- 18 名前:中村負広 暗黒伝説 その壱 mailto:sage [2012/08/19(日) 23:45:38.36 ID:YLt6tgUv0]
- ・2004年、伊原監督の要請で先発強化に取り組むも獲得したのはムーア、谷中。
使いものにならず伊原監督を呆れさせる。 ・同年、人気、戦力の両面から新庄獲得を勧める周囲に対して 新庄の強い在京志望は育てたオレが一番分かっていると主張して交渉せず。 村松も好選手だが可能性があったならまず新庄だろと批判される。 ・同年オフの合併では若手良い所獲りにこだわりすぎてバランスを欠く結果に。 3年後いわば合併時のプロテクト漏れからスタートした楽天に負け越し最下位。 合併でスカウト網が強化されるから若手にこだわる必要は無かった。 現実に旧近鉄スカウト陣が最後のご奉公として奔走した2005年ドラフトは大成功。 ・合併前後に小倉、徳元、相木、戸叶を放出したのに負広がアンダー、サイド投手の 補強を全く行わず、吉川も不振で継投が単調になる弊害が出る。 その余波で軒作や鴨志田がサイドスローに転向、 2010年のドラフトで岡田監督がやむを得ずサイドの比嘉を2位に繰り上げて獲得。 ・合併したのに数年後に「左の代打がいない」という理由で木元、平下獲得という 不可解さ。左投手も不足しており大ベテランの吉田修を 取らざるを得なくなる。 2010年のドラフトで岡田監督がやむを得ず左腕を4枚補強。 ・旧近鉄は大阪ドーム周辺に沖縄出身の方が多いという理由で 沖縄出身選手を獲得していた。オリックスも宮古島キャンプを行っている。 こうした事情を斟酌せずに分配ドラフトで徳元 有銘の沖縄勢を両方 プロテクトせずに楽天に渡してしまい楽天の久米島キャンプの注目度アップ。 「石嶺遺産」として残っていた沖縄県のファンの多くが楽天に流れる。 ・2005年オフのドラフト会議で辻内のくじを引き、伝説のハズレくじガッツポーズ。 監督就任にあたり打者としては中村紀、清原、グラボウスキーを獲得。 チーム戦力としては機能せず下位低迷の要因に。投手はセラフィニと前川を獲得。 活躍せず前川は事故で解雇。監督時代に早川を干す。翌年ロッテに移籍して活躍。 自ら獲得したグラボウスキーの駄目っぷり、セラフィニとの複数年契約に批判が集まる。
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