モーツァルト 交響曲第40番 Part2
at CLASSICAL
161:名無しの笛の踊り
09/11/15 07:13:28 NLx0XtGb
やはり生きている世界が違うのでしょう。仕方がありません。
「私は神がどのようにしてこの世界を創造したのかを知りたい。一体何のために?世間のあれやこれやには興味がない。神の心が知りたい」
そういう事にしか関心がない人間です。
映画のサリエリではありませんが、モーツァルトにこの世界を創造した神の声を聴いております。
『最初に終わりが来るモーツァルト』の意味がまだお解りではないようですね。
仕方のないことです。
私がこうして携帯を打っているのは、降ってきた言葉を視覚化してるだけの行為です。うん、これでいい。あとは保存。
レスは結構です。ただの電子日記ですから。
162:名無しの笛の踊り
09/11/15 23:28:08 RFtvhyU0
NLx0〜、そなた鸚鵡か?
何か勘違いされてるようですね。
まあ、勝手にされるがよい。
163:名無しの笛の踊り
09/11/20 20:59:02 DwvtXFR5
モーツァルトといえばト短調…
私はその謎が知りたい。
いつかウェストミンスターが2階席最前列中央で聴いているかのようにオーケストラが総音で為るのに対して…
オートグラフはあたかも指揮台に立っているか1階前10列中央席で聴いているかのように鳴ると申し、「指揮台に立ったこともないくせに、楽譜も読めないくせに」と攻撃されたことがありました。
たしかに各ハートの旋律や位置が奥行を伴ってなり、それが空間で交わり、スピーカーが消え部屋全体が鳴るのですが…
音楽を音響的に聴くとそうなんですが、音楽自体(特にモーツァルトとクナのブル8の場合)を聴くと、それとは反対な聴き方になる。
つまり、モーツァルトはまるで谷を下る水のようにこれしかない!という流れになり、滝になったり、そこに虹が懸かったかて思えば激流にもとその自然な流れの中で千変万化する。
見上げれば、快晴の立山室堂から見上げた蒼から緑がかった透明な空に至純な透明感が心を満たす。
クナのブル8はと言えばまさに八ケ岳山麓を散策しているが如く眼前に頂きを仰ぎ見たり、足元に咲く花に目を止めたり、茜色に染まる夕映えの空に想いを馳せたり…という具合です。
音である音楽が心象風景やある心情を生み出す。絶対条件は『美』。
ある調性の和音だけでさえそういう事が起こる。
その謎を知りたいだけです。
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5399日前に更新/66 KB
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