- 936 名前:名無し議論スレにて投票方法審議中 mailto:sage [2007/01/07(日) 00:35:18 ID:MP49zdAA]
- >>929
伊具の朗従が見たのは、落馬後の矢束と毒鏃。 矢は一切出てこない。矢を誰も目にしてない。つまりサイト解説の誤りってこと。 『平家』は京都の文士が作者で、主役は木曽や平教経など、 『保元』は紛れもなく鎮西為朝が主役、 関東武士を主役として描いてるのは『平治』で鎌倉義平。 肥後菊地も赤松も楠木も『太平記』な。 南北朝期や戦国時代の騎兵は、全国共通で打物主流。で、西国は下馬戦闘が多い。 肥後人は小柄だな。近代兵団の田舎兵と中世武士を比較するのが間違い。 大宰府の認識で勇敢さにおいて坂東>筑紫、というのがあるが。 戦国九州兵の強さは1570年代以降の鉄砲戦術だろう。紀州の根来衆なんかも。 結城家法度じゃ、およそ20石程度(十貫一疋一領)の弱小被官が自前で騎乗の結城氏。 下総や常陸は北東北を除けば、古代から国内有数の馬産地だからな。 江戸中期の隠匿より、初期の北条五代記よw >>932 今度は宇都宮罵倒ねw我が楠木勢w >>933 つまた人違い 考古学ねぇ、、、実用的な馬具が上野国などで出てるが、古代史だから武士登場以前遥かw
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