【最後の】三国志大戦1022合目【正座】
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150:ゲームセンター名無し 07/06/07 21:08:27 eRjli5Av0 梅ついでに 151:ゲームセンター名無し 07/06/07 21:09:40 eRjli5Av0 なんかしようか 152:ゲームセンター名無し 07/06/07 21:12:35 ttzamJnf0 デッキレシピと ラインを上げる方法と攻撃から守る方法を一言づつ添えて。 とか 153:ゲームセンター名無し 07/06/07 21:13:18 FVITRLg0O なんにもやるきない 154:コラムス 07/06/07 21:18:27 JXL6s4Iz0 じゃあ私がなにかやってみましょうか… 155:ゲームセンター名無し 07/06/07 21:18:54 U/6UQyKV0 >>152 6枚孫呉 りっさんR名君関東半鐘正座諸葛恪 ラインを挙げる方法:孫呉の大号令発動する 攻撃から守る方法:孫呉の守成溜めるか正座砲発射する ね、簡単でしょう? 156:コラムス 07/06/07 21:19:42 JXL6s4Iz0 朱桓 狂気の名将 朱桓(字:休穆)は呉の四姓のひとつ朱氏の一族である。 朱桓は孫権が将軍となった200年に余姚県に赴任した。 赴任そうそう彼が目の当たりにしたのは疫病と飢饉に苦しむ人々であった。 朱桓は巧みに政策を施し県民を疫病と飢饉から救済したという。 余談になるがこの朱桓は記憶力が尋常ではなかったとも言われている。 自分の従える部曲(私兵・傭兵集団)は一万人を超えていたが、その兵士の顔・名前はおろか 妻子の顔まで覚えていたという。いささか大げさな話だとは思うが、 こうした逸話が残っているのもまた事実である。 そして彼らの面倒をよく見て、生活を助け、俸禄や財産は全てみな分かち合った。 当然兵士達は彼を慕い、命を惜しまず良く戦い、朱桓が病に掛かると一軍を上げて憂いに沈んだ。 話を戻す。朱桓は精兵とともに功を立て、累進し、周泰の後を継ぎ濡須都督となる。 222年十月に魏将曹仁が濡須を攻撃した際、曹仁の偽伝にかかり朱桓は軍を二手に分けた。 不覚にもその偽伝に気付いたのは曹仁が濡須に到着する直前であった。 慌てる兵士に朱桓は言う。「戦の勝敗は兵力の寡多ではない。勝敗とは軍を率いる将軍の能力 によって決まるものだ。諸君が聞き及ぶ曹仁の用兵と桓(わたし)の用兵ではどちらが上だと思うか? 我が軍は天険に守られた城にあり、万全をして魏の疲兵を待ちかまえている。曹丕自らこようと 恐るるに足らぬ。まして曹仁如きに何ができるものか」この戦の詳細は省くが、結果として 朱桓は曹泰(曹仁の子)の陣を焼き討ちし、魏将王双(諸葛亮に敗戦した王双とは別人)を捕らえ 曹仁は意気消沈し、兵を引きその月の内に死去する。華々しい戦果といえよう。
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