- 264 名前:オーバーテクナナシー [2016/06/11(土) 08:58:36.82 ID:X/MJcJAG.net]
- 小学校段階におけるプログラミング教育の在り方について
www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/122/attach/1371901.htm 文科省の方針は議論を呼びそうだな。結論から言って、この方針では日本の産業競争力は 弱体化もしないが強化もされない。 コード・プログラミング実践の習得を目的とせずに論理力、思考力、学習力を学んでも、 AI企業の欲しい人材にはならない。一番の誤解としてコード力が論理的思考の結晶という勘違いが ある。コード力は5〜10年継続してプログラミング(もちろんテスト・アルゴリズム設計もね)して会得 できる慣れと言っていい。5〜10年間を1日7〜8時間コードするような学生であれば、新卒 からでも起業をしたり、受け入れ起業にとって貴重な即戦力となる。 AI関連の有識者が指摘しているように不足している人材というのは、実装力のある人材であって 自ら考案したアルゴリズム、データ構造、設計や問題解決案を即座にコードに落とせる人材。 むろんモデルを考案する能力は大事だが、その点において日本が遅れをとっている わけではない。 TensorFlowとChainerを決定的に分ける最大の差は、モデルや論理性・創造性と言うより C++でUI、モデル可視化と画像処理、デバイス・通信までを少数のチームでフルスクラッチで開発できる実装力であり、 論理をスクリプト言語(Python)に翻訳するようなモデラー・リサーチャーが劣っているわけではない。 リサーチャーがフルスクラッチで開発する能力がないのであればツールに依存するしかないが、 Googleのツールを使えば永遠に追いこすことはできない。 最先端を行くにはツールをOSSで開発している技術者を雇い、数年間自由に開発させて、自社が ツールの開発主導権を持つしかないが、肝心のフルスクラッチ実装できる技術者が日本ではほとんど いない。多くの識者や政府関係者が指摘する通り、プログラマ・専門家を軽視する風潮 が原因であり、もはや米国以外の国のソフトウェア産業よりも遅れており手遅れ感は拭えない。
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