チラシの裏
[Uncyclopedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

…学 『春色梅児誉美』の挿画。ご覧の通りの春画である。(この画像には、掲載が不適切と思われる箇所が含まれるため、該当箇所を黒塗りにしています。)

歴史上再び多くのチラシの裏が確認されるようになるのは、江戸時代になってからである。文化・文政時代には、印刷技術が普及し、瓦版や浮世絵などのような“その場限りの用途のための印刷物”、即ち現代のチラシに近い位置付けのものが多く一般に出回るようになったため、それに伴ってチラシの裏的な記述もまた多く残されるようになったのだ。勿論、裏写りするという問題は解決されていないが、チラシの裏なのだから、読めさえすればそれで良いのである。
(なお、読者のなかには、「瓦版はともかく、浮世絵は“その場限りの用途”とは言えないのでは?」とお感じの方もおられるかとは思うが、その“用途”については、浮世絵の多くが春画であったという事実からお察し頂きたい。)

特に、為永春水(ためながしゅんすい、1790年-1843年)は、チラシの裏から文学の道に進んだ人物として知られている。為永は元々貸し本屋を営んでおり、商品である本を読む時間は充分にあった。現代でもそうであるように、男性が一人の時間に好んで読んだり見たりするようなジャンルのものは、ある特定の方向のものに決まっており、それによって惹起される妄想の方向性もまた同じであった。
妻も娶らず独り身であった為永は、チラシの裏に自らの妄想を延々と綴り、それを貸本としてさりげなく他の商品と一緒に並べておいたところ、やがてその作品は大変な好評を博すようになった。こうして、現在では高等学校の日本史の教科書にも掲載されている名作『春色梅児誉美』(しゅんしょくうめごよみ、『春色梅暦』とも)が世に出たのである。1832年、為永42歳のことであった。

但し、『春色梅児誉美』が日本史の教科書に掲載されている理由は、その内容の素晴らしさではなく、天保の改革による弾圧の一例としてである。この作品は、江戸の風紀を大きく乱したとして絶版となった(作品の内容については、この「風紀を乱した」という弾圧理由からお察し頂きたい)。1842年には為永は手鎖の刑(手錠を嵌めたままで一定期間日常生活を送らねばならない刑)を科され、文章を書くことはおろか、日々の色々なものの発散にも事欠くようになった。このときのストレスがもとで翌1843年には彼は亡くなっている。

チラシの裏に良い物が書けたからといって、それを公に出して良い時代は、何百年も前に既に終わっていたのである。
「チラシの裏にでも書いてろ」 チラシの裏に描かれた作品の例。インターネットが無ければ、このような良作も闇に埋もれていったことであろう。

ところが、奈良時代から実に1200年以上の時を経た現代においては、再び、チラシの裏に書かれたものがしばしば社会に大きな影響を及ぼすようになった。

20世紀末頃から、インターネット匿名掲示板などの媒体が普及し、誰もが匿名で、自由に全世界に情報を発信できるようになると、たちまちそれらの媒体は雑多な書き込みで溢れた。しかし、その混沌のなかにも、社会学的にみて非常に有益な意見や、匿名ならではの鋭い視点からの投稿などが、時折見られることがある。

そのような場合、大抵は、その書き込みを見た他の投稿者から、「ここはお前の日記帳じゃねえんだ、チラシの裏にでも書いてろ、な!」というレスが寄せられる。一見すると少々乱暴にも見えるこの一文は、インターネットスラングの一種で、正しい日本語に意訳すると「あなたの意見は大変素晴らしい。このような匿名掲示板に書くには勿体無い。ぜひ、チラシの裏などで推敲していただき、個人ブログ[2]などの然るべき所に改めて発表なさって下さい。」

――という意味になる。

現代においては、全く無名であった個人のブログであっても、内容によっては大人気となり、数多くの閲覧者が訪れてコメントを残したり、他の掲示板などで取り上げられたりすることにより、執筆者の人生に大きな影響を及ぼすことがしばしばある。一方、同じ内容を、匿名で掲示板に書いたのであっては、その内容がどんなに良いものであっても、書き込んだ個人が人気を博すということは決して多くない(それ以前に個人の同定が困難である)。
匿名掲示板であっても、ハンドルネームを名乗ったりトリップを付けたりすることにより、個人の同定は不可能ではないが、やはり自分の文章を自分の名前とともに世界に知らしめるには、個人ブログのほうが絶対的に適しているのだ。


無名の人々によって用いられる、「ここはお前の日記帳じゃねえんだ、チラシの裏にでも書いてろ、な!」というスラングは、稀有な才能を有した者を匿名掲示板などに埋もれさせずに、世に出して相応の名声を与えるべきであるとする、たくさんの優しさと、少しの羨望が混じったメッセージなのである。



脚注 チラシの裏に描かれた作品の例その2。アスキーアートなどを描く際にも、チラシの裏での推敲は不可欠である。^ 複数枚の紙が綴られていたり、冊子になっているものは、チラシとは呼ばない。それは、『ホットペッパー』などのように街角で無料で配られており、総ページ数の99%以上が有効に使用されずに処分されていく類のものであっても同様である。
^ ここでは、インターネット上でつける日記帳のこと。詳細はブログの記事を参照。



関連項目

ウィキペディア - 「全世界のチラシの裏を集めて、素晴らしい情報源を作ろう!」という方針をとっているウェブサイト。1枚のチラシの裏を多人数で編集できるウィキという仕組みを用いており、多面的な視点に満ちた独特の情報を、数多く収集・提供している。

事実上俺だけの記事

自分語り

最後に

あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ!
『おれは "チラシの裏" を見つけたと思ったらそれはスタブだった』
な… 何を言ってるのかわからねーと思うが おれも何をされたのかわからなかった… 頭がどうにかなりそうだった… 身長が156cmだとか1が2だっただとかそんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ。もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ… (Portal:スタブ)


更新日時:2018年11月11日(日)11:59
取得日時:2021/06/09 17:10


記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション
Wikipediaで表示
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしUncyclopedia

Size:18 KB
出典: へつぽこ實驗ヰキ『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
担当:undef