- 646 名前:見ろ!名無しがゴミのようだ! mailto:age [2007/09/29(土) 07:53:01 ID:2ub8TwBR]
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そのとおりだ。実物を知らないから想像力が働かないと上で書いたのには、 その件も含まれる。鳥は種類によって巣をかける場所が違う。 地べたに巣をつくるものあるし、高い場所に巣をかけるものもある。 実にさまざまである。これは「すみわけ」といわれる行動のひとつでもある。 特殊な一例にカッコウがある。閑古鳥。自分は巣をつくらず、 もたない。そして、べつの鳥の巣にこっそりタマゴを産み落とす。 そして、その鳥に自分の子を育てさせる。こうした性質を托卵性(たくらんせい) と呼ぶ。 巣のぬしの鳥のヒナよりも、カッコウのヒナはダントツで早くかえる。 かえったばかりのヨチヨチのカッコウのヒナは、 自分の周りにころがっているタマゴたちをひとつ残らず巣のそとへ蹴り落とし、 すべて殺す。だが、ぬしの鳥はそれには気づかない。そればかりか、 自分の子がかえったのだと考えて、カッコウのヒナの誕生をよろこび、 せっせとエサを運んで育てる。 だからオレは、『カッコーの巣の上で』という作品の題(のもとになった唄の歌詞) には、その事実すなわち「カッコウには巣がない」という事実をふまえた上での、 なにか味わいのある興味ぶかい含意が込められているに違いないと思い込み、 その含意は何なのかと、若い頃にさんざん調べまわったことがある。(笑) 話を戻す。要するに鳥は種類によって巣をかける場所がかなりの程度きまっている。 ということは、巣がどこにあるかがわかるだけで、それがどの種類の鳥かの範囲も、 おのずと決まり、限定されることになるのである。たったそれだけのことで、 鳥の種類などはもう数えるほどしかない。 さらにそれに加え、巣のかたちや大きさも種類を見分けるための目安である。 また、タマゴの大きさ、かたち、模様のあるなしもまた、おなじ判断材料だ。 ひと口に「巣とタマゴ」といったって、 具体的にはこれだけの要素がひと目でパッと目に入るのである。 どの鳥かを特定するのはたやすい……というより、 特定できないわけがないのである。イヤでも分かってしまうのである。 それが実際なのである。 図鑑を見れば、数にして何百という鳥が載っている。すべての鳥は、 水辺にいるか、家の周りか、野山か、山中か、……それぞれにすみわけてる。 実際に自分の身の周りで見かけることのできる鳥の数など、 うんと少ないものなのだ。その中での、上記のように諸要素から判別するのである。 何もむずかしいことなど全然ないのである。
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