期待
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…政治の事例[編集]政治の事例などは、特に期待が横行しているように見えるかもしれない。しかし、実際は期待に対する裏切りもまた横行しており、誰かが何かをしてくれるなどといったクソ甘ったれなボケほど、選挙のたびに現実で首を絞められ、金をむしりとられ、残されるのはただただアカルイミライだけ、まさに期待するほうがおかしいという、見ている分には大変に楽しい話ばかり聞こえてくるのが実体である。

むしろ、政治の現実をどうしてアニメやマンガなどに応用できないのか。

そんな嘆きが聞こえなくもない。もちろん、政治はそもそも現実に直結する話で、アニメやマンガ、ゲームは非現実の話である。それでも、応用ぐらいはしてもいいんぢゃあないだろうか。

それとも何か。政治家は期待すれば空飛ぶのか?

・・・そういえば、期待していなかったにも関わらず、空へ飛び出した政治家は実在する。群馬4区の三宅雪子議員は、この記事を書くわずか2週間前の2010年11月2日に議員宿舎で酔っ払って、あろうことか4階のベランダから落っこちた。その結果、彼女に投票した有権者の得た期待は、天に召された。幸い、本人は全治1ヶ月だったけれど、本人への期待、議員としての未来、その他もろもろ一切合財、天へ召された。

このように現実の世界においては、期待する気すらおきないアホな話がまかり通り、期待したいこと、期待してもいいこと、むしろ「当選したらうんぬんかんぬん」といった約束事まで一切合財放り出されるのがデフォである。こういった現実を踏まえれば、期待菌に犯された信者たちが夢の世界で生きたくなる気持ちも分からなくもないが、実は政治家も期待菌に汚染されたやつばかりである。2010年現在うんぬんではなく、長い歴史において。長いものには巻かれろ、党利党略、派閥政治その他もろもろ一切合財、全て大きな権力への期待でできている。

本当にたまったもんじゃねえ。
経済の事例

経済の事例では、政治以上に期待菌の活動についての実例が多い、というよりもむしろ、経済という代物が実は期待菌に犯された連中から金をむしりとることで回っているものである。そもそも1400年代に活版印刷術が発明されて以降、広告業が発展すると同時に商売というものが、いかに人々を期待させ、金をサイフから出させて、後は天か、最低でも運に任せるという形へと変貌を遂げた以上、どうしようもない話である。

もう、後ろには戻れない。

その結果として、繰り返す期待こそが世界中に金をより一層回らせる存在となったわけで。そして、いつの間にか、人間の欲望に直結する期待菌を、広告業を含む経済界が国や世界に向けてぶちまけていくようになっていく。

ま、よくある話である。

しかし、世の中は経済界自体、期待菌に汚染されることが多々ある。特にバブル経済なんて代物は、まさに期待で膨らんだ風船を膨らまし続けることで成り立つものである。その結果、バブル崩壊やリーマンショックで大被害をこうむるのは歴史の一部。そして、思ったよりも動員が伸びなかった借りぐらしのアリエッティ、どこかの日本中で大人気の少女時代、いつまでも子供たちに人気のプロ野球といった、実体経済と相反する虚飾にまみれた、稼げるかもしれない金額に対する期待値のみのゴリ押しがまかり通るのが経済の一部である。

それぞれの信者に一言。違ってたらイイネ。

しかし、現実の失敗を無理やりに成功と糊塗する行為ほど、後味の悪さを感じさせるものはない。実際問題として、期待値以下しか稼げない、むしろ広告料から考えれば大赤字、それでもそれまでの付き合いでなかなか切ることのできない不良コンテンツに振り回されるのは、倒産寸前の会社によーーーーーく見られる光景である。そして、多くの場合において、そのようなコンテンツの先にあるのは、明るい未来とは名ばかりの真っ暗なお先でしかなく、見ている国民の意欲、ひいては国力自体を減退させていくことに直結する。

ま、よくある話である。

そのうちの一部分が、アニメ、マンガ、ゲーム業界であることを考えると、いかに広告で踊らされたアホな期待が、国の根幹である国民の意欲を揺るがすかという話になる。本当に業病である。
戦争の事例

一番最悪なのは、一国の存亡に関わる戦争において期待菌が蔓延すると、えてして国が滅ぶ。滅ばなくても、敗北の可能性が高くなる。てゆうか、だいたい負ける。

ごく当たり前の話である。

もし、戦争において、敵が自分の希望どおりに動いてくれるなら、誰も苦労しない。どこぞのコーエークソゲームのAIだったらまだしも、人間関係における嫌がらせの極地ともいえる戦争状態に、どこをどうしたらそんな甘い展望が出来るやら。敵をこちらの期待どおりに動かすには、敵の首都に進軍して敵の? 1c84 ??邸に突入、敵の首領を確保してからの話になる。あわせて、イラク戦争では、その後ですら想定外の事態が続出している。

もっとも、ベトナム戦争で世界一の軍隊を敗北させたアメリカの期待である。世界各国、むしろテキサスの腐れ脳みそとその取り巻き以外のアメリカ国民ですら、その後においても混乱が継続していくことは想定内だった。期待もクソも抜きで考えれば、誰にでも分かる話は、確かに存在する。
治療方法

このように、人心を乱すアホな期待を治療する方法は、すでにアニメ業界の一部やマンガ業界で確立している。

信者ガン無視。何を言おうとほざこうと叫ぼうが暴れようが何しようが、気にしない。

すると、いつの間にか期待菌に踊らされたバカの活動が縮小。バカがバカオドリを踊らなくなるため大変静かになる。もっとも、その分金は天下に回ることはないけれど、作品自体の質の維持には効果バツグンで、普通に面白いという評価を得ることができる。これが、期待してた分面白いなどというろくでもない言葉を得ようとすると、作り手が地獄へ落ちる。本当に落ちる。

マンガの神様と言われた手塚治虫が、いつまでもいつまでも無体な客の期待にこたえ続けた結果、ムリな連載にムリなスケジュールでその寿命を大幅に縮めたのに対して、客の期待もクソもガン無視して自分のやりたいようにやっている妖怪水木しげるは、主にその年齢から(2010年現在、88歳)誰もはっちゃけた面白さを期待しないにも関わらず、普通に面白い作品を上梓し続けている。この事実は、結局のところ、期待というものがどれぐらい「次の作品」への欲求、自分に対する「未知の存在」で出来ているかということの証左・・・にはならないか。うん。しかし、まだ描けるまだ描けると死ぬまで書き続けた側が未完の作品を大量に残して神様になったのに対し、いつか死ぬ、もうすぐ死ぬといわれ続けていた側が、妖怪といわれてもなお面白い作品を描き続けている。未完の作品もなく。

とりあえず、客の期待に打ち勝った側が、長生きする証左ではある。
阪神

もう一つの有効な治療法?として、この奇病に罹患した患者を周囲に認めてもらいつつ、徹底的に辛い現実を投げかけることで、より先鋭的な信者を大量に増産しながら、周囲にも「仕方がない」と思わせる手段が存在する。だいたい、一つの経済活動として世の中に認めてもらえれば、弾圧でもされないかぎり、その期待菌の塊は世の中に浸透すると見ていい。

これを宗教という。

このようにして増産された信者が、それこそ10年、20年とかいうレベルではなく2世代、3世代、もしくは先祖代々といった血脈にまで期待菌を植え付けることで、経済に動かされる存在から、むしろ経済を動かす存在にまで昇華した事例も多い。もちろん、この段階まで行くと広告業界も信者たち側にたち、常時新しい期待菌を植え付け、毎年毎年飽きることなく有料外国人(誤字ではない)やら10年に一人の若手を増殖させ、むしろ、信者ですら「バカやなあ」「アホやなあ」「でも阪神だからしゃあない」とまで言わせるレベルである。ここまでくると、期待を通り越して既にそれこそが関西の現実というレベルで物事が動いている。

繰り返すが、もちろん、宗教のことである。

ちなみに、このレベルで世の中に浸透すると、期待菌の除去も簡単になる。治療したかったらさっさと異端に乗り換えるか、もしくは野球ファン自体やめるのが一番手っ取り早い。

もちろん、宗教の話である。
家庭

なお、上記する例はあくまでも世の中に対する話であるけれど、一般家庭における子供、もしくは親への期待ほど、その後の人生を間違わせるきっかけとなるものは他にない。・・・ものすごく、大風呂敷を広げた気もするけれど、果たして、人生の重荷足りえるものがマンガやアニメにあるか。または、親の期待とインタ? 54e3 ??ネットのどちらか人生を狂わせたか。さらに言えば、「自分はこんなもんじゃない」とか何とか言う自分自身への期待は、いったいどれだけの人生を破滅させていったか。

・・・とりあえず、泥を噛め。

幸い、世の中というものは、家庭と違って大変に現実で出来ているため、期待菌を無理やりにでも除去してくれる行為にみちている。そいつの人生なんざどうなっても構わないけれど、それでも期待菌に犯されたままの状態と、冷静に家庭や自分の人生を現実的に見つめられる状態は、後者のほうがマシ。だいぶマシ。もっとも、中には血脈にまで期待菌に犯された存在もいるわけで、それを家族愛と感じるか、もしくはがんじがらめの鎖と感じるかは、それぞれの経験による。ただ、世の中と違い、家庭ほどバカがバカオドリをする機会が多いことと、それこそが各家庭の歴史、日々、その他になることも確かである。いいもわるいもなんもかもあって家庭であるわけで。

そこらへんは、まぁ、メンドクサイ。
アンサイクロペディア

アンサイクロペディアにおけるこの業病の罹患者は、往々にしてガン無視される傾向にある。もっとも、このサイトにはアニメやマンガの世界と違って面白い記事を書いて書いてとせがむ人間はいない。いるのは、自分なら面白い記事が書けると、自分の才能に期待している連中か、自分の笑いの実力にある程度の見切りをつけてもなお、このサイトにしがみつこうとする業の深いクソ野郎ども、そして一般人である。

しかし、中には適当に即時削除レベルの記事を書いて、後は任せますなどというたわけた一言で記事をぶん投げた結果、初版投稿者が赤っ恥を書くレベルで投げ返された事例も存在するが、往々にして、即時削除されるのがいつもの光景である。一言で表すとこうなる。

知るかボケ。

そもそも、そんな人間がいたらコミュニティポータルの作成依頼が爆発していない。そして、やれば分かるが、人のために記事を書こうという人間がそんな高尚な精神を維持しようとしたら、そもそもアンサイクロペディアに来ていない。そして、高尚な精神を向けようとする依頼者を見ると、大体のところ、「人に物を頼む態度」を持ち合わせていない。多くのアンサイクロペディアンがやさぐれるのは、だいたいにおいてこういった人間関係の積み重ねの結果である。

むしろ逆に、作成依頼ではなく「この記事を殺してください」だったら、相当多くのアンサイクロペディアンを動かすことも可能な気がしなくもない。

・・・なんでだろう?
関連項目

ドラえもんが何とかしてくれると思った

希望

面白くない記事を書かないと死んじゃう病

他力本願


更新日時:2021年1月24日(日)08:51
取得日時:2021/06/07 14:14


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出典: 八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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