キムラグモ
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「キムラグモ」の項目を執筆しています。

キムラグモは、日本産のクモの一つ。きわめて原始的な特徴を持つ、生きた化石として有名である。ただし、その発見から以降の顛末には、少々込み入った話がある。なお、この記事の六割は真実である。
発見

このクモが発見されたのは1920年。鹿児島で木村有香が採集し、これを当時日本で唯一のクモ専門家であった岸田久吉が研究し、新属新種であると認めたのである。それも単に新しいだけでなく、世界のクモの中でも飛び抜けて原始的なものであった。同様のクモはハラフシグモというのがすでに発見されてはいたが、それらは東南アジアの未開の地に生息するもので、日本のような文明国で発見されたのはこれが初めてであったのだ。彼はこのクモにヘプタテラ・キムライと、発見者木村氏にちなんだ学名を付け、和名もキムラグモとした。

後の調査でキムラグモは琉球列島からも発見され、九州から八重山まで生息しているものとわかった。このクモは日本のクモ学者の誇りとなり、後に結成された東亜蜘蛛学会(現・日本蜘蛛学会)のシンボルマークとして用いられることとなった。
いちゃもんその一

問題の始まりは、沖縄からだった。1970年代にドイツのハウプト博士はキムラグモの配偶行動の研究を始めたのである。このクモは雄の成体が巣穴を出て、雌の巣を訪れるが、その際に巣穴の入り口のドアをノックする。このノックの仕方を調べたのだが、何と、沖縄から得たクモと九州から捕れたクモとでは、ノックの仕方が全然違ったのである。ノックの仕方が違えば交配が不可能だから、これは別種である可能性がある、ということになる。

そこから博士は別種であるかどうかを確かめるために蜘蛛の形態の細部を検討したのだが、調べてみると、全然違うことがすぐにわかってしまった。蜘蛛の雄は触肢(四対の歩脚と顎の間にある小さな脚)に雄の生殖器があり、この構造が種を判別するために重要なのだが、これが外見から全く異なっていたのである。そこから博士はこの種を新種として発表することとなった。

さて困ったのは日本の蜘蛛学者達である。何しろ看板にしていた大事な蜘蛛にけちをつけられたのである。しかも、きわめて特殊な部分の構造などでなく、どの蜘蛛を調べる時でも見るべき普通の分類上の表徴でもって区別されてしまったのでは、反論することも出来ない。というより、これはつまり琉球列島のキムラグモを見つけた時、同種に違いないと思いこんで、しっかりと同定する作業をしなかったことが世界中にばれてしまったのである。彼らは表では何も言えず、内輪で「ドイツ人は仁義を知らん。せめて先に一言言ってくれれば」とぼやくしかなかったのだ。
いちゃもんその二

だが、ハウプト博士の攻撃はそれだけにとどまらなかった。彼はその種をキムラグモ属の新種としてヘプタテラ・ニシヒライとした。これは、沖縄から蜘蛛を送ってもらった生態学者の西平守孝の名をつけたのである。これ自体は別に珍しいことではなく、いくらでも例がある。

ところが彼は、この蜘蛛の和名をニシヒラグモとすることを主張し始めたのである。理由は簡単。ヘプタテラ・キムライがキムラグモなら、ヘプタテラ・ニシヒライはニシヒラグモになるのが論理的判断として成立するからである。

ただし直後に分類の見直しの結果、ヘプタテラ・ニシヒライは属が異なることが判明したため、かれはこれを新属リュテラに移し、リュテラ・ニシヒライとした。これで上記の問題は消失したことになる。ところが彼は主張を変更し、リュテラ属の和名をニシヒラグモ属とすることを主張したのである。確かにヘプタテラ・キムライを基準種とする属がキムラグモ属であるなら、リュテラ・ニシヒライを基準種とする属は、ニシヒラグモ属となるのもまた、論理的に当然の帰結だからだ。

これに対して、日本の蜘蛛学者はとうとう反撃に出た。何をしたかというと、キムラグモ属とリュテラ属(日本の蜘蛛学者はオキナワキムラグモ属と呼んでいる)の種を産地によって細分した上、これに片っ端から人命をつけたのである。それは以下のようなものである。

キムラグモ属

ヘプタテラ・カネノイ:金野氏に献名、徳之島産。

ヘプタテラ・ヤギヌマイ:八木沼氏に献名、
宮崎県産。

ヘプタテラ・キクヤイ:菊屋氏に献名、福岡県から宮崎県北部まで。

ヘプタテラ・ニシカワイ:西川氏に献名、熊本県から 7fc 鹿児島県まで。


リュテラ属

リュテラ・ササキイ:佐々木氏に献名、久米島中南部。

リュテラ・オワダイ:大和田氏に献名、渡嘉敷島。

リュテラ・タニカワイ:谷川氏に献名、西表島。

つまり、基準種でないとはいえ、これだけ名前が並んでいては、片っ端から人名を蜘蛛の名にすると混乱するばかりだ。だからそんなことは出来ない、というアピールである。

現在のところ、この抗争は膠着状態とされる。日本蜘蛛学会のシンボルマークは未だにキムラグモであり、しかもご丁寧に雄の触肢までそこに描かれている。ただ、細部がしっかり描かれていないために、そのモデルが本当はどの種なのかわからなくなっている。

更新日時:2018年4月22日(日)23:59
取得日時:2022/07/06 16:36


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