【韓国・書籍】張勲(張本勲)自叙伝〜『日本に勝った韓国人』発刊[09/22] at NEWS4PLUS
[2ch|▼Menu]
1:ちょーはにはにちゃんwφ ★
07/09/22 15:22:44
(写真)
URLリンク(imgnews.naver.com)

1980年5月28日。在日韓国人の張勳(チャン・フン)が打席に立った。ピッチャーは
変化球を投げて凡打を誘った。だが、張勳は早い球を待った。そして投手の手から
離れた球。張勳は無意識的にバットを振り回した。手先に伝わった感覚。打球は
ライトフェンスを超えて2ランホームランとなった。このホームランで張勳は、不滅の
3,000本安打を達成する事となる。日本プロ野球史の金字塔を、在日韓国人の張勳が
立てたのである。

張勳の人生は、苦難と忍耐の連続だった。中学校の頃には『朝鮮人』と後ろ指を
さされ、高校では在日韓国人だっ為にしばらく試合に出る事が出来なかった。
競技場に出ても、壁に書かれた『張勳を殺せ』と言う落書きを見なければならなかった。
鬱憤と怒りをバットに込めた。彼は、「私が打つホームランとヒットは、誇らしい
我ら朝鮮同胞達を差別する、卑劣な日本人に対しての冷ややかな復讐だ」と語った。

張勳(67歳)が自叙伝の『日本に勝った韓国人』を発行した。日本のプロ野球を
熱くした、彼の神話と野球、人生をドラマチックに描き出している。

張勳は23年間選手生活をした。彼が野球を始めたのは貧乏の為。「プロ野球選手達
が湯気の立つ鍋で肉をつまみ食いしたり、卵を3〜4個コツコツ割って食べるのを見て、
呆然とした」、「美味しい物をたくさん食べたかった」は、その頃の生存が懸かった
死闘だった。張勳の両親は故郷が韓国だったが、第二次世界大戦中に日本に行き、
張勳を生んだ。貧乏と妬み中で、野球は唯一の希望だった。怒りと鬱憤を蹴散らす
事の出来る解放口だった。小学校5年生の頃に初めて野球に出会い、それ以降
野球の魅力に惹かれた

『日本に勝った韓国人』は、野球少年の夢と現実、新人王と首位打者になるまでの
苦難、名門ジャイアンツ入団、3,000本安打の記録など、幼少時代に火傷をして右手
に障害を持っている人間が、どの様に苦痛と絶望を乗り越えて進んで行ったのかを
感動的に見せる。

244ページ:1万ウォン

ソース:NAVER/メイル新聞(韓国語)
URLリンク(news.naver.com)


レスを読む
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
暇つぶし2ch

4667日前に更新/252 KB
担当:undef