半七捕物帳 (作品データ)
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タイトルデータ
・作品名
  半七捕物帳
・作品名読み
  はんしちとりものちょう
・副題
  27 化け銀杏
・副題読み
  27 ばけいちょう
・著者名
  岡本 綺堂 

作品データ
・作品について
  文久元(1861)年も押し詰まって11月24日のこと、日本橋の豪商河内屋の元へ、本郷森川宿の旗本稲川伯耆の用人が、狩野探幽斎の鬼の図の軸を五百両で売りたいと持ちかけてきた。河内屋の命で番頭の忠三郎が稲川の屋敷へ赴く。首尾よく半金の二百五十両で軸を手に入れた忠三郎だったが、品物を預かっての帰り、森川宿で名高い松円寺の化け銀杏の下で何者かに投げ飛ばされて気絶、気がつくと予備の百両ともども軸が消え失せていた。屋敷の連中か、それとも寺の留守居か、半七は探索を重ねるが、化け銀杏に女幽霊まで出るという噂。二十日ほどたって、芝の豪商三島屋が探幽斎の鬼の軸を手に入れたことがわかる…。 (ぷんきゅのちち)ぷんきゅのちちさんによる、より詳細な解説はこちら。
・仮名遣い種別
  新字新仮名

作家データ
・分類
  著者
・作家名
  岡本 綺堂
・作家名読み
  おかもと きどう
・ローマ字表記
  Okamoto, Kido
・生年
  1872-11-15
・没年
  1939-03-01
・人物について
  劇作家、小説家。本名は敬二、別号に狂綺堂。イギリス公使館に勤めていた元徳川家御家人、敬之助の長男として、東京高輪に生まれる。幼くして歌舞伎に親しみ、父の影響を受けて英語も能くした。東京府立一中卒業後、1890(明治23)年に東京日日新聞に入社。以来、中央新聞社、絵入日報社などを経て、24年間を新聞記者として過ごす。この間、1896(明治29)年には処女戯曲「紫宸殿」を発表。岡鬼太郎と合作した「金鯱噂高浪(こがねのしゃちうわさのたかなみ)」は、1902(明治35)年に歌舞伎座で上演された。江戸から明治にかけて、歌舞伎の台本は劇場付きの台本作家によって書かれてきたが、明治半ばからは、坪内逍遥ら、演劇界革新の担い手に新作をあおいだ〈新歌舞伎〉が台頭する。二世市川左団次に書いた「維新前後」(1908年)、「修禅寺物語」(1911年)の成功によって、綺堂は新歌舞伎を代表する劇作家となった。1913(大正2)年以降は作家活動に専念し、生涯に196篇の戯曲を残す。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズ物を原著でまとめて読んだのをきっかけに、江戸を舞台とした探偵小説の構想を得、1916(大正5)年からは「半七捕物帳」を書き始めた。「岡本綺堂

底本データ
・底本
  時代推理小説 半七捕物帳(二)
・出版社
  光文社時代小説文庫、光文社
・初版発行日
  1986(昭和61)年3月20日
・校正に使用
  1997(平成9)年3月20日第11刷

工作員データ
・入力
  tatsuki
・校正
  山本奈津恵


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