- 53 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2014/12/05(金) 21:05:18.94 ID:F622LwPj]
- 何で縁もゆかりもない尾張ドン百姓に絡みつかれなあかんねん
ウザすぎるだろ 源頼朝の曽祖父は三河県豊田市民→三河県岡崎市民、祖父は三河県岡崎市民、長男の正室(辻殿)は三河県豊田市民 長男の息子が鎌倉鶴岡八幡宮でやらかした公暁 ・吾妻鏡では辻殿を妻、若狭局を愛妾としている ・源頼家 藤原実範(三河守)→藤原季兼(三河四郎大夫、伊勢権守令)→藤原季範(初代藤姓熱田大宮司、額田冠者(三河国額田郡、三河県岡崎市))→由良御前→源頼朝 →頼家→公暁 ・辻殿 足助(加茂)重長(三河国加茂郡足助、三河県豊田市)→辻殿(母親は源為朝の娘)→公暁 ■修禅寺(静岡県伊豆市修善寺964) 木造大日如来坐像 www.butsuzoutanbou.org/%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%83%A0/%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C/%E4%BF%AE%E7%A6%85%E5%AF%BA/ 本尊の大日如来像は1984年に解体修理され、像内から銘文と納入品が発見された。これによって、1210年に実慶が造ったものとわかった。 実慶は「運慶願経」(1183年)に名前の見える慶派の仏師である。この修理の時点では作品は知られておらず、重要な発見となった。新聞でも報じられたそうである。 納入品は美しい布に包まれた髪の毛であった。 髪はB型とO型の血液型の人のものであるとのことで、2人分であることが判明している。1210年というのは、この地で非業の最期をとげた鎌倉幕府の2代将軍源頼家の7年忌にあたることから、頼家ゆかりの人の髪と考えられる。 『吾妻鏡』の1210年7月8日の条に頼家の妻辻殿が出家をしたという記事があり、辻殿の髪と思われる。またもうひとりは、母である北条政子である可能性がある。
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