- 124 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2014/06/01(日) 15:31:44.01 ID:WSbCdOyM]
- 【奈良・平安時代】
一方で漢氏系集団はそれぞれの地域に土着化する。 秦氏も同様である。地方官人クラスとして忌寸を称する帰化人集団が増えてきた。 天武、持統朝になると百済 男女214名を武蔵に、高麗人56人を常陸へ配するなど、渡来人を関東などの遠隔地に配するようになる。 これは、大宝律令以降(701)、外国使節の往来 する道路の近くに外来人を置かないとすることと、遠隔地の開発が眼目にあった。 この 流れで上州には新羅系渡来人を中心とした多胡 郡が置かれ(711)、武蔵国の未開の地には新羅人による新羅郡が置かれた(758)。 彼らはそれらの地域で土着化していく。
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