- 585 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2016/04/09(土) 15:38:49.08 ID:ysYle1jB.net]
- >>562
220人ぐらいか ちょっと古いソースだが 中央区がオフィス減りまくって投資用マンション街になって 大阪は増々オワコンに向かってる 「繊維街・船場」からまた一つ消える…伊藤忠、大阪本社移転控え“恩返し清掃” 産経west 2011.8.11 20:11 伊藤忠商事は11日、岡藤正広社長や若手社員160人が、大阪市中央区の 船場地区でランドマークとして親しまれた現大阪本社周辺の清掃活動を行った。 同本社が15日付で、JR大阪駅北側の新駅ビル(大阪市北区)に移転するため のセレモニー。船場地区は同社をはじめ丸紅などの総合商社、紡績メーカーが 集う「繊維街」として発展してきたが、近年は本社の移転が増え、その面影は年々 薄れている。 岡藤社長は「長年お世話になった感謝の気持ち。若いころは自転車に乗って 船場地区を営業したもんですが、今は多くの繊維会社が船場から離れました」と、 寂しそうな表情でつぶやいた。 伊藤忠の現大阪本社がある「伊藤忠ビル」は、大阪市中心部を南北に貫く御堂 筋と東西の中央大通が交わる一等地に昭和44年、建設された。地上13階地下 4階のビルは、近接する大阪丸紅ビル(丸紅大阪支社)とともに、長く船場地区の 象徴として親しまれ、大手紡績メーカーも両社の近くに本社を構えた。 同地区に本社を置く紡績会社員は「昔は、毎朝出勤すると本社の玄関前で商社 マンに待ち構えられ、『商品を売ってくれ』とせがまれるほど活気に満ちていた」と 懐かしむ。 だが、丸紅は平成15年に本社を東京に移転。 伊藤忠商事は東京と大阪の2本社体制だが、すでに中枢機能の大半を東京へ 移した。 昭和50年に約2200人だった大阪本社の正社員は現在、10分の1近くまで減 っている。 ↓ 2200人から1/10に減少=220人前後” ←←←←←←←←← 伊藤忠ビルは平成10年に売却され、現在は賃料を払って入居している。だが、 設備の老朽化が進み、梅田の新ビルに移転することになった。 大阪府不動産鑑定士協会の松永明副会長は「昔は大阪市中心部といえば本町 を指したが、ここ1、2年で梅田に移った感がある。伊藤忠商事の流出は船場衰退 の象徴だ」と指摘する。 残る丸紅も現在の大阪支社が入るビルの賃借契約が24年9月末に切れるため、 梅田地区への移転も取り沙汰された。同社は「このまま残って契約更改するか、移 転するか何も決まっていない」と説明する。 船場地区に本社を置く紡績会社幹部は「同じ市内でビジネス上の支障はないが、 一抹の寂しさは感じる」と惜しんだ。 i.imgur.com/fe2EUfo.png i.imgur.com/KRRnXl5.png i.imgur.com/E6Y7d2f.png
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