【正定】坐禅・立禅・歩行禅(経行)実践スレ
at PSY
1:神も仏も名無しさん
09/08/29 11:34:22 EclSJntL
常に意識を傾注している者として、坐すように。
常に意識を傾注している者として、立つように。
常に意識を傾注している者として、歩くように。
考えるな、感じるんだ!
2:神の愛の証言者 ◆IHSXPiND6Q
09/08/29 11:34:58 JMMXOqUi
何も考えずに2get
3:神も仏も名無しさん
09/08/29 11:43:54 EclSJntL
■坐禅
結跏趺坐を組み、姿勢を正し、半眼にする。
口から息を吐ききって、鼻から吸う。臍から10cmほど下の丹田に意識を置いて丹田呼吸する。
呼吸に意識を集中させ、邪念を排除し、囚われない。
■立禅
まっすぐ立ち、目を閉じて、全身か足全体の感覚に意識を集中させて観じる。
■歩行禅
歩いている時に、左右の足の感覚に意識を集中させる。
右足全体に意識を置いて観じながら感覚を捉え、右足を前に出して地に足を着け、邪念を踏みつぶす。
右足着地と同時に、即座に意識を左足に移し、左足全体に意識を置いて観じながら感覚を捉え、
左足を前に出して地に足を着け、邪念を踏みつぶす。
4:神も仏も名無しさん
09/08/29 11:49:47 EclSJntL
このように禅を続ければ
仏教徒なら仏性が輝いて悟りを得、涅槃に住まうかもしれない。
キリスト教徒なら、霊に満たされて、永遠の命を得、神を観るかもしれない。
5:神も仏も名無しさん
09/08/31 14:46:56 aCdAMpE9
坐禅してるときに
目を薄く開けてるんだけど
視界が真っ暗になって何も見えなくなる時があったり
光がチカチカ見えるときがあるんだけど
これ何なの?
6:神も仏も名無しさん
09/09/01 13:13:42 s4ZsGzyI
貧血
7:神も仏も名無しさん
09/09/01 19:07:48 wT2Zgwrc
頭に血が上っている。
8:神も仏も名無しさん
09/09/03 12:34:59 Rap41dqH
座禅で体を叩き心が清くするというのは
天魔禅だが、>>5 のケースでは必要
深刻な内分泌異常を起こす前に止めよう
9:神も仏も名無しさん
09/09/03 18:37:36 zE1iXBkk
単なるニミッタだろ
10:神も仏も名無しさん
09/09/04 10:25:04 YdWRHlcv
8が言うのは、白隠の患った禅病かね?
11:だいおう
09/09/04 11:37:51 Yr1hCYq/
そういえば、坐禅しなくても、やや暗めの所に行くと、
5氏の様な感じになる事がある、
ま、意味がない現象なんで、
念を起こさない事の方が大事やろな、
後、普通の精神状態に近い状態での日常生活の上での集中感の方が大事。
12:だいおう
09/09/04 11:40:10 Yr1hCYq/
脳の活動が小さくなり、瞳孔が閉じ気味て、言うやつ、
密教系だと反対に瞳孔開く方向になりそう、まぶしい、金剛w
13:神も仏も名無しさん
09/09/04 15:55:00 YpsC7whT
単純に脳血管の痙攣だよ。
坐るまえに、軽く身体を動かしておくなり、
五体投地で頭を低くする体操をすればいい。
14:神も仏も名無しさん
09/09/04 21:26:55 1Ip15+zl
最近、坐禅を始めた初心者なのですが、
結跏趺坐で座ると、情けない事に足が痺れてしまい
経行のときに、まともに歩く事が出来ません。
立ってるだけで精一杯です。
みなさま、先輩諸子はこの困難をどんな風に乗り替えたのでしょうか?
ぜひ、アドバイスを下さい。合掌。
15:神も仏も名無しさん
09/09/04 21:28:48 1Ip15+zl
×乗り替えたのでしょうか
◯乗り越えたのでしょうか
失礼致しました。
16:だいおう
09/09/05 11:01:38 3YZYDLZT
ま、大森曹玄老師の参禅入門(講談社文庫だったけ?)を読むことだね、
このスレはいい加減な意見の奴も多そうだからね、
余計な思考、念が増えるのが関の山w
17:だいおう
09/09/05 11:22:35 3YZYDLZT
ワイ、はんかオンリーだなw最近密教化していて坐禅すらしてなかったりしてw
ガマン大会じゃないんだからw
正式な坊主やりたいなら、がんばれよw
と言うしかない
18:神も仏も名無しさん
09/09/05 18:38:12 v3f1mJRi
アドバイス、ありがとうございます。
参禅入門読んでみます。
私は今まで、半跏趺坐でヨーガ系の瞑想をしてきたので
それらと決別する意味で、結跏趺坐を組むことに、こだわりたいのです。
ありがとうございました。
19:神も仏も名無しさん
09/09/05 23:04:42 oYmkVOQb
「あぐら」ではなぜだめなんですか?
20:神も仏も名無しさん
09/09/06 00:46:17 jfxZYXXO
道元禅師が、結跏趺坐か、半跏趺坐で座るよう書かれています。
21:神も仏も名無しさん
09/09/07 10:27:41 EBNNW8yA
「一円相」ってこんな感じか?
無無無
無無 無無
無無 無無
無無 無無
無無 無無
無無 無無
無無 無無
無無 無無
無無無
22:神も仏も名無しさん
09/09/13 21:37:23 pwmfuHgy
ティク・ナット・ハンさんの禅的生活の進めに詳しく載っているよ。
23:神も仏も名無しさん
09/09/13 21:59:12 wH5rkGju
立禅、歩行禅を実践したいのですが、座禅と意識の持ちようなどは同じでいいんでしょうか?
生きてること、日常すべてが禅であるということ、私の目標であるのです。
24:神も仏も名無しさん
09/09/14 06:26:15 FayAOg1q
>>23
どれも意が法と出会って妄想が発生しないようにするのは同じでしょう。
作務とかは日常すべてが禅ということでしょう。
25:だいおう
09/09/14 11:37:32 +E8z2Z3z
>>23
曹洞宗的には只坐ってね、とその延長で只の日常行動、
曹洞宗的に世界と自分は一つて言う感覚が、悟りが生まれる時すべてを知る事が出来うるでしょう。
臨済宗は破壊的勢いがいるなw曹洞宗よりも精神の作用幅が大きい、着地点が難易度高いかもなw
26:23
09/09/14 19:23:24 A4zezNPg
やってみるよ。
27:つきみ ◆5izEvL3bjE
09/09/14 20:18:27 lONHG9Wh
僕はね、天台小止観から始めるのをすすめる。
いきなり山頂に放置されるんじゃなくて、里からゆっくり登って行ける。
まあ、人各々だけど、そういう道もあるという事
28:神も仏も名無しさん
09/09/22 12:39:07 pASwQsBO
私は毎日立禅を20分やってる
まだ瞑想はできないけど、ご飯がおいしくなって足の膝痛が緩和した
29:神も仏も名無しさん
09/09/23 11:59:51 8S4HMjH3
瞑想するということは観照者になることだ。
30:神も仏も名無しさん
09/09/28 14:07:19 hkdSJPIC
禅をしてると現実の自我感覚が薄くなってくる。
この世界は現象界だから、
その感覚がが薄くなって、
実在界(神の国やら彼岸やらかな?)の方に引き寄せられてる感じがする。
意識がキレイになってゆく感じだろうか。
31:神も仏も名無しさん
09/09/28 14:24:48 hkdSJPIC
どの宗教だろうが瞑想しなければ意味は無い。
信仰だけでは宗教団体自体を神だとみなす危険性とエゴによる執着がぬぐえない。
32:神も仏も名無しさん
09/10/09 09:17:32 E6A8SrLD
age
33:神も仏も名無しさん
09/10/09 23:21:41 fIYrJLG9
阿含宗桐山教祖の逮捕歴
昭和二十七年八月十六日詐欺容疑、契約違反の容疑で逮捕
警視庁西新井署
十二月手形詐欺容疑で逮捕
千葉県松戸署
二十八年八月酒税法違反私文書偽造容疑逮捕
警視庁防犯課
二十九年三月酒税法違反私文書偽造に対する第一審判決
五月入所
十月東京高裁酒税法と私文書偽造により有罪
34:神も仏も名無しさん
09/10/23 20:35:01 vGEy1mlI
スレタイに「臥禅」が無かったのは残念だ。
35:神も仏も名無しさん
09/10/24 12:39:41 2nDVcpIG
座禅の正しいやり方を、お寺で教わりたいけど
東京だと、どこがいいでしょうか?
宿坊で精進料理たべたり出来たら、なおいいです。
36:神も仏も名無しさん
09/10/24 18:43:52 bWfJNltA
座禅をするとどうなるの?
なんか良いことあるの?
やってみたい
37:神も仏も名無しさん
09/10/24 20:12:46 4WxcAgFo
悟れる
38:神も仏も名無しさん
09/10/24 22:08:37 bWfJNltA
悟りたい!坐ってうすらぼんやりしてれば
ハッと真理がわかるの?
39:神も仏も名無しさん
09/10/25 12:08:41 5DYdtNo7
坐禅の効能、庶民的に、
冷静な判断力が身に付く、
集中力が上がる、
多くの仏教の悟りとは、現実を冷静に無駄なく判断、行動できうる事。
無駄な情報処理無く、その場において適切な判断と行動の選択ができるうる。
悟りへの入り口、無駄な情報処理を減らす事。
ヒント、優秀なスポーツ選手は直接必要な事以外、不必要な情報処理を減らしているしね。
40:神も仏も名無しさん
09/10/25 12:09:42 Pzu0P7hR
>>38、
修行している僧侶の姿を思い描いてみて、うすらぼんやりしているように思えてしまうなら、
もう悟ってるって。
41:神も仏も名無しさん
09/10/25 12:09:45 5DYdtNo7
東京だと曹洞宗、総持寺かもね、
場所わからんw
関西やからなあw
42:神も仏も名無しさん
09/10/25 14:27:40 Pzu0P7hR
>>40の追加
>うすらぼんやりしてれば
くらい軽い感じのが良いかもしんない。
モノが禅となると、肩を張り過ぎるきらいがある。
でも、のた打ちまわる、みたいな経過もあったりするし。
かえって難しくなっちゃうかな。ごめんね。
でも、ぼ〜っとでいいから座ってみるのだいじ。
案外、すぐ悟れるかもよ。これはその人その人でちゃうだろから。
43:神も仏も名無しさん
09/10/28 09:06:01 jU4dNabq
坐禅て初めての人は大まじめにやるもんだ。
もっと明るく坐ろう。
44:神も仏も名無しさん
09/10/28 14:45:28 +s9Sogyr
>>43さん、そうだ。
「明るく座る」
この言葉、すごくイイ。
手前が中途半端に進んでて、呼吸に意識できずらくて、のたうちまわってたりするから、妙に深刻になっていた。
でも、それは一時だし。
良い言葉、いただきました。私も明るく座ります。
45:神も仏も名無しさん
09/11/10 17:17:00 46B2CGYM
その通りだ。その通りだ。
まるで苦行をするかのように坐禅をするなんて外道だ。
釈尊は苦行は全く無意味だったと言っている。
46:神も仏も名無しさん
09/11/17 06:23:32 CWPYovw3
無明や業障を払えますか?
47:神も仏も名無しさん
09/11/17 18:20:37 Ys9d4aZ8
>>46
>無明や業障を払えますか?
ん?質問になってないぞよ。
無明や業障を払えるのは、あなた以外の他人じゃなくて「あなた」でしょ?
というか「あなた」しかできないでしょう?
坐禅やらの技法に信頼性があるのか、効果があるのか疑問に思ってたりするのはわかる。
よく寿司屋が一人前になるのに10年はかかると言うでしょう。
禅の場合は、かなり厳しく、やる気がなくなって、気の遠くなる、絶望的な、年数がかかる。
20年〜30年はかかると断言します。甘くない。これでみんなやる気を無くします。
これを聞いて、やる気を無くすようならもうだめです。甘くない。苦いよ。
それでも頑張るなら最後は甘くなるという。あとは自分で決めてね。
48:神も仏も名無しさん
09/11/21 11:58:40 1C1UsgQJ
吐くときは黄門の筋肉をしっかり締めないと痔になるそうですよ。
49:絶対神
09/11/21 12:03:45 YhmrdZDC
>>39
そういうのをカルトマインドコントロールというのですねw
>>47
何十年もかかると言って、深みを強調し、「結局、何も与えない」。
カルトの常套手段ですなあ。
言う事にもっと説得力を持たせたまえ。
すし屋というのは「実在し、実際にうまいものを食べる事が出来る」。
それに対して、お前の言っている事は「確認しようがない」。
『全然、意味が違う』
何十年もやった結果、「そうなった」と「お前が錯覚しているだけ」
かもしれないぞw
「やれやれ、カルトはこれだからな」w
50:神も仏も名無しさん
09/11/22 20:58:49 slE46Fxw
「さて、座ろうか」と思ったら半分成功。
で座ると。短期間繰り返していくうちに要領が掴める。
でも>>3が難しいと思う。これがうまくできりゃ・・・、、、
51:神も仏も名無しさん
09/11/22 21:04:00 slE46Fxw
誤解を受ける書き方してもたw
坐禅そのものじゃなくて、あらゆる型の禅を
無意識に生活に取り込むという意味ね。
52:神も仏も名無しさん
09/11/24 08:40:35 5Ne3/MAB
悟りが坐ってるときだけであれば、あんまし意味ないものね
日常生活の中でも不動の芯みたいなものが欲しいよ
53:神も仏も名無しさん
09/12/10 00:10:38 O9d6F/90
>47
??30年間も何をしてたんでしょう??
54:神も仏も名無しさん
09/12/20 11:22:31 YaVKBZMT
30年なんて宇宙の時間で考えたら刹那。
そして人間も宇宙の一部なのだから、
30年がどうのなんて考えても始まらないよ
55:神も仏も名無しさん
10/01/02 11:13:59 EgPTV92U
昨年1年坐禅中止し今年からまた始めた在家です。今年は坐禅1日15分と決めました。以前は週に数回3-40分とかやってましたが、
どうも効果的ではない様に思います。
毎日15分の坐禅で整調し、残りの時間正念相続するように図れば、坐禅は15分で足りるのではないでしょうか。
禅の要旨は、ただ「観」る事を相続するだけです。妄想があろうが何があろうが一切放って置いて。
私は坐禅中は只管に我が呼吸を「観」ます。(随息観)
それさえ出来れば全てついてくる。祖師録、般若心経、透過出来ます。
それを臨済禅師は、「無位の真人は常に面前(この場合鼻ですな)から出入する」と表現し、般若心経ではそれに熟達した修行者を
「観自在菩薩」と表現しているわけです。
後、看話禅は邪道だと確信してます。あれは妄想に他ならぬ。修行体系づけたのはノイローゼだった白隠禅師だし。止めるべき。
56:神も仏も名無しさん
10/01/11 01:20:58 mmgCJPdD
>>55
確かにアーナパーナ(入息出息観)は基本中の基本ですからな。
看話禅は邪道かもです。ノイローゼ状態を無理矢理作り出す方法ですから。
そういった追い込んで悟らせるという方法は祖師にも仏陀時代にもありません。
まあ臨済録の臨済禅師の言動自体が過激なので何とも言えませんが・・・。
あとは・・カルト問題ですか。
坐禅などは基本一人でやるものですから、宗教団体に属してドップリ浸かってる方でないなら
大丈夫でしょう。前者記の白隠禅師の件がありますから野狐禅は危ないんでしょうがね。
私が基本的に思うに、「これこそ常道」とか「これが真の道だ」とか「これだけが道に至る」とか、
限定的な方法論や集団の技法に没入して欲しくないのです。
「自分だけのものであって、全ての者のもののためである」というような感じがいいと思います。
57:神も仏も名無しさん
10/01/11 09:55:05 ErZ/XLjC
57
58:神も仏も名無しさん
10/01/24 22:40:22 hSw0jx22
>>毎日1日4-50分やればいいのでは。
>毎日15分の坐禅で整調し、残りの時間正念相続するように図れば、坐禅は15分で足りるのではないでしょうか。
無理でしょう。
59:神も仏も名無しさん
10/01/24 22:44:20 hSw0jx22
58は>>55氏に。
1日15分でどうにかなるなら、白隠禅師だってそれだけで済ませてるでしょう。
60:神も仏も名無しさん
10/02/02 11:54:54 USHNLz6j
修行僧よ。瞑想せよ。
なおざりになるな。
汝の心を欲情の対象に向けるな。
なおざりのゆえに鉄丸を呑むな。
灼熱した鉄丸で焼かれるときに、
「これは苦しい!」といって泣き叫ぶな。
61:神も仏も名無しさん
10/02/03 11:29:25 1S6whqkM
それをいうなら、「おざなり」ね。
62:神も仏も名無しさん
10/02/03 23:04:28 F0aAJ+mH
なおざり〔なほざり〕【等=閑】 [形動][文][ナリ]
1 いいかげんにしておくさま。本気でないさま。おろそか。「―な練習態度」「子供のしつけを―にする」
2 ほどほどで、あっさりしているさま。
おざ‐なり【▽御座なり】 [名・形動]
いいかげんに物事をすませること。その場だけの間に合わせ。また、そのさま。「―を言う」「―な処置をする」
63:神も仏も名無しさん
10/02/04 12:58:41 K1n2oSgH
61はこのまま出てこないつもりである。
64:61
10/02/06 09:41:44 NwOVoNUP
失礼しました。なおざり、全く知らなかったッッス。プロバイダがアク禁くらってたので遅れました。
65:神も仏も名無しさん
10/02/07 12:54:14 DmB2kn9L
いわれて飛び出てジャジャジャジャy−ん
66:神も仏も名無しさん
10/02/27 13:00:46 SwVgADZt
こっちもありますよ。
坐禅と見性69章 環境しだいで同にでもなる我
スレリンク(psy板)
67:神も仏も名無しさん
10/03/06 22:24:55 HgYJAxWz
お前ら実行しろよ
68:神も仏も名無しさん
10/03/07 12:55:07 /j99S+ia
そうだ!坐ろう・・・・。
69:神も仏も名無しさん
10/03/07 16:44:32 rIf5hTse
トイレでやったらかぜにいた
70:神も仏も名無しさん
10/03/09 23:36:36 Q5lKB4OW
パソコンの前の椅子で座禅。ネット中毒を抑えられるかも
71:神も仏も名無しさん
10/03/14 18:25:07 iXl4Ee5e
>>1
>ウンコしたときに、神にウンコがベットリ付く奴は、ケツ毛を剃れ。
>オレは電気シェーバーの際ぞり用の刃でやってるが、
>剃るとあら不思議、あら簡単、ウンコがほとんど付かなくなる。
>トイレットペーパーの消費が減る。
72:神も仏も名無しさん
10/03/21 02:32:57 zcA8Misc
デフォルメA環境アニメの探してからダイエットするなう。働いてから毎日が本番安く澄まそうらっしゃる。
私が学んだのはインデックスキャリア仕事探し。
力を日記ビリーミクデ旅行などのをば腕立て首後ろのツボする。
作っても良い抜く腹筋無人有能な人物になるルールをエッセイ検察官のような気持ちで整理していた。
溺愛する犬についてねーの?
ヘリオットのメチャメチャ安く澄まそう連絡まち。
奥深くへと恋人卒業式どちらかをやるの方が方法もう流行らない。
予行練習はなくロリコンきめぇ。
73:神も仏も名無しさん
10/03/22 20:56:57 trtF4O8u
URLリンク(www.sets.ne.jp)
ここは参考になった。
74:神も仏も名無しさん
10/03/27 19:30:36 LBV3jv6i
フロー体験と坐禅はなんか似てる
75:神も仏も名無しさん
10/03/29 09:15:04 l6WXsZBa
>>74
これ?↓
Wikipedia項目リンク
こりゃかなりイイ線いってそうだぞ
76:神も仏も名無しさん
10/04/05 01:07:53 6JaJgsCO
フロートタンク体験と坐禅は全く同じ
77:神も仏も名無しさん
10/04/09 10:43:24 AWI6nBar
禅⃞
78:神も仏も名無しさん
10/04/24 05:53:01 rY24CPLx
坐禅したら零感だったのに霊感持ちや霊能力がついたって人いますか?
どういった方法でどれくらいの期間やったのですか?
是非教えてください。
79:神も仏も名無しさん
10/05/02 08:59:01 KfS4P0uX
保守するともなく保守してみようかな
80:神も仏も名無しさん
10/05/03 12:12:07 xDTH6/VU
数息観がいい。
>>78
坐禅は霊感とか霊能力とは無縁。
そういうのは宗教板よりオカルト板に猛者がおおいぞ。
81:神も仏も名無しさん
10/05/05 14:01:39 KixkTWxA
よく座禅を心を静めるとか、忍耐力を養うとか思ってる人が多いが、
まぁ体験したいだけの人とか好奇心だけの人ならその程度の理解でもかまわんが、
本当の禅てのは、たいていの人が眠らせている死なせている脳を活性化することなんだよ。
人は「考えない」状態になると、それまで考えることによって押さえつけていた
脳がたちあがってくる。それを右脳とよぶか脳幹とよぶか爬虫類脳とよぶかは人によりけりだが、
座禅の真の目的は、その普通は死んでいる脳をよみがえらすことにある。
が、それには志ある人が真剣にとりくんでも三年以上はかかる。
おそらく一般人はそこまでやりとおせない。だから、禅が誤解されざるをえない。
本をよみかじるだけで本気で座ったこともない頭でっかちな者には想像もできないだろうが、
座禅とは理屈や思想とはなんの関係もない、身体的な現象なのだ。
わかるひとにはわかるだろう。
82:神も仏も名無しさん
10/05/05 18:11:15 Xh4yA/iz
>>81
ああ、わかるような気がします。事実かどうかはともかく、そうじゃないのかなという疑問をずっと持ってた。
禅定っていうのは普段使わない脳の部位にアクセスしている状態のことじゃなかろうかと。
坐禅始めて間もないんで、禅定の状態に入ったことなんかないんですけれどね。ただ気持いい楽しいなあと思うくらいで。
ただそうだとすると、そのことと無常や悟りといった仏の教えとはどう結びつけたらいいんでしょう
83:神も仏も名無しさん
10/05/05 19:03:29 KixkTWxA
三年と書いたけれど、その間まったく進歩しないというものではなく、
折にふれて発見や驚きのような感覚はある。トンネルをほるようなもの。
どこまで掘るのかはわからないが、土が後ろへたまっていくのは判る。
私の体感から言えば、思考を停止することで立ち上がる脳の発達が、
通常の生活をするための思考脳よりも優位にたった時点を、見性というのではないだろうか。
バソコンに例えるなら一つのCPUで動いている人体をデュアルCPUへ、さらに二つ目のCPUを
もとのCPUよりもスペックをあげると。
といって、>>82さんの言われる禅定のための脳の発達が終わるというものではなく、
意志さえあるかぎり開発はどこまでも可能であると思われ。
私は見性と悟りを区別したいとは思わないが、あえていうなら、見性後のさらなる禅行から
えられる境地といえるのではないでしょうか。
84:82
10/05/05 22:15:04 foJkHjUp
>>83
83さんは禅や仏教に造詣の深い方とお見受けします。
そこで唐突で恐縮ですが伺いたいのです。
人は何故座禅をしたり悟りを目指す(必要がある)のですか?と質問された場合、83さんはなんとお答えになりますか?
坐禅を通して83さんに変化が起こって、そのおかげで何らかの利益を得たり、有利になったことはありますか?
悩みがなくなったとか、仕事がうまく行くようになったとか…(私は自覚する分には全然ないのですが)
また、仏教は絶対の神に「救い」を求めるいわゆる「宗教」とは違うように思われますが
仏教に救いを求めることは可能でしょうか?
私はまさに心を鎮める方法を探してるうちに坐禅に行き着いて、
ひとり、部屋で座るようになり(心を鎮める効果は確かにあったと思います)、
仏の教えについてもすこしずつ勉強を始めたのですが、疑問に思うことがたくさんあって、
一度坐禅に真剣に取り組んでる方に聞いてみたかった。ご面倒ご迷惑でなければ、考えをお聞かせください。
あと、スレ違いだったらすみません。
85:神も仏も名無しさん
10/05/06 08:35:33 MqhqLBhe
【脳科学】禅の瞑想法は感情と痛みを制御する脳の一部を分厚くさせ痛みに対する感受性を低下させる/カナダ研究 [科学ニュース+]
URLリンク(www.unkar.org)
86:83
10/05/06 17:57:16 uXG17msX
私は、座禅をすぐれたメンタルトレーニングとする立場から書くほうが要旨が明解で自分も書きやすいので、
仏教から見た座禅については、よりふさわしい方におねがいできればと思います。
何故座禅をするかを一言で言えば、人生を楽しく過ごすため、という言い方が私は気に入っています。
誰だって人生を楽しく過ごしたいわけだが、2chなど眺めていれば誰でもわかるように、
人の心には嫉妬やら憎悪やら劣等感やらであふれている。物質に満たされていても、
生老病死をまぬがれる者はいない。外界を変えることは不可能である。
であるならば、自身をかえる以外にない。
変えるとは、すなわち、上記のような人生の苦痛を軽減、
もしくはそれらに影響を受けない自分にすることではなかろうか。
87:83
10/05/06 17:59:27 uXG17msX
>>85の記事は中々面白いし、「座禅が苦痛を軽減する」という点では私と共通する。
その理由を、記事では、長時間痛みを伴う苦行を続けることで、
痛みに対応する脳が分厚くなるとあるが、そこは少しどうかという気もするが。
座禅の主目的は痛みに耐えることではなくて、「考えない」ことだから。
私の「座禅が苦痛を軽減する」という理由は、前述のように、人は「考えない」でいると、
通常は使わない脳が立ち上がってくる。(脳という言い方は我ながら抵抗があるが、
「新たな意識」とか「意識された無意識」とか、いろいろな言い方が可能か)。
この脳を鍛えることによって、デュアルCPUと例えたように意識の二重構造のような感覚になる。
それまでひとつの意識が10の苦痛を処理していたのが、二重になれば、
それぞれ5の苦痛を処理するだけですむ。肉体的な苦痛にしろ、精神的な苦痛にしろ、
処理の分散化が起これば、それは「軽減」もしくは「あまり影響を受けない」という結果をもたらす。
図式的なこんな説明のしかたもどうかと思うが、私の体感は、
とにかくそうしたものなのでどうにも仕方がない。
88:83
10/05/06 18:09:54 uXG17msX
で、座禅から何か利益を得られたかですが、上の話と関連させていうなら、
苦痛だったことが苦痛でなくるなることは、途方もない利益をもたらす。
飯のうまいまずい程度のつまらぬことでピリピリしていた男がそれを気にしなくなれば、
妻や家族との関係は明るくなる。常にイライラして部下を怒鳴りつけていた男がいつも温和冷静でいるようになれば、
部下の信頼も上司の信望も厚くなる。人が信頼してよってくる。評価があがる。経済事情が好転するかもしれない。
恋愛についても同様。
先哲には、座禅をつづけていると人相がよくなるという人が多いが、
それも人間関係を良くする要素といえるかもしれない。
というように、人を不幸や不満におとしいれているのは、つきつめて考えると、
外界に原因があるよりは、むしろ自分自身のなかに原因があると。
自分がかわればおのずと世界はかわる。
苦痛を苦痛ではなくするとは、思う以上に、おおきなことなのでしょう。
89:神も仏も名無しさん
10/05/07 05:05:24 TKVR6aiV
>83
なるほど。些細な事のように思えることも、実際には大きな影響をあたえて
いる。それが瞬時に見えるようになることが「観」なのかも。
90:82
10/05/07 23:22:23 Qivvfwmj
>>83さん
ご見解を伺うことができて非常に嬉しいです。ありがとうございます。
何度も読ませていただくうちにだんだん楽になっていく感じがあって、
坐禅に対してガチガチになってたんじゃないかというか、何かしら妄想を抱いてたんじゃないかと思い至りました。
ここ1年くらい、俺の人生終わったーみたいに感じてたせいもあるかなとも思うんですが、
坐禅をしたらそれで人生が好転しだすとでもいうような、
過剰な期待を持ってしまったような気がします。
>>89さんのレスにもはっとしました。坐禅というのは物凄くリアルな物なのかもしれません。
まだよくわからないのですが、とりあえず今日も座ってみます。
本当にどうもありがとうございました。
もうひとつだけ、伺いたいのですが
座ってる間、まばたきをしてもいいんでしょうか?
薄目を開けているとだんだん目がヒリヒリしてくるんですよね。
自然に任せてまばたきをして構わないものでしょうか?
我ながら馬鹿みたいな質問だとは思うのですが…よろしくお願いします。
91:神も仏も名無しさん
10/05/08 09:56:27 dHeDmM6x
>>90
82さんも色々な書物を読まれていると思いますし、
座禅についても多くの人がさまざまなことを言っている。
また、禅宗の方に聞けば、例えば曹洞宗ならば道元さんが
ことこまかに座禅の作法を書き残しておられるから、
その宗派の禅者は自分の経験からというよりは、
それをもとに指導するのが原則となっているでしょう。
ネットでもやれ腹式呼吸だ逆式腹式だ数息観だ随息観だとか、
まぁバラエティにとんでいる。
悪く言えばわけがわからない。
92:神も仏も名無しさん
10/05/08 10:05:42 dHeDmM6x
そこで大切なのは本質に帰ることで、
座禅の一番大事な「考えない」という場所にもどらないといけない。
「考えない」ためにはどうするのが一番いいか、そこがキモなわけです。
人は体型も体質も感覚もちがうから、食い物と同じで、ある人にとって最良のことが
ある人には最悪にもなる。
まばたきをすれば痛さが消えて集中しやすくなるならしたほうがいいし、
しないで涙目になりつつも痛さをこらえたほうが集中できるならしないほうがいい。
が、あくまでも座禅は我慢比べではありません。
スレタイにもある立禅とか歩行禅というのが成立するのも、
「考えない」状態を維持できるのなら、
姿勢や状態などは二義的な問題にすぎないということなのだと思います。
93:83
10/05/08 10:09:19 dHeDmM6x
いつも長文で申し訳ないのですが、「考えない」状態のことですが、
私ははじめたころは二点に意識を置く、ということを心がけました。
禅宗の方の本にあった方法ですが。
ひとつは、半眼でぼんやりと何かをみている。床の線だったり畳の目だったり、
また面壁していれば壁のシミや木目だったり。
けれど、それだけだと色々雑なことを考えてしまうんですね。
そこで、もう一点意識をそらすために、座布と接しているももや尻のあたりに意識をおきます。
目と肌感覚、そういう二点に意識をおくと、考えることは不可能です。
当然そういう状態を続けるのは集中が必要なので、たまに途切れます。
目が痛くなったり顔がかゆくなって集中がとぎれることもある。
とぎれたものは仕方がない。そうしたら、また集中する。
そんなことをくりかえしているうちに、長く集中できるようになればいいのだろうと思いますし、
特別な工夫せずとも、自然にそうなっていきます。
いうまでもなく、目や肌感覚でなくてはならないというものではなく、
周囲の生活音に耳をすましたり、息や鼓動に意識をおく方法もあるでしょう。
自分で一番いい方法をみつけることです。
94:神も仏も名無しさん
10/05/10 12:38:25 uUnvcU4s
>93
よくわかります。私の場合は1点は痛みでした。痛みを堪えることで
集中できるようになりました。
95:82
10/05/10 23:11:09 6fmkbRcD
>>83さん
すぐにお礼を申し上げたかったのですが、週末、体調を崩してつい時間が経ってしまいました。
失礼しました。
83さんのお話を伺っていると、自分が座禅をする上での出発点が洗い出される感じがします。
やっぱり、いろいろ自分では勉強してるつもりで、いつの間にか混乱していたのだと思います。
「考えない」ことが自分にできるかどうか、「考えない」事の先に何が見えてくるのか。。。
とりあえず今日も座ってみます。ただ先が長そうなのが不安ではありますが。。。
私は5つ数えないうちに頭の中がざわざわし始めます。
しかし、転んでも起き上がるしかないわけですしね。
どうもありがとうございました。是非またお話をお聞かせください。
宜しくお願い致します。
96:神も仏も名無しさん
10/05/12 21:31:05 rDKF0jmy
最近坐禅をするようになった。この方法は非常にいいと感じている。
今日は14日目。朝、40分坐った。寝る前にさらに40分坐るよていだ。
朝起きて、布団の中で考えたのは、
「随所に主となれば、立つ処皆真なり」
臨在義玄のことばらしい。WEBでたまたま見つけた。すばらしい言葉のような気がする。
これは何を言おうとしているのだろう。
主体的であれば、いつでも真実の自分でいれる。そういう意味だろうか?
主体的とはどのような時のことなのだろうか? 今布団にいる。まだ眠たい。しかし坐禅
をすると決めている。
起きなければならない。おきて坐らなければならない。さてここで、私は主体的なの
だろうか? 眠いのに起きて坐ることは主体的なのか? 主体的でなくても真である
ことはあるのだろうか? もし主体的でないのに坐るとすれば、真ではない。ならば
その坐禅は真ではないことになる。
まあとにかく坐ってみよう。
実にすっきりした。頭がクリアーになった。これはたぶん真だろう。
今日は集中できた。昨日は集中できなかった。なんとなく惰性で坐った。惰性で
坐っている時は、主となっていないことになる。多分そういうことだろう。
ということは、随所に主とは、常に意識的であれと言うことかもしれない。そう
キンヒンのときダラっと歩いている人がいたが、あれは主となっていないな。
97:神も仏も名無しさん
10/05/13 05:15:13 4HWaLOY8
今朝も40分坐った。半分くらいは集中できただろう。気持ちがいい。
「随所作主、立処皆真」だが、随所とは「どんなところでも」の意味だろう。
どこでも、主体的であれば、立っているところは、全て真。
つまり
どんなところに立っていても、主体的であれば、真実の自分でいれる。
外見は命令で「やらされている」ような時でも、心の中では自らやっていれば、真実の
自分でいれる。
どんなことも嫌々やる必要はない。自分の工夫でやるようにすればよい。
「主となる」とは主体的ということでいいのか? 主とはその場、その時の主だろう。
「主とならない」とはどういうことか? 隷属すること、家畜のように鞭打たれて自分が
無い状態だ。嫌々仕事をしているサラリーマン状態だな。上司がきらい、仕事がくだらない。
単純作業で無意味な仕事を延々とやらされる。そういう状態だ。
そういう状態でも「主となる」ことができるといっているのだろう。新米の托鉢僧に
言った言葉かもしれん。
これから托鉢に出る時に「腹減ったー、気が抜けたー、だらーん」としたそういう、托鉢僧
がいたのだろう。
98:神も仏も名無しさん
10/05/14 05:37:45 meurcxk5
16日目だ。今朝も坐った。妄想しているうちに、あっという間に40分がたった。
部屋を全て整理して禅堂にしよう。
行動方法を変えよう。禅のように。速やかに動くようにしよう。どうも
無駄時間が多い。
99:神も仏も名無しさん
10/05/17 13:32:55 cvBaQIrC
主というのもいいかもしれませんが、
主客の境がなくなる、
主客がひとつになる、というのはどうでしょう
100:神も仏も名無しさん
10/05/17 16:40:50 6wzyBNQr
主客なしとは全てが仏ということですか。なるほど。
主とは仏のことですね。これは境地が一段上という感じですね。
一遍さんの
「となふれば、仏もわれもなかりけり、なむあみだぶつ、なむあみだぶつ」
ですね。
101:神も仏も名無しさん
10/05/17 19:21:40 6wzyBNQr
「随所に主となる。」
わたしが書いているのではなくて、仏が書いている。
一大事です。まさに立つ所真です。
私の目は仏様の目
私の耳は仏様の耳
私の口は仏様の口
私の手は仏様の手
私の足は仏様の足
私の体は仏様の体
私の心は仏様の心
102:神も仏も名無しさん
10/05/20 13:45:19 rfxcsuul
一遍さんの言葉はいいですね。
仏もわれもなかりけり。
座禅をやろうなんていう物好きは、たぶん自我とか自意識に苦しんでいる人が多いのではないでしょうか。
思うままにならない、むくわれない、誇りが傷つきたくない、他人に負けたくない。
自我自意識が強い者ほど、その苦痛は大きい。
苦痛をやわらげようとするなら、自我自意識を弱めるほかはない。
その果てとして、仏もわれもなかりけり。
座禅がそういうものであるならいいですね。
103:神も仏も名無しさん
10/05/20 17:44:31 h7QeS3vL
最近ようやく一つの悟りを得ました。坐禅とは、つまりトレーニングなのですね?
ゴルフの理論本をいくら必死に読んでも、練習しなければ上達しないように
坐禅も、いくら理論を勉強しても、それで心がクリアになるわけでは
ないのでしょうね。素振りを何百回もやってフォームが決まっていくように、
坐禅も、ただひたすら実践あるのみなのでしょう。いわばスポーツの練習と
同じものと考えたら、なんだか色々スッキリ理解できるようになりました。
104:神も仏も名無しさん
10/05/20 17:53:01 h7QeS3vL
過去に多くの禅師たちが、「いや、いいからとにかく座れ。」
と言っていた意味が、遅ればせながらようやく分かりました。
そういう言葉は知っていたつもりなんですが、今までは
その意味を全然理解してなかったのですね。
105:神も仏も名無しさん
10/05/20 21:55:26 rfxcsuul
同じように思います。
人は素のままだと、地面のうえに大きな石が置かれているようなものでしょうか。
石とは、「考えること」。日常の煩瑣な出来事、心配事、過去の記憶等々、
ふだん我々の頭をすさまじく占領している「考えること」。
何もしなければ死ぬまで石は動かない。
座禅は、この石をどけることでしょうか。
どければ、地面から今まで育たなかった芽がでてくる。
芽が小さいうちは、また石が元に戻っておしつぶしてしまう。
でも芽が双葉になり本葉になり幹になりしていくうちに、
石はそうそう簡単にはもどらなくなり、幹のほうが強くなる。
この幹には無限の可能性があります。
106:神も仏も名無しさん
10/05/21 04:02:33 ogy+agUN
どんなシチュエーションでも、どんな逆境でも、自己を護持できれば、誤る事は無い、と。
私はそう捉えています。
107:神も仏も名無しさん
10/05/21 10:04:28 +dcVu5Yz
『莫妄想』(妄想すること莫れ)である。
坐しているときはもちろん、
日常的にあらゆる妄想の派生を警戒すべし。
これを第一義とすべし。
108:神も仏も名無しさん
10/05/21 11:08:17 YWwXbajv
>>106
言われること、もっともと思います。
人の自己の在り様はそれぞれで、体重やコレステロールや血圧のように、
バランスのとれた人もいれば、高すぎて正常な生活すらできない人もいる。
同じように自己のバランスがとれていて己の欲するところに従って則を越えない人もいるし、
そうでない人もいる。
苦痛とはなにか、苦痛はどこからくるのか、それに思い当たる人が、
原因をしずめていけばいいのだろうと思います。
109:神も仏も名無しさん
10/05/23 04:06:16 GnF7+Ihj
このスレに出会ってから変われました
自分のはきっと禅なんて言える代物じゃないんですが
欝病の彼女と大変辛い別れをしてから(死んだわけじゃない)
自分もそっちにかなり片足つっこんだような
雑念だらけの人間大嫌いな人間になってしまって
もう変わる気もありませんでした
このスレで皆さんがおっしゃってる事を
全部覚えるくらい毎日読んで、少しだけ見様見真似してみてるうちに
そんな日常生活や仕事に集中力とか、明るさや冷静で前向きな行動力みたいなものを
取り戻すことが出来ました。
毎日もっと善くあろうと何かしらの努力をすることが出来ている感じです。
「常に意識を傾注するものとして」というのは非常にいい言葉ですね
脳の使い方コントロールの仕方というものがほんの少しだけ分かってきた気がします。
ただこのスレとかリンク先読んでるだけなので、
たぶん半分もちゃんと分かってないのだとは思います。
ただ、変われた・・・というか
本来出来るはずの事が出来る人間に何年ぶりかに戻ることが出来た。
それは本当にこのスレのみなさんのおかげなのです。
一生無理だと思ってました。本当に苦しかった。
おそらく意味不明ですが、感謝の気持ちを一言書き込んでいきたかったので・・・
本当にどうもありがとうございました。
これからも、またさらにがんばっていけそうです。
110:神も仏も名無しさん
10/05/23 21:19:55 Rqp+0U7v
よかった。こちらも元気をもらいました
111:神も仏も名無しさん
10/05/24 23:17:18 hLoL/rFX
>>34
>臥禅
座禅立禅とくらべ、寝ながらだと肺が圧迫されるせいか、
呼吸が安定しないので、瞑想にはいりにくい。
白隠が内観法でいっているのは、瞑想法とは別物と考えるのが
無難で、心身のリラックスのための呼吸法という感じかな
112:神も仏も名無しさん
10/05/25 08:11:33 VZgfZ6PO
>111
深い瞑想は坐禅だが、軽い瞑想状態には寝禅でも十分はいれる。
河野十全の寝禅のやり方が詳しい。これは動禅(ゆっくり動く)だけどね。
殆ど無意識に動き出して、野口整体の活元運動の寝転がりバージョン
みたいな感じかな。あるいは寝てやる太極拳。
寝禅という言葉も、河野十全も知らなかったが、以前これと同じことを自分で
考え出して、かなり長いことやっていた。
すッごく気持ちがいい。しかし無意識に嫁に絡みついたりするものだから、
嫁に、「眠れないーーーーー」と嫌われて、それ以来、寝室は別々。
欲求不満になったらいつでも襲ってくれていいとは言ってあります。
因みに、今は一人寂しく朝の4時30分から坐禅です。
113:神も仏も名無しさん
10/05/25 11:59:27 kEL48Hrm
111だけど、以前調子わるいときに、ホロトロピックセラピーに興味をもって
試したんだが、ランナーズハイ的な快感は確かにあるんだけど、
瞑想といわれるとちょっと疑問あったんだよね。内観法もしかり。
白隠も河野十全、あなたにしても座禅をやりこんで瞑想にはいるコツをものにしたあとに、
寝禅をやったから瞑想にはいれるわけで、なんも素地のない人が寝禅といっても、
ただのランナーズハイ的な気持ちよさでおわっちゃわない?
114:神も仏も名無しさん
10/05/25 16:29:26 VZgfZ6PO
河野十全は坐禅から入ったようですね。そこからよくあの寝禅を発見したなと思います。
まじめそうで結構やんちゃなのかもしれませんね。
私のように馬鹿だと、馬鹿なことを色々やりますので、必然的に寝禅とかは発見しやすい
のですが、河野さんのように人間研究をやられてた立派な人が、どうしてあんなことを
知ることができたのか、すこし不思議な感じがします。
普通は目が覚めたら、歩いて顔を洗いに行きます。それを布団の中でぐるぐる蠢いたら
私の嫁でなくても気味悪くなるでしょう。
寝禅を理解できるのはかなりレベルが高い(いや低いのかも)
115:神も仏も名無しさん
10/05/25 18:43:28 kEL48Hrm
河野十全氏の寝禅のサイトをみてきましたが、
自分の理解と少しちがっていて面白いですね。
寝禅てのはただ横になってやるのかと思ってたら、
寝起きのぼんやりした状態、
覚醒と睡眠の中間の状態を利用するってのは面白い。
そういうことなら初心者でも瞑想に近い状態にもっていきやすいかもしれませんね。
116:神も仏も名無しさん
10/05/25 21:35:25 VZgfZ6PO
おっ、わかります? あれが解るというのは、すばらしい。でも初心者に
解りやすいかどうかは解りません。
河野さんが狙っているところは非常にいいせんいってるとおもいます。
無意識に蠢いていると、体に悪いところがあるような場合わかるといっていますね。
自分はそこまでは行きませんでした(体にわるいとこがないし)が、体の質感を変える
ようなことが自在にできるようになりました。つまり雲になったり、泥になったり
深い海になったり、そういうようなことです。
117:神も仏も名無しさん
10/05/25 22:00:51 VZgfZ6PO
説明が難しいのですが、坐禅をやる人はまじめなんですね。ですが、不真面目さが必要なのです。でも不真面目では
だめなんですね。真剣であって自由度がある。つまり本人は実際は真剣なのに周りの人がみると不真面目でしかない。
そういう誤解を受けやすい人が適している。
斜めに構えている人とかすぐに茶化すような人はだめですね。やはり真剣さが必要です。
ああ解りました。
結局本人はあくまで真剣であればいいですね。 そうすれば、周りが見れば可笑しいはずです。
周りから見て変でないようでは修行が足りない。微妙ですね。「変」を狙ってはだめですね。
「変」がわからないのもだめかもしれない。「変」を承知でやってるのがいいのかも。
「かすかに変」と理解はしている。しかし実際は「大変」人。坐禅人は大変人。
河野さんのことです。あの人はまじめに可笑しい。
118:神も仏も名無しさん
10/05/27 10:01:21 LNyNDy3+
変な話だが、最近座禅やってるとエクスタシーのような感覚が断続的にくる。
酒や麻薬による快感が、薬理的な自我の喪失からくる緊張の弛緩だとするなら、
座禅も意識の変革による自我の喪失ともいえるわけで、
エクスタシーのような感覚がきたとしても、わりと自然なことかもしれない。
禅宗の僧侶はあまりそのことを語らないようだが。
119:神も仏も名無しさん
10/05/27 12:36:20 PJKclmkQ
座禅で禅定や三昧の境地に入ると、無上の至福感に包まれる、
と言うからな。
120:神も仏も名無しさん
10/05/27 14:11:44 LNyNDy3+
そのせいかどうかわからないが、
性欲をあんまり感じなくなった。
いいことかわるいことかわからんが
121:神も仏も名無しさん
10/05/27 19:17:36 LbmutR20
エクスタシーか。まだそこまで、いってないなー。
コーヒーとか飲んでます? 最近、水しかのまないようになってきた。
122:神も仏も名無しさん
10/05/27 20:51:06 1BR6WXuL
気持ちいい体験するとどっかでまたそれを経験したいとか思っちまう。
んで記憶にとらわれて今を逃しちまう。
123:神も仏も名無しさん
10/05/27 21:54:44 LNyNDy3+
食生活は普通でコーヒーも紅茶ものむけど、
以前はかなり飲んでいた酒をそれほどのみたくなくなったかもしれない。
座禅の効果に「緊張の弛緩」という段階があるのなら、
外的な嗜好品にたよる必要がなくなるということはあるかもしれない。
以前、佐保田鶴治氏やそのほかのヨーガ系の方の書物にも、
酒をのまなくなったという記述をみたことがあるので、
根拠のない話でもないのでしょう。
124:神も仏も名無しさん
10/05/29 09:25:33 sX0ZYL8I
自分は生活習慣を直すのを先にはじめて、そのつながりで坐禅に興味が
でてきたので、逆だなー。
酒、タバコ、嗜好品はやめて、菜食にして、定期的に運動をする。というのが
最初だった。コーヒーだけは残しているけど、坐禅の直後に飲むと刺激が強す
ぎるきがする。
125:神も仏も名無しさん
10/05/30 10:31:25 kLL/gxde
座禅中や瞑想中は代謝がおちるというから、刺激物をガブガブやるときついかも
126:神も仏も名無しさん
10/05/30 16:13:05 kLL/gxde
その代謝が落ちたのをケアしないまま長期間放置した結末が白隠の有名な禅病かな?
かえってイラついたり不安感が増したり嫌な記憶がフラッシュバックしたり、
これは自分も今そうなので他人事じゃないやw
禅に精進するのはいいけど、代謝をもどすケアも平行してやんないといけないね
127:神も仏も名無しさん
10/05/30 19:44:09 ev9VleU+
永平寺とかの禅修業は、動禅と静禅を交互にやってるよね。
普通の坐禅をしたあとは、廊下掃除の動禅やったり。
ああいうのも一つの知恵なんだろうね。
128:神も仏も名無しさん
10/05/31 09:13:53 ooUGFCo0
なるほど、以前禅寺の参禅会にいったとき、
禅と禅の合間に作務と称する掃除をやらされて、
これって意味あるのかなとちょっと疑問だったんだけど、
長い経験にもとずいた知恵なんだねー
129:神も仏も名無しさん
10/06/10 22:18:41 sxAu+qcN
なんといっても
坐禅ころがしが一番加虐感があって
最高だよ。
130:神も仏も名無しさん
10/06/11 19:06:05 NJkDOhck
座禅ころがしって、ダルマさんがころんだっていうあれ?
131:神も仏も名無しさん
10/06/12 13:03:54 IB/y210k
立禅や歩行禅は、自転車にたとえるなら両手離し運転。
瞑想とか禅定にはいるとはどういうことを意味するのかしらない者がそれをするのは、
自転車に乗れもしない者がいきなり両手離し運転するのとかわらない。
132:神も仏も名無しさん
10/06/17 13:05:24 lUVxZEqB
「インターネット和尚」ってどうよ?
133:神も仏も名無しさん
10/06/18 14:38:03 yZkJkmaz
お経を読むことって坊さんの専売みたいに思ってる人がいるけど、
あれはトランス状態になるのに最短の方法なんだよ。
意識のすべてを言葉にむけ、忘我状態へみちびくもので、
TM瞑想でも似た方法をつかう。
134:神も仏も名無しさん
10/06/18 18:40:47 N280aBsf
>>133
なるほどトランス状態ですね、わかります。
135:神も仏も名無しさん
10/06/19 11:37:52 PHn22T8o
読経は、自然な腹式呼吸にもなっていて健康にもいい。
坊主が長生きというのはそのせいという説もある。
136:神も仏も名無しさん
10/07/04 06:07:00 ng+gJ5St
真言なんかはその真言独特の波動を呼び出すためのものじゃないのか
137:神も仏も名無しさん
10/07/15 19:03:13 32nZUMze
a
138:神も仏も名無しさん
10/07/15 19:08:50 32nZUMze
やっと規制が外れた。
お経って全然憶えられん。 しかたないので、同じところを何回も繰り返して
いると甘みが出てくる。
139:神も仏も名無しさん
10/07/17 11:28:09 ApqNT9p2
>「インターネット和尚」ってどうよ?
時々見ている。すごい参考になる。
でもすこし気になったのが、「エックハルト・トールやガンガジじゃなくて坐禅」とか
書いてあって、彼等を過小評価しているんじゃないだろうか?
自分はエックハルト・トールは非常に解りやすい。
以前はクリシュナムルティに心酔していたけどやはり具体的方法論がないのが難点だと
おもっていた。
エックハルト・トールも禅に比較すると、方法論がすこし曖昧だけど、悟りの意味を
はっきり示してくれるのがいい。坐禅の場合「只座れ」というだけでそのあたりが
ほったらかし。
1)エックハルト・トール 悟りの意味を平易な言葉で示す。
2)クリシュナムルティ 悟りの意味が厳格(難解)
3)禅 悟りの意味が不明確、方法論(坐禅)が最高
禅も原田雪渓の本なんかは平易で解りやすいそうだよ。
探しているけど、どこにもなくて、読んだことないのでわからんけど、直感では
エックハルト・トールに劣らずいい本だと思う。
飯田とういんもギエンも雪渓も県内の県立図書館から全部しらべたのに、一冊もない。
幸福のカガクとか大作とかは何十冊もあって、不幸な日本だよな。
考えてみたらおかしい。ちょっとこれから図書館に講義メールをおくってみる。
と思ったが、どんな内容にしたらいい?
アメリカ発って結構日本の禅のパクリでしょ。エックハルト・トールなんか20万部
うれてるんだろ。
なんかおかしいよな。
140:神も仏も名無しさん
10/07/17 16:49:36 U06fNk98
>>139
抗議メールより購入希望を出した方がよくない?
141:神も仏も名無しさん
10/09/10 14:08:21 ypHY7kLa
井上義衍老師
坐禅をするときは、自己を中心として坐禅をしてはならんのです。
それを本当にやめて、六根を開放して、六根の作用がどうあろうとも一切かまわずに、
一々の、その時その時の作用のままに、煩悩らしい作用が起きようと立派そうなのが起きようと放っておくことです。
その生じたり滅したりするそれ自体が、あなたの手つかずの真相なんです。
それですから安心して、ただ、そういうような働きの真相のそのままに注意していてご覧なさい。
そうすると本当に何にもないところから生じながら、直にそれと離れて、その事実が自分に完全に備わっていることが手に入るんです。
・・・・
ほかに云うこともやることもない。只、今の消息だけです。
それだから、もう方法も手段も尽きて尽き果てた、今の自分の様子だけでいいじゃないか。
それで初めて「本源自性天真仏」としての自分が、そこへ転がり出ておる。
それにお目にかかってくればいい、それだけじゃ。
それは、意識のなかに自己を忘ずることであって、意識をなくする事ではない。
意識自体が純意識体自身であるとき、自体が自体を知ることはできない。
主体が主体を知ることもできぬところに、意識の主体すらも消滅する。
眼が眼を見ることができぬ様に。
この確実かつ純粋なる道に徹するとき、無明は断絶する。
それは、識自体が識以前の純然たる法体性の事実に証せられて、
意識の及び難きものなることを正しく得たとき、
この生活自体が法身であることを自得するからである。
このとき、疑いようも信じようもない。
その必要も全くなく、その欲求すらも起こらないものである。
142:神も仏も名無しさん
10/09/11 00:20:38 t+jpVsP2
わかったような、わからんような、やっぱしわからん。
143:神も仏も名無しさん
10/09/18 18:21:54 G6h+fWrB
新スレが 建ちましたー
坐禅と見性第72章菊、有馬、金杯と諸行無常
スレリンク(psy板)
144:ばんこ
10/09/18 20:05:31 vzmix+nf
>>142 参禅すると、あんまりこういったことで書く事なくなると思うよ。
145:神も仏も名無しさん
10/09/24 08:40:12 y1BHV7Uz
>>141
参考になりました。
146:神も仏も名無しさん
10/09/27 08:52:15 uV0NNkqF
>>138
おれは口が粘っこくなってしょうがない。
147:神も仏も名無しさん
10/09/27 21:04:55 wQRU+NtV
座禅やってると、たまーに頭のなかでグリっと何か動くような、
神経回路が入れ替わるような妙な感じすることがあるよね。
結局座禅ってのはそうした器質的な変化なのだから、
理屈であれこれいったところで自分で体感しなければ何もわからんのだと思う。
だから、つべこべいわずに三年がんばって座れ。
話はそれからだ
148:神も仏も名無しさん
10/09/29 17:57:55 hEEZHELN
三年とか聞くと初心者はひくかもだけど、本当に大変なのは最初の三ヶ月から半年じゃないかな。
リハビリみたいなもん。脳や神経の死んでいる機能を生き返らすわけだから、はじめはどこをどうすればいいかわからず、意味も目的も見えない。
が、何ヶ月かすると少し方向性というか、ここを延ばせばいいんだなという感じがわかってきて、進歩も日々感じられ、苦痛でなくなる。
その後は修行というより楽しみにすらなってくる。三年など喜んで過ぎていく。
適性のあるひとならもっとはやいかもしれない。
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