【嫌韓流漫画】山野車輪「在日の地図 ~大韓棄民国物語」10/23発売
at ASIA
[
2ch
|
▼Menu
]
■コピペモード
□
スレを通常表示
□
オプションモード
□このスレッドのURL
■項目テキスト
750:日出づる処の名無し 06/11/19 16:36:31 owTdlSKR 統 一 協 会 問 題 を 綺 麗 に ス ル ー とか言ってる人。 自分で調査してみるといいよ。 半端な覚悟じゃ出来ないし、それなにり人脈広げていかないと。 751:日出づる処の名無し 06/11/19 17:06:13 FsGB2xN9 http://www.youtube.com/watch?v=lOSqF1A3PwY 752:我道 幾仁 06/11/19 17:11:07 nzNHC0j3 山野はもう終わりだな。嫌韓ではもう飯は食えぬだろう。 753:日出づる処の名無し 06/11/19 17:12:31 8b/XQAUY 統一協会を批判する本と併読すれば良いんじゃないか? それだけの話だと思うが。 754:日出づる処の名無し 06/11/19 17:23:48 0GBnS9Q6 読売新聞 戦後60年 おんな語り ★2005年 4月 19日更新中 トップ 「サザエ食品」会長 野村 とみさん<8> (2005年4月8日) 「絶対に生きて、日本に帰る」 満州のハルビンで一家の担い手になっていた野村さん(左) 冬になって日本人学校の講堂では寒さに耐えきれず、別の収容所に移ったんですが、突然、八路軍に徴用されることになりました。 特殊看護婦として激戦地に行き、負傷者の手当てをするということで100人ほど集められ、私は家族と水杯を交わして行きました。 徴用は日本人会を通して人数を割り当てられたが、以前からハルビンに在住して蓄財のある女性たちは金で徴用を逃れ、そのしわ寄せが収容所の女性たちに来たのだという。 汽車で行くはずが、荷馬車に揺られての強行軍でした。 ところが八路軍は負けてばかりで、私たちはただ逃げ回っているようなものでした。 荒野をさまよい、途中で数人の傷病兵を看病しただけで、結局、何もしないまま数か月後にハルビンに帰りました。 特殊看護婦がどんな任務だったのか、今でも分かりません。 それから間もなく、その時の責任者が軍票をたくさん持って来て、さる偉い人が私を嫁にほしいと言っているというんです。 どんな人なのかまったく知りません。 金で私を買うつもりだったのだと思います。 何度も来るので私は収容所から逃げ出し、中国人が経営する写真館に住み込みで働きました。 http://72.14.235.104/search?q=cache:R-lJ5geBLPgJ:www.yomiuri.co.jp/e-japan/hokkaido/kikaku/040/23.htm+%E7%89%B9%E6%AE%8A%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%A9%A6&hl=ja&gl=jp&ct=clnk&cd=1&lr=lang_ja&ie=UTF-8&inlang=ja
次ページ
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
レスジャンプ
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション
しおりを挟む
スレッドに書込
スレッドの一覧
暇つぶし2ch
4748日前に更新/329 KB
担当:undef