- 153 名前:最初に腹を切っておk mailto:sage [2007/01/17(水) 23:55:20 ID:3W0G9BPN]
- ナデシコから逃亡した時、潜伏した湖畔にはキャンプ場があった。
もちろん機体を隠す必要があったから彼女たちが過ごしたのは対岸の雑木林で、操縦席に 据え付けていたサバイバルキットの天幕と非常食だけで食いつなぐことになった。統夜が気を 利かせて魚釣りになど挑戦していたが、宗介から借りたと思しき海釣りの道具一式では繊細な 川魚を捕まえることはできなかった。 あのキャンプ場に行きましょう。 カティアがそう宣言したのは、フェステニアとメルアがカルヴィナの手伝いで月に出張った日の 夜だった。一時的とはいえ家族が二人も消えた家の中はいつもよりも薄暗いように思え、何気なく 口にした言葉がやけに部屋の中で響く。 独りではない。 だが、一抹の寂しさを否定することもできない。統夜は同居人の提案を快諾した。翌日は授業の ない土曜だし、ここ数日は一足早く春が訪れたかのように、暖かかった。 かくして二人は朝早くの電車に飛び乗って、最寄の駅からローカル線のバスに乗り換えた。戦って いた頃には気付かなかった山や里の景色に驚いた二人は途中のバス停で降りて三十分ほど散策し バスが一日わずかに五便という田舎の交通事情を初めて知る。 二人にとって幸いだったのは、彼女たちが降りたのが屋根付椅子付の避難小屋風のバス停だった 事と、しばらくして降り始めた雨音と澄んだ風が、小屋より漏れ出でるカティアの甘い嗚咽と匂いを 掻き消してくれた事だった。 ほう、と蕩けかかった意識がカティアの視線を左右に泳がせる。ムードのかけらもないバス停の 壁には、次の便が来るまであとどれほど待たねばならないのか情報が記してある。 (あと一時間はこうしていられるんですね) 男と女の匂いが混ざって、カティアの髪の芯まで染み込んでいる。汗と涙と、それ以外の体液が 接着剤のように二人の肌を貼り合わせている。指一本動かすだけで張り付いた肌と肌は昂ぶった 神経を面白いように揺さぶる――気が果てるまでカティアは幾度となく統夜の名を叫び続けた。 結局のところ、二人が乗ったバスは最終便だった。 思い出の湖畔を視界の端に捉えることさえ諦めた二人は半ば力尽きながら駅を経て、自宅に 帰還した。早朝に仕込んだ弁当を冷蔵庫に突っ込むと、若い男女は抱擁しながら居間のソファーに 倒れこみ、そのまま泥のように眠り始めることにした。
|
|