[表示 : 全て 最新50 1-99 101- 201- 301- 401- 501- 2chのread.cgiへ]
Update time : 02/08 14:03 / Filesize : 500 KB / Number-of Response : 514
[このスレッドの書き込みを削除する]
[+板 最近立ったスレ&熱いスレ一覧 : +板 最近立ったスレ/記者別一覧] [類似スレッド一覧]


↑キャッシュ検索、類似スレ動作を修正しました、ご迷惑をお掛けしました

FFの恋する小説スレPart9



1 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/01/01(木) 18:30:30 ID:c+ypqm/+0]
文章で遊べる小説スレです。
SS職人さん、名無しさんの御感想・ネタ振り・リクエスト歓迎!
皆様のボケ、ツッコミ、イッパツネタもщ(゚Д゚щ)カモーン
=======================================================================
 ※(*´Д`)ハァハァは有りですが、エロは無しでお願いします。
 ※sage推奨。
 ※己が萌えにかけて、煽り荒らしはスルー。(゚ε゚)キニシナイ!! マターリいきましょう。
 ※職人がここに投稿するのは、読んで下さる「あなた」がいるからなんです。
 ※職人が励みになる書き込みをお願いします。書き手が居なくなったら成り立ちません。
 ※ちなみに、萌ゲージが満タンになったヤシから書き込みがあるATMシステム採用のスレです。
=======================================================================
前スレ
FFの恋する小説スレPart8
schiphol.2ch.net/test/read.cgi/ff/1191628286/

記述の資料、関連スレ等は>>2-5にあるんじゃないかと思います。

349 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/14(金) 18:34:12 ID:evXJcqW8O]
投下乙です
なるほどそういう考察もあるのか!とリアルに感嘆してしまった
あんまり深く考えなかったが、確かに星命学とリーブって矛盾してるんだなぁ…

350 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/16(日) 16:10:18 ID:iuT7rtrg0]
GJ!

351 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/18(火) 05:26:32 ID:XQ+TBqzp0]
乙!

352 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/20(木) 01:35:15 ID:Kq/GiIl90]
乙乙

353 名前:ラストダンジョン (318)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/08/20(木) 04:37:09 ID:K9iO7p8W0]
前話:>>344-347
(場面は前々(Part7)スレ578-583の続き)
----------


 再び乗り込んだエレベーターの中は、耳を澄ませば辛うじて聞こえる程の機械音を除けば、後は
静寂に満たされていた。
 日頃から喧噪を好まないヴィンセントにとって、ここは居心地が良いとまでは言わないが都合は
良かった。しかし静寂は、時として迷走する思考を悪い方向へ加速させる事がある。
 壁に背を預け、黙って腕を組んでいたヴィンセントの脳裏には、つい今し方まで見ていた光景が
断続的に再生されていた。
 記憶によって忠実に再現された銃声の後、瞼の裏に現れたのは無表情に佇むリーブの姿だった。


 ――「私がインスパイアの制御下から外れるためにはこの方法しかない」
 抑揚もなく告げた後それは床に倒れ鈍い音を立てるも、痛みや苦痛に表情を歪める事なく真っ直ぐに
ヴィンセントを見据えていた。
 やがて壊れかけた人形は、願いと共に最後の言葉を託す。
 ――「彼を救ってください」


 思い起こされた言葉に息を呑み、柄にもなく肩が震えた。とっさに瞼を開けて顔を上げると、閉ざされた
エレベーターの扉だけが見えた。ここにいるのはヴィンセントだけで、彼の他には誰もいないし何もない。
その事実を再確認すると安堵した。それから誰に聞かせるというわけでもなく、ヴィンセントは自嘲気味に
つぶやいた。
「……今さらだな」
 銃を撃つ事なんてこれまでにも散々やってきた筈なのに、たとえ精巧に出来た人形だったのだとしても、
それでも人を撃つのはいい気がしない。ましてそれが仲間であるなら尚更だ。しかしそんな感情を持つこと
さえ、自分にとっては「今さら」なのだとヴィンセントは思う。カオスを身に宿すよりも前、タークスとして
神羅に籍を置く頃から命の遣り取りに関わってきたのだから。

354 名前:ラストダンジョン (319)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/08/20(木) 04:47:19 ID:K9iO7p8W0]
 このとき瞬間的に脳裏に浮かんだのは、フロアを去る直前に向けられたリーブの声だった。

 ――「私の目的は他でもない、みなさんの力をお借りする事です。」

 彼の言葉を思い出して、ヴィンセントは今度こそ自嘲せずにはいられなかった。
「お前の評価は適正だな。……なるほど、そう言うことか」
 あのときリーブが言わんとしていたこと、言外に含まれた恐ろしい彼の真意を、ようやく理解したからだ。
「所詮、私の持つ力は戦いでしか役に立たない」悪であれ善であれ、力を向けた先にあるものの命を奪う
か、破壊することしかできない「確かに適任だ」。
 いつしか周囲から『ジェノバ戦役の英雄』と呼ばれていた事を気に留めたことは無かったが、この先たと
え留めたとしても、ヴィンセントがそれを誇らしく思う事は一度として無いだろう。
 彼らの言う『英雄』が実際にやっていた事と言えば、自分に害を及ぼそうとする敵性体の殲滅でしかない。
そうして結果的に星が存続しただけの事。ブーゲンハーゲンがこの世にいれば、恐らく同じ様に言った
だろう。我々は英雄でもなんでもない、そこまで自惚れていられるほど、楽観的な思考は持ち合わせて
いなかった。
 それは他の仲間達も同じだった。旅を通して、あるいは旅を終えた後も各々がそれぞれの現実と向き
合い、少なからず苦しんできた。もちろんリーブも例外ではない。むしろ彼の場合は魔晄都市開発という
形で、自分が元凶の一端を成していたと考える向きがある様に思えた。しかしリーブ本人がそれを口に
した事はない。ただ彼は『英雄』という肩書きさえも利用して、自分の起こした不始末を清算しようとさえ
する。その1つの形がWROだ。
 逞しくもまた強かに生き、仲間達の誰よりも先んじて世界の復興に力を注いできた。それは彼の贖罪
行為なのか、それとも果たすべき役割であると己に課した義務なのか。いずれにしても楽な道で無いのは
想像に難くない。そうする動機を本人に尋ねたところで、本意が聞ける事も無いとは分かっているし、この
先も聞く機会はないだろう。ただヴィンセントの目には時折――覚悟と呼ぶにはひどく機械的で無機質な
――本人の意思ではない、まるで何かのシステム、歯車の一部として動いている様に映った。私欲がな
い、と言った方が妥当なのだろうか。
 人の能力・適性を見極め、適所に配置する。配置するだけではなく、その人自らが能力を発揮するよう
鼓舞する――それを常に念頭に置いてリーブは振る舞っている。局長の言動としては正解だが、同時に
無機質さを感じる所以だろうとも思う。
「だが今回に限って言えば、お前の言う“依頼”を受ける我々の感情は、お構いなしという訳か? それと
も――」
 それほど事態は急を要するという事なのか? いずれにしても、この先へ進むには今まで以上の覚悟
が必要だと言うことは分かった。

355 名前:ラストダンジョン (320)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/08/20(木) 04:50:59 ID:K9iO7p8W0]
 仕向けられた無人兵器も、中途半端に仕掛けられた戦闘も、その覚悟を試すためであったと考えれば
得心が行く。脳裏には再びリーブの言葉が蘇る。

 ――「それも“全力”をお借りしたいのです。その為に、もう少しだけ本気になって頂く必要がありました」

(引き受ける以上、こちらも手抜きをするつもりはない)
 エレベーターが減速を始めたことを音と体感で知ったヴィンセントは、再びホルスターから銃を取り出す
と、操作盤を背にして扉の横に並び立つ。
(だが――)
 ポン、という機械音がフロア到着を告げる。ヴィンセントは身体を反転させ、ゆっくりと開き始めた扉の
先に銃口を向けた。

(こんな役を引き受けるのは、私一人で充分だ)

 決意と銃口を向けた先には、エレベーターの到着を待っていたもう一つの決意と銃口がヴィンセントを
出迎えた。



----------
・まとめページの連番で言うと13-3の続きです。
・投下に丸2年以上かかってますが、話中の時間は10分も経過していないという…。
 ここまで長らくお付き合い頂けてるだけでも、有り難くも申し訳ない思いです。
・でも書く速さはこれが限界なんだ! …短くてすんません。ああこんな時インスパイア能力あれば仕事中でも(ry

356 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/21(金) 14:04:15 ID:9pqbjja30]
GJ!

357 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/23(日) 18:42:09 ID:yfnHkwqk0]
乙!



358 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/26(水) 18:41:40 ID:/SCxetIk0]
GJ!

359 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/28(金) 11:09:56 ID:JmqqdjUq0]
おっつー

360 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/30(日) 01:01:04 ID:WY3seQYB0]
乙です
リーブガンガレ!ヴィンセントガンガレ!

361 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/08/31(月) 22:22:07 ID:/LJtKeBB0]


362 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/02(水) 11:56:03 ID:Aar6eGpB0]


363 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/03(木) 01:14:12 ID:haN/suRr0]
さん?

364 名前:ラストダンジョン (321)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/09/03(木) 22:17:17 ID:jB7sz2aG0]
前話:>>353->>355
----------

 ヴィンセントの肩が揺れる。
 それは正面から至近距離に突きつけられた銃口への恐怖ではなく、その持ち主の姿を見た困惑と、
なにより驚きだった。それでもヴィンセントが躊躇わずに銃を下ろしたのは、向き合った人物に覚えと
信用があったからだ。
「……シャルア、か?」
 呼びかけてみたものの返答はなく、目の前に立ちはだかった女性からは依然として鋭い視線と
銃口を向けられたままだった。
 この時ヴィンセントの脳裏には彼女と初めて出会った3年前の光景が重なった。霧雨の降りしきる
無人のエッジで、今と同じようにして銃を向け合った。それが彼女との最初の出会いだった。白衣の
下は黒いスラックスに袖無しのブラウスという、以前と比べてだいぶ慎ましい服装になった事を除けば、
当時と何も変わっていない。
「本当にシャルアなのか?」銃を下ろしても尚、ヴィンセントは訊かずにいられなかった。3年前、彼女は
WRO本部に侵攻したディープグラウンドとの交戦において重傷を負い、医療班から「奇跡でも起き
なければ目覚めない」と宣告された事を知っていた。さらにWRO本部が陥落した後、延命装置ごと
移動した飛空艇シエラ号も墜落して以降は、消息不明となったままだった。シャルアの生存に肯定的な
要素が限りなくゼロに近い状況では、再会の喜びよりも先に、疑問が口をつくのはごく当然の事だった。
この再会はまさに“奇跡”であり、人が“奇跡”と呼ばれる現象に遭遇したとき誰もが最初にする反応
だった。
 問われたシャルアは苦笑混じりに銃を下ろすと、こう返した「私が人形だとでも?」。
 うっすらと汗の滲む額を見れば、彼女が人形でないことはすぐに察しがついた。ヴィンセントは首を
振るとこう返す「ここでは笑えない冗談だな」。
 やれやれと溜め息を吐くヴィンセントに、シャルアは苦笑したままで尋ねた。
「……本物の局長には、まだ?」
「その言い草からすると、我々よりもここの事情に詳しいようだな」
「それはない」そう言ってシャルアは片手をあげる。「まして、あんた達の様に呼ばれて来ている訳では
ないしな」

365 名前:ラストダンジョン (322)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/09/03(木) 22:21:16 ID:jB7sz2aG0]
「呼ばれた?」
「ああ。あんたの事だ、もう気付いてるんじゃないのか?」
 問われたヴィンセントの表情が僅かに曇る。まだ憶測の域を出ていない、それでも自分達がここへ「呼ば
れた」事実とその理由に、おおよその見当がついたばかりだった。
「……では、やはり?」
「舞台となるこの建物を設計、建造した張本人が、この難解なシナリオの作者だろうな。あんた達は出演
者、それも主演として選ばれたってわけだ。私はエキストラに過ぎない」
 そして、エキストラは台本を持たない。シャルアはそう言って笑った。
「てっきり、このシナリオの結末を知っているものと思ったが?」
 ヴィンセントの問いにシャルアは首を振った。
「言ったろう? 私はエキストラだ。シナリオの結末どころか、全容すら知らされる事はない」
 シャルアの言葉を受けて、ヴィンセントは反論する。
「もし君の言うとおりならば、我々こそエキストラだ」
 確かにここへ呼ばれてはいるものの、台本どころか詳しい状況を聞かされていないのだ。これまでに
起きた出来事から結末を推し量っても尚、そこに必然性は見出せないし納得のいく結末でもない。こんな
シナリオを書いた脚本家がいるのなら、直に会って文句の一つも言いたくなる。
「では……」シャルアは頭上に視線を向けながら呟いた。「出演者に渡されているのは、すべてシナリオ
の断片でしかないと?」
「およそ科学者らしい発想とは思えないが、今のところ私の見解も同じだ」
 一連の事態がシナリオに沿って引き起こされたと言うのであれば、この舞台の主役はいったい誰なの
だろう? ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。


 エレベーターを降りてシャルアの横に立つと、ヴィンセントは周囲に目をやった。先ほど降りた階と代わ
り映えの無い薄暗いフロアが広がっている。ただ幸いにも、ここには物騒な出迎えは無さそうだった。
「ところでシャルア、君はなぜここへ? それにシェルクはどうした?」
 “建造中の施設に閉じこめられた”と最初にもたらされた報の真偽は別として、ヴィンセント達は確かに
ここへ招集された。しかしシャルアの口ぶりからすると、彼女は別の経緯があってここにいるらしい。
それに3年前の当時、自らの命とまで言っていた妹について触れていない事を少し不自然に感じた。
確かユフィに聞かされた話では、シェルクは消息を絶った姉を捜しに行くと2年前にWROを出て行った
筈だった。その事をシャルアが知らないと言うのも妙だ。
 何か事情でもあるのかと尋ねると、シャルアはここへ至る経緯を語り始めた。

366 名前:ラストダンジョン (323)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/09/03(木) 22:29:19 ID:jB7sz2aG0]
 飛空艇の墜落現場で目覚めてから、シャルアは真っ先にWRO本部を目指そうとした。程なくしてWRO
の捜索隊と合流し、その目的は達せられた。ところがシャルアが到着した頃、一足違いでシェルクが既に
機構の施設を出た後だったと知らされる。
「どうやら私はあの場所で、1年ほど過ごしていたらしい」
 局長の話によると、魔晄依存症の治療を終えたシェルクは行方不明のままだった姉を捜すためにWRO
の捜索隊には加わらず、機構を出る事を申し出たのだと言う。恐らくそれはシェルク自身で自立を目指そう
とする意識の表れであり、リーブとしては影ながらその支援をしたい。と、シェルクを送り出した意図と
今後の方針を聞かされた。
 療養も兼ねて半月ほど本部に滞在した後、シャルアは機構を出た妹の後を追う事にした。シェルクの時
と同様に、局長はその申し出を快諾した。
 そこまで話し終えたシャルアはしばらく黙り込んでいた。その姿を無言で見つめていたヴィンセントに顔
を向けると、やがて重い口を開く。
「……WROには、3年前の戦役に関するあらゆるデータが残されている」言葉を選んでいる様にも聞こえ
たが、シャルアにしては珍しく歯切れの悪い話しぶりだとヴィンセントは思った。しかし続く言葉を聞いて、
その理由を理解した。
「保護したディープグラウンドソルジャーの治療経過だけではなく、3年前の交戦記録や、ツヴィエートの
個体データ。……カオスの覚醒とオメガ顕現についての記録も、すべて」
「ああ、知っている」
 ヴィンセントは努めて穏やかな口調で返した。「私への気遣いは不要だ」と、言外に含まれた意図を察し
たシャルアは顔を上げると、頷いて見せた。
「私が異変に気付いたのは、本部に滞在してしばらく経ってからの事だ」
「と言うと?」
「データベースには、兵士の治療に利用するためディープグラウンドから引き上げた各種のデータも含ま
れていた。1日に照射する魔晄の量や時間、施された実験の内容や頻度。そう言った物が細かく分類され
ライブラリに保管されていたんだ。しかし、その中からSNDに関する記録だけがそっくり消えていた」
「SNDの?」
「ああ。それに……」
 シャルアは取り出した自身の携帯電話の画面をヴィンセントに示しながら、こう告げる。
「シェルクの行方について、局長は私に知らせなかった。そればかりか、シェルクにも私のことを一切
告げていない」
 画面には、シェルクが姉宛てに出し続けていたメールが表示されていた。姉を捜しに機構を出たという
シェルクは、実際には姉が保護された後しばらく本部に滞在していた事実を知らされておらず、今なお
姉を捜し続けている事が文面から分かった。
「私がこうして生きていると言うことは、メールを受信している事からも察しがついているだろう。ただ、
シェルクが妙なことに巻き込まれている様な気がして、返信を出すことが憚られてな」
 そこへ追い打ちをかけたのが、シェルクからのメールに記された『システムの星還』という言葉だった。
それはシェルクがWROのデータベース内で見つけた残滓から唯一読み取れた単語だと書いてあった。
「実は3年前、WROの調査団と共にディープグラウンドに関する資料調達のために神羅ビルへ出向いた
ときの事だ。あのとき私は、恐らくシェルクが見たものと同じ物を目にしていた。それは『星還論』と名付け
られた未完成の研究論文だ」
「星還論?」

367 名前:ラストダンジョン (324)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/09/03(木) 22:39:57 ID:jB7sz2aG0]
 そんな言葉、今までに一度も聞いたことがない。話の先を促すようにヴィンセントは頷く。
「著者も時期も不明。手がかりになるのは年代順に保管された様子からルクレツィア・レポートと同じ頃か、
フォーマットからすると作成はその少し前の物だろう。扱っている題材からして実在するかも分からない
ものだし、内容はどれも仮説を元にした推論だけで検証が一切されていなかった。それらが原因で論文
としては価値のないものと判断され、データ化もされないまま書庫に眠っていたのだろう」
「内容は分かるのか?」
 ヴィンセントの問い答えるべく、シャルアは論文の一節を口にした。

 ――『インスパイア』とは、
    ライフストリームによる生命循環システムから逸脱した存在であると同時に、
    この星の内部を巡る生命循環システムを超越した存在であると仮説する。
    また、インスパイア因子を持つ変異体を『インスパイヤ』と呼称する。

「インスパイア……?!」
「そう、局長の持つ異能力。それに関する論文が、既に40年以上前に出されていた事になる」
 星還、それがキーワードだった。
「WROのデータベースから消えたSNDの実験データ。残滓としてのみ確認された『星還』という言葉。
未完成の論文……。確証はない。だが、何らかの形でこれらに関係性があるのではないか? だとしたら」
 ヴィンセントが頷く。
「この件にはシェルクも関わっているのかも知れない。彼女も知らないうちに、な」




----------
※それぞれは以下から続いてる話です。長くなったのでまとめました。
・シェルクの近況……(ユフィに聞かされた話としてPart7:188辺り。まとめ6)
・姉宛のメール………(Part7:157-158辺り。まとめ5-2)
・『星還』……………(Part7:360 / Part8:72。まとめ10-1/18-3)

・シャルアの服装……作者の好み。
・「いやーさがしましたよ」とは、書いててふと過ぎった台詞。



368 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/04(金) 23:08:46 ID:IDhoXB7TO]
GJ!

369 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/05(土) 16:04:58 ID:5xFh84q70]
乙!

370 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/06(日) 23:39:18 ID:htMXbdcqO]
乙!

371 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/08(火) 16:49:24 ID:Vh2qZ4D50]
乙!

372 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/10(木) 21:49:21 ID:abAIQCgl0]


373 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/11(金) 23:52:48 ID:2ruoQ8MuO]


374 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/13(日) 01:45:55 ID:WxgYly6x0]


375 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/14(月) 19:36:13 ID:u2M5M/2N0]
ri

376 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/15(火) 20:58:45 ID:0ARdpOb50]


377 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/17(木) 10:05:54 ID:Fj9/oLVS0]




378 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/17(木) 16:57:21 ID:VWQTynNuO]
前々スレあたりからずっと、◆Lv.1/MrrYwさんのまとめサイトを探しているんだが、未だ発見ならずorz
どなたか探すヒントをいただけまいか……

379 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/19(土) 19:19:52 ID:3feNgoEN0]


380 名前:オペラ座の空賊【107】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/09/19(土) 23:52:37 ID:vd/1paTH0]

>>319->>325から続きます。

そんなアーシェの心配を他所に、ヴァンは予定通り博物館に忍び込み、
予定通り捕らえられ、予定通り牢に放り込まれていた。
ヴァン自身が言った通り、捕獲された時は床に引き倒されたが、概ね紳士的に扱われていた。
もっとも、ヴァン自身が暴れたり、挑発的な態度を取ったりしなかった事もあるのだが。
「牢も広いし、明るいし。」
アーシェにお仕置きで放り込まれた所と比べて、暢気にそんな感想を漏らし、牢の端にあるベッドに横になった。
そして、パンネロの事を考えようと思った。
ソーヘンで見たのは走り去る後ろ姿だけだった。
ヴァンの好きな踊り子の服ではなく、見た事のない白いドレスを着ていた。
パンネロの事を考えないようにしていたのは、パンネロがバルフレアの名前を口にした時の、
あのわけの分からない感情に支配されるのが怖かったからだ。
あの感情は、自分を自分ではないものにして、ヴァンを操っていた。
自分でも理解出来ない心の動きはヴァンにとっては未知の物で、とても恐ろしいものだった。
でも、今は考えなくてはいけない。深呼吸をして思い出してみる。
(そう言えば…)
似た様な苛立を感じた事があったような。
魔石鉱でパンネロの手を取ったラーサー、ビュエルバでバルフレアにハンカチを返した時とか。
もっと遡れば、子供の頃、友人達にだし抜かれてパンネロと遊べなかった時とか。
(待てよ、これじゃあ俺がパンネロにヤキモチ妬いてるみたいじゃないか…)
ヴァンは赤くなり、頭を抱えた。
(待てよ…)
確かにパンネロがヴァン以外の男と仲良くしているのを見るのはおもしろくなかった。
でも、あの時の感情の昂りは我ながら常軌を逸していた。
(アーシェは平和になったから…って言ってたっけ…)
考える事が苦手なヴァンだが、必死で考える。
(ガキの頃に戦争が始まる前…と、旅をしていた時とその後…)
自分の中で何が変わったのだろう?
(さっぱり分かんねーや………でも。)
ヴァンは天井を眺め、ふぅ、と大きく息を吐いた。
「パンネロに、会いたいな。」
いつも一緒に居たのが、離れると身体の半分を持っていかれたかのようだ。
ヴァンは起き上がると膝を抱えた。そうでもしないと、寂しくて心細くて。
今のヴァンに分かった事はそれだけだ。
(でも、それじゃあ答えになんねーし…)
これではアーシェとの約束を果たせそうにも無い。

381 名前:オペラ座の空賊【108】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/09/19(土) 23:53:11 ID:vd/1paTH0]

もやもやした気持ちを持て余し、ヴァンはゴロリと寝返りを打った。
と、通路の方からガチャガチャと鎧兵が走って来る音が聞こえてきた。
「のんびり考える時間もないな。」
ヴァンは立ち上がると、牢の扉のすぐ横にぴったりと身体を寄せた。
鎧兵が扉の前で立ち止まり、乱暴に鍵を差し入れられる。
すぐに乱暴に扉を開き、「おい、小僧!」と鎧兵が叫んで足を踏み入れた所で、
ヴァンは素早くその前に回り込み、「探し物は、コレだろ?」
と、牢に放り込まれる前に鎧兵からくすねた鍵を目の前でちらつかせる。
「貴様!」
鎧兵が殴り掛かるのを素早く屈んで身を躱すと、
ヴァンは伸び上がる反動で鎧兵のマスクをひょい、と左手で持ち上げ、
現れた顔ににやりと笑いかけると同時に、眉間に強烈なパンチを食らわせた。
鎧兵がぎゃっ!と叫んで仰向けに倒れると、その両足を抱えて牢の中に引きずり込んだ。
「気付くのが遅過ぎんだよ。」と嘯くと、鎧兵から鎧を脱がせ、自分の身に着ける。
「どうせ遅いなら、俺がもう少し考えてからにしろよな。」
最後に手甲を着け、通路に出て鍵を閉める。
「ま、俺の事だから考えても分かるかどうかは怪しいけどな。」
そう言い捨てると、意気揚々と通路に足を踏み出した。
さて、どうやって9局の“ジャッジ・ガブラス”の所に行くか。
(バッシュのことだ。もうこの中に来ているに決まってる。)
ヴァンはそうアタリを付けると、自分がここに閉じ込められるまでに辿った通路を思い出す。
確か入り口のホールの左右に緩やかなアーチを描きながら2階へと続く階段があり、
その階段を上った所に豪華なステンドガラスがはめ込まれた扉があった。
「あそこだな。」
ヴァンはずらりと並んだ牢の扉の前を通り抜けて入り口へ向かう廊下に出た。
と、反対側から別の鎧兵がやって来た。
「おい、鍵は見つかったのか?」
ヴァンは無言で鍵を取り出して見せる。
「罪人はどうした?」
ヴァンは焦った。どう答えたものかと考えていると、
「急げよ。ジャッジ・ガブラスがお待ちだ。くれぐれも他の奴に見られるなよ。」
それだけ言い残すと、鎧兵は元来た方に戻って行った。
ヴァンは元来た道を戻る振りをし、鎧兵の姿が見えなくなったのを確認し、
「…驚かせるなよな。」
と、大きく息を吐いた。が、お陰で情報を得る事が出来た。
(やっぱバッシュのやつ、俺に会いに来たな…)
だったら大人しく待っていてもバッシュに会えたのだろうが、
「ま、せっかく出て来たし、こっちから会いに行くか。」
と、バッシュの待つであろう部屋に向かって歩き出した。

382 名前:オペラ座の空賊【109】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/09/19(土) 23:53:37 ID:vd/1paTH0]

バッシュは局長室の奥にある来客用の部屋でヴァンを待っていた。
留置所の所長は何故ここに9局のジャッジ・マスターがと驚いた。
確かに国立博物館の国宝を盗みに入った泥棒だが、
警報に引っかかってあっさり捕まったし、何より若造だったし。
そんなコソ泥にどうしてと疑問は尽きないのだが、それを聞くのは何故か憚られた。
バッシュの前に座った所長は落ち着かない様子で扉を見たりと視線が定まらない。
こんな時にジャッジ・マスターの鎧は大いに役立つ。相手を思う様に威圧出来るからだ。
本来ならそういうった事は好まないのだが、今のバッシュは手段を選んでいられなかった。
「遅いですな…」
局長は緊張すればするほど饒舌になった。が、バッシュが何も答えないので首を竦めて黙る。
僅かな沈黙の時間も所長にはとてつもなく長く、重く感じられ、
どうしてさっさとあの若造を連れて来ないのかと部下達を心の中で罵り。
いたたまれず「様子を見て参ります。」と立ち上がって、局長室への扉を開くと、そこには鎧兵が立っていた。
「おい、何をしている?連れて来たのか?」
と言った途端、鳩尾に一撃を喰らい、その場に崩れ落ちた。
バッシュは鎧兵をじっと見つめ、
「サイズが合っていないようだな。窮屈だろう。」
言われて鎧兵は頭の甲冑を取った。現れたヴァンの顔を見て、バッシュも甲冑を取った。
劇場で会った時の険のある表情ではない。
「…誰かに聞かれては困る。鍵を閉めてくれないか。」
ヴァンは後ろ手で鍵を閉めた。
「…本物はどこにある?」
バッシュはおや?という表情で、おもしろそうにヴァンを見つめた。
「やけにあっさり捕まったと思ったら、そういう事か。」
バッシュはヴァンが落とした手紙を取り出すと、ヴァンに差し出した。
「返しておこう。君の物だな。」
ヴァンは黙って受け取った。
首飾りの行方を聞きたいのだが、ヴァンにそれを言い出させない雰囲気がバッシュにはあった。
「首飾りはここにはない。」
「…どこにある。」
「その前に、説明してもらおうか。」
バッシュはヴァンに座る様に促したが、ヴァンが黙って首を横に振ったので、そのまま話し出した。
「オペラ座での騒ぎの後、私はラーサー様とアルケイディアスに戻った。
しばらくしてパンネロから手紙が来た。ラーサー様の命でパンネロを保護に向かったら
バルフレアとフランが一緒だった。そして、ソーヘンでのあの騒ぎだ。」
バッシュは淡々と話す。
「…交換条件かよ。」
「聞いてから決める。」


383 名前:オペラ座の空賊【110】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/09/19(土) 23:54:03 ID:vd/1paTH0]

ヴァンは視線を床に落とした。
「きっかけは、バッガモナンの脅迫状だな?オペラ座のダンチョ―に頼まれて、パンネロを身替わりに立てた。」
バッシュの優しい問いかけに、何故だかヴァンは苛立った。
それは、依頼を受けた直後にパンネロの口からバルフレアの名前が出た時の感情と良く似ていた。
「何を苛立っている?」
見透かされて、ヴァンの苛立は更に募る。
「答えたくないなら答えなくても良い。だが、首飾りが必要ではないのか?」
鉛を飲み込んだかの様に息苦しくなる。
ヴァンは大きく息を吸い込み、顔を上げた。
「…そうだ。」
「パンネロを身替わりに立てた理由はなんだ?」
ヴァン、答えられない。
長い長い沈黙の末「…分からない……。」と、ポツリと漏らした。
バッシュはアーシェの言葉を思い出す。
(陛下は何かに操られてると仰っていたが…)
その時、バッシュはヴァンが魔法か何かによって誰かに操られていたのだと思っていたのだが、
(どうも違う様だな。)
一方ヴァンは、バッシュから首飾りを取り返すつもりで意気揚々とやって来たのに、
(なんで何も話せなくなるんだ…)
目の前のバッシュからとてつもないプレッシャーを感じて立っているのがやっとだ。
バッシュはゆっくりと立ち上がった。
歩み寄るバッシュに、ヴァンは思わず後退さるが、バッシュはその肩に優しく手を置いた。
「座りなさい。」
そして、ヴァンをソファの傍まで連れて来ると、そこに座らせた。
ヴァンは居心地が悪そうに大人しくしている。
「ヴァン。」
バッシュはヴァンの傍らに跪き、その顔をじっと見つめる。
「陛下が仰った。我々は同じ道を進む事は出来ないが、同じ物を見て、感じて来たと。」
ヴァンは小さく頷いた。
「私も同じ様に思っている。なのにどうして私に辛く当たるのか聞かせてくれないか?」
「そんな……つもりじゃ……」
口ごもるヴァンがバッシュには微笑ましく思えてその肩を叩いてやる。
「安心した。」
そう言って立ち上がると、向かい側のソファに座った。
「単刀直入に言おう。ヴァン、アーシェ陛下は明後日、施政方針演説のためラバナスタに戻らなければならない。」
ヴァンは驚いて顔を上げ、バッシュを見た。


384 名前:オペラ座の空賊【111】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/09/19(土) 23:54:46 ID:vd/1paTH0]

「陛下があの様に城を空ける時は影武者が代役を勤める。だが、明後日は王宮のバルコニーから全国民に対しての演説だ。
影武者に勤まるとは思えん。何より、陛下が自身がその様な大事を影武者に任せる様な事はされない。」
「…なのに、俺に付いて来たのか……?」
「陛下がご自身の意思でされた事だ。」
ヴァンは立ち上がって何かを言おうとし、バッシュの鋭い眼差しに何も言えなくなる。
「座りなさい。」
ヴァンはノロノロとソファに座り直した。
「陛下がどうしてここまでされるのか、分かるか?」
ヴァンは首を横に振る。
「アーシェにも聞かれた。それで、考えろって。それで…仲間だからだろって…答えた。」
バッシュが苦笑いを浮かべた。ヴァンはそれに敏感に反応する。
「…違うのかよ。」
「いや、間違っていない。ヴァン、よく聞いて欲しい。」
ヴァンは不思議そうにバッシュを見つめる。
「陛下のお心は常に君達と共にある。共に旅をし、空を駆け巡る。だからこそ陛下は陛下らしく、自由で居られるのだ。
城の中で臣下に取り囲まれている時も、騎士団を率いている時もな。」
ヴァンは呆然とバッシュを見、そして俯いて奥歯を噛み締めた。
「バッシュ……」
ヴァンは今までの事を全て話した。俯いたまま、訥々と。バッシュは口を挟まず、黙って耳を傾けた。
「俺…ガキだったんだ。パンネロがあんたやバルフレアの名前を口にすると…頭の中が真っ白になった。
パンネロに、誰にも頼って欲しくなかったんだ…。俺以外の誰にも。追いつきたく……て……」
そう口にして、ヴァンは自分で自分の言葉に驚いて顔を上げた。
自分でも意外だったのだろう、言葉が続けられず、ただただ正面のバッシュを見つめる。
「よく言えたな、ヴァン。」
バッシュは穏やかに答える。
「言えなければ、また牢に放り込む所だった。」
「…バッシュ、俺……」
「ヴァン、コンプレックスは成長したい気持ちの裏返しだ。あの旅で君自身が学んだ事だ。」
バッシュは立ち上がると、扉を開けた。
「行きなさい。首飾りはラーサー様がお持ちだ。明日、17時に帝都とダウンタウンを繋ぐ橋に来るように、との事だ。」

つづきます。


385 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/21(月) 00:51:59 ID:QUtcnm9d0]
GJ!

386 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/22(火) 10:11:35 ID:85vr3VFq0]
乙!

387 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/24(木) 01:33:37 ID:1713hNE80]
GJ!



388 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/26(土) 00:16:26 ID:s510CPk80]
>>380-384
バッシュ格好良い!!もうね、ひたすら格好良いとしか言えない。
(12未クリアですがバッシュ加入時の応答場面(盾〜云々)が大好きなので、こういうバッシュいいよ!と)
にしても、登場する全員の持ち味を活かしてさらに格好良く描かれてるのが素敵です。

>>378
遅ればせながら、>>239の最後辺りをご覧になると良いことがあるかも。

389 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/28(月) 10:20:10 ID:jNnaLzG3O]
乙乙!

390 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/09/30(水) 04:31:17 ID:Ct+yn89X0]
おつー

391 名前:ラストダンジョン (325)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/04(日) 00:10:11 ID:ccGOi3Qw0]
前話:>>364-367
----------


 乗る人もないまま待機していたエレベーターは、まるで彼らの会話の邪魔をしないようにと静かに扉を
閉めた。同時にフロア内はエレベーター到着前と同じ薄闇に戻る。
「どんな形でシェルクが関わっているかは分からない。ただ……」一つ息をつくと、シャルアはエレベーター
横の壁に凭れてこう続けた「今さらだが、私は方法を間違えていたのかも知れない」。そう言うと、目を
伏せて顔を俯けてしまったシャルアからは、その心中を読み取ることはできなかった。
 それにしても些か不可解だとヴィンセントは首を傾げる。そもそもシャルアはなぜ「ここ」へ来たのだろ
うか? もしも話の通り、シェルクが何事かに巻き込まれていると言う懸念があるなら、すぐさま連絡を
取ってでも妹の所へ向かう方が早い。にもかかわらず、シャルアはそうしなかった。それどころか、妹か
ら届いたメールに返信すら書かずにいたと言う。3年前、身を挺して妹の命を救ったシャルアらしからぬ
行動だと思えた。
 シャルアの真意は別のところにある――現時点でヴィンセントの出した結論だった。彼女の語ったこと
がすべて嘘だとまでは言わないが、すべてが真実ではないだろう。
 俯いたままだったシャルアに視線を合わせ、その事を尋ねようとヴィンセントが口を開こうとした時、
彼女の身に起きる異変に気がついた。
「シャルア?」
 薄闇の中でも、シャルアの頬を伝い落ちる一筋の滴がはっきりと見えた。声をかけても反応のない
シャルアの両肩を掴んで顔を上げさせれば、蒼白になった肌の上に大量の汗が浮かんでいた。
「おいシャルア、大丈夫か?」
「心配ない。……いつもの事だ」
 口にする気丈な言葉とは裏腹に、平衡感覚を失った挙げ句、自身を支えきれなくなったシャルアの
身体はずるずると壁伝いに落ちていく。
 ヴィンセントは無理に立ち上がらせようとはせずに、壁に背を凭れさせその場に座らせると、シャルアの
顔を覗き込んだ。しかしポケットを漁っても出てくるのは弾倉ぐらいで、汗を拭ってやる気の利いた持ち
合わせが無い事を、この時ばかりは悔やんだ。

392 名前:ラストダンジョン (326)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/04(日) 00:13:33 ID:ccGOi3Qw0]
「……気にするな。行くなら先に行け」
「そんな状態で言われても説得力がない」
 その言葉に顔を伏せ、シャルアは抗弁する「どのみち道案内を頼まれたところで役に立てん」。
 頼むつもりもないと言い捨てると、ヴィンセントは立ち上がってエレベーター扉上の表示に目をやった。
乗ってきたエレベーターがすぐ傍にあった事は不幸中の幸いだった。しかも、どうやらまだエレベーター
はこの階に止まったままの様だ。ヴィンセントは迷わず乗降ボタンに手を伸ばす、ボタンを押せばすぐに
扉が開くはずだった。
 しかし扉は閉ざされたまま、いっこうに開く気配を見せなかった。もう一度上の表示を見上げる、確かに
この階を示す数字だけが点灯していた。
「よく故障するエレベーターだな」
 地下7階で勝手に止まったり、こちらの操作を受け付けなかったりと、先程から気まぐれな挙動ばかりの
エレベーターを見上げてヴィンセントは呆れたように言った。
「いつもの拒絶反応だ、薬を飲めばじき治まる。いいから行け」
 肝心の薬を置き忘れてきた事は言わずにシャルアが告げた。そんな彼女の姿を見下ろすと、ヴィンセント
は大きく溜息をついてから切り出した「もし仮に、私がリーブと同じ立場だったら」。
 膝をついてシャルアの顔を覗き込めば、物言いたげな視線にぶつかる。その顔を見てさらにヴィンセントは
先を続けた「シェルクの行方について、やはり君には知らせなかっただろうな」。
 驚いた表情になるシャルアを横目に、ヴィンセントはシャルアの右腕を自分の肩に回すと、それを支えて
起き上がらせる。
「これなら歩けるか?」
 シャルアは頷いてから、先ほどの言葉について小さな声で問う「どういう意味だ?」。
「字面通りだ」素っ気なく答えると、ヴィンセントはもう一度ボタンを押した。どうにかして地上に出たかった。
本人がなんと言おうが、このまま彼女をここに置いて行くわけにはいかない。
 その意図にようやく気付いたシャルアは、自分を支えてくれているヴィンセントを振り解こうとしたが、今の
彼女にそんな力があるはずもなく、あっけなくバランスを崩した身体を後ろから支えられる形で、結局は
肩に縋ってしまうのだった。
「大人しくしていろ、少しは懲りたらどうだ?」
「世話してくれと頼んだ覚えはない。いいから手を離せ」
 気丈も度を超すと駄々と変わらないなと、吐きたくなった愚痴を呑み込んでヴィンセントは閉ざされた
エレベーターの扉を見つめた。相変わらず頼みを受け入れてくれない気まぐれなエレベーターとの根比べ
になるのだろうか? 駄々っ子と気まぐれに挟まれている今の立場を思うと、途方に暮れそうになった。
 しかしこの直後、ヴィンセントの心配は杞憂に終わることになった。何の前触れもなく、文字通り道は
唐突に開かれたからだ。
 異変を察知したヴィンセントが、とっさにシャルアを庇いながら横に飛び退き地面に伏せた瞬間、
エレベーターの扉が開き彼らの頭上を何かが勢い良く通過した。直前に伏せていなければ、衝突は
避けられなかっただろう。

393 名前:ラストダンジョン (327)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/04(日) 00:19:21 ID:ccGOi3Qw0]
 シャルアをその場に残し、瞬時に起き上がると同時に振り返って、ホルスターから引き抜いた銃口と
視線とを向けた。その先には、体勢を崩しながらも着地したティファがいた。銃口が向けられるのとほぼ
同時に、ティファは顔を上げる。
「……ヴィンセント!?」
「ティファ、無事で何よりだ」
 とんでもなく活気に溢れたティファとの再会を喜ぶよりも、状況を把握する事に意識が向いていた
ヴィンセントは、常よりもさらに淡々と言葉を紡いだ。着地した彼女の体勢から察するに、跳び蹴りでも
したのだろう。あの時ほんの一瞬でも気付くのが遅れていれば、危うくこちらが――顔面にティファの
跳び蹴りという深刻な――ダメージを食らうところだったのだ。そもそもティファがここから出てくる事
自体がおかしい。どう考えてもこの扉の先にはエレベーターしか無く、しかもそのエレベーターには
つい今し方まで自分以外には誰も乗っていなかったし、扉が閉まってからは階を移動した様子も見られ
なかった。
「もう! ここは一体どうなってるのよ!」
 軽やかな動作で立ち上がったティファは、まるでヴィンセントの代わりとでも言うように不服を露わに
しながらも周囲をぐるりと見回した。当面の脅威がないと分かると、床に倒れているシャルアに駆け寄った。
「シャルアさん! 分かりますか?」
 跪いたティファは横たわるシャルアに声をかけながら、彼女の両腕を自分の首に回させると、肩と背中を
支えながら抱き起こす。シャルアの身に何が起きているのか、大凡だが察しは付いた。反対側から
ヴィンセントにも背中を支えて貰うように頼むと、ティファはポケットをまさぐった。
「持ってきました、これで足りますか?」
 そう言って取り出したのは医務室に散らばっていた薬の数々だった。台の上に置かれてあった物を
一通り持ち出したのだが、どれを飲めばどんな薬効があるのかティファには分からなかった。ただ、
今のシャルアにはこれが必要なのだと言うことは分かる。
 それを聞いていたヴィンセントが咎めるような視線をシャルアに向けると、ばつが悪そうに顔を背ける。
ティファの手にある薬のうち数種類を手に取ると、片手で器用にシートから取り出して、それらを口に放り
込んだ。
「これで飲んでください」様子を見て慌てたティファが、自宅から持ってきたらしい小瓶の蓋を開けて
差し出した。それは飲料を携帯する際に広く用いられている容器で、特に装飾も施されていない簡単な
作りの物だった。
 シャルアはその容器に見覚えがあった。ティファから小瓶を受け取ると、中の水を一口含んで薬を飲み
下した。
 手にした容器の中にはまだ半分以上の水が残っていた。まじまじと瓶を見つめてから顔を上げた
シャルアは、ティファに視線を向けた。
「……そっか、WROにいるシャルアさんはご存知なんですね」ティファは小さな笑みを浮かべて頷いた。
「そうなんです。これ、配給用の水だったんですよ。クラウド、各地への配送作業のお手伝いもしましたし」
 ティファの話は4年前にさかのぼる。

394 名前:ラストダンジョン (328)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/04(日) 00:22:21 ID:ccGOi3Qw0]
 メテオ災害の直後から、原因不明の不治の病と恐れられ世界各地に蔓延していた星痕症候群。しかし
その特効薬は、思いがけない形で発見された。それが、ミッドガル伍番街スラム教会跡地に湧き出た――
後に人々から「福音の泉」と呼ばれた――水だった。
 遠方地域からの患者をミッドガルへ搬送するのに飛空艇師団が活躍したことはもちろんだが、飛空艇の
入れない僻地や、重篤な症状を一時的に緩和させ長距離の移動に耐えられる体力を確保するための
手段として、泉の水の配給が提案された。WROを中心とした各地域のボランティアの協力もあって、
短期間のうちに各地の患者へ水を届けることが出来た。空路を担ったシドだけではなく、陸路ではユフィ
やクラウドなど仲間達の多くもこの配給活動に貢献した。
「……すまないな、ありがとう」
 ティファはにっこりと微笑むとこう言った。
「どういたしまして。でも」それから少し困惑した表情になって言葉の先を続ける。「謝らなきゃいけないの
は私の方です。あの時、シャルアさんがあそこにいた理由は、これを飲むためだったんですよね?」
 棚から出された薬はどれも開封されていなかった。つまりシャルアは薬を飲む前に、負傷したティファを
見つけて応急処置を施したのだろう。ティファが迷わずシャルアの後を追った理由だった。
 目を閉じたシャルアは何も答えなかった。



----------
・On the Way to a Smile(バレット編とユフィ編)読んだ後にAC(C)見ると、
 遠隔地の重症患者が気になった次第。(患者搬送について触れているバレット編とは逆の発想です)
・内容は真剣ですが、場面的にはちょっとコミカルを目指してみたんですが…難しい!
・ずいぶん以前にご指摘を頂いた様に、タイトルは「不思議のダンジョン」の方が妥当かもw
・間が空いたわりに読み苦しい文ですみません、なんだか勘(感覚?)が戻らない…。

395 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/05(月) 21:22:56 ID:tbS4bIBK0]
乙!

396 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/07(水) 05:24:33 ID:MKda7ybI0]
乙!

397 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/09(金) 18:39:00 ID:5bZXNIaf0]
GJ!



398 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/12(月) 01:42:54 ID:/2na9hEA0]
乙!

399 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/14(水) 08:09:10 ID:hk0tdjac0]


400 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/16(金) 07:35:04 ID:pA6VeI+z0]
乙!

401 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/20(火) 02:20:51 ID:2VlgZzNK0]


402 名前:ラストダンジョン (329)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/22(木) 22:24:57 ID:yciNjFCt0]
前話:>>391-394
----------

 後方で何かが動く気配に振り返ったヴィンセントの目には、再び閉ざされたエレベーターの扉が映った。
扉上に目をやれば、先ほどと変わらずこの階だけが点灯表示されていた。ヴィンセントは立ち上がって
もう一度ボタンを押すと、今度は何事もなかったかのようにエレベーターの扉が開いた。こうして薄暗かっ
たフロアは、エレベーター内の照明によって再び淡く照らし出された。
「本当に気まぐれだな」。誰にともなく呟いてからヴィンセントは視線を戻し、今のところは何の変哲もない
エレベーターを注意深く見つめていたが、どこにも異状を認めることは出来なかった。
 ところが、しばらくして何かに気付いたらしいヴィンセントは視線を動かさないままでティファに呼びかけ
る。そして、声に応じて顔を上げたティファに告げた「シャルアを連れて、上へ戻れ」。
「ヴィンセント?」
 唐突な提案に、少なからぬ不満と戸惑いの表情を浮かべるティファを一瞥すると、ヴィンセントは再び
エレベーターを見つめながら言った。
「そう言っているのは私ではない、この……建物だ」
 時折ヴィンセントが詩的な言い回しを用いる事は知っていたし、何より人をからかうような性格でない
ことも分かっていた。それでもティファは言われている言葉の意味を計りかねて首を傾げた。どう見たって
冗談を言っている様子ではないし、事実ヴィンセントは本気だった。ティファは唖然とした表情でヴィンセントを
見上げていたが、彼からそれ以上の返答は得られなかった。
 目の前で黙ったまま佇んでいるヴィンセントの視線の先には、扉の開いたエレベーターがあった。
ティファはそれが返答だと悟って、改めてここへ至るまでの道のりを振り返った。
 都合良く医務室の前に放り出された負傷者。
 偶然そこに居合わせた者。
「医務室を出てから私……シャルアさんを追いかけた。そしたら突然、床から湧き出たみたいに目の前を
壁が塞いで、それを壊して先へ進もうとしたら、壁が開いてここへ……」
 不自然を通り越して不可思議な現象だった。つい今し方の事なのに、夢のように不確かでともすると
曖昧になりがちな記憶。だからこそティファは、この場所にたどり着くまでの間に遭遇した出来事を口に
出して、ひとつずつ経緯を確認するように振り返る。なぜ? どうして? 疑問は尽きない。
 いくら考えても疑問への答えは出なかったが、現実としてもたらされた結果は明らかだった。
「そのお陰でシャルアも助かった」
 ヴィンセントの言葉にティファははっと顔を上げる。偶然と呼ぶにはどれも不自然すぎる現象は、一方で
すべてに一貫した筋書き――まるで意思のような――に沿って起きている。
「やっぱり、できすぎた作り話」言いかけて首を振ると、ティファはヴィンセントに問いかける「このシナリオ
の作者はリーブさんね?」。ヴィンセントは無言のままで頷いた。

403 名前:ラストダンジョン (330)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/22(木) 22:34:51 ID:yciNjFCt0]
 搭乗者の操作を受け付けないエレベーター。
 殺意どころか戦意すらない地下7階の交戦。
「どうやら我々を傷つけるつもりは最初から無い様だ」
「じゃあ、どうして……」
「試しているのだろうな」
 そう答えたヴィンセントの口調には――それが怒りなのか、悔いなのかは分からない――何らかの
感情によって僅かな揺れがある様に思われた。
「試す? 試すって一体なにを? 何のために? それに、どうして私達が?」シナリオどころか、わざわざ
巨大な舞台まで作ったと言うことになる。そうまでして実現しようとするこの筋書きの結末、それは何なのか?
 ティファの問いに対する答えは持っていた。しかし答えるべきなのかと、ヴィンセントは返答に窮して
言葉を詰まらせた。その様子から心中を察したティファは、畳み掛けるように先を続ける「あのあと一体
なにがあったの? クラウド……クラウドはどうしたの?」。
「クラウドなら心配はない。彼と合流したら二人の後を追うように言っておく。だからシャルアを連れて――」
「ヴィンセント!」言葉を遮るように強い口調でティファが言う。視線が合うと、ヴィンセントから目をそらさず
に頷いた「……教えて。あの後あそこで何があったの?」。
 それはここから一歩も退くつもりはないという、彼女の覚悟の表れだった。
 しばらくの沈黙の後、ヴィンセントは重い口を開いた。あの時なぜ“人形”はティファを真っ先に標的とした
のか。剣を取ったクラウドとの交戦とその結末。そして、ヴィンセントが最後に聞いた言葉。それらすべてを
語った後、ヴィンセントはティファを見つめてこう言った。

「いっさい抵抗はしない、今ここで私を殺せ」

 真っ直ぐに向けられる視線と低い声で語られた言葉に、ティファは息を呑む。まるで鋭い刃を喉元に突き
つけられたような錯覚さえ覚えた。
「……そう言われたら、どうする?」
「そんな事できない!」
 頭を振って予想通りに即答したティファの反応に同意を示すと、ヴィンセントはさらに低い声で言う「それ
がリーブの言っている事に他ならない」、つまりこのシナリオの結末だ。
「えっ?」
 呆然とするティファに、俯いたままだったシャルアが呟くような声で言った。
「こうなる前に引き返せと、さっきそう言ったはずだ」なのに何故ここへ来たと、咎めるような言い草に思わ
ずティファは視線を落とす。
「そんな言い方……」
 そこまで口にしたティファは、医務室で聞いたシャルアの話を思い出すと言葉を呑み込んだ。

 ――「だから私がこれからやろうとする事は、単なる破壊ではなくなる」

 あの時シャルアはそうと知った上で、忠告していたのだ。
「局長は」顔を上げたシャルアは、ティファを見上げると小さく微笑んでから先を続けた「あんた達の事を
とても大切に思っている。手の込んだ演出は、その裏返しなんじゃないか?」
 たとえどんな理由があるにせよ、誰だって仲間と争うことを望みはしない、まして手に掛けるなどあり
得ない、あってはならなかった。
 生き残った者はその事実を“過去”として、この先も背負っていかなければならない。
 6年前、星を救う旅路を共にした仲間達は各々が“過去”を背負うことになった。仲間と分かち合える
過去と、そうではない過去。どちらも軽い物ではないし、時として苦痛を伴い生きる枷にさえなる。

404 名前:ラストダンジョン (331)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/22(木) 22:38:16 ID:yciNjFCt0]
「それなら、どうして……」問わずにはいられなかった。たとえシャルアがその答えを知らないのだとしても、
言葉に出さずにはいられなかった。
 それらを分かっていても尚、そうしなければならない理由とは何なのか?
 問われてティファから視線を逸らすと、シャルアの横顔に浮かぶ微笑が苦笑に変わった。この些細な
変化を目にしたティファの脳裏には、ある1つの仮説が浮かんだ。しかし現時点では何の根拠もない憶測
に過ぎず、それを確かめる方法もなかった。
 重苦しい沈黙を破ってティファの問いに答えたのは、シャルアではなくヴィンセントだった。

「相手への絶対的な信頼は、時として非情な決断を下させる」

 そう言ったヴィンセントは、ふと小さく笑ったような気がした。ティファにはその意図が分からなかった。
「決断を下さなければならない理由。つまりリーブは感情よりも理由を優先したと言うことだ」
「私達の気持ちにはお構いなしって事? そんなの……勝手よ」
 この場にいないリーブに対する非難を込めて、言葉を噛み締るようにしてティファは反論する。ヴィンセント
の言う「理由」を理解はできなかったし、納得もできそうになかった。それでも、言い終わるまで顔を見てい
られずに目を伏せた。
「……もっともな意見だ」ヴィンセントの口調は思いのほか穏やかだった。それから、もう一度ティファを
促した「だからシャルアを連れて、戻るんだ」。
 それでもティファは首を横に振る。ヴィンセントから見れば、その姿がまるで駄々っ子の様に映るだろう
とも思ったが、ティファは頑としてその場から動こうとはしなかった。そんなことをしても問題の解決には
ならない、どうしようもないと分かっていても、どうにかしたいと思った。
「ティファ」
 自分の名を呼ぶヴィンセントの声音はいつにも増して優しい響きだった。おずおずと顔を上げたティファ
に、膝をついてヴィンセントは微笑を向ける。
「確かにこちらの感情に配慮のない勝手な話だ。しかし、それはリーブも承知していたはずだ」自分達が
考えているのと同じように、リーブも心からそれを望んでなどいない。シャルアの言う「手の込んだ演出」
は、言い換えればリーブの葛藤なのではないか? 少なくとも今は、そう信じたいとヴィンセントは思った。
「……ならば、私も信頼を裏切るわけにはいかない」

 ――「彼を救、てやってほしい。それ、ガ……ワタシの、ノ」

 機能を停止する間際、人形がヴィンセントに託そうとした望み。それが相手を信頼しているからこその
決断であったのだとすれば、その申し出を引き受けることがリーブからの信頼に応える唯一の方法であり、
ひいては「彼を救う」ことに繋がるのかも知れない。
 ここで退くわけにはいかなかった。しかし、ここから先を他の仲間達と共に歩む気にもなれなかった。
ヴィンセントはその意思を伝えるために、言葉の先をこう続けた。

「だからこの役は私が引き受けよう」

 他の仲間達の誰よりも、この先多くの死と向き合うことになるのだから――それは決して口に出される
ことのない、諦念とはまた別の覚悟だった。

405 名前:ラストダンジョン (332)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/22(木) 22:51:25 ID:yciNjFCt0]
※バレット編/場面はPart8 512-515の続き
----------


 長らく戦いの日々に身を置いていると、勝敗――生死を分かつ要素はほんの僅かな隙である事を
バレットは心得ていた。より正確に言えば、それを教えてくれたのも親友のダインだった。
 たとえ同じ過去を持っていても、現在に至るまでの経緯が違えば思想や立場も変わる。まして銃を
向け合えば親友でさえ敵になる。互いが望む未来の形がどうであろうと、それは生き残った者にしか
訪れない。対峙した両者の力が互角なら、最終的に雌雄を決する要因は生きたいと望む意志の強さ
であり、未来を勝ち取ろうとする貪欲さだった。それこそがダインに勝てた理由だと、バレットは今でも
信じて疑わない。
 その意味において、この勝負は最初から結果が見えていた。にもかかわらず、未だに決着がつかずに
いたのは、バレットがギミックアームを使わなかったせいだった。
 それでも壁際まで追い詰めたリーブの襟元を掴み上げると同時に、バレットは空いた左手で拳銃を
持っていた右肘を壁に押さえつけて動きを封じた。
 こうして反撃の機会を奪われ、圧倒的な劣勢に立たされているはずのリーブだったが、バレットを見上げ
ると彼は呆れたような口調で問いかける。
「バレットさん、あまり時間が無い事は分かっていますか?」
 彼の言う通り、飛空艇師団による空爆開始が迫っている。しかしバレットは言い捨てた。
「本気になってないヤツを相手に武器を使うほど腐っちゃいねぇ!」お前など素手で充分だと、確かに
バレットの見当は間違っていなかった。
 まるで他人事の話を聞かされているとでも言いたげな様子のリーブは、すっかり呆れて溜息を吐いた。
そんな振る舞いを目の当たりにしたバレットは怒りを露わにする。襟元を掴んでいたアームが軋み、乾い
た音を立てた。
「……よし決めた! ここでお前を殴り倒したら、次は本体のところまで行ってやるから覚悟しやがれ!」
「こんな所でもたついている様では、難しいと思いますが」
 こうしてリーブの見せる余裕の根拠は、それが生身の人ではない人形であるからだとバレットは思い
込んでいた。だから尚更、その態度が気に食わなかった。
「そうやって言ってられるのも今のうちだ! バンパイアだかアンパイアだか知らねぇが……」
「インスパイアです」
 その言葉が焼け石にかけた水ではなく、火に注いだ油になると知りながらもリーブは口を挟む。案の定、
バレットはさらに声を張り上げて叱咤した。
「んな事はどうでもいいんだよ! 命を粗末にするような事を平気なツラして言いやがって……」
 バレットが言葉を続けるよりも先に、リーブは口元を歪めた。それが嘲笑を意味していた事にバレットは
気付いたが、遅かった。
 リーブは右の手首だけを動かすと持っていた拳銃を宙に放って、まだ自由に動かせる左手でそれを受け
取ると、そのまま腕を伸ばして躊躇わずに銃を撃った。
 バレットの横で発射された弾丸は、頭上に向けて一直線に飛んで行った。鼓膜の奥に残る残響と、
鼻腔にこびりつく様な火薬のにおいは、バレットを黙らせるには充分すぎるものだった。
 あっけなく形勢を逆転され、バレットは己の迂闊さをようやく思い知った。さらにもう一度、今度はバレットの
耳のすぐ横で発砲音がした。銃口が自分に向けられていれば、リーブの勝利で幕を閉じていただろう。

406 名前:ラストダンジョン (333)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/10/22(木) 22:58:40 ID:yciNjFCt0]

「これまでの話を冗談で言っているように聞こえますか? 私は本気ですよ」

 相変わらずバレットを見上げながら冷めた口調で淡々と、しかし一方では明らかな非難を込めて語られ
る言葉に、バレットは反論する事ができなかった。
「確かに仰るとおり、バレットさんを殺す事が私の本意ではありません」言いながら、リーブは3発目を発射
する。耳元で立て続けに響く銃声に、バレットの鼓膜がついに悲鳴を上げた。それからしばらくの間、キンと
いう金属音にも似たような残響以外には、一切の音が聞こえなくなった。
 やがて徐々に音を取り戻し始めた頃になって、リーブは左手に持っていた拳銃を床に投げ捨てた。
バレットは思わず視線を動かして、床に落ちた拳銃を確認した。
「お前、どうして……」
 再び顔を向けると、相変わらずバレットを見上げていたリーブは無表情で言う。
「油断すれば命を落としかねません。この先へ進むのでしたら、その事をくれぐれもお忘れ無く」
 その直後、背後で何かが軋むような重々しい音がしてバレットが振り仰いだのと同時に、上層階の底部
を支えていた梁の一部が、表面を覆っていた化粧板もろとも落下した。リーブが発砲した意図を理解する
までもなく、バレットはとっさに頭を庇い床を転がるようにしてその場から離れた。
 しばらくして落下音と衝撃が収まると、バレットは頭を上げて様子をうかがった。頭上には一部が剥き
出しになった建物の骨格が見えた。それから視線を下ろすと、さっきまで自分が立っていた壁際には
亀裂と、大小の鉄骨や化粧板の残骸が山になっていた。あのままあそこにいれば、今頃は落ちてくる
建材の下敷きになっていただろう。「油断をすれば命を落としかねない」と、忠告された通りの光景だった。
「お、おい!!」
 その時になってリーブの姿が見あたらないことに気付く。バレットは周囲を見回したがどこにも気配は
ない。積み上がった残骸に駆け寄ってみれば、その下に横たわっていたリーブの腕が見えた。
「お前、どうして!?」言いながら、覆い被さった残骸をどかしはじめた。積み重なった建材の間から辛う
じて覗くリーブの手が僅かに動くと、人差し指が進むべき方角を示した。と同時に、途切れながらも小さな
声が聞こえてきた。
「時間が……ありません、早く。本体、を」
「この奥って事だな? 分かった」
 もはやバレットの問いかけにも反応はなかった。どうやら本当に終わった様だ。頷いて立ち上がると、
最後にその人形が指し示した方に顔を向ける。その先には、奥へと続く通路が見えた。
「待ってろよ……」
 こうしてバレットはフロアを後にした。


----------
・ボスを倒して先へ進む、というダンジョン攻略の基本には忠実な作りのようです。
・リーブはDCFF7・4章のお陰で、すっかり静物限定で射撃の名手になりましたw(でも利き手が違う…)
 インスパイア能力にはきっと弾道補正の効果もあるんじゃないかなーと都合良く解釈してみるwすんませんw
・瓦礫=Disc1のプレート崩壊の再現=Part7,602-605の悲願成就、そんな脈絡もあったり無かったり。

407 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/24(土) 16:52:12 ID:/NpbUnfr0]
GJ!



408 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/25(日) 19:09:42 ID:IIaiv7Ap0]
乙!

409 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/28(水) 00:46:05 ID:eei/R9hJ0]
GJ!

410 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/10/30(金) 00:14:53 ID:iaOQKqRSO]
乙!

411 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/02(月) 00:57:25 ID:CiiGNqe8O]
乙!

412 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/05(木) 19:48:44 ID:rsb3G34AO]


413 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/06(金) 00:31:17 ID:GL+g8MkE0]
カキコミテスツ

414 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/07(土) 07:01:31 ID:Wr+63dbG0]
ds

415 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/08(日) 05:55:26 ID:QXI3DD4L0]
v

416 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/10(火) 20:42:36 ID:XpYeVMai0]


417 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/12(木) 17:27:35 ID:68uBxMMF0]




418 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/15(日) 01:48:54 ID:U6VmP/bI0]


419 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/17(火) 03:15:39 ID:s/4h8Y6P0]


420 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/18(水) 17:56:31 ID:02c8dm3R0]
そろそろageないと落ちるぞ?

421 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/20(金) 13:44:30 ID:ZVfHS1yr0]
a

422 名前:オペラ座の空賊【112】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:02:58 ID:nMtmsW9W0]
※今回で完結します。一気に投下するので連投規制に引っかかったら投下一旦中断します。

>>380-384から続きます

アーシェが待つ部屋に戻るヴァンの足取りは重かった。
パンネロへの仕打ちやアーシェの話とバッシュの話を何度も思い返し、自分がひどく幼く思えて。
誰にも頼らず自由に生きていけると思っていたが、
気が付けば、それらはパンネロや仲間が支えてくれていたから
成り立っていたのだと思い知らされた。
宿屋に着いて階上を見上げると、窓からア
ーシェが外を眺めているのが見えた。
戻ってきたヴァンに気付くと顔を輝かせて手を振り、
すぐに部屋の中に見えなくなった。
宿屋の階段を上がり、部屋のドアノブに手を掛けた途端、
扉が開いてアーシェが飛びついてきた。
「…アーシェ?」
「ばか…心配したのよ。」
アーシェはヴァンの首にきゅとしがみ付いて離れようとしない。
ヴァンはぼんやりと、目の下にあるアーシェの小さな頭を見下ろした。
今までのヴァンなら心配し過ぎだと笑い飛ばしていただろう。
だが、今はアーシェがどれほど自分の身を心配をしてくれていたのかが痛いほど分かった。
ヴァンはそんな自分の変化に驚きつつ、
心配を掛けたことをどう詫びたものかと頭を巡らせた。
抱きしめて、ごめんと言えば良いのだろうか?
そもそも、そんな資格が自分にはあるのだろうか?
首飾りを手に入れても、パンネロに会いに行くなんて許されるのだろうか?
「…ヴァン?」
アーシェの声に、ヴァンは我に返った。
怪訝そうに自分を見上げるアーシェの目のふちが赤い。
(泣いてたのか…)
そう思うと、胸が締め付けられた。
ヴァンは思わずアーシェの目元に唇を寄せた。
「ごめん。」
それだけやっと言うと、アーシェをそっと抱きしめた。
思いがけないヴァンの行動に反射的に身体を離そうとしたアーシェだが、
頭の上で、すん、と鼻の鳴る音がして、
ヴァンの身体が小さく震えているのに気付いた。


423 名前:オペラ座の空賊【113】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:04:27 ID:nMtmsW9W0]

「ヴァン…」
アーシェは優しく腕を回し、逞しい背中を撫でてやる。
アーシェは末っ子だが、
(…弟がいたら、こんな感じ…?)
厚い胸板と裏腹に、子供のように声を殺してしゃくりを上げるヴァンが愛おしい。
そして、アーシェも改めて気付く。
不安な旅の間、ヴァンの明るさと、パンネロの優しさにどれだけ救われただろう。
だからこそ、手助けになりたいと思ったのだ。
(私、間違ってなかったんだ…)
その時、短剣の鍔がカタカタと鳴り出し、二人は慌てて身体を離した。
ベソをかいていたヴァンだが、気まずそうに笑い、アーシェも笑う。
「まずはシャワーを浴びて。話はそれから聞くわ。」
「うん、ありがとうな。アーシェ。」
そうしてシャワーを浴び、髪がびしょ濡れのまま出てきたヴァンに
アーシェはさんざんお小言を言い、いつもの調子が戻った所で
ヴァンはバッシュに会った事を話し始めた。
「首飾りはラーサー殿が?」
「うん。バッシュの事だからラーサーには言わないで、
こっそりカタを付けようとするだろうと思っていたから、俺も驚いた。」
「でも、バッシュらしいわ。隠密にすませようとして失敗すると、
却って面倒が起きたりするもの。」
「うん。」
ベッドに腰掛けたヴァンはそう言ったきり、黙って足下を見ている。
「…ラーサー殿は首飾りを渡してくれるかな…?」
「タダでは渡してくれないさ。」
アーシェはやっぱりと、ため息を吐いた。
「俺がラーサーなら絶対に渡さない。」
「じゃあ、どうするの…?」
考えに沈み、組んだ手をじっと見つめるヴァンはいつもより大人びて見えた。
それが何故だかアーシェを不安にさせた。
「…橋の上で待ってるなんて、まるで決闘じゃない。」
ヴァンは黙ったままだ。
「そんなの、バカげてるわ。だって、パンネロの気持ちはどうなるの?」
「アーシェ、落ち着けよ。」
アーシェはヴァンの隣に腰掛ける。
「さっきから考えてた。俺、パンネロにひどい事したって。」
「……うん。」
「皆にも迷惑掛けて…さ。だから…受け止めなきゃ、次に行けない。」
アーシェは呆然とヴァンを見つめる。
さっきまで子供みたいに泣いてたのに。
失敗して落ち込んでも、前に進もうとするそのエネルギーはどこから来るのだろう?
「…ヴァン。」
ヴァンは顔を上げてアーシェを見る。
「あなたと、ラーサー殿を信じるわ。」
アーシェはヴァンに右手を差し出す。
ヴァンはいつものように、アーシェの手の甲に自分のを合わせ、うれしそうに頷いた。


424 名前:オペラ座の空賊【114】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:06:44 ID:nMtmsW9W0]

港町バーフォンハイムの朝は早い。
まだ暗いうちから船の汽笛が聞こえ、窓の下を行き交う人々の気配がする。
浅い眠りを漂っていたパンネロはすぐに目を覚ました。
もう一度眠ろうをしたが、目がさえて出来ず、諦めてベッドから出た。
窓から港の様子を眺め、どうせ眠れないのなら散歩にでも出ようと服を着替え、
横で眠っているフランを起こさないようにそっとドアを開けた。
「どこに行くの?」
ドアを開けた所で背後からフランに声を掛けられ、パンネロは驚いて振り返った。
「フラン…?」
「一人で出かけちゃだめよ。」
「うん…でも…」
口ごもるパンネロを、フランはベッドの上で手招く。
パンネロは渋々とベッドの傍らの椅子に腰掛けた。
「見張られてるから一人はだめって言われたでしょ?」
「うん…」
「ヴァンに会いに行こうとしたの?」
思いがけない事を言われて、パンネロは驚いて顔を上げた。
「フラン、ヴァンがどこに居るのか知っているの?」
フランは静かに顔を横に振る。
「でも、昨日の夜、バルフレアが言ってたわ。
“誰かが手引きをしないとあそこに二人が居るのはおかしい”って。
手引きしたのはフランなの?」
「違うわ。あそこに二人が居たのは偶然ね。でも…」
フランはパンネロの目をまっすぐに見つめると、
「ヴァンに明日の夕暮れまでに砂段の丘に来るように手紙を書いたわ。」
フランの告白にパンネロは激しく混乱する。
「…どうして?東ダルマスカ砂漠で待ち合わせるのに、ヴァンがソーヘンに居たの?
どうしてアーシェが一緒だったの?私を…」
パンネロはこくん、と息を飲み込んだ。
「私を、探しに来たんじゃないの…?」
パンネロの目にみるみる涙が溢れる。
「パンネロ。」
フランは泣き出しそうなパンネロをベッドの上から手招くと、優しく引き寄せた。
そして、自分の腕の中で小さくしゃくりを上げるパンネロに、
ヴァンに“凍てつく女王の涙”を盗みに行かせ、それと引き換えにパンネロを渡すと、
バルフレアの名を騙って手紙をアーシェに送った事を明かした。
偶然の再会の理由は分かったが、自分のためにヴァンや何故かアーシェまでが
危険を犯していると知り、パンネロはますます混乱する。
フランの意図が分からない。
「どうして…?」
「必要だと思ったからよ。」
短く答えるフランを、パンネロは目を丸くして見上げる。
フランはベッドサイドからタオルを取り、パンネロの涙と、ついでに鼻も拭ってやる。
「…ヴァンに?」
「パンネロ、あなたにもね。」
「私…?」
「あなた達二人、お互いがお互いを守り得るかどうか知りたかったの。」


425 名前:オペラ座の空賊【115】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:09:08 ID:nMtmsW9W0]

「でも…でも!じゃあ、どうしてヴァンは危ないことで、私は…」
「ヴァンには試練、あなたには優しい時間が必要だったからよ。
“寂しい”を知って、人は大人になるわ。ヴァンはあなたが居なくて
“寂しい”という事を知らなければならない。
あなたは“寂しい”を知って早く大人になりすぎたの。
だから、子供の時のような優しい時間が必要だったのよ。」
パンネロは呆然とフランを見つめる。
フランも黙って見つめ返す。
長い沈黙の間に太陽が昇り、部屋に朝日が差し込む。
フランは立ち上がると、身支度を始めた。
それを眺めながらパンネロはぽつりと呟く。
「フランってすごいね。私達のこと、すごくよく分かってる。」
「あなた達二人が好きだからよ。」
「うん。」
頷いたパンネロだが、まだ表情は晴れない。
「もう一つ、聞いても良い?」
「なにかしら?」
「フラン、私、自分が欲しい物が分からないの。」
「そう?」
「ヴァンと一緒に居たくて空賊になったけど、私、空賊になりたかったのかな。」
「その答えならもう見つけたでしょ?」
フランはサラリと答える。
「何?私、いつ見つけたの?」
着替えを終え、鏡に向かって髪を梳かすフランの傍にパンネロは思わず走り寄る。
「バッシュの元から逃げるとき、“守られるのは嫌”って言ってたじゃない。」
鏡越しに優しく諭され、パンネロは思わずその場にへたり込んでしまった。
(…なぁんだ。)
ずっと悩んでいた答えは、とっくに自分の中にあったのだ。
驚くやら、おかしいやら。
フランは茫然自失のパンネロを立たせると、鏡台の前に座らせ、髪を梳かしてやる。
「…私がヴァンを守るの?守ってもらうんじゃなくて?」
「守る、という事は何も敵からばかりではないでしょ?」
パンネロは意味が分からず首を傾げる。
「歌と踊り。私達の中でそれが出来るのはあなただけよ。」
パンネロは思わず振り返ってフランを見る。
フランは優しくパンネロの顔を鏡の方に向き直させると、
「自信を持ちなさい。あなたはそれでヴァンの心を守るの。」
フランはパンネロの髪を結い上げてしまうと、
「バルフレアを起こして来てちょうだい。朝食にしましょう。」
何やら考えながら鏡に映った自分の顔をぼんやり見ていたパンネロは、
フランの言葉に我に返り、弾かれた様に立ち上がった。
「フランってやっぱりすごい。」
「そう?」
「ありがとう。元気になった!」
パンネロはうれしそうに頷くと、バルフレアを起こす為に部屋を飛び出して行った。


426 名前:オペラ座の空賊【116】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:10:38 ID:nMtmsW9W0]

陽が暮れる前に橋までやって来たヴァンとアーシェは
河の対岸にあるアルケィディアス市街の高層群をぼんやりと眺めていた。
ヴァンはいつもの様にくだらない話をしてアーシェを笑わせたりしていたのだが、
時折ふと黙り込んで遠くを見て大人びた表情を見せた。
(何を考えてるのかしら…?)
アーシェの視線に気付いて、ヴァンはアーシェを見やる。
アーシェは“なんでもない”という風に小さく首を横に振る。
王宮の戻るのは嫌ではない。
だが、気の許せる仲間との旅はやはり楽しかった。
(でも、それももうお終い…)
「なんかさ、色々話したよな。」
不意にヴァンが言い、アーシェも頷いた。
「アーシェのお陰で色々分かった。一緒に来てくれて、ありがとうな。」
ヴァンの言葉に、不安と寂しさが過ぎる。
「やだ…そんな言い方しないで。」
「聞くんだ、アーシェ。」
ヴァンはアーシェの肩に手を置く。
「心配しなくて良い。帰るのは一緒だ。約束する。」
「…本当に?」
「アーシェ一人で帰したりしない。ちゃんと送ってく。でも…」
「ヴァン、待って。」
アーシェはヴァンの言葉を遮り、肩越しを指差す。
振り返ると、ラーサーが歩いて来るのが見えた。
アーシェが周りを見回すと橋の上には誰も居なくなっていた。
(いつの間に…)
ラーサーの手際の良さがアーシェの不安を煽る。
ラーサーは手にふた振りの片手剣を持っていた。
「盾は、必要ないですよね。」
小首を傾げてヴァンに剣を差し出すその表情は固い。
ヴァンは黙って受け取ると、腰に差していた短剣をアーシェに渡した。
ラーサーは懐から光沢のある生地を貼ったケースを取り出し、
ヴァンの目の前で開き、中身を見せた。
途端にアーシェが手に持った短剣の鍔がカタカタと激しく鳴り出した。
「本物、だな。」
ラーサーはケースを閉じると、それを再び懐に仕舞った。
ヴァンとラーサーの間に流れる嫌な空気がアーシェを落ち着かせない。
「どうか冷静になって下さい…こんな事…あり得ません。」
「陛下。」
ラーサーはアーシェと目を合わせようとはしない。
目の前のヴァンを鋭い目で睨みながら、
「僕は、蚊帳の外、ですか。」
アーシェは“そんな訳では…”と小さく呟き、目を伏せた。
「心配しないで下さい。こんな事であの人の気持ちを
どうにかしようなんて思っていませんから。」
ラーサーは鞘を抜くと、それを足下に置き、柄に両手を添えて構えた。
「僕の名誉の問題です。彼女に誓いましたからね。」
ヴァンは何も言わず、腰をぐっと落とし、低い位置で剣を両手で持つ。
最近はダガーの二刀流ばかり使っていたので、バランスがとり辛い。
低く構えるヴァンにはラーサーの様に突いてくるタイプは戦いにくい相手だ。
(いや…)
いい加減な立会いで茶を濁すつもりは毛頭ないが、
(全力で戦って勝てるかどうか…ってとこか。)


427 名前:オペラ座の空賊【117】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:13:12 ID:nMtmsW9W0]

それに、時間もない。6時になると門は閉じられる。簡単には出られない。
(そうなると、アーシェが間に合わない…)
ヴァンは大きく息を吸って、ゆっくりと吐いた。5時の時報の鐘が鳴った。
0分にはその時間の数だけ、30分には一度だけ鳴るのだ。
(次の鐘までに終わらせる…)
鐘が鳴り終わると同時に、ヴァンは飛び出した。
下方から打ち込まれた剣を、ラーサーも腰を屈めて受け止める。
その状態で押し合うが、力が拮抗しているのか動けない。
(いつの間に…)
ヴァンは、ぎり、と奥歯を噛み締め、剣を引き抜き後退する。
ラーサーの腕は良く知っているつもりだったが、
(でかくなったもんな…)
まだヴァンの身長を追い越す程ではないが、ラーサーは随分と背が伸びていた。
当然、腕力もついているはずだ。
一方、ラーサーも手が痺れたのを悟られまいと平静を装う。ヴァンの剣は重い。
(長引くと、こちらが不利…ですね。)
お互い、動けなくなった。
最初のつばぜり合いから微動だにしなくなった二人を、アーシェは見守るしか出来ない。
ヴァンから預かった2本の短剣をぎゅっと握り締めた。
どれだけ時間が経っただろう。
ヴァンは内心焦っていた。さっき、鐘が一つ鳴ったのだ。
だが、ここで隙を見せれば、ラーサーは確実にそこを突いてくるだろう。
(待てよ…)
焦った結果の思考が閃きとなり、ヴァンは一つの戦略を思い付いた。
その戦略で得るもの、失うものの事を思い、心を決める。
(パンネロ、ごめん…)
心の中でそう詫びると、ヴァンはラーサーめがけて突っ込んでいく。
ラーサーはそれを受け止めるべくヴァンの剣筋を読んだところで、
ヴァンの身体が小さく左に傾いだ。
「そこ!」
ラーサーはすかさずそこを攻める。
と、傾いだヴァンの身体から何かが伸びて来て、ラーサーは思わず後ずさる。
「あ!」
立ち上がったヴァンの手にはラーサーの胸元にあるはずのケースが握られていた。
「アーシェ!」
ヴァンは持ったケースをアーシェに向かって投げた。
アーシェは落とさないようになんとかそれを受け止める。
「それを持って先に行け!」
アーシェは目を見開いてヴァンを見る。
ラーサーも同様だが、すぐにさせまいとして攻撃に転じる。
ヴァンのはラーサーが喉を狙って突いて来るのを紙一重で交わす。
「早く!間に合わないだろ!」
アーシェには最初ヴァンが何を言っているのか分からなかった。
(明日の施政方針演説の事…?どうしてそれをヴァンがそれを…?)
話した覚えはないのに。
「門が閉まっちまうだろ!いいから行けって!」
いやだ、と反射的にアーシェは思った。
「いやよ!一人でなんて!約束したじゃない!」
防戦一方のヴァンは敷石の割れた所に躓き、転んでしまう。
頭の上から振り下ろされた剣を辛うじて受け止め、またアーシェに叫ぶ。
「それを持って行けって!俺の代わりに、渡してくれ!」
頭上で受け止めた剣を力任せに押し返し、
ラーサーがひるんだ隙に素早く立ち上がって次の攻撃に備える。
「女王が、俺の代わりにアーシェを守るから!」
6時の鐘の一つ目が鳴った。
「行けーっ!」
ヴァンの声に押されて、アーシェは旧市街の方へと駆け出した。




428 名前:オペラ座の空賊【118】 ◆heW8b.RIp7cI mailto:sage [2009/11/22(日) 22:15:44 ID:nMtmsW9W0]

遠ざかる足音を背後に聞いてから、ヴァンは大きく息を吐き、そして、正面のラーサーを睨みすえた。
6時の鐘が鳴り終わり、橋の上に静寂が戻った。
「…どうして、陛下だけ行かせたのですか?」
「仕方ないだろ、明日、大事な何かがあるらしいし。」
「じゃあパンネロさんは?」
その問いには答えず、ヴァンは雄叫びを上げてラーサーに切りかかった。
しかし、ラーサーが剣を下ろしたので、慌てて踏みとどまり、よろける。
「…なんだよ、急に?」
ラーサーはため息を一つ吐くと、
「気が削がれました。」
ラーサーは転がっていた鞘を拾って剣を収めると、敷石にぺたん、と座り込んだ。
「ラーサー…?」
「ずるいですよ。」
「何がだよ。」
「どうして、あの場であんな事を言うんですか?パンネロさんは待っているのではないのですか?」
ラーサーはさっきと同じ問いかけをする。
ヴァンはラーサーの隣に同じように座ると、
「アーシェが守りたい物はたくさんの人のための物だろ。
俺もそれは守りたいし、おまえも同じじゃないかと思ったからさ。パンネロは…」
ヴァンは一旦言葉を切って、傍らで膝を抱え、
そこに顔を埋める様にしているラーサーの横顔を見る。
「なぁ、ラーサー、もしお前が俺なら、“首飾り盗んだぞ!パンネロを返せ!”って、
バルフレアとフランの前にノコノコ顔を出せるか?
それに…さ、あれはフランが書いた手紙だ。パンネロじゃない。」
「最初から、こうするつもりだったんですか?」
ラーサーが呆れて尋ねる。
「それで、どうするんですか?」
「まだ、分からない。パンネロが怒っているのか、俺に会いたいと思ってくれているのか、それも。」
ラーサーは、また深いため息を吐いた。
「もう…どうしてパンネロさんは…」
「怖じ気づいてるんじゃないんだ…分かってるのは俺がバカだって事。
パンネロに甘えて…さ…。最低だよ。このまま一緒に居るのは良くない。だから、アーシェに託した。」
ラーサーは顔を上げ、じっとヴァンを見つめる。
「でも…分かる気もしますね。」
「さっきからなんだよ?」
「分からなくてもいいんですよ。」
ラーサーはゆっくりと立ち上がると、
「パンネロさんは空賊よりも、歌姫の方がお似合いだと思いませんか?」
「どうだろう。でも、ゴテゴテ着飾るのはパンネロらしくないって思った。」
キレイだったけどさ、とヴァンは小さな声で付け足す。
ラーサーがくすりと笑う。
ラーサーの笑顔が、何故だかヴァンを切なくさせた。
思わず“ごめん”と言いそうになったが、
なんとなく言ってはいけないような気がして黙っていた。


429 名前:オペラ座の空賊【119】 ◆heW8b.RIp7cI mailto:sage [2009/11/22(日) 22:17:44 ID:nMtmsW9W0]

「僕も、彼女は広い広い青空の下が似合うと思います。」
そう言って、背を向けて帝都に向かって歩き出したラーサーの背を見て、
ヴァンは昨夜のバッシュの言葉を思い出した。
『陛下のお心は常に君達と共にある。共に旅をし、空を駆け巡る。
だからこそ陛下は陛下らしく、自由で居られるのだ。』
「ラーサー!」
ラーサーがゆっくり振り返る。
「ちょっとずつ、良くなってるから!」
ヴァンが何を言い出したのかとラーサーはどこか疲れた表情でヴァンを見る。
「お前とアーシェのお陰だ!もうすぐ女王も皇帝も要らなくなる。そしたら…」
「連れて行って、くれますか?」
「当たり前だろ!」
ラーサーに漸く笑顔が戻った。
「首飾り。」
「え?」
「僕から奪って、それを持って行こうとしたら、問答無用でパンネロさんを奪いに行ってましたよ。」
ヴァンはぽかん、とラーサーを見る。
「だからずるいって言ったんですよ。」
さっき見せていた疲れた表情が一転して、ラーサーは清々しい笑顔を見せた。
ヴァンは返す言葉を失う。
「今日は門は閉鎖していませんよ。陛下が大事な式典い遅れては困りますからね。」
「え?」
さっきから驚きっぱなしのヴァンを尻目に、ラーサーはまたゆっくりと歩き出す。
が、ふと足を止め、
「そうそう!パンネロさんに、またお手紙書きますって伝えて下さいね。」
「手紙ぃ!?」
ラーサーとパンネロの文通は、ヴァンには初耳だったらしい。
取り乱したヴァンにラーサーは軽く手を振ると、ゆっくりまた歩き出した。
(これくらいは、許されますよね…)
自分はまだ幼いけど、すぐに大人になる。
その頃のイヴァリースは、そして自分達はどうなっているのだろう。
なんとなく自分達を待つ未来が楽しいものに思えてきて、ラーサーは足取りも軽く、
バッシュが待つ橋の向こう側に向かって駆け出した。





暗い地下宮殿を抜けて広々とした大草原に出た所で、アーシェは思わず空を見上げて歓声を上げた。
陰鬱とした地下から出た途端に広がる星空。
(きれい…!)
が、その表情はすぐ曇る。
(…ヴァンの嘘吐き…)
大事な式典に遅れない配慮をしたヴァンの成長ぶりはうれしいが、
このやり切れなさは理屈ではどうしても割り切れない。
それに、この時間だともうチョコボ屋だって閉まっているだろうし、
どうやってラバナスタに戻れって言うのよ、と思いを巡らせる。
不意に、短剣の鍔がカタカタと鳴り出した。
ヴァンの願い通り女王の剣はアーシェを守り、
アーシェは次々と襲い掛かるモンスター達を片っ端から氷柱にして来たのだ。
「なぁに?」
女王の剣との会話にすっかり慣れたアーシェが応じる。


430 名前:オペラ座の空賊【120】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:19:57 ID:nMtmsW9W0]

てっきり首飾りに移るのだろうと思い、ケースを取り出し、蓋を開ける。
短剣から、女王が姿を現した。
しかし、女王は首飾りを一瞥いただけで一向に移る気配を見せない。
それどころか、今通過して来たソーヘンの方を名残惜しげに振り返る。
「なぁに?あなた、まさかあそこに戻る気?」
女王は静かに頭を振る。
「だって、この首飾り…これの為にここまで来たんでしょ?だったら…」
言いかけて、アーシェは気付いた。
「まさか…ヴァンを待つ気!?」
女王の瞳はアーシェが恐れた不気味な瞳ではなくなっていた。
が、アーシェをライバル視しているのか、つんとすましている。
ヴァンの頼みでアーシェを守ってここまで来たが、
もう用はないだろう、と言わんばかりだ。
(もう、ヴァンったら…誰彼構わず優しくするの、なんとかして欲しいわ。)
でも、気持ちは分かる。
「…大事なのは、象徴なんかじゃないもの…ね。」
しかし、ヴァンにはパンネロがいるのだ。女王に付きまとわれては困る。
「ねぇ、剣に戻って私と一緒に行かない?」
女王はムッとした表情でアーシェを見下ろす。
「だって、しょうがないでしょ?ヴァンにはパンネロがいるんですもの。」
アーシェの言葉に、女王の表情に動揺が走る。
「ヴァンがこの世で一番大切にしている女の子よ。優しくて良い子。
だから、邪魔しちゃ悪いでしょ?」
しかし、女王は頑固で決して首を縦に振らない。
「あなたがこの剣と一緒に私と来てくれたなら、
あなたを宝物殿に仕舞い込んだりしないわ。約束する。
式典の時も、騎士団を率いる時は必ずあなたと一緒よ。」
まだ女王の心を動かす事は出来ない。
「…私の所に来たら、時々ヴァンが会いに来るわよ。」
もちろんパンネロも一緒だけど、という言葉は飲み込んで。
女王はその言葉に初めて躊躇いをみせ、それから再び剣に戻って行った。
「…現金なんだから。」
そう言いつつ、アーシェは女王が憎めなくなっていた。
女同士、うまくやれそうだ。
女王の剣は片が付いた所で、問題は最初に戻る。
(さて、どうやって戻ろうかしら…)
そこに草を踏みしめる足音が聞こえた。
アーシェは思わず剣を抜いて構えて足音の方を見据えると、
見知らぬ老人と一頭のチョコボがそこに居た。
こんあ時間にどうしてと、アーシェがいぶかしげにその男を眺めていると、
「驚いたな、本当に居た。」
男はチョコボの手綱をアーシェに手渡した。
「この時間にここに居たらソーヘンから出て来る女がいるから
そいつに渡してくれって頼まれたんだよ。」
「…誰に?」
「さぁね。わしは金を貰って引き受けただけだ。」
きっとラーサーの手引きだろう。
アーシェはありがたく受け取る事にして手綱を引き、チョコボにひらりと跨った。
このまま夜通し走れば、約束の場所に時間通りに着く。
「ありがとう!」
アーシェはチョコボに鞭をやり、ラバナスタ目指して走り出した。


431 名前:オペラ座の空賊【121】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:21:41 ID:nMtmsW9W0]

東ダルマスカ砂漠の砂段の丘。
ヴァンが初めてモブを倒した場所にバルフレアとフラン、パンネロは来ていた。
朝食の席でここに連れて行って欲しいと二人に言われた時、
バルフレアは文句も言わず、大人しくそれに従った。
居候が加わった3人所帯もいよいよ終わりなのだろうと漠然と感じていた。
パンネロは砂漠の熱で陽炎の様に揺らめく王宮を眺めると、
隣のバルフレアに声を掛けた。
「ねぇ、バルフレア?」
「なんだ?」
「私…バルフレアといると、自分がお姫様になった気がするの。」
「そりゃ…光栄の至り、だな。」
なんとなく続きの言葉が読めてしまい、それがバルフレアを少しだけ憂鬱にした。
「でもね、ヴァンと一緒だと…本当の自分で居られるの。」
「なるほど。」
「ねぇ…どっちが幸せなのかな?」
「さぁな。そして俺は本当のお嬢ちゃんとやらと一緒に居られるヴァンに嫉妬するだけさ。」
パンネロは驚いてバルフレアを見上げる。
「置いていかれるのは俺の方なのに、どうしてお嬢ちゃんがそんな顔をするんだ?」
バルフレアはいつもの様にパンネロの頭にぽん、と手を置く。
「バルフレアはきっと、私がお婆ちゃんになっても“お嬢ちゃん”って呼ぶのね。」
「多分…な。」
それはそれで良いかもしれない。
パンネロもバルフレアには“お嬢ちゃん”と呼ばれる方がしっくりするのだ。
「ねぇ、バルフレアさん?」
パンネロもいつもの呼び方に戻す。
「なんだ?お姫様。」
「もし…私がマリアみたいに困っていたら、助けに来てくれる?」
「イヴァリースの端っこに居たとしても、すぐに駆けつけるさ。」
パンネロはホッとする。
「ありがとう。」
ヴァンの元に戻っても、バルフレアはバルフレアのままだ。
「来たわ。」
フランの声に、パンネロは思わず駆け出そうとして、
砂塵を巻き上げて走って来るチョコボに乗っているのが
ヴァンでない事にすぐ気付きその場に立ち竦む。
バルフレアもフランとパンネロの様子を見て、おそらくヴァンが迎えに来るのだろうと
予想していたが、やって来たのはチョコボに乗ったアーシェだった。
アーシェは3人の姿を見つけると、チョコボを降りた。
フランが気を利かせて、興味津々で目をキラキラさせているパンネロを誘って少し離れた所に移動する。
「どうして女王様がここに来たんだ?」
アーシェは黙って“凍てつく女王の涙”を差し出した。
バルフレアはケースを受け取り、中身を確認する。
「こいつはどうも。…で、ヴァンはどうした?」
大して興味もないのか、すぐにケースを閉じてしまう。
「私ね…ヴァンと一緒にこれを盗んで来たの。」
「…だろうな。」
パンネロと博物館で見た首飾りが何故ここにあるのか、なんとなく察したバルフレアが適当に相槌を打つ。
「楽しかったわ。私、空賊に向いてるらしいの。」

432 名前:オペラ座の空賊【122】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:23:34 ID:nMtmsW9W0]

話したい事は別にあるのに、二人はそれを上手く言えなくて。
「前に旅をしている間、時々不思議に思ったの…
どうしてパンネロはヴァンの世話を焼きたがるのかしらって…。」
アーシェはヴァンの話ばかりをして、
バルフレアはおもしろくない気持ちでそれを黙って聞いている。
「ヴァンは魅力的よ。構いたくなるの。」
「…それはそれは。」
「でも、何が起ころうと私の道が、あなたやヴァンと交わる事はないわ。
 だからあの二人に幸せになってもらいたいって思ったの。」
「…弟達のために、お姉さんは大変だな。」
「お母さんって言ったら、怒るところだったわ。」
アーシェは可笑しそうに言う。
「俺はヴァンじゃないさ。」
「そうね。」
アーシェの軽やかな面持ちに、バルフレアはアーシェと一緒に旅をしたヴァンを羨ましく思う。
アーシェは様子を伺うフランとパンネロに歩み寄り、
「合格よ、フラン。」
バルフレアはぎょっとして相棒を見た。
「ヴァンはもう大丈夫。」
フランはアーシェの腰の女王の宿った剣を見る。
「女王の魂を鎮めたの?」
「私じゃないわ。ヴァンよ。」
フランは満足げに頷いた。
「あなたには酷な頼みだったわね。」
「ううん、楽しかった。」
バルフレアはバツが悪そうに肩をすくめる。
「女同士のネットワークってのは怖いねぇ。」
フランとアーシェは艶然とバルフレアに微笑む。
「参考までに教えてくれないか?一体どうやって連絡を取ってたんだ?」
「モグネットよ、知らない?」
「なんだって?ありゃ女子供のおもちゃじゃないか?」
「そこが狙いよ。」
アーシェは得意そうに笑う。
「モグネットで行き交う女の子同士のお喋りに、
まさか女王と空賊が混じっているなんて誰も思わないでしょ?」
バルフレアは降参だ、とばかりにふざけて両手を上げてみせる。
「もう戻らないと。」
「送って行こうか?」
「影武者が居るのよ。だからこっそり戻らないと。」
「それは残念だな。」
アーシェは背伸びをしてフランにきゅっと抱きつく。
「元気でね、フラン。」
「また会えるわ。」
「そうね。」
アーシェはパンネロに手を差し出す。
「帰りましょう、パンネロ。」
パンネロは頷くと、アーシェの手を取った。
二人はアーシェが乗って来たチョコボに跨ると、一路ラバナスタを目指して走り出した。
それを見送りながら、フランがバルフレアに尋ねる。
「引き止めないの?」
「お嬢ちゃんが帰りたがってた。」
「フラれた?」
「まさか。」
「ガリフの里でみんなパンネロに恋してたって、前にあなた、言ったわね。」
「そうだったか?」
「その“みんな”の中に、あなたは居たの?」
バルフレは相棒の問いには答えず、唇を歪めて笑うだけだった。


433 名前:オペラ座の空賊【123】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:25:26 ID:nMtmsW9W0]

ヴァンに早く会いたいパンネロの気持ちと一緒に
二人を乗せたチョコボはラバナスタを目指してひた走る。
「ねぇ、アーシェ、!」
肩越しにパンネロが叫ぶ。
そうしないとチョコボが砂を蹴る音のせいで声が届かないのだ。
「私ね、オペラの主人公みたいだったの。ドレスを着て大きな舞台で歌って、
最速の空賊にさらわれて、とても優しくしてもらって。」
「素敵ね。」
「でもね、明日から空賊に戻るの。アーシェは…?」
アーシェは肩越しに妹分を見やる。
「私…?出来の悪い弟みたいな相棒と二人帝国で一番大きな宝石を盗んだわ。」
「ステキ!かっこいいな。」
「でもね、明日からはまた女王様に戻るの。」
二人は顔を見合わせてうふふ、と笑い、やがて弾けた様に大声で笑う。
アーシェがチョコボに鞭をくれ、加速する。
背後からグロセアエンジンの音がして、上空をシュトラールが霞めて飛ぶ。
パンネロが手を振るとそれに応える様に大きく旋回して、
そのままどこかへと飛び去って行った。
東門から王都に入り、パンネロは近くに居た子供達に声を掛け、
ヴァンを見なかったか尋ねてみると、
「戻って来たのに、またどこかへ行っちゃたの…?」
戻ってすぐに旅支度を整えると、そのままどこかへふらりと出かけてしまったそうだ。
「どうするの、パンネロ?」
「探しに行く。」
パンネロはいつもの踊り子の服に着替えていた。
やっと本来の自分に戻った様な気がする。もう迷いはない。
「このコ、使ってちょうだい。」
アーシェは乗っていたチョコボの手綱をパンネロに渡す。
「アーシェ…」
パンネロはアーシェにぎゅっとしがみついた。
「色々ありがとう…大好き。」
「気を付けてね。」
パンネロは、今度は一人でチョコボに乗る。
「そうそう!ヴァンはああ見えてもてるわよ。気を付けてね。」
アーシェの腰の短剣の鍔がカタカタと鳴り出し、
パンネロはチョコボの上から不思議そうにそれを眺める。
「剣が…鳴ってる……?」
「気にしなくて良いのよ。さ、行きなさい。」
パンネロはうれしそうに頷き、チョコボに鞭をやると元来た道を引き返す。
母性本能全開のパンネロには、はぐれ鳥を追いかける事など容易い事だ。
何度も振り返ってアーシェに手を振り、その姿は門の外に消えて行った。


434 名前:オペラ座の空賊【124】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:27:42 ID:nMtmsW9W0]

ギーザ平原を越え、オズモーネ平原までやって来たところで、
パンネロは水場を見つけ、チョコボに水をやった。
自分も手綱を持ったまま、隣に跪いて泉で水を掬おうとした時、
何かが上空を横切り、空が暗くなった。
振り返ると、巨大な鳥のモンスターがパンネロとチョコボを狙って急降下して来た所だった。
パンネロは慌てて身を翻して攻撃を避ける。
その時に手綱を手放してしまい、怯えたチョコボは興奮してパンネロを置いて逃げ出してしまった。
「ああ…!」
パンネロが気が付いた時にはチョコボの姿は見えなくなっていた。
パンネロの武器は小さな短剣だけだ。これでは攻撃は届かない。
突然の事で攻撃魔法の呪文が口から出て来ない。
何度か攻撃を避けたが、モンスターは諦めない。
立ち上がって走ろうとして、勢いが余って前につんのめって転んでしまう。
「ヴァン…!」
背後に鋭い爪がすぐそこまで迫って来た。
パンネロは頭を抱え、もうだめだと目をぎゅっと閉じた。
その時、つがえられた矢が、ぶん、と放たれる音がして、頭上でモンスターがすさまじい悲鳴を上げた。
パンネロがおそるおそる顔を上げると、更に何本もの矢が頭上を飛んで行き、モンスターを貫いた。
絶命して、羽ばたくの止めたモンスターがパンネロの上に落ちて来る。
突然の事に何が起こったのか分からないパンネロは動けず、
落ちてくる巨体が迫って来るをぼんやり眺めていると、誰かが腕を強く引っ張った。
どう、と地響きを立てて落ちて来たモンスターの下から引っ張られ、
間一髪でパンネロは下敷きにならずに済んだ。
「パンネロ!」
懐かしい声に顔を上げる。
「大丈夫か?」
パンネロはこくん、と頷いた。混乱した頭の中を整理する。
(危なくなって、“ヴァン”って呼んだらヴァンが居て……)
試しに名前を呼んでみる。
「…ヴァン?」
もし、会いたいと逸る気持ちが見せた幻だったどうしよう。
「怪我はないか?どうしてここに…?」
ヴァンは消える事なく、心配そうにパンネロの腕や肩に怪我がないか調べている。
触れられた腕や肩にヴァンの体温を感じる。
目の前に居るのは間違いなくヴァンだとパンネロは認識した途端、
パンネロは気持ちを抑えきられず、感情が一気に弾けた。
パンネロはヴァンの首にしがみ付くと、自分の唇を勢い良くヴァンのに合わせた。
勢いが良すぎて歯と歯がぶつかって、痛くて目に火花が散る。
痛いと叫ぼうとしたら鼻と鼻がぶつかる距離にパンネロの顔があって、
ヴァンは伏せられた睫毛に釘付けになり、そのまま勢い余って
パンネロを抱えたまま後ろ向きに倒れてしまった。
しかも、間の悪いことに、倒れた所に拳大の石が転がっており、
ヴァンはそれに後頭部を思い切り打ち付けた。
頭は痛いし歯は痛いしで、ヴァンは目を回してしまう。
驚いたパンネロが慌てて水場で手のひらに水を掬って、ヴァンの額に少しずつ垂らした。
「ヴァン…ごめん!私…うれしくってつい…」
パンネロはオロオロとハンカチを出してヴァンの顔をそっと拭いてやる。
ヴァンはうぅ〜ん、と呻いて目を開いた。
ぼやけていた視界が徐々にピントが合って来て、心配そうな顔のパンネロが見えた。
(今…うれしくってって言ったよな…)
頭を打ったせいだろうか、パンネロの後ろに虹が見えるのは。
頭を打ったせいだろうか、パンネロの後ろに広がる風景が急に生き生きと息衝いて見え始めたのは。
(違う…)



435 名前:オペラ座の空賊【125】 ◆WzxIUYlVKU mailto:sage [2009/11/22(日) 22:29:10 ID:nMtmsW9W0]

「パンネロに会えたからだ…」
ヴァンは跳ね起きると、パンネロを強く抱きしめた。
「俺に会えて、うれしいって……」
腕の中で身じろぎせずに居たパンネロが驚いてヴァンを見上げる。
ヴァンもパンネロを見下ろす。
「パンネロがそう言ったらさ、そしたら!俺!世界がカラーになった!」
熱弁を振るうヴァンがおかしくて、パンネロが吹き出した。
釣られてヴァンも笑い出す。
ひとしきり笑った後で、ヴァンはパンネロを抱く腕に力をこめた。
「…ごめんな。」
パンネロがすぐに答える。
「もういいよ。」
穏やかに微笑み、小首を傾げるパンネロのなんと可愛らしいことか。
ヴァンはおずおずと顔を近づける。パンネロは大人しく目を閉じた。
今度は歯がぶつからないように、そっとキスをした。
パンネロの唇は柔らかくて、触れただけで溶けてしまいそうだ。
唇が離れると、ヴァンは立ち上がり、パンネロに手を差し伸べた。
「行こう。」
「うん。」
パンネロもヴァンに手を引かれて立ち上がる。
陽が傾きかけ、空がラベンダー色に変わっていく。
その中を、二人は穏やかで誇り高い仮面の一族の集落に向かって歩き出した。
このままずっと手を離さないで、
そうして、二人で一緒に大人にろうとヴァンは心に決める。
ずっとパンネロの名前を呼んでいたいと強く思う。
パンネロも同じ事を考えているのであろう、
ヴァンの気持ちに応えるかのように繋いだ手にぎゅっと力を込めた。

おわり。

---------------------------------------------------
長らくのお付き合いありがとうございました。

※物語冒頭のヴァンの豹変について※
ヴァンが急にパンネロに素っ気なくなった要因は、投稿人自身の体験なのですが、自分ですら忘れていた事がちょとした他人の言葉でが起爆剤になって、感情が爆発するって本当にあるんですよ。
ヴァンもその状態だったのですが、投稿人の力量不足でちゃんと表現しきれていなかったように思うので、ここで補足させてください。

FF6のGBAの移植版をプレイしていて閃いたお話でしたが、途中でDFFの発売があって、ヴァンの冷遇っぷりに悲しくなって、DFF2にはヴァンを出して下さいこんちくしょうキャンペーンで、ヴァンがやたらと活躍するお話になりました。
原作のヴァンは、空気読めてないけど、ガリフの人たちやレダスにかわいがられたり、ビエラの心を動かしたりと、とても良い子だと思います。もし、DFF続編が出たら、ヴァンが出演できますように。(コスモスって何歳とか聞いて欲しい。)

長いお話で、書くのはしんどかったけど、とてもとても楽しかったです。
読んでくださって本当にありがとう。幸い、ネタだけはたくさんあるので、また来たいと思います。ノシ

436 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/24(火) 04:34:49 ID:sC7zzTLc0]
GJGJ!!!

437 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/24(火) 22:01:24 ID:oLWhbShJO]
楽しい話、ありがとうございます。芯の強い女性達、結局、手のひらの上の男性達、皆さん好きになりました。



438 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/25(水) 02:00:30 ID:NbS9FBOF0]
>>オペラ座の空賊
長編完結、まずはお疲れ様でした。
今回は紳士ラーサーに惚れざるを得ない。「ずるい」の言葉が彼の葛藤とかを良く表してるなーと。
全編通して登場する全員が生き生きと、それでいて格好良く描かれているので、いつも読んでいて
うっとりするんですが、「世界がカラーになった!」の台詞で、もうなんて言ったらいいか分からない
全てを吹っ飛ばすほどの感動(と言うか衝撃)を味わいました。ヴァン か わ い い な !!w
楽しい時間をありがとう!新作も待ってますノシ

439 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ [2009/11/26(木) 16:57:21 ID:gfYf6Ib4O]
パンネロたんの黄ばんだパンティーでペニスを包み込み射精したいの

440 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/11/29(日) 21:04:17 ID:V4RWQAKV0]
>>422
乙!

441 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/12/01(火) 19:59:18 ID:o4July5f0]
GJ!

442 名前:名前が無い@ただの名無しのようだ mailto:sage [2009/12/02(水) 00:06:33 ID:wyCbr8J6O]
こんなステキなSSがあったとは…今日初めて知ったわ。FF12好きとして不覚だったぜ。GJ!!

…過去ログの途中が見られないのが残念すぐる(´;ω;`)

443 名前:ラストダンジョン (334)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 01:59:02 ID:oFoMQyTf0]
前話:>>402-406(場面は>>87-89の続き)
※SNDの勝手解釈+ねつ造を通り越して好き勝手し放題です。ご容赦を。
----------


 エネルギーの振幅現象が発生した直後、周辺エリアの電力供給が一時的にストップしたことは通信
ログを調べてようやく分かったことだった。どうやら“外”では、予想以上に大きな動きがある様だ。さらに
数分もしないうちに、伝送路の一部に生じた異変を検知した。
 シェルクはこのことを“外”にいたイリーナに伝え、彼女たちに事実関係を調査してもらう事にした。
内側から外観を見る事は難しい、だから外のことは外にいる者に任せた方が効率が良い。その代わり、
外側からは見えづらい内部の異変について探る事にした。最終的に両者は同じ場所に行き着くはずだ。
 一時的であるにしろ電力供給が断たれたことで、周辺のネットワークを支えるシステムが不安定な
状態に置かれていたのは間違いない。しかしその要素を除いても尚、不審な点――具体的に言って
しまうと何者かの作為――を感じずにはいられなかった。この混乱に乗じてよからぬ事を企てている
輩がいる、もしかしたら混乱それ自体が、既に計略の一端であるのかも知れない。リスクが伴うことを
承知の上で、シェルクはより強く振幅の影響を受けているエリアを目指す事にした。
 シェルクの行動を例えるなら、深い霧に包まれた山奥の古道に足を踏み入れる様なものだ。しかし
周囲に立ちこめる濃い霧も、生い茂る草木によって隠された道も、ここを訪れた者の視界を奪い惑わす
目的で人為的に作り出されたものである。この先、目印になる道標どころか道そのものも曖昧な中を
進んでいくことになる。そんな場所へ立ち入るのだから当然、遭難の危険性だってある。そして万一
ここで遭難しても、救助は期待できない。
 そもそも、何故そんな細工をする必要があるのだろうか? シェルクは考える。外部からの進入を
阻もうとするのは、逆に言えばその先に都合の悪い何かがあるという証だ。
 問題は、その“都合の悪い何か”が誰にとって、どう都合が悪いものなのかという事だ。

                    ***

 一方、シェルクから依頼を受けたイリーナが振り返ると、既にツォンが端末の操作を始めていた。使わ
れなくなって久しいが、これでマテリア援護要請者の端末番号と現在地を特定できる。しばらくして検索
結果が画面に表示された。
「……支給リストに登録の無い番号だ」
「じゃあ、非正規品って事ですか?!」
 イリーナの問いをツォンは即座に否定した。技術的に考えてもそれはあり得ないからだ。マテリア関連
の技術は、膨大な財力と魔晄炉というマテリア量産の基盤を有する神羅の専売特許であり、世界中の
魔晄炉が停止したメテオ災害以降はマテリアの流通も無くなり、研究さえままならない筈だ。こんな状況
で非正規品が出回るとは考えられない。
 ツォンは表示された端末の位置情報を読み上げる。イリーナが手元のパネルで数値を入力すると、
画面の地図上、エッジ郊外に光点が現れた。すぐさまエッジ周辺の施設データを呼び出し、その地図に
重ね合わせる。
「ここは……変電所です」

444 名前:ラストダンジョン (335)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 02:05:40 ID:oFoMQyTf0]
 ツォンが無言のままで頷く。変電所周辺から援護要請が発信されているのは間違いなさそうだ。ネット
ワーク上で観測された値も、マテリア援護が実際に行われていたことを示している。となれば旧タークス
の誰かが、今回の騒ぎに関与しているのは確定的だ。援護要請を発信した端末番号から所有者を特定
しようとしたのだが、それは叶わなかった。
「使用されたのは恐らく正規品、ただしメンバーに支給されていない予備用の端末だ」支給リストに登録
のない番号の端末が存在する理由を語ったツォンに、イリーナは疑問をぶつける。
「そんな物、どうやって手に入れるんです?」
「まだ旧体制だった頃……」つまりイリーナがタークスに加入する前の話だった。「我々タークスに支給
される端末の管理は、すべて当時の主任が行っていた。端末番号と所有者のIDを登録、それを元に
行動を把握するためだ」
 最も大きな目的は、各地で任務に就いているメンバーからのマテリア援護の要請と発動の管理に
あった。性質上、援護の要請者は少なからず危機的な状況に置かれている。タークス本部は独自に
その人物と、関わっていた任務について――万が一の際の救助や後処理の為に――常に把握しておく
必要があった。イリーナ加入後の新制タークスでは、それまでと比べ大幅に人員が減ってしまったため
マテリア援護のシステム自体が機能しなくなってしまったのに加え、取り組める任務の総量が減った事
で人員の行動管理が容易になったという事情が重なり、システムは廃止された。
「って言うことは……」
 ツォンは頷いて、イリーナの推測を肯定する「ヴェルド主任。他に該当者はいない」

                    ***

 深い霧に包まれた古道を慎重に進んでいたシェルクは突然、開けた場所に出た。そこはまるで、人里
離れた山奥にひっそりと暮らす人々の小さな集落だった。
 どうやらここは、ネットワーク上に誰かが作ったフィールドらしい。
 シェルクはしばらくその場から動かずに、注意深く周囲を観察した。立ち並ぶのはどれも低層の木造
建築物ばかりで、規模は小さいながらも商店や宿屋もある様だ。周囲を走り回っている子ども達の格好
を真似て、シェルクは自身に偽装を施す。言ってみれば、踏み入れたフィールドという名の郷に従って
変装したのだ。そうしなければ、すぐに自分が部外者だとフィールドの主に知れてしまい、ここを追い出さ
れることになるからだ。
 それからシェルクは村の中心と思しき方向へ向けて歩き出した。自分のすぐ横を、ボールを追いかけ
て数人の子ども達が走り抜けていく。彼らの背後に目を転じれば、民家の屋根の上で羽を休める色とり
どりの鳥たちが、まるで世間話でもしているようにさえずっている。その家の軒先で日向ぼっこをしながら
寝ている親猫と、その周りをくるくると走り回る子猫の姿があった。民家の並びの商店では、別の子ども
達が商品棚の前であれこれと談笑している。どこを見てものどかな風景が広がっていた。

445 名前:ラストダンジョン (336)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 02:14:31 ID:oFoMQyTf0]
『シェルク、聞こえる?』
 唐突にイリーナの声がした。シェルクは慌てて周囲を見回す。子ども達がボール遊びをしている広場
の隅、古めかしい街灯の横に公衆電話機があった。それを目指して駆け出すと、受話器を取り上げる。
誰かが作り出したフィールド内で外部との“会話”を行えば、侵入を察知されてしまう危険性がある。
だから彼女はここに存在するオブジェクトを使って偽装する必要があった。
 要するに、場にそぐわない不自然な行動は避けなければならなかった。誰もいない場所で話しかけて
も、「その方向には誰もいない」とメッセージが出る。そのメッセージは、システムが検知した“異常行動”
に対する反応であり、ここでは致命的なミスとなる。ネットワークに潜行中のシェルクの行動要領は、
ゲームと似ていた。
 公衆電話の受話器を取り上げて、耳を当てる。
『シェルクどうしたの?』
 だからといってイリーナの声は受話口から聞こえる訳ではない。
「……問題ありません、続けてください」
 送話口に片方の手を添えて、この場では電話で話すフリをしながらシェルクが頷く。実際は“外”にいる
シェルクの耳と口によってイリーナとの会話が成り立っているので、このフィールド内にいる他の
オブジェクトには影響がない。ただしそれには、シェルクの侵入が発覚していないという条件を満たして
いなければならない。
『エッジの変電所が何者かに襲われた事が、一時的に電力供給がストップした原因だったわ。あなたの
言っていたエネルギー波の正体は、通信を介したマテリア援護によるもので間違いない』
「関与した者の特定は、可能ですか?」
 シェルクの問いに答えたのは、遠くの方から聞こえてくるツォンの声だった。
『おおよその見当はついているが、もう少し時間がほしい』
「分かりました。こちらも“振源”に近い所まで来ていますが、少し厄介な物にぶつかりました」
 この時、受話器を持っていたシェルクの後ろ姿をじっと見つめている子どもの存在に、彼女はまだ
気付いていない。

                    ***

『こちらも少し時間が掛かりそうです。ここを突破したら連絡――』
 明らかに不自然なところで言葉が途切れた。驚いたイリーナが呼びかけるが、横たわるシェルクから
の返答はなかった。
「どうしたのシェルク?」
 肩を揺すっても頬を叩いても反応はない。触れれば人肌の温もりは感じるものの、外部からの刺激に
はまったく反応しない。
「ちょっと、大丈夫!?」
 イリーナの様子を見かねた様に、ツォンが声をかける。見上げたツォンが手にしていたのは、ヘッド
セットだった。
「彼女は今ネットワーク内に潜行中だ、直接話しかけるよりはこの方が適切かも知れない」
 そう言ってプラグを端末に差し込む。ヘッドセットを装着した状態でイリーナが席に着くと、目の前には
モニタリング用の画面があった。その様相はさながらオペレーターだ。
 ひとつ深呼吸をするとイリーナはもう一度、名前を呼んだ。
「シェルク、聞こえる? 聞こえたら返事をして!」

446 名前:ラストダンジョン (337)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 02:23:05 ID:oFoMQyTf0]

                    ***

「ここを突破したら連絡を入れますので……」
 そう言ったシェルクの足にぶつかって、ボールが止まった。どうやら広場で遊んでいた子ども達の物の
ようだった。
ゆっくりと視線を落とし、シェルクは足下に転がっているボールを見つめた。それから、広場にいる子ども
達の方へ視線を向ける。彼らは皆、シェルクを見つめて立っていた。
「おねえちゃん、そのボールこっちに投げて」と、そんなことを頼まれそうな状況なのだが、子ども達は
じっとシェルクを見つめたまま微動だにしなかった。全ての動作が停止し、この場に流れる時間が止まった
ように感じた。
 シェルクは事態が急変したことを悟ったが、一足遅かった。
「……ねえ」
 シェルクの背後で小さな声が聞こえたのとほぼ同時に振り返ると、公衆電話機の後ろに少年が立って
いた。彼がこのフィールドを巡回する監視者だったのだ。
「キミ、誰?」
 少年が口にした言葉は、システムがシェルクを異物と認め、排除のためのプログラム実行を意味する
合い言葉だった。足下にあったボールが破裂し、噴出した煙があっという間にシェルクの視界を覆う。
周囲にあったのどかな風景は一瞬にして消え失せ、集落を構成していたオブジェクトはたちまち塀の
ような防壁へと姿を変えて行く手を阻む。先程までいた子ども達はシェルクを追跡する役を担った
プログラムのようだ。
 彼ら同様に、シェルクも自身に施していた偽装を解く。こうなってはどんな偽装も意味を成さない、強行
突破しか方法はない。
 走り出したシェルクは、背後からの追撃を避けながらこのフィールドの出口を探さなければならない。
この場合「出口」は、このフィールド内のどこかに存在する特別なオブジェクト――作成者に繋がる
「入口」の事を指す。
 ネットワーク上に構築されたフィールドには、必ず作成者が存在する。作成者によって作られた物には
、多少の差はあるもののその個性がクセとして反映している。潜行中のシェルクがまず最初にしたのは、
フィールド上のオブジェクトから作成者の“クセ”を見極めることだった。
 のどかな集落に見立てたフィールド――先程までシェルクが見ていた風景の中に、必ず答えに繋がる
ヒントがあるはずだった。
 しかし出口探しに考えを巡らせようとすると、自身の操作がうまく行かなかった。そもそも人の肉体は
ネットワークに最適化された物ではない。だからSNDで潜行中は、運動と思考を並行処理するための
プロセスがほぼ同じ経路で行われるせいで動作効率が低下する、それはSNDがディープグランドで研究
されていた頃からの欠点だったが、けっきょく解決策が見つからなかった為、SNDは実戦向きでないとされた。

447 名前:ラストダンジョン (338)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 02:31:09 ID:oFoMQyTf0]
『シェルク、聞こえる? 聞こえたら返事をして』
 イリーナの声が聞こえた時、シェルクは目の前の壁に阻まれ足を止めたところだった。振り返ったとこ
ろで、煙幕の向こうから自分めがけて飛んで来た石を避ける為に屈んだ後、いま来た道を戻った。
 まるで迷路だった。
『大丈夫なの?』
 再びイリーナの声がする。相変わらず飛んでくる石を避けようと、細い路地に駆け込んだシェルクは、
壁を背に背後を伺った。
「聞こえます。……あまり大丈夫とは言えませんが……」
『どういう事?』
 シェルクは手短に状況を説明した後、イリーナに尋ねた「そちらのモニタに何か映っていますか?」。
『……ええと……。あなたの今いる位置ね、たぶん』目の前のモニタに現れた幾何学模様と、中心に
現れた光点を見つめながら、それが膨大な迷路のようだとイリーナは感想を漏らした。
 彼女の言葉で確信を得たシェルクが申し出る。
「出口までの誘導をお願いできますか?」
『出口!?』少しの間が空いてから、イリーナが言った。『……そんな物、一体どこに?』
 そのまま進んでもこの迷路に出口は無い、それは分かっている。
「出口になる仕掛けは、ここにいる私が自力で見つけるしか方法はありません。ただ、追い詰められると
圧倒的にこちらが不利なので、それを避けたいんです」
『分かったわ。それじゃあ早速だけどシェルク、その道を進むなら2ブロック先で右よ。他は全部行き
止まり』
 イリーナの誘導で、シェルクは迷路のように入り組んだ道を走り出した。




----------
・もし目が覚めたらそこがDC世界の宿屋って事はありませんがw
 このパートが一番ゲームに準えた内容になります。
・むしろイリーナ管制s(ry
・いったんパートが変わります。



448 名前:ラストダンジョン (339)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 02:39:24 ID:oFoMQyTf0]
 ちょうど同じ頃、エッジの一角にあるセブンスヘブンの2階は、ちょっとした口論の舞台となっていた。
「……頼むから、もう少し真面目にやってくれ」
『ちょお待って〜な、こっちは最初っから真剣や!』両手を振って講義するケット・シーは、ついにその
場で立ち上がるとこう続ける『そんじゃ聞くけどな、オッサンの言う“もっともらしいこと”って何やねん?!』
 どうやら“ケット・シーが演じるWRO局長リーブ”を実現するのは、本人達が想像している以上に困難
な演目だったようだ。
「あいつなら何と言う?」
『そんなモン知らんわ!』
「想像するんだ」
『できたらこんな苦労してへんで!』
 まぁまぁ、と間に入ったマリンに窘められたケット・シーはその場に座り直す。それからマリンは、振り
仰いだ先に立っているヴェルドにこう言った。
「おじさん、ケンカをしたって良い案は浮かばないと思います」
「……そうだな。悪かった」
 それから再びケット・シーに顔を向けると、同じ口調のままで言う。
「ケット・シーも、あんまり暴れないで? さっきせっかく直したのに、リボンが曲がっちゃう」
 マリンは言いながら、ケット・シーの左手に結ばれたリボンの形を整える。
『……すんません』
 ふたりの様子を見下ろしていたヴェルドが、何の気無しに疑問を口にする。
「先程から少し気になっていたんだが、手に巻いているそれは?」
「おねえちゃんのリボン」
『エアリスはんの形見や』
 耳にした名前からヴェルドは遠い記憶をたぐり寄せ、それがミッドガル伍番街スラムの教会にいた少女
である事に思い至る「……古代種の娘?」。
 ヴェルドの言葉を聞いたマリンは、あまりいい顔をしなかった。その様子に気付いたケット・シーが場を
繕うようにして言った。
『これな、4年前にみんなでここ集まった時に付けとったんや。マリンちゃんの髪を結うてるのとも同じ。
みんなお揃いなんやで! エエやろ〜』見せびらかすように、つとめて明るく振る舞うケット・シーだった
が、最後の言葉はそうもいかなかった『……エアリスはんは、ボクらと一緒に旅をした“仲間”やさかい』。
言い終えると、しょんぼりと俯いて肩を落とす。
「なるほど」ヴェルドは先ほどの言葉が失言だった事を知った「仲間を結ぶ絆のリボン、と言うわけか」。
 彼らにとってエアリスは“古代種の末裔”ではなく、“仲間”という意味で特別な存在なのだ。
 マリンは満足げな表情で頷くと、話し出す。
「クラウドやティファも付けているんですが、大切な物だからと普段は外しているんです。でもケット・シーは、
あの日からずっとここにいたから……」
『ま、ボクの場合は元がぬいぐるみやから、このまま付けとっても手入れ楽なんですわ〜』
 一通り彼らの話を聞き終えたヴェルドが、ずっと引っ掛かっている事を尋ねる。

「ところでそのリボン、リーブ自身は付けていたのか?」

 ふたりは無言のままヴェルドを見つめ返すだけだった。
「あ、いや……」また何か失言してしまったのかと勘違いしたヴェルドは、気まずそうに続ける。

449 名前:ラストダンジョン (340)   ◆Lv.1/MrrYw mailto:sage [2009/12/04(金) 03:01:33 ID:oFoMQyTf0]
「それほど大切な物なら、何故あいつは手元に置かなかったのだろう?」
 ケット・シーの話によれば4年前、エッジを襲ったカダージュ一味と対決するために集まった時以来、
彼はここにいると言う。事態が収束すれば当然、リーブの操作していたぬいぐるみなのだから、いかよう
にも回収できたはずだ。にもかかわらず、わざわざここに置いておく必要性を思いつかない。
『そう言われてみたら、そうやなぁ……』
 自身の左手に結ばれたリボンを見つめながら、ケット・シーがしみじみと呟いた。
「実はあの日……」沈黙の中、マリンの口からぽつりぽつりと零れる言葉が、彼女しか知らない4年前の
光景を描き出した「リーブさんもミッドガルにいたんです」。
 その日、マリンはひとりで――当時も危険区域とされ立入の制限されている――ミッドガル伍番街スラ
ムの一角を訪れた。そこでモンスターに襲われそうになったところを、通りがかったリーブに助けてもら
った。何よりその場所が、6年前に二人が初めて出会った場所――エアリスの育った家の跡地――だっ
た事を話した。
 ケット・シーは黙ってマリンの話を聞いていた。
「その後、みんながいる教会の近くまで一緒に歩きました。でも、教会の手前で別れました。教会には
みんながいました、だから『ここまで来ればもう安全だから』と言って」
 自分が教会に行かなくても、そこにはケット・シーがいるから大丈夫。そう言って教会まで一緒に行こう
とはしなかった。そうだと、マリンは思い出す。
「別れる直前に、リーブさんは『ありがとう』って言いました」
 笑顔で口にした『ありがとう』の言葉が、一緒に教会へ行こうと言うマリンの申し出に対する拒否を示す
為のものだったのではないか? 薄々だがその事に気付いていたマリンは、ただそれを確かめる事が
怖かった。
「その意味、ケット・シーと一緒にいれば……いつか分かるかなと思ったんです」
 結果的にマリンの目論見は今日、最も悪い形で達成されたことになる。
『すんません、ボクには何やサッパリ分からへんのです。……でも』僅かに声色を変えて続ける。『どうも、
お招きしてないお客さんが来たみたいや』
 そう言ったきり、ケット・シーは借りてきた猫の置物のように黙り込んでしまった。
「どういう……」ケット・シーへの問いかけを中断させたのは、ヴェルドの携帯の着信音だった。それを
デンゼルからのものだと思い込んでいたヴェルドは、何の疑いもなく通話ボタンを押した。このとき画面
に表示されていた『非通知着信』の文字を見落としていた事に気付いたのは、電話の向こうにいた元部下
の指摘を受けてからだった。

                    ***

 モニタ内でシェルクの居場所を示す光点は移動を止め、一箇所で点滅を繰り返していた。
「どうしたの?」
 画面の表示では特に目立った障害もなく、このまま直進しても問題は無さそうだと付け加えたイリーナ
に、シェルクはこう返した。
『先程までとは様子が違っています、どうやらフィールドが作り替えられている様です』気がつけば、
いつの間にか辺りはしんと静まりかえっている。
「どういう事?」
 イリーナが目にしていたモニタには相変わらず模様とも見て取れそうな“迷路”が表示されているだけ
で、特にこれと言った変化は現れていない。






[ 続きを読む ] / [ 携帯版 ]

前100 次100 最新50 [ このスレをブックマーク! 携帯に送る ] 2chのread.cgiへ
[+板 最近立ったスレ&熱いスレ一覧 : +板 最近立ったスレ/記者別一覧](;´∀`)<500KB

read.cgi ver5.27 [feat.BBS2 +1.6] / e.0.2 (02/09/03) / eucaly.net products.
担当:undef