【人間の屑】佐々木力を叩こう4《性犯罪者》
at MATH
377:平成駒場歌謡
05/02/21 03:42:24
「駒場のブルース」 作詞 淡谷のり子 作曲 服部良一 唄 関孝和
1 窓をあければ 駒場が見える
井の頭線の レールが見える
佐々木 岡本 人脈乗せて 崩れ院生は 何処へ逝く
海外旅行よ はかない夢よ 送るメールの 切なさよ
2 腕に科哲の 駄本 抱えて 左翼に強い プロ市民の
トロツキズムは 違っていても
新潮に書かれ 泣き寝入り
二度とあり得ない 師弟関係 贈るサイン本の 切なさよ
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淡谷のり子氏は戦時中、国民服であるモンペを着用するのを拒否し、
「別れのブルース」などの「退廃的」な歌を歌い続けたため、
これらの歌は発禁処分となり、罰ゲームとして、鹿児島にある特攻隊の
駐屯基地を慰問して回るように命令された。
若い特攻兵の前で、軍歌を中心に歌っていたとき、突然、兵隊たちから
発禁処分になっている「別れのブルース」を歌うように、強くリクエストされる。
困惑した淡谷氏は、思わず、見張りに付いている将校の方を見た。
将校は軽くジェスチャーをして、姿を隠したと言う。
暗黙のOKをもらった淡谷氏は、決心して「別れのブルース」を歌いはじめた。
しかし、その途中、出撃命令が下る。
聴いていた特攻兵たちが、一人、また一人と、淡谷の前で敬礼し、小声で挨拶して
出撃して逝った。淡谷は涙を流しながら、最後まで唄い続けたと言う。
「歌手は絶対に歌うとき泣いてはいけない、泣くのはお客様」が持論の淡谷のり子氏が、
泣きながら歌った唯一の経験だったかも知れない。
そのときの哀悼と痛恨の思いが、歌詞ににじみ出ているのであろう。
晩年の淡谷氏は「歌謡曲の乱れ」をひどく嘆いていた。同様に「学問の乱れ」も
憂慮していたかも知れない。
学問が腐敗して悪臭を放っている現在、院生が一人、また一人と崩れて逝くのを
見守りながら、涙する殊勝な大学教授など、どこにも居ない。
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