- 292 名前:[名無し]さん(bin+cue).rar mailto:sage [2009/05/29(金) 22:07:39 ID:PqFRn/k40]
- 【韓国】「市場開拓のため、日本人になりすましカタログだけで奥地へ」・・・呉前三星電子社長の退任挨拶が社内に静かな感動
「‘まずはやって見よう’という熱意と、やせがまんして走り回っていた若い頃を思えば、現在の (三星電子の) グローバルトップという位置はまことに感激的であり 桑田碧海(そうでんへきかい=世の中の移り変わりの激しさ)であるに違いないです。」 最近経営の第一線で退いた呉東振 前三星電子北米総括社長(61・写真)が‘三星と共にあった35年を振り返り’という題目で社内イントラネットにあげた1文が 三星内部で静かな感動を生んでいる。 呉前社長は1973年三星電子に入社し、三星電子の人事チーム長、グループ秘書室監査チーム長、三星電子東南アジア総括副社長などの主要補職を歴任した。 彼は 「(1970年代)韓国という国、三星ブランドと製品力は全て一貫し中・後進国市場中心の開拓が不可避でした」とし「(私は)行く先々で日本人になりすまし ロクに製品一つない中、カタログのみで奥地まで足しげく通ったんです」と回想した。 2005年1月〜2009年1月に北米総括として三星電子を率いた呉前社長は「最後の任地であるアメリカで、アナログパラダイムとは違う デジタル時代の勝者を一人占めするというのは、冷厳な現実でありどのように生き残り飛躍することができるかに対し数多くの悩みを抱えてきました。」と言う。 そして探し出した解答は李健煕前三星グループ会長がいつも強調して来た‘人’だと彼は付け加えた。 「人種や色や思考が違っても、市場は現地人が問題も方法も一番よく分かっているのでどのようにして優秀な人材を見出し三星化するのかがカギでした。」 呉前社長は 「今、三星は再び残酷で難しい時期を迎えていますが、こういう‘三星ウェイ(Way)’を皆でどこでも共有することができ、 負担なく根付かせるができれば堅固に発展できると確信しています。」と付け加えた。彼は文の末尾で‘できる’ 精神を強調した。 以下省略 ソース:東亜日報(ハングル記事) ttp://www.donga.com/fbin/output?n=200903110117&top20=1
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