旧日本陸軍
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畏クモ天皇陛下ハ御自ラ全臣民ノ爲ニ
本項ノ全内容ヲ天覽遊ハサレタリ 大本營認可本項ノ全文章及全内容ハ完全ニ正シキ事實トシテ大本營ニ依リ認可セラレタリ
全臣民ノ爲ニ畏クモ現人神タル天皇陛下ハ御自ラ本項ニ御目ヲ通サレ給ヘリ
此ノ項目ノ内容ヲ疑フハ現人神タル天皇陛下ヲ疑フト同義ニシテ
誤リタル思想ヲ持ツトセラルヽ場合ハ政治犯思想犯トシテ内亂罪ノ對象トス
16a4

この記事は左右に寄っているのでバランスが保たれています。
そうだ、ガダルカナルにいこう。

大日本帝国陸軍(だいにっぽんていこくりくぐん、だいにほんていこくりくぐん)とは、1871年から1945年まで存在していたとにかく進むことだけを考えている無計画革新的な軍隊である。スローガンは、『そうだ、ガダルカナルに行こう』。         目次

1 概要

2 兵器

2.1 一式戦闘機

2.2 いすゞのトラック一式四輪自動貨車

2.3 三八式歩兵銃

2.4 湿地車


3 主な戦歴

3.1 日清戦争

3.2 日露戦争

3.3 日中戦争

3.4 太平洋戦争


4 結局弱いの?強いの?

5 関連項目

概要

どっかの由緒正しい(笑)百科事典によると、大日本帝国憲法には次のようなことが書かれている。

天皇は陸海軍の統帥権を持っていますが、何か?』

つまり、ウィキペディアに正しいことが書いてあるのだとすると? 1086 ?の軍の指揮は天皇陛下に一任されているということになる。あくまでもウィキペディアに正しいことが書いてあると仮定すれば。

しかし、あんなメガネお忙しい陛下にすべてを任せるのはいささか不安である。そこであくまでも補佐するために陸軍中将、大将の中から選ばれる陸軍大臣、参謀総長、教育総監が置かれていた。あくまでも補佐のために。実際は天皇を後ろ盾に好き勝手やらかしていたわけだが。

また、赤とんぼ航空戦力を扱う航空総軍も設立されている。

そして戦時中には軍のフェイクニュースを垂れ流す迷惑ラジオ局である大本営の下に大本営陸軍部が設置され、ここから補給を気にしない作戦遂行、支離滅裂な進軍が命じられていた。
兵器

ここでは、そんな帝国陸軍の主な兵器を紹介する。
一式戦闘機

ゼロと違い、防弾性能に優れていた。ここが、玉砕主義をとっていたおば海軍との違いである。

まあ、ほとんどの搭乗員が速度のために防弾板を外していたという噂も検閲により削除
いすゞのトラック一式四輪自動貨車

普通に民間人向けに売っていたトラックを、陸軍が採用し魔改造を施して軍用車にしたという代物である。

自分で作るという努力はしないんですかねぇ?なおこのトラックの製造企業は正真正銘の 116a いすゞ自動車である。
三八式歩兵銃

この小銃は日露戦争の時にも主力として使われていた世界水準の小銃、村田銃を砂地でも使えるよう改造したもの。

そしてこの小銃は、使用頻度が落ちはしたものの終戦まで使用されていた。つまり、この小銃は改良もなしに四十年(改良前から数えると四十八年)使われていたことになる。この惨状に米軍も、『三八式歩兵銃は使うな』というビラをフィリピンでばらまいた。

敵にすら憐みの目を向けられるその頑固さは、もはや長所。
湿地車

ソ連との戦争に備えて、シベリア満州の沼を突破するために作られた輸送車である。当然ながら日本は美国と戦っていたため、使う必要はないはずなのだが…なんとこれ、終戦までに約百五十台作られていたというのである。

当然ながら、実戦に出たことは一度もない。ハァ…。
主な戦歴

ここでは、帝国陸軍の主なやらかし戦績について説明する。
日清戦争

詳細は「日清戦争」を参照

陸軍の『補給なんて気にしないぜ!ガンガン進もうぜ、ベイベー!』という思想の始まりとなる戦争である。

1894年に発生した平壌の戦いにおいて、やはり進撃を重視した日本軍は現在の北朝鮮の首都、平壌に二日分の食料しか持たず(なおこれでも一番食糧状態の良い旅団)いきなり殴りこむ。

結果として陸軍は食料不足に悩まされたものの、(そら見ろ)清軍の残した米585dを強奪? 5a8 ?どうにか補給維持に成功した。ここで調子に乗るのが、陸軍クオリティ。
日露戦争

詳細は「日露戦争」を参照

ここでもやはり陸軍の頭の固さを思い知らされることとなる。時は1904年、さすがに前回の反省をしたのか、日本軍は戦場にを持ち込んでいた。そこまではいいのである。そこまでは。

しかしここからが問題である。そう、米しか持ってきていなかったのである.こうしてビタミン不足によって脚気にかかる兵士が続出。

ここで海軍は前線の兵士たち b4d に麦飯を食べることを推奨。病死者は3人にとどまった。しかし、陸軍は『白米しか勝たん!』と主張。結果的に6000人の病死者を出すことに成功した。

また、日本軍は資金の補給も考えておらず、戦費の75%を借金でまかなった。(13億円が借金。)さらにそのうちの七億円は外国から借りる始末となった。
日中戦争

詳細は「日中戦争」を参照

あの広い中国大陸にこいつらが攻め込む…結果は見えている。

日本軍は南満州鉄道を使って中国奥地へ進軍。もうお分かりだろう。早い進軍で補給が間に合うわけがない。ここで陸軍は現地調達を画策。しかし、中国国民が侵略者に対して食べ物をくれるわけがない。さらに、日本軍がいくら町を占領しても?介石は首都をコロコロ変えて奥地へと撤退。補給が間に合うわけがない。

まあこれだけは言っておく。南京事件は大嘘である。
太平洋戦争

詳細は「太平洋戦争」を参照

これぞ b53 兵站軽視の真打である。太平洋のど真ん中にこいつらが攻め込む…結果は見えている。なおここで農民にまで赤紙をばらまいたため、生産力が低下、さらに食物を減少させる茶番を演じた。
インパール作戦
でたな無茶口。さあここから牟田口劇場である。牟田口は『イギリス兵とかマジ瞬殺なんでwww補給とか携帯食料で十分っすわwww』と主張。さすがは屈強な帝国陸軍軍人(笑)である。標高2000bクラスの山々を川を渡って進んでいくことを決定し、民衆から牛や羊を徴発して荷物運びにこき使い、もしも食うに困ったら食えばいい、と構想。この戦いで将兵の骨によってジャングルを白骨街道に整備することに成功した。この戦いは不名誉なことにイギリス陸軍最大の戦いに選ばれており、(ナポレオン戦争なども抑えて。)『日本軍は無敵ではないと証明された戦い』とされている。また、一番の笑いどころはインパール作戦の前身、いわば試作段階ともいうべき『二十一号作戦』を、牟田口が『補給の維持ができないやろがい』と実行に反対していたことである。なおこの行軍は、30?60`の荷物をしょって日本アルプスを越えるようなものだという。
ガダルカナル島の戦い
これまで補給がなくとも現地調達でどうにか間に合わせていた日本陸軍だったが、(間に合? 565 ?ていたかは別として。)ここは太平洋のど真ん中である。日本列島から6000キロメートル離れた場所で、ただでさえ無能な海軍に補給が保てるわけがない。さらにここで敵の人数を知らないまま、『2000人だ!(本当は70,000いた。)』と主張し、極めて[要出典]な根拠のない主張で部隊を上陸させるというコントを披露。悉く玉砕した。この後さらに兵力をつぎ込んでも負けているというのは置いといて。結果、戦死者19200人のうち、10000人以上が餓死という大記録を打ち立てた。専門家いわく、「ガダルカナルは、たんなる島の名でない。それは帝国陸軍の墓地の名である。」とのことである。
結局弱いの?強いの?[ b3d 編集]

軍隊において最も重要なものは兵站であり、その点を考えると常識のない未熟な軍隊だったといえるかもしれないが、補給を何も考えてなかったからこそ最初のうちは急進撃により勝利していたというのもまた事実である。つまり補給を考えないところが帝国陸軍の強みということなので、

補給をちまちまと考えている陸上自衛隊よりましである。

関連項目ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「大日本帝国陸軍」の項目を執筆しています。

大日本帝国

大日本帝国海軍

兵站

陸上自衛隊
670

更新日時:2023年1月16日(月)12:44
取得日時:2023/01/28 19:41


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出典: 嘘八百科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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