精神性 Part3
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35:名無しの笛の踊り
08/10/25 06:14:06 /Xmx5fUz
古典音楽は肉体性がキーポイント。生の楽器を人間が弾くことでしか伝えられない。
作曲時の背景や文化、個人の人間性・精神性とは何ら関係がない。
一方、精神性音楽は音を出す必要はない。言い換えれば、無音でも精神性を伝える演奏行為になる。
現代音楽は精神性の音楽、つまり肉体性が消滅した音楽だから、頭だけで演奏可能。
>神秘主義的。でもって理想主義的。人間の感情を抽象する仕方が問われない限り、説得力無い。
宇宙や波動の現象を抽象化したのが物理学。分子の観点から物質を抽象化したのが化学。
それと同じように、人間の感情を抽象化したのが古典音楽。
物理学者や化学者の精神性や時代背景を理解する必要など全くないように、古典音楽に精神性は存在しない。
和声などは、科学でいう所の原理・定理にあたる。しかし、どんなに抽象化表現を駆使したところで、
人間の力では所詮、自然のほんの一部しか表現できない。
画家や宗教家や社長、哲学者や政治家には精神性が必要となる。
それを受け取る人がスゴイと思うこと、また思い込むことによって成立する。
その最高峰がローマ法王や天皇。それぞれヨーロッパ・キリスト教の歴史や
日本の歴史・文化を体得したものしか理解できない。
逆に聖書の中身などはどうでもよい。精神性は抽象化できない。個々の人間・時代・文化に帰属する。
精神性は思い込みのことだから、非精神性の土台が崩れると、コロコロかわる。
古典音楽は楽譜が大事。その定式化された抽象化表現で感情を表現できるかどうかが全て。
ベートーヴェンの精神性が高いか低いかなんて何の意味もない。おそらく相当低かったと想像される。
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