- 415 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2019/02/09(土) 05:36:05.63 ID:ZLVqM9DV.net]
- 明治初期の日本政府の最大の課題の一つが、東京ー大阪間に鉄道を通すことだったが、
当時の日本政府は中山道経由で鉄道を設置することに決定していた、それを知った 初代の名古屋区長で旧尾張藩士の吉田禄在が政府に中山道経由では中央部の山岳地帯 を通るために工事に長い時間と莫大な資金がいると説得して、海沿いの東海道経由 で東京―大阪間の鉄道建設になった。 その後中央線も名古屋につながって、東西の二大鉄道路線が名古屋で交差すること になり、名古屋の現在の繁栄の礎となった。 (普通で考えたら中央線は今の多治見から太多線経由で美濃太田、高山線で岐阜 まで行った方が京都に行くには近いし、東海道線も熱田から桑名ー四日市―鈴鹿峠 を超えて草津から京都に行った方が近い、ちなみに高速道路では桑名IC-伊勢IC間は 103km、桑名IC-京都東IC間は91kmで京都に行く方が近し 名神高速の岐阜羽島IC-京都東IC間は109kmで桑名ICよりも18kmも遠い、 東京―京都間の最短区間は熱田から桑名-四日市-亀山-鈴鹿峠-草津-京都 東海道線は名古屋-岐阜-米原経由になったために大回りをすることになった)
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