日本の捕鯨が持つ正当 ..
737:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 02:54:41 XZdK6EyP0
>>735
>利用目的の善し悪しなんてないと思うよ
>結局、鯨が資源として持続可能であればよいだけ
経済活動や法行為に一切の倫理性を問わないというのは、19世紀英国功利主義とか、20世紀だと
ポジティヴィズムというのかな、いろいろ思想としてはあるようだけど、どうなのですかね。
少なくとも資源・環境政策、医療医薬政策、科学研究コードだと、倫理性や美学性を表面に出す
ということが、それが特に特定倫理、特定宗教に拘泥、抵触しない限り、むしろ積極的に
認められてよいという傾向じゃないかと思いますが。
世界遺産関連の条約とか、特に1991年南極条約・環境保護プロトコルなんかだと、
署名各国代表、2ちゃん廚がヒキツケ起こすような「甘ったるい」南極の自然賛美
やってますね。
そういうのはイカンと言って、今更「功利主義哲学」振り回しても、もうどうにもならないんじゃ
ないですか?
それで
>そういう意味では、養殖用のエサとして使った方がマシということになるかもしれん。
だし、穀物を燃料原料にしちゃいかんという話になるんだろうけど。
ただ、残念ながらノルウェーのミンククジラの場合は、有害物質含有量が食品基準を
上回るから蟹の餌にしてるんだそうだ。その蟹の有害成分はどうかって?
どこかの船場吉兆にでも輸出してるから問題ないんじゃないの?
738:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 03:30:58 iMQxGnbm0
こっち↓でやれっての
スレリンク(kokusai板)
739:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 06:19:40 3LzOiQzu0
ここのあらし、削除依頼できないかな。
740:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:22:23 QYftod8R0
>>729
>事実上肉はほとんど全部捨てられた
「南氷洋捕鯨航海記」大村秀雄(著)粕谷俊雄(編)
にも書かれておりますね。
“肉捨て場”なる場所もあったようで。w
741:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:26:49 QYftod8R0
あのオリンピック捕鯨はやり過ぎたと思う。
獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。
肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。
(昭和)30年代の前半までは南氷洋のどこへ行ってもクジラが群れていたが、
後半になると鯨の数がめっきり減ってしまった。
キャッチャーで何日間走っても鯨に行き会わない。海水ばかりだった。
(和歌山県太地町出身の砲手の話「捕鯨II」 山下渉登 法政大学出版)
URLリンク(www.whalelove.org)
742:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:31:56 QYftod8R0
○鮎川、操業当初は骨・皮・内蔵などを廃棄していた
湾内でシロナガスクジラなど大型鯨種を解体処理するものですから、相当な水質汚濁を招いたことは想像
に難くありませんし、操業当初は骨・皮・内蔵などを廃棄していたために周辺集落の漁場にまで影響を及
ぼしたとの記録があります。しかしながら、結果的に捕鯨会社にとって幸いだったのは、当時の鮎川がこ
れといった基幹産業のない小集落であったことで、捕鯨会社が村の行政運営に大金を寄附したり、漁業採
藻税の一つとして多額の「捕鯨税」を納税したりすることで折り合いがつき、さらには、捕鯨会社に就職
して企業労働者に転身する者であるとか、鯨の内蔵類を買い取って肥料を製造する「鯨肥産業」に乗り出
す者が出てくるなど、いつしか捕鯨が当地の地域経済の中心を担うようになり、そののち、飲食娯楽産業
も含めて様々な関連産業が根付いて活況を呈するようになり、昭和30年前後の捕鯨産業のピークに向かっ
て隆盛を極めていったのです。
URLリンク(www.whaling.jp)
743:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:34:30 iMQxGnbm0
>>740-742
>>738でやれバカ
744:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:38:15 3LzOiQzu0
>>741
>URLリンク(www.whalelove.org)
緑豆のウェブサイトにのってるプロパガンダの1つだな。
他のスレでもそうだけど、こんなことばっかりやってても、ますます反感
かうだけだよ。
まさか、お前は捕鯨推進派の工作員か?
745:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:52:15 3LzOiQzu0
>>742
そのつづき、なかなかいいことが書いてあるではないか。
やはりお前は捕鯨推進を目的とした工作員だな。
「しかしながら、結果的に捕鯨会社にとって幸いだったのは、当時の鮎川がこれと
いった基幹産業のない小集落であったことで、捕鯨会社が村の行政運営に大金を寄附
したり、漁業採藻税の一つとして多額の「捕鯨税」を納税したりすることで折り合い
がつき、さらには、捕鯨会社に就職して企業労働者に転身する者であるとか、鯨の内
蔵類を買い取って肥料を製造する「鯨肥産業」に乗り出す者が出てくるなど、いつしか
捕鯨が当地の地域経済の中心を担うようになり、そののち、飲食娯楽産業も含めて様々
な関連産業が根付いて活況を呈するようになり、昭和30年前後の捕鯨産業のピークに向
かって隆盛を極めていったのです。」
この後のレポートもおもしろいな。やるじゃないか。
「鯨の食文化を守る、これもスローフードな考え方」
「IWCセントキッツ会議に出席して」
URLリンク(www.whaling.jp)
746:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 07:54:43 iMQxGnbm0
お前も無駄に相手すんなよ
747:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 08:02:47 QYftod8R0
>>744
>緑豆のウェブサイトにのってるプロパガンダの1つだな。
緑豆のウェブサイトに載っているからといってべつに
緑豆が「獲れて母船が処理できずに捨てたこともある。
肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ。」
と言っているわけじゃない、和歌山県太地町出身の砲手の話として
山下渉登氏が言っているのね。
「獲れて母船が処理できずに捨てたこともある」
「肉もいいところだけとってあとは海にすてたものだ」
よく覚えておこう。
748:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 08:18:31 QYftod8R0
>>742
○明治39年当時の鮎川漁民、鯨の解剖による地先海面の汚染を恐れて反対した
東洋漁業が進出したころは、鮎川の漁民は小漁や採貝藻によって生計を支えているものが多く、鯨の解剖
による地先海面の汚染を恐れて反対した。当時の村長が鮎川浜の発展を考え、捕鯨事業の何たるかを知ら
ぬ漁民を熱心に説いて廻ったり、又東洋漁業も年額三百円を村の基本財産に寄付することを申出、ようや
く事業所の開設にこぎつけたようである。今私が沿岸小型捕鯨再開にむけて走り廻る姿と対比して見ると
今昔の感にたえない。勿論その頃の役場の記録を見ると明治38 年度の村の予算は二千六百三十二円で 39
年度三千二百四円で40 年度八干百七十一円と飛躍的に増加した事を考えると、いかに鯨が村の経済をうる
おしたかが想像される。勿論従業員をふくめた他県からの流入があり人口が急増した事は当然である。大
正、昭和を通じて、南極捕鯨の乗員として多くの町民が参加し、まさに捕鯨一色にこの町が発展したので
ある。しかし、昭和27 年日本水産が女川へ、大洋漁業、極洋捕鯨が塩釜へと交通不便から工場を移転し、
さらに昭和63 年、商業捕鯨禁止と、いわゆる鯨城下町がかつて一万三千人いた町民が現在七千五百人と、
さらに過疎が進む中で観光の町へ脱皮をはかりながら小型沿岸捕鯨再開こそ、この町の再生のカギになり
そうである。ご声援の程を。
URLリンク(www.whaling.jp)
749:名無しさん@お腹いっぱい。
08/05/14 08:18:46 3LzOiQzu0
>>747
「和歌山県太地町出身の砲手の話」を「山下渉登氏」とかいうアホがが偽造してるじゃねーか。
ばーか。
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