謀反
[Uncyclopedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

…分からない人のために[編集]歴史上、「謀反の疑いあり!」としてまだ何もしていないのに捕らえられ、抹殺された人々は多い。例えば長屋王であり、例えば太田道灌である。近代以前の社会では、疑わしきは罰するという論理がまかり通っていた。すなわち反乱を実際に起こさなくても、そういう風説が立つこと自体が社会を動揺させる「」だったのである。謀反という言葉には、そういった時代の社会倫理が反映されているのだ。だから「謀反の疑い」と言うのは本当は正しい日本語ではない。疑われた時点、告げ口された時点で「謀反」なのである。
謀反と謀叛

また謀反と謀叛は本来は別の言葉である。これも我々は誤解しやすい。謀叛には「半」という字が付いているのが分かるだろうか。これは「謀叛」が「謀反」より一段階低い状態であることを示している。例えば大宝律令では、天皇に危害を加えない国家への反逆行為や敵国への亡命・内通を「謀叛」とし、大逆罪である「謀反」よりも軽い罪として扱っていた。しかしいくら軽いといっても反逆罪に変わりはないから、さすがに文字通り刑罰が半分になったわけではない。それどころか、場合によっては人体が半分にされることもありうる重罪であった。そして時代が下ると、どちらにしても疑われた時点で罪になるので、結局どっちも一緒だということになり、同じものとして扱われるようになったということである。
関連項目

松永久秀

84e 本能寺の変

反乱

革命

密告

天皇御謀叛

Wikipediaで「謀反の疑い」を検索した結果 - いかに多くの人間が「謀反の疑い」で抹殺されていったかが分かる。


執筆コンテスト
本項は第23回執筆コンテストに出品されました。
1247

更新日時:2021年6月2日(水)00:44
取得日時:2021/12/06 05:48


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション
Wikipediaで表示
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしUncyclopedia

Size:4787 Bytes
出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:undef