足利義持
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…晩年[編集]安定した幕政を敷いた義持だが、義持の側近の赤松持貞や富樫満成が、有力大名から女性問題を弾劾されて失脚するなど、室町幕府は父義満が構築したワンマン体制から有力大名の寄り合い所帯へと変貌するようになった。そのような中で義持は一人息子の義量に将軍職を譲って隠居したが、まもなく五代将軍足利義量は酒の飲みすぎで、親より先立つこととなってしまった。一人息子を失った義持は消沈し、本来なら義持の弟たちから六代将軍を選ばなければならないが、義持は一切選ばず、将軍職空席のままで幕府政治を指導。しかし、そんな義持も病にかかり、「次の将軍なんか籤引きで決めちまえ」という暴言を残して病死した。この暴言のせいで籤引きと言う名の出来レースが展開され、仏門に入っていた弟の義円が当選、還俗して足利義教となる。その後の義教の所業を見ればこの男はこのまま仏門に入れておくべき男であったことは明白であり、義教のような気違いを将軍にする機会を提供してしまったことが義持最大の失政などと言われたりする。

ちなみに、死の原因となった病は、入浴中に尻の傷を「かい?の!」と言いながら掻き毟り、その傷口から菌が侵入して発症した感染症であるらしく、要するに単なる自爆であった。

更新日時:2019年3月15日(金)01:52
取得日時:2021/09/18 19:17


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出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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