【数学史】佐々木力を叩こう2《セクハラ》
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150:関孝和 05/01/03 06:55:21 >>149 そうそう。こういう感じの批判のパターンが面白いよ。 ただし、「デマゴーグ佐々木」をあらかじめ証明してお かないと、われわれ素人にはわかりにくいと思います。 佐々木の著作をほとんど真面目には読んでいない人も巻 き込みたいから。その意味では「佐々木力批判入門」の ようなものがまず必要なのかも。 151:132人目の素数さん 05/01/03 07:27:55 >>150 君には自分で勉強しようという発想はないのか?? 152:岩井洋 ◆hEpdoZ.tHU 05/01/03 07:29:07 「彼(クーン)の科学についての考え方は、別様に、科学を生み出すエートスが異 なれば、生み出される科学も「通約不可能」になりえる、とまとめることもできます。 文化が違っていたり、革命的転換が起こったりすると、科学理論は「通約不可能」 になりえるというのです。科学理論を時間を追って理解しなおす作業は科学史の 仕事ですが、文化の相違によって科学理論がどうなるのかは文化人類学が探求し ます。〜中略〜ロバート・ダーントン教授は、最も合理的であるとされる啓蒙の フランスを“特権化”することなく、ギアツのインドネシアのバリ島と本質的に 同等と見て、歴史学的探求の対象にするわけです。このような文化人類学的研究 方法を特徴付けるために、ギアツが『ローカル・ノレッジ』というエッセイ集の 中で述べた言葉を引用しておくことが好都合です。「今やわれわれはみな原住民 である。」この言葉は、ともかく特権的な「普遍者」を認めず、すべての人間を 同等に見ようとする学問的態度を表しています。」 >この文章自体を批判しようというわけではないですが、これ以前に佐々木が エドワード・サイードを絶賛するくだりが何箇所かありました。 これは全くの私の勝手な想像なので社会学などに詳しい方にご教示願いたいところ ですが、サイードと文化人類学の両方ときたらポストモダンにかなり密接に関係が あるというイメージがあります。 この次のページでも佐々木恒例のポストモダンなんかみんなくたばっちまえ云々話 が始まるのですが、サイードを激賞して自分の学問は文化人類学と協力すると言って、 それは佐々木が天敵として罵詈雑言を浴びせ続けている「ポストモダニズム」と果た して全く無縁でいられるでしょうか?どこか矛盾した印象を受けます。 佐々木が罵っているのは結局実際の「ポストモダン」ではなく、とにかく 「自分の気に入らない連中、マルクス主義を捨てた連中、トロツキズムに 酔いしれる自分を嗤うけしからん連中」という意味でしか言っていないよ うな気がしてきたのですが。
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