竹槍
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竹槍 竹槍の破壊力ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「竹槍」の項目を執筆しています。ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「もう一つの竹槍」の項目を執筆しています。

竹槍(たけやり)とは、を原料として作られるである。製や金属製の槍に比べて軽量であり、投擲する場合に攻撃可能範囲がより広げられるため、石製や金属製の槍が兵器として使用されなくなった後も20世紀半ばまで世界各国様々な国で運用されていた。戦前の大日本帝国の最終兵器の1つでもあり、アメリカが日本本土の上陸をためらって空爆にとどめたのは、竹槍を恐れたためという説もある。

また、ジェットエンジンやロケットエンジンの発達により推進力を備えた竹槍も開発され、近代の戦争において主力兵器のひとつとなった。このような竹槍は荷物を運ぶのにも有用であり、実際にマフィアがノートの運搬に使ったこともある。大きな特徴として、純正の竹槍は母なる大地からの贈り物であるため、竹槍を使用した大自然のお仕置きを終えた後は空き地などにそっと横たえる事により、大地へと還ってゆく。そのため、『物を借りたら返す』という基本的なモラルや、『自然の営み』などを子供達に分かりやすく伝えるための教材として最適であり、竹槍は現代の思想や環境に配慮した『クリーンな兵器』と言える。目次

1 竹槍の発祥

2 27f1 聖書の記述

3 中国における竹槍

4 日本における竹槍

4.1 明治時代以降?太平洋戦争

4.2 太平洋戦争末期(本土決戦)

4.3 戦後

4.3.1 従来型竹槍のその後

4.3.2 航空自衛隊における逆輸入、最後の有人竹槍



5 太平洋戦争後の竹槍装備の現在

5.1 ロシアおよびヨーロッパ

5.2 湾岸戦争

5.3 北朝鮮における竹槍


6 フィクションにおける竹槍

7 竹槍の種類

8 関連項目

9 参考文献

竹槍の発祥

人類の文明は竹槍とともに始まった。文明揺籃の地・メソポタミアにおいても、例えばエアンナトゥムの禿鷹碑文、ナラム・シンの戦勝記念碑、ウルのスタンダードといった図像史料において、そこに描かれている兵士たちが竹槍を装備していることは既に多くの研究者が指摘しているところである。勿論、当時から砂漠であったメソポタミアに竹は生育しない。そこで重要になったのが、交易路の確立である。アッカド王朝のナラム・シン、ウル第三王朝のシュルギ、バビロン第一王朝のハンムラビといった支配者たちは、その大規模な版図を支配するために必要であった竹を求めて、交易路の確立に勤しんだ。特に、ディルムン(現在のバーレーン島)、メルッハ(現在のインドか?)との交易は有名である。

ちなみに当然のことながら、当時の竹槍は発見されていない。長い年月を経て、深い土の下で朽ちてしまっているからである。
聖書の記述

エデンの園の「禁断の木の実」の物語はよく知られているが、それが何であるかについては、実はあまりよく知られていない。西欧キリスト教会の間では、これが林檎であったかのように語られることがあるが、実はその正体は竹であった。古典ヘブライ語の「木(エイツ)」は、竹を含む幅広い概念を表す言葉であり、さらに、近年の考古学的発見が、この「木」が実は「竹」と訳されるべきことを証言している。神の命令を破ったアダムは竹槍を手にし、それ以降人類の歴史は竹槍に翻弄されることとなったとされる。

後に神の怒りに触れた都市・ソドムとゴモラが神の投擲する竹槍によって滅ぼされた伝承はよく知られるところであり、他、モーゼ率いるユダヤ人がエジプトを脱出した際にも竹槍は重要な役割を果たしている。モーゼの投げる竹槍の衝撃波は紅海をまっぷたつに引き裂いて、これによりユダヤ人たちはエジプトの追撃を逃れて、安全に脱出したとされる。
中国における竹槍

中国における竹槍の発明は、春秋戦国時代の兵法の祖・孫子であるとされる。その竹槍の威力によっては覇者として伸長したが、後に孫子が呉を去り、また同じく竹槍を重視した伍子胥は呉王夫差の怒りを買って自刃させられる。夫差は伍子胥の死骸を川に投げ捨てたばかりか竹槍装備を廃止してしまい、呉の衰退に繋がっていくことになる。後に呉が滅亡する際に夫差は後悔し、「私が死んだら顔を布で覆え!あの世で伍子胥にあわせる顔がない」と言って自刃したという。竹槍の齎した最初の悲劇であるとされている。

三国時代に入り、孫子の子孫である孫策が廃れてしまっていた竹槍を復興させた。赤壁の戦いにおいて呉が魏に対して大勝したことで竹槍の威力が広く知られる事となり、敗戦を喫した曹操は魏にも竹槍を導入? 1000 ??ることとなる。その国力を継いだ晋が天下を統一するものの、晋帝・司馬炎は天下争乱の原因になったとして竹槍を憎悪し、竹槍装備を廃止し、竹槍で名をなした武官たちは朝廷から遠ざけられ、特に有名な7人は竹林の七賢と呼ばれた。しかし、これによって弱体化した晋は異民族の侵入を受けるようになり、五胡十六国時代に繋がっていくことになる。

南朝・梁の武帝は竹槍の製法を伝える最後の一人であり、竹槍の力によって梁を建国することに成功するが、同時に皇帝菩薩の呼び名もある温和な人物であった彼は竹槍の使用を厳しく制限した。唯一、子飼の武将である陳慶之のみが竹槍の使用を許され、彼は僅か7000の兵で洛陽攻略に成功している。その後、侯景の乱で梁が実質的な滅亡を遂げると、竹槍の製造技術も失われ、これ以降中国史において竹槍の使用は長きにわたり断絶する。

近代に入り、中国共産党軍が日本軍が使用していた竹槍を接収し大々的に使用するようになったことで、ようやく中国でも竹槍が復活する。国共内戦の勝敗を決定づけたのは竹槍であり、後に蒋介石は欧米の近代兵器に頼って竹槍を軽視した事を激しく後悔したという。中華民国はその反省を生かして竹を利用した新兵器の開発に予算を投入し続け、現在でも台湾では人民解放軍の空挺部隊を警戒して全土に竹槍が建てられている。共産党軍得意の人海戦術と組み合わされた竹槍の効果は恐ろしいほどの威力であり、1万人もの兵士が一斉に投げる竹槍の威力は、原爆にすら匹敵するものであった。朝鮮戦争でこの威力に驚いたマッカーサーは、原爆の使用を申請する事になった。

しかし惜しむらくは、竹槍というのはその都度新鮮な竹を切って作るものである事を、中共軍は知らなかった事である。彼らは日本軍から接収した竹槍をそのまま 3a22 使用し続けていたため、劣化を続ける古い竹槍ばかりを使っていた中共軍は、中越紛争において新鮮な竹槍をふんだんに投入したベトコンの軍団に敗れることとなった。
日本における竹槍 対人用爆竹槍

日本では竹が豊富に採取できるため、古来より武器として広く用いられてきた。日本において初めて竹槍が使用されたのは、壬申の乱における吉野側であるという記録が残っている。天武天皇及び作戦指揮官であった高市皇子の死により一時その製法は失われるが、後に藤原不比等により再発見がなされ、以後の藤原政権の礎となった。

竹槍の脅威と重要性を知っていた朝廷は、密かに良質で多量の竹を蓄えておく必要性から、平安京への遷都を行う。平安時代の物語である竹取物語では、竹取の翁は竹細工職人として描写されているが本当は竹槍職人であり、そもそも庶民の筈の彼があのような豪邸に住んでいるのは当時の竹槍職人が非公認の貴族であったためと考えられている。これほど有名な物語にも関わらず作者が不明である点も含め、現在では竹取物語は国家機密を知ってしまった作者による内部告発であるとの解釈が主流となっている。

その後も藤原北家による竹槍支配は続いていたが、鎌倉時代に入って藤原頼長の敗死により北家最後の伝承者が途絶え、公家政権は終わりを告げる。竹槍の製法を引き継いだ北条氏はその秘匿によって政権を維持していたが、流失した技術を応用して竹槍の量産に成功した悪党の活動、および極秘のうちに独自に製法を伝えてきていた足利氏の裏切りによって鎌倉幕府が崩壊すると、その後は竹槍の製法は日本全国に広まっていくことになる。この時、鎌倉への活路を開くため新田義貞が満潮の鎌倉の海に太刀を投げ入れ、見事潮を引かせたというエピソードが知られているが、実は投げ入れたのは新田家秘伝の竹槍であった。前述のモーセの故事と類似していることからも竹槍が安定して持つ力が伺える。

戦国時代に入ると各国で竹槍は標準装備となっており、武田騎馬軍団は竹束を防弾に用いることで多大な効果を上げている。長篠の合戦の敗北は、竹が入手できない状況で、やけくそに織田の陣に突撃した事が原因である。竹の確保に成功し武田・今川を破った織田信長明智光秀によって暗殺されるが、その明智も、予想外の早さで豊臣秀吉中国地方から戻ってきたために消費した竹槍の補充が間に合わず、已むを得ず山崎周辺で竹を採取しようとするも激怒した竹槍武装の現地住民によって討ち取られる。以後、秀吉は竹槍の威力を恐れ竹槍の使用を忌避、後の刀狩りに繋がったと考えられている。江戸時代に入ると戦が無くなったため竹槍の記録は減るが、ヤクザの抗争に主に用いられた記録が残っている。また、徳川幕府がタブーとした妖刀「村正」は実は竹槍であり、徳川幕府は最強の竹槍・村正を禁忌とする事でこの世に平和を齎し200年にも渡って政権を維持できたのである。これによって武士同士の争いは終焉を迎えるが、ヤクザの抗争で竹槍は使われた。北辰一刀流の使い手の平手造酒が、たかが素人ヤクザの竹槍で倒された事からも、その威力が窺い知れる。
明治時代以降?太平洋戦争

幕末から明治時代前後にかけて、動乱の時代を迎えたことで再び竹槍が歴史に現れることになる。薩英戦争において薩摩は竹槍によって英艦隊を相手に互角以上の戦いを見せた。その後開国を経て最新の竹槍加工技術を取り入れた日本は日清日露戦争において勝利を掴む。203高地の攻略に苦戦する乃木大将に対し、児玉源太郎は竹槍が持参し、その力によって日本軍は旅順要塞攻略に成功したという話は有名であり、また日本海海戦において日本艦隊は竹槍を手にして戦うことでバルチック艦隊相手に圧勝している(ただしこの事実は軍事機密とされ、表向きは下瀬火薬と伊集院信管と丁字戦法の効果として発表されている)。

「最も多くの連合国艦船を撃沈した枢軸国機」と呼ばれる九九式艦爆も、その成果の過半は250kg爆弾ではなく、竹槍で挙げている。特に魚雷が使用できない真珠湾奇襲において、圧倒的戦果を挙げた。しかし、ミッドウェー海戦においては竹槍の威力に対して懐疑的な南雲中将により、たびたび魚雷と竹槍装備の変更が繰り返されて出撃がモタつき、これが敗戦の原因であるとの声が多い。ガダルカナル島の戦いにおけるヘンダーソン飛行場砲撃の際には、砲弾を撃ちつくした後の戦艦・金剛は乗員を甲板に上げて一斉に竹槍を投げさせる事で、砲撃以上の成果を上げている。霧島とワシントンの艦隊戦では、砲撃のショックで甲板上の乗員がひっくり返ってしまったことで竹槍を投げる事ができなかったのが敗因と考えられており、実際に乗員の一名が辛うじて投擲できた竹槍は、ワシントンの舷側装甲を見事に突き破ったという記録が残っている。

ミッドウェーでベテランの竹槍投擲兵を失った日本軍は、竹槍の投擲訓練もままならぬ未熟な新兵で戦わざるを得ず、苦しい戦いを強いられた。マリアナ海戦ではアウトレンジから竹槍を投擲する戦術を試みるも失敗、逆に竹槍を投げる前にアメリカ軍の竹フィラメントのVT信管の餌食となってしまい、マリアナ海戦を指揮した小沢中将は戦後「もし戦艦で肉迫して甲板上の乗員が一斉に竹槍を投擲すれば、勝っていたかもしれない」と悔恨する述懐をしている。レイテ沖海戦においては、既に機上から竹槍を投擲できる有能な搭乗員は枯渇しており、竹槍を抱えたまま敵艦に体当たりする特攻戦術を取らざるを得なかった。また戦艦大和・金剛はアメリカの護衛空母に肉薄して竹槍を投擲する事に成功するも、あまりに威力があり過ぎて竹槍は護衛空母を簡単に突き抜けてしまい、そのためにかえって戦果が上げられずに終わった。
太平洋戦争末期(本土決戦) 対空噴進爆槍

総力戦となった第二次世界大戦で日本の竹槍生産量は著しく増加した。末期には南方の孤立した島嶼に食料を竹槍の節の間に詰め、海流を利用して送るという「竹槍輸送」、また本土決戦にむけて組織された民兵200個師団に対して竹槍訓練が行われるも、極度の竹不足によって、前線部隊用や対空戦闘用の竹槍が優先される一方、本土防衛部隊向けには笹やその他の木材で代用せざるを得なくなった。

そこで昭和18年に金属・竹を使用? 5b4 ?ない戦時量産型竹槍が正式に示され、海軍工廠、九州大学および佐賀県の陶工の共同研究によって陶製槍「有田槍」が作られるも、威力は低く再利用も不可能で、性能が余りにも予定値を下回るとして採用は見送られる。翌年に完成した改良型有田槍は採用に成功するも、「将に急を告げる戦況にあり、予定を下回る性能ではあるものの妥協せざるを得ない。しかし採用の後も順次改良せること」と記録が残る通り、本来用いられるべき竹槍とは程遠い性能であった。

また、増産にあたって陶石の不純物が増えたためカタログデータも下回りかねない状況となり、同時に陶石の産出する地帯に対するアメリカ軍の爆撃が始まったため、生産量が急激に減少する。防衛のための対空噴進爆槍を装備した竹槍高射隊も当初の低空侵入機に対しては効果を発揮、日本側資料ではこの月だけで重爆50機が撃墜となっている。しかし以降高高度から爆撃されるようになったため撃墜は不可能となり、あとは時折低空侵入する艦載機に対しての迎撃しか出来なくなった。なお、軍はこの間に残された純正竹を用いて高性能な対空竹槍 fff を開発、久我山に設置した。その戦果ははっきりしていないが、B29を100機位は撃墜したと伝えられている。同じく久我山に設置された15センチ高射砲が2機程度の戦果だったことを考えるとこれは驚異的な戦果と言える。佐賀県下の陶器工場に対しての爆撃も昭和20年4月から開始されるが、こちらは佐賀人は山頂に陣取り夜通し爆撃機を警戒したり、高度一万メートルまで届く陶器製の竹槍を独自開発し重爆を攻撃し撃墜さえ行った。このため佐賀は全国的に見ても爆撃の被害は相当抑えられ重爆による被害は0である。あとは艦載機が襲来したが、これは県民が通常の四式国民突撃槍で撃墜した。

戦後、これらの陶器製竹槍はソ連にサンプル要求をされることを恐れてGHQにより海中投機されたため、近年資料が発見されるまで知る者はほぼ居らず(あるいは老人のたわごととされていた)、ディスカバリーチャンネルの調査チームによって再発見されたものである。
戦後 一般のスーパーマーケットでも販売している。実際に買ってみると、なぜか1円値引きしてもらえた。
従来型竹槍のその後

終戦後、竹槍のほとんどが民間に放出された。あまりにも供給が多かったため、インフレにも関わらず20年間価格が上がらなかった事がよく知られている。現代でも護身用・ファッション目的で屋台や通販番組などを通じ広く売られているが、武器輸出三原則に抵触するため、購入にはパスポートを提示する必要がある。20年ほど前から日本でも軽トラックで巡回販売をしている姿も目撃されているが、自分で穂先を加工する必要がある上、鉄製の場合がほとん? 17a4 ??のため、洗濯物を干すなどにしか利用できないであろう。

近年、浅草の竹屋店舗数が著しく減っているのは、一般には不況によって庶民の竹の需要が減っているためと考えられているが、実際には世界各国で戦争が減り竹槍の需要が無くなっているためである。そう、下町の竹屋のおじちゃんは、表向きには優しい顔をしながら軍事力を持つ国々に竹槍を売り捌き、暴利を貪る闇商人も兼ねていたのである。
航空自衛隊における逆輸入、最後の有人竹槍

1950年代半ば、米ソ冷戦のさなか、米国では様々な航空機や竹槍が開発されており、そうした中に空飛ぶ有人竹槍も登場している。しかし、アメリカは誘導竹槍万能論が趨勢を占め、有人竹槍はあまり多く採用されなかった。この有人竹槍こそが、F-104 スターバンブーである。当のアメリカでは見向きもされなかったスターバンブーであったが、栽培と製造を行うロッキード社は、竹槍をこよなく愛する同盟国がすぐ近くにいることに気づいた。すなわち、かつての仇敵・日本である。

おりしも、日本の航空自衛隊においては、アメリカから供与された対空鯉幟(F-86F)の陳腐化に伴う後継を検討しており、ロッキードは、この状況に対して、「最後の有人竹槍」というキャッチフレーズを以て日本政財界にF-104の売り込みを図った。グラマン社の聊か非合法な商行為により、目下開発中のハリボテ(G98)がいったん内定するという事態を経るも、やがてそれは結実し、グラマンの内定を覆す形で日本において大量採用されるに至る。選定理由は「実機すら存在しない幽霊戦闘機よりも、信頼と実績と、そして何より愛着のある竹槍が一番。」というものであった。

こうして、かつて竹槍で立ち向かった相手であるアメリカからの逆輸入という皮肉な形ではあったが、1962年に航空自衛隊内において日本型スターバンブー(F-104J/DJ)が配備された。スターバンブーは、材料の竹のライセンス栽培と製造を行った三菱重工業にちなみ、三菱竹槍(あるいはバンブー・ゼロ)という非公式愛称を得て大いに親しまれ、自衛隊における竹槍戦闘再興の礎となった。しっかりと竹槍を抱え込んだ実装による刺突精度は、最後の有人竹槍という触れ込みに恥じない素晴らしいものであり、のちに導入された新型機(F-4EJ)よりもはるかに高かった。また、切っ先たるや、手入れ中に手が触れるだけで切れてしまう程の切れ味で、本来鞘を必要としないはずの竹槍に、安全のため鞘が用意されるほどであったとされる。退役間際の晩年には、日米共同演習において、スターバンブーを携えた熟練竹槍兵が二世代分もの技術世代格差がある米軍の最新鋭第四世代機(F-15C)を突き墜とし、40年越しで太平洋戦争の借りを竹槍で返すという大金星もあげ、旧軍以来の伝統たる有人竹槍空戦の有終の美を飾った。
太平洋戦争後の竹槍装備の現在

戦後、日本軍の竹槍に苦しめられたアメリカでは、「竹槍派」と「核爆弾派」の熾烈な争いが起きた。しかし最終的に日本を降伏させたのは原爆であるとして、結局後者が勝利する事になる。アメリカ空軍では核弾頭搭載AAM装備のF-106、爆弾倉に核爆弾を1発搭載するF-105が主力になった。その一方「空飛ぶ竹槍」F-104、竹槍500本装備の戦闘爆撃機F-107は、アメリカではほとんど、あるいは全く採用されなかった。アメリカはそのツケをベトナム戦争で味わう事になる。

中国から竹槍の供与を受けたベトナムは、竹槍というのは新鮮な竹を切って作るものである事に気付き、新品の竹槍が持つ威力にフランス軍もアメリカ軍も苦戦した。例えばUH-1はしばしば竹槍に撃墜されたため、アメリカは対竹槍ヘリコプターとして 7fe2 AH-1を開発している。また、アメリカが枯葉剤を投下して竹林を枯らす作戦を行ったのも有名な話である。しかし、そういった国際的な非難をも顧みない作戦の数々を遂行してなお、竹槍の恐ろしい威力の前に撤退を選ばざるを得なかった。

なお、南ベトナム軍のほうは竹槍を装備していたものの、腐敗していた南ベトナム軍はその竹槍をどんどんベトコンに横流しして金を受け取っていたため、竹槍が活躍する事が無かった。戦時中に日本軍から教育を受け、朝鮮戦争でも中共軍の竹槍の威力を思い知った韓国軍は、当然竹槍装備であった。韓国軍がベトナム戦争に介入した時は、北ベトナム・ベトコンは、アメリカ軍以上に韓国軍に恐怖したという。ベトナムがカンボジアに侵攻した際は、山岳地帯の竹林を支配したカンボジアの三派連合の方が逆に竹槍を使用し、ベトナム軍を苦しめた。この時期は、乾期には竹林を焼き払ったベトナム軍・ヘン=サムリン政権軍が攻勢に出て、雨期には竹槍装備の三派連合のゲリラが攻勢に出て、一進一退を繰り返した。

2003年、アメリカはイラクが竹槍装備を進めているとして、イラクに侵攻する。しかし2004年10月にアメリカが派遣した調査団は「イラクに竹槍はない」という結果を報告し、この戦争の正当性が大きく崩れる事となった。もっとも、イラクの気候風土を考えれば「竹槍はない」という結論に至るのも至極当然である。また、アフガニスタンで起きた韓国人ボランティアの拉致・殺害事件で、イスラム原理主義勢力・タリバンの幹部は1日、ロイター通信に対し、韓国政府が身代金として2000万ドル(約23億円)以上を支払ったと語った。この幹部は「身代金は竹槍購入に充てる」と語っている。
ロシアおよびヨーロッパ

ソ連およびロシアは戦後、満州において旧日本軍の竹槍を大量に回収し、これがほとんどそのままコピーされRPG-7などソ連の対戦車兵器の原型となっている。また、陶器製の代用竹槍も何らかのルートで若干ではあるが回収に成功しており、最新の竹槍を用いた軍事的な研究が行われているとされている(開発関係者がスパイだったという説。米軍の不時着機に刺さっていたという説が有力)。

ヨーロッパにおいては天然の上質な竹は入手が困難であったため、竹槍の使用はあまり見られなかった。しかし竹槍が優れた武器であると認めて使用した賢人も存在し、中でも英国の英雄アーサー王の使用したエクスカリバンブーは、最上級の竹を使用した伝説の武器として広くその名が知られている。また、WW2においては竹の代用として水道管を利用した水道管槍が日本における竹槍程ではないが、多大な戦果を挙げている。

また、マルコ・ポーロが残した東方見聞録によれば、一部のジパングの民は願い事を書いた短冊を竹槍に括りつけ、日が落ちるまで飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎをした後竹槍に火を放ち、自分達の願いをスター・ヒコとプリンセス・オリと呼ばれる遠距離恋愛の達人の元へと煙に乗せて送りつけるのだという。まったくもって迷惑な話である。余談だが、この際に出来た竹槍の燃えかすが、今日至る所で目にする事が出来る『竹炭』である。人々の様々な欲望に汚染され、黒く染まったその残滓は、あらゆる穢れを吸い寄せるという。
湾岸戦争

現代戦車に関する論争の一つに砲弾の問題があった。すなわち「滑腔砲か竹槍か」である。戦力の近代化を急ぐ英は1979年、イランが発注し後にキャンセルされたFV-4030/3(シール2)を採用する。すなわちこれがチャレンジャー1である。チョバム・アーマーを採用し、エンジン出力は1200馬力とチーフテンと比べ大幅にアップしている。主砲はチーフテンと同じL11A5竹槍である。チャレンジャーは1987年のカナダ陸軍杯(CAT)の射撃競技で滑腔砲を使用するM1やレオパルド2に大差で惨敗、竹槍対滑腔砲の対決に決着が付いたかに思われた。しかし、1991年の湾岸戦争では旧ソ連製戦車を装備するイラク軍に対し戦車撃破200両以上という一方的な大勝利を記録する。特に竹槍は強力で、命中した装甲車などは一撃で木っ端微塵にし5000m離れたT-55戦車を撃破したという。M1A1エイブラムズでも3000m程度が命中限界である。時代遅れと思われた竹槍の搭載という選択も、間違っていなかった事を結果で示し、汚名を返上した。戦後、英第7機甲旅団長のコーティングレー准将はマスコミの取材に胸を張ってこう答えた。「チャレンジャーは戦うために作られた戦車なのだ。射撃競技用のために造られたのではない。」
北朝鮮における竹槍

北朝鮮は竹槍の製造開発に熱心な国として有名で、時々試射を行い、保有する竹槍が杞憂でなく、小国であっても科学技術を用いて物事を成し遂げ、大国を克服できる事を全世界に知らしめている。種類としては、短距離弾道竹槍であるスカッド・KN-02、中距離弾道竹槍であるノドンムスダン、長距離弾道竹槍であるテポドン・KN-08などと呼ばれるものを保有しているとのことだが、いずれも帝国主義には過小評価され、人民の怒りは天をつかんばかりである。竹槍は必ずや圧倒的な力を心に深く刻み、表現者に竹槍のようなとがったものを描写することすらためらわせることになると考えられている。
フィクションにおける竹槍
ウルトラマンタロウ
第23話「やさしい怪獣お父さん!」にて、しんきろう怪獣ロードラの目を潰す事に成功している。実行者は東光太郎(ウルトラマンタロウ)。
帰ってきたウルトラマン
第33話「怪獣使いと少年」にて、メイツ星人(宇宙調査員)に致命傷を与えた。ただし、フィルムが検閲に引っ掛かり、確認できない(「ピストルによる殺傷」に差し替え)られたが、一部資料では確認可能。メイツ星人が悪い宇宙人ではない為、と言われている。一説によると、「竹槍の有効性を隠蔽するための変更」である[要出典]。
亡国のイージス
GUSHOという化学兵器を搭載した竹槍が《いそかぜ》に積まれている。この映画はそれを取り合って中年同士がけんかする物語である。また《うらかぜ》を撃沈するために対艦竹槍が発射されるシーンがある。
ルパン三世
TV版パート1・第9話「殺し屋はブルースを歌う」にて、竹製の投擲器を使って竹槍を放ち、籠城した敵に通信機や手術器具を渡した。武器としては使用していないが、本作における銃器の描写に関しての高評価は、このエピソードで決定的なものとなった。
ドラゴンクエスト
全シリーズの序盤で登場する、通称「たけのやり」。初期では少々痛いぐらいの値段(50G)で売られている。「どうのつるぎ」や「ブーメラン」には正直頭が上がらないが、「ひのきのぼう」よりはリッチである。
ドールズフロントライン
全ての指揮官に製作が義務付けられている。その破壊力は、駆逐戦車と同等レベルである。
いっき
ステージ上に落ちているアイテムの一つ。能力強化アイテムかと思って取ると、なんと前方しか攻撃できない(初期装備の鎌は敵を自動誘導する上あらゆる方向に投げれる)。取るとゲームが不利になるアイテムの一つ。
竹槍の種類 最先端の竹槍防衛システム。
格闘竹槍
主に白兵戦に使用する。振る、突くなどの使用法が主となる。

熊手

ベアークロー - 名前こそ似ているが、熊手とは異なる竹槍。主な使い手としてはウォーズマンが有名である。その威力はひとつで100万パワー、ふたつで200万パワーとされ、さらに二倍のジャンプや三倍の回転を加えることで飛躍的に威力の向上を図ることができる、究極の格闘専用兵器である。

獣の槍

竹箒

如意棒 - 孫悟空が用いたとされる伝説上の竹槍。

物干し竿 - 佐々木小次郎が得意とした。

パイルバンブー - 重機やロボットなどに搭載される、非常に巨大な竹槍。これを所持する者は、一部の人間から羨望の眼差しを浴びる。

アダマンチウムの竹槍 - 折れず、曲がらずとされる超合金アダマンチウムにより補強された、小型の竹槍。小型といえどその威力は凄まじく、鋼板すら容易く引き裂くほど。使い手の多くは、肉体改造によって手の甲などから暗器のように飛び出す形にして携帯する事を好んだ。

対地竹槍
地上の固定目標を攻撃する竹槍。人が携帯できる小型のものから発射台を使用する巨大なものまで幅広い種類がある。
弾道竹槍
大気圏外まで撃ち上げられ、目標に落下する竹槍。核弾頭を積んで戦略兵器として使用される場合がある。

ICBM

V2

スカッド

テポドン

ロンギヌスの槍

地対地竹槍
地上から発射される対地竹槍。

ロケット花火

空対地竹槍
航空機から発射される対地竹槍。
対レーダー竹槍
レーダーを攻撃する竹槍。誘導装置が通常の対地竹槍とは異なり、基地の他、艦船も攻撃することができる。航空機を狙うものは対空竹槍に分類される。
戦車竹槍
APFSDS地上の車両を攻撃する。目標が地上を移動している点が対地竹槍とは異なる。歩兵、車両、ヘリコプターから運用されるが、航空機から運用される場合は空対地竹槍となり対戦車竹槍とは呼ばれない事が多い。

RPG

グングニルの竹槍

APFSDS - 劣化ウラン弾に代わるべく開発中の最新鋭弾。戦車からのみ発射可能。装弾筒も竹製で環境に優しい

巡航竹槍
大気圏内を動力飛行して目標へ到達する(弾道竹槍を除いた)竹槍のうち、特に射程距離が長いもの。

トマホーク

対艦竹槍
洋上の艦船を攻撃する竹槍。艦船の移動速度は車両と同等のため、対艦竹槍を対地竹槍の一部として扱う事がある。
地対艦竹槍
陸上から発射される対艦竹槍。沿岸防備用兵器として配備される事が多い。
艦対艦竹槍
水上艦から発射される対艦竹槍。明示的に艦対艦竹槍とする場合は潜水艦から発射される対艦竹槍は含まれない事が多い。
空対艦竹槍
航空機から発射される対艦竹槍。航空機は機動力に優れるため、竹槍自体の射程は他の発射プラットフォームに搭載される対艦竹槍より短めになる。
対潜竹槍
水中の潜水艦を攻撃する竹槍。
水中竹槍
ロケット推進能力を備え水中を進む竹槍。

回天 - 神風特攻兵器のひとつである人間竹槍。

対空竹槍
上空を飛行する目標を攻撃する竹槍。防空用と空中戦用に大きく分けられる。
艦対空竹槍
艦船から発射される対空竹槍。防空に使われる。 艦対空の典型例
空対空竹槍
航空機から発射される対空竹槍。航空機同士の空中戦での主戦兵器。

サイドワインダー

フェニックス

AMRAAB(Advanced Mid Range Air to Air Bamboo spear)

道弾迎撃竹槍
弾道竹槍を落下途中に地上から迎撃する竹槍。

パトリオット

対衛星竹槍
人工衛星を地上から攻撃する竹槍。
神の竹槍
人工衛星から地上に向けて発射する竹槍。タングステン合金の竹槍が時速1万1587キロで落下する。核爆弾並みの威力がある。

また、半径24000mの円の範囲内にタングステン合金の竹槍を無数に投下するヘルストーム(地獄の嵐)と呼ばれる計画もある。
竹槍トラップ
落とし穴の底などに設置する事で殺傷力を高める。

竹槍付き落とし穴

逆茂木

関連項目

五式20mm機関竹槍

エディンバラ公
たった1本の竹槍で南太平洋の島の叛乱を鎮圧した人物。

ドラゴンクエスト
駆け出しの冒険者が一度は手にする武器。というか「たけのやり」を想像してこのページを開いた者も多いはず。実は竹槍の本当の実力を引き出す隠しコマンドも用意されているが、残念ながらほぼ全ての冒険者はこれを見逃している。

隠しコマンドを引き出した者、彼こそが真の勇者だ。引き出した後は苦労しない。

遺憾の意
日本が現在保有している中・長距離弾道核ミサイル。

モンスターハンター
モンスターハンターポータブル3rdでは竹銃槍[トリオドシ]、[シシオドシ]、[タツオドシ]というガンランスが存在する。やはり市販の竹槍で巨大な怪物を倒せるというのだから、すごい。

バラウール
竹槍の仲間であるが竹やりとは違い殴って数々の戦闘機を落とした鈍器。

竹取財閥
世界初の弾道竹槍を開発したメーカー、エコな国に馬鹿受け。

丸太

武器

太平洋戦争



参考文献

『竹槍屋はなぜ潰れないのか? 身近な疑問からはじめる会計学』: 山田 真哉 
民明書房新書 (2005/2/16) ISBN104334032915


更新日時:2021年11月21日(日)19:21
取得日時:2021/11/24 10:02


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出典: へっぽこ実験ウィキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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