- 555 名前:音速の名無しさん mailto:sage [2007/10/19(金) 20:39:27 ID:iaa2AHxc0]
- >>552
1989年の全戦参加義務付けで、シリーズには7つものメーカー(メルセデス・ジャガー・ポルシェ・アストンマーチン・トヨタ・日産・マツダ)が参戦し、 好況も手伝ってエントリーも常時30台を超えるなど、世界スポーツプロトタイプカー選手権(WSPC)は久しぶりに活況を呈した。 しかし1991年シーズン(この年からスポーツカー世界選手権 SWCと改称)よりFIAがF1と同じエンジン規定(3.5リットル自然吸気エンジン、燃料使用料規制撤廃)を導入すると、 新規定のエンジン開発が間に合わなかったトヨタ・日産や、旧規定(重量ハンデを条件に参加可能だった)のポルシェを使うプライベートチームが参加を回避。 プジョーの新規参入にも関わらず、シリーズエントリーは激減した。開幕戦・鈴鹿の出走台数は前年の34台から15台へと大きく減少した。 参加したメーカーもFIAの運営に不満を抱き、メルセデス・ジャガーは91年シーズン終了後シリーズ撤退を表明。選手権は事実上空中分解した。 翌92年はプジョー・トヨタ・マツダの3メーカーが参戦したものの、プライベートチームの参戦はほとんどなく、エントリーはル・マン(この年は過去最低の28台) を除き常時10台前後しか集まらない状態に陥った。この年限りで40年もの歴史を持つスポーツカー耐久レースの世界選手権は終焉を迎えることとなった。
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