- 146 名前:名無しさん@お腹いっぱい。 [2014/11/05(水) 06:38:16.71 ID:OcSROe/i.net]
- 雇用と成長:止まらぬ一極集中(朝日新聞 2013年3月18日)
空室のままのオフィスビル。 大阪・梅田地区の再開発ビルの入居募集が始まり、2月末の大阪市中心部の空室率は7カ月ぶりの10%台に悪化した。大阪の企業流出が止まらない。 ■震災直後と一転、東京回帰 「大阪では東京ゲームショーも、シーテックも開かれず、幕張メッセのような大規模展示場もない」 イベントや販売促進キャンペーンの運営や人材派遣を手がけるアシスト・ジャパン(大阪市)は4月1日、初めて東京にオフィスを構える。 井上将豪社長(32)は「いずれは登記上の本社も移す」という。奈良出身の井上社長は大手の人材派遣会社に勤めた後、2005年に大阪市内で開業した。 リーマン・ショック後の業績不振に苦しんだが、3年前から新卒採用を始めて態勢が整った。社員は15人だが、20〜30代を中心に登録スタッフ1万人を抱える。 まだ足場もないのに、首都圏から問い合わせが入るようになった。イベントや販促活動は、企業が内外に存在感を示す情報発信の場だ。人も企業も集まる東京が最も重要視される。 井上社長は「市場調査をしてみて、改めて首都圏の市場の分厚さを実感した。成長を目指すのであれば東京への移転は当然だ」と言う。 ウェブ上に3大都市圏の仲介物件3万件をアップするオフィスナビ(大阪市)の金本修幸社長(41)はここ数年、こうした伸び盛りの企業の首都圏への転出を仲介することが増えた。 「社員数が10人、20人、30人と増えると東京移転の話になる。大阪にとどまっていては、成長が頭打ちになると聞く」と明かす。 大阪の企業流出は、いまに始まったことではない。高度成長期、許認可権を握る役所が集まる「霞が関」の近くへ、と大阪生まれの企業が東京に出て行くようになった。 バブル崩壊後には金融や産業界の再編が相次ぎ、合併・統合した会社が東京に本社を移した。 取引先の首都集中がほかの企業を呼び寄せ、東京一極集中が加速していった。 その流れが一瞬、止まりかけた。 11年、東日本大震災が起きた直後のことだった。 「半年間、100人が働ける事務所がほしい」オフィスナビに破格の注文が殺到した。 ビルをもつ30社と交渉し、短期契約ができるビル50棟を急きょ用意した。 世界95カ国で賃貸オフィスを提供するリージャスの日本法人にも、外資系企業を中心に100件を超す注文が舞い込んだ。 日本で営業を続けるために、東京から離れた都市の拠点が必要とされた。 東京に次ぐ利便性と第2の市場を抱える大阪は、その受け皿として選ばれる――。 関西の経済界では、東京一極集中を緩和するきっかけになると期待が高まった。 ところが、オフィスナビが仲介した物件で、実際に移転してきた企業はわずか2〜3社だった。 日本リージャスでは、契約した20社の大半が1年も経たないうちに首都圏に戻った。 「あれだけ東京一極集中の危うさを実感したはずなのに」。在阪の不動産関係者らは肩を落とす。
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