- 464 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 mailto:sage [2019/04/25(木) 02:16:46.49 ID:A7rN67bz.net]
- 現在の高島町、横浜駅一帯には「袖ケ浦の海」「野毛浦海岸」が広がり、
神奈川から横浜の居留地まではかなり不便だった 海沿いに「横浜道」も作られていたが、海に面した絶壁で、 汽車を関内まで通すには地形的に無理があった そこで鉄道を通すために湾の部分を埋め立てる計画が浮上 嘉右衛門は鉄道・国道用地の埋立てを請け負い、 神奈川から横浜への湾の入口部分を 幅63m、長さ1,400mにわたる築堤を造成 ショートカットするように埋め立て、 当時としては最新式の蒸気泥揚機などを用い 鉄道線路を敷設する工事を135日で完成さた これにより明治5年(1872)、 横浜(現、桜木町駅)から新橋(現、汐留)間に鉄道が開通 嘉右衛門も後日談として 「一坪を埋めるのに三坪を埋めるような苦労だった」といっている 鉄道、国道用地以外の土地は嘉右衛門の土地となり、 「高島町」と名づけらた 町内に高島嘉右衛門の功績をたたえるものとして、 高島山公園と望欣台(ぼうきんだい)の碑(横浜市地域文化財)がある
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