スネオヘアー
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…があり、驚きの連続である。

しかしファンの多くは曲ではなく喋りを聞きに行っていると考えられるため特に問題はないと考えられる。
来歴

1999年、インディーズデビューを果たす。

2002年、メジャーデビュー。「今日からお前はスネオヘアーだ」。

2003年、ウグイス嬢に転職。しばらく全国を巡り歩いた後、同年秋に水彩画を引っさげてアーティストとして復帰する。

2005年、出演を予定していた「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」の前日に急性胃腸炎で入院して出演をキャンセル。ファンは当然がっかりしたが、本人 5e59 が一番辛かったらしく、後にリリースされた楽曲のタイトルが「悲しみロックフェスティバル」。内容はこのこととは無関係と言われているが、PVでは始終不機嫌そうな顔をしている。

2005年アンガールズ・いつもここから・カンニング竹山による芸人バンド「U.N.O.BAND」にひっそりと参加。PVにも出演していたがほとんどの人には気付いてもらえなかった。

2006年、未だに前年の夏フェス出演キャンセルのショックから立ち直れなかったのかリリースしたアルバムのタイトルは「カナシミ」。全国ツアーのツアータイトルも「カナシミ」。「ROCK IN JAPAN FESTIVAL2006」で最初に唄った曲はもちろん「悲しみロックフェスティバル」。悲しみすぎである。

2007年、渋谷C.C.Lemonホールで行われた「J?WAVE GROOVE LINE LIVE」にケミストリーの前座として出演。スネオヘアーの演奏中、会場が盛り上がることはなかった。[3]

2008年、出演した「ROCK IN JAPAN FESTIVAL2008」では今までよりもワンランク狭いステージを充てがわれた。それに怒ったのかどうかは知らないが、出演時間の半分以上もの間、曲をやらずにドーナツトークを繰り広げた。

2008年、2年ぶりの全国ツアー「バースデー」を発表。いつの間にかかつての面影もないほど太っていた姿に多くのファンがショックを受けた。

2009年、「バースデー」追加公演でスガシカオと共演。なかなか曲をやらずに延々と漫才を繰り広げた。

2009年、あまりに太った姿を見かねてJ-WAVEのスタッフがダイエット企画を持ちかける。その内容は3ヶ月間ジョギングをして、その内容をブログで報告するというものであった。しかし3ヶ月で283kmを走破するという名目で始まったその企画は、開始1ヶ月での走行距離が僅か22km強であり、早くも挫折の香りが漂っている。

脚注^ どこに行くのか分からない延々と続くトークのこと、らしい。
^ ギターのエフェクトの一種。音をうねらせる。
^ ちなみにケミストリーが登場した瞬間観客が総立ちになったのは言うまでもない

関連項目

ドラえもん

ハチミツとクローバー

スネカミコーナー

外部リンク

公式サイト

スネオヘアーblog 「走れ!スネオ!!」
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「スネオヘアー」の項目を執筆しています。


この項目「スネオヘアー」は、手抜き状態のため発狂寸前です。正気に戻すかもっと発狂させてください。 (Portal:スタブ)


更新日時:2018年9月21日(金)12:39
取得日時:2021/10/18 09:23


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出典: バ科事典『アンサイクロペディア(Uncyclopedia)
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