運動を禁止、制限され ..
[
2ch
|
▼Menu
]
■コピペモード
□
スレを通常表示
□
オプションモード
□このスレッドのURL
■項目テキスト
94:リウマチ治療中 12/07/15 01:25:10.83 92Q+LRlw この時期になると、以前仲間と富士山に登った事を思い出す まだ体力の有る時期で、これだけの事が出来ると自己確認をする意味が大きかった 一ヶ月後には平地で軽く歩き切れると思った距離を四分の一で断念 予想以上の早さで自由が失われて行く事を思い知り、区切りと言うか「終戦」を迎えた様な気持ちだった 実際には病気との「開戦」と言う方が相応しいのだけれど、その時は一つの終わりとしか感じられなかった 元気になったら鍛え直して、田子ノ浦の海抜0メートルから富士山に登りお鉢周りまで完遂したい フルマラソンを走りたい、トライアスロンもやりたい、マスターズ水泳にも参加したい 日本中をキャンプツーリングしたい でも実際には近所のスーパーへ買い物に行き、体力が尽きて倒れそうになる 調子が悪ければ階段を上って倒れ込む、もっと悪い時は四つん這いで家の中を移動する 既に健康であっても、怠ければすぐに体力が落ちて行く年齢 完治の見込みも薄く数年前の半分も無い筋力、リハビリはかつてのトレーニングより数段キツい 人並み以上の身体にまで復帰する事は、不可能ではないが正直言ってかなり難しいだろう それでも友に訊かれれば「少し待ってろ、すぐ復活してやるから見てろ」と答える 人は自信を持てない時に確率論にすがり「大丈夫、まだ勝機はある」と思い込みたくなる 実際には寝て起きて食べて働いて時々趣味などを楽しめたら、そんな幸せを手に入れられたら それ以上を望むのは贅沢と言うものだ 「普通に」生活が出来たら、それ以上なにを望むと言うのか しかしやはり「かつて持っていた物を取り戻したい」と思う、諦めは付いていない 欲が深い事は生きる力にもなる筈だ、他者を犠牲にしない欲の追求は悪い事ではない その一方で、もう人生の仕舞い支度をして静かに暮らしたい気持ちもある 自分の人生は三十代で終わり四十代から静かな老後に入ったとでも考えれば、体力も財産も尽きる 五十辺りで死んでも良いのではないか? 既に少なくとも、人生に明確な意味を求める様な悩める若者ではない 淡々と生を全うすれば無為に見える人生も捨てたモンじゃない、とも思える 葛藤と言う程悩んでもいない、力は抜けている しかし生きたいと思える動機は見付からない、見失って久しい
次ページ
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
レスジャンプ
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch
4749日前に更新/41 KB
担当:undef