- 423 名前:409 mailto:sage [2010/02/10(水) 21:35:29 ID:nI6GRXPX]
- >>421
私は複弦の楽器はソロ、単弦の楽器はコンティヌオで使われていたのではないかと思います。 復弦の楽器の響きと、ヴァイオリンやオーボエなどとのバランスをとることは 工夫しないと無理ではないでしょうか。 単弦のテオルボならば、ガットでも問題ありません。バス弦以外は音のサステインも充分です。 実際コンサートでも、ガットを張ったテオルボで演奏している人は多い。 でも、その場合にどうしても気になるのはバス弦のゴン。 バスをガンバなりチェロなりと一緒弾いているならば気になりませんが、テオルボ一本の場合は、 想像力が必要です。バスが今も鳴っているぞ、という。これは好みではなく、事実です。 それでもそれが気になるのは、小編成のアンサンブルにおいて、ですが。 >ホールで合奏するのなら、すぱっと割り切って >大きな音が出る弦を張るのが実情では? 残念ではありますが、そういう選択が現時点の一つの結論なのかな、と思います。 でも聴こえりゃいいからってその為だけに全弦鉄弦を張っちゃうとか、 リュート弾きだけアンプ通すとかは、言うまでもなくNGでしょう。 ヒストリカルかそうでないかの線引きはガットを使うか否かではなく、そこにこそあるべきです。 なんというか、現実と理想のせめぎ合いの中での選択? アンサンブルを繰り返せばまずその問題にぶつかります。 低音弦にガットを選択するのはそういった現実を踏まえた上で、 それでも敢えてする、それに見合った結果・理由が必要ではないでしょうか。 自己満足でない、目に見える(耳に聞える?)、結果というものが必要です。 弦を換えただけでは修辞的な演奏にはなりません。 当然奏者も修辞的な演奏を心がけなければ。私は弦を換えるよりそれが先ではないかと思うのですが。 そして、それが聴こえなければ、いてもいなくても同じです。
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