【しんすけ・ヤス】ゆ ..
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64:名無しさん@お腹いっぱい。
08/12/11 01:19:34 SSQsQ1sz0
うそよねーん戦国人物列伝

加藤真助康隆(かとうしんすけやすたか) 1540〜1596
「米は宝なり」の信念のもと、一説には300万石以上とも言われる広大な農地を領有した大名。
羅刹衆による火攻めを受け、豪壮を誇った由登里城とともに炎の中へ消えた。
実は落ち延びており、のちにキリシタン使節として欧州に渡った山下輝米(洗礼名パルライ)と同一人物であるという伝説がある。

大場晴茂(おおばはるしげ) 1538〜1596
加藤真助と親交の厚かった武将。
酒を飲むと戦場中に響き渡る独特の雄叫びを上げ、敵軍を恐れさせた。

室戸頓勝秀吉(むろととんかつひできち) 生没年不詳
一代で室戸城とその城下を地方を代表する一大都市に育て上げた名君。
早くに隠居しており、実は活躍の期間はあまり長くない。

たろちん(たろちん) 1540〜没年不詳
旅芸人。日本人として初めて黒人と接触した。
その後の行方は知られていない。

夕仁(ゆに) 生没年不詳
茶人。男性とも女性とも言われている。
「エンジェル」と呼ばれていたとの逸話から、イエズス会との何らかの関連があったのではと考えられている。

ルーツ(るーつ) 1543〜1613
ポルトガルから来た宣教師。
来日当初、日本人は誰も彼の話す早口で癖のあるポルトガル語を理解できなかった。
「ケツマクレバシマイヨ」「オウヨ」「ソイツァースゲーヤ」などの、現代の我々に馴染みの深い外来語は彼がもたらした。

伊猛太夫(いもうたゆう) 生没年不詳
猛将として有名で、各地を転戦し屍の山を築いたため
かの信長をして「八地に死に芸あり」(はっちにしにげーあり)と言わしめた。
「伊猛太夫」とは別名であり、本名は明らかになっていない。



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