「バイロイトの第九」はなぜ神格化されるのか?
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981:名無しの笛の踊り 09/02/23 23:30:21 LwLzHIYt ( ^ω^) 982:名無しの笛の踊り 09/02/23 23:35:13 X+PAZht4 宇野珍ボーコー 983:名無しの笛の踊り 09/02/24 00:18:06 mJY7q8Bm ベートーヴェンの第九というのは少しキチガイ音楽でしょう。 キチガイ音楽をキチガイ音楽らしくやっているのが、私はこれだと思う。 984:名無しの笛の踊り 09/02/24 05:12:30 zCKRFBor >>983 >ベートーヴェンの第九というのは少しキチガイ音楽でしょう。 >キチガイ音楽をキチガイ音楽らしくやっているのが、私はこれだと思う。 私も長い間、第9(特に第4楽章)は一種のラプソディー(狂想曲)だと思っていました。 フルトヴェングラー盤でもワインガルトナー盤でもトスカニーニでもスイトナーでも、何を聞いてもそう聞こえました。 ・・・が、ガーディナーの古楽器盤を聞いたとき、突然、そうでないことに気付きました。(ガーディナー盤で気付いたのは一つの偶然のきっかけに過ぎず、それまでの自分の聞き方が未熟だっただけですが)。 あのフィナーレは晩年のベートーヴェンに特徴的な「一曲一形式(一楽章一形式)」でしょう。 特有・孤立的ではあっても、強度の方向性と確固としたコンストラクション(構成)を具えた形式を持つ楽章であり、楽章内の各楽想には明確な意味と的確な位置づけが与えられている、と今では考えるようになりました。 そう気付いて、古今の演奏、ことにフルトヴェングラーを聞き直してみました。 彼は、狂想曲的解釈と構成的解釈の間を動揺している、というか、「フィナーレの各楽想の構成的意味付けにはどうやら気付いているらしい節があるが、少なくともそれを全体的に表現し切れていない」ように感じられます。 バイロイト盤は特にそういうもどかしさが顕著に聞こえます。
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