 楽だった。90歳を超えてから取り組んだテーマが、詩と音楽のかかわり だ。 ▼「中原中也にフランス語の手ほどきをしてもらった」。天才詩人との交 流から書き起こしたエッセー集『永遠の故郷』(集英社)は、昨年4部作で 完結した。独り暮らしの自宅で亡くなったのは、編集者に原稿を手渡した 翌日だったという。98歳の現役の音楽評論家には、どこを探してもひび など見当たらなかった。
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