- 285 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2011/05/30(月) 08:41:43.68 ID:6s7Sh6fr]
- 東京に首都を置いた理由が幕末の江戸は人口こそ多いが文化、商売、娯楽不毛の地であり
浪人武士が暴れ周り無法地帯と化し市民が離散し始めていた 京都は政治の中心、大坂は商都として栄えていたが 前島蜜がこのままでは江戸は寂れて人がいなくなる 首都機能を移しても京都大坂は栄えるだろう と天皇親政と江戸復興を口実に江戸遷都を実現化した経緯がある 実際に昭和30年代に入ると大坂は東京よりも人口が多くなっており、 経済も発展し栄華を極め同時に大坂の外港として発展していた神戸港も貨物取扱量が飛躍的に伸び 世界最大のコンテナポートにまで成長、海事産業クラスターも活況を帯びた つまり、江戸という街は首都機能がないと自力では発展出来ないアイデンティティのない都市なのだ それを十分承知しているので、東京は中央集権化を進め、企業を大坂を中心に地方から奪取し発展を促してきた 東京は首都機能を絶対手放さないだろう 手放せば東京という街が死ぬと十分に認識しているからだ
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