【天衣無縫で】テニスの王子様324【無法地帯】
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900:名無しさんの次レスにご期待下さい 08/03/02 15:28:07 k/8FCU6q0 最後まで電波な最終回だった・・・・ 901:名無しさんの次レスにご期待下さい 08/03/02 15:30:17 bxngOEWP0 >>890 的は射るんだぜ 902:名無しさんの次レスにご期待下さい 08/03/02 15:32:58 SanAq5Zn0 >>901 http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2006/03/__51fb.html 903:名無しさんの次レスにご期待下さい 08/03/02 15:33:15 Fwjt5Tzj0 最終回まだ読んでないんだが 幸村の五感を奪う技の説明はつけたの? 904:名無しさんの次レスにご期待下さい 08/03/02 15:34:29 2PFpzTkP0 「的を得た」という表現をあげつらって、 “「的を得た」なんていう子供なみの日本語の間違いを堂々とHPに載せているくせに、よく他人の非難ができる”などと書いている掲示板があります。 これはよく流布している無知からきています。射撃の場面を想像して「的を得る」はずがない、「的を射る」ものだ、という誤解です。 これは漢語に由来する表現であることを知らず、日本語として「的を得る」はずがない、と思ってしまうのです。 語源の『大学』・『中庸』にあるように、「正鵠(せいこく)を失う」という表現からきています。 この場合の正鵠は「正も鵠も、弓の的のまん中の黒星(『角川漢和中辞典』)」のことで、射てど真ん中の黒星に当てることができたかどうか、 当たったら「得た」といい、はずれたら「失う」と表現していたのです。 矢で的を射るのは当り前としても、必ずしも的に、まして正鵠に当たるかどうかは示していない表現が「的を射る」です。 たとえば、“[中庸、十四]子曰く、射は君子に似たる有り。諸(こ)れ正鵠を失するときは、 反って諸れを其の身に求む。(平凡社『字通』白川静著)”と「失する」という表現をしています。 「失」の反対は「得」であり、「射」ではないのです。そうでなくても、もともと「得」という字には「あたる」という意味があります(白川静の前掲書)。 いつのまにか「正鵠」という分かりにくいことばを使わず「的」に省略し、 「的を射る」という悪貨が「的を得る」という良貨を駆逐していて、日本の国語辞典にも浸透しています。 「的を得る」という表現は、日中出版『論語の散歩道』重沢俊郎著(p.188「それが的をえていればいるほど」)や、 大修館書店『日本語大シソーラス』山口翼編の「要点をつかむ」という項目にもあります。 また小学館の『日本国語大辞典(12)』にも「まとを得る」があり、中国文学の京大助教授・高橋和巳の小説から「よし子の質問は実は的をえていた」を引用しています。 また読者から教示していただいて分かったのは、現代の中国でも「正鵠を得る」という表現があることです。 王鳳賢著の中国語論文「毛澤東的倫理思想及其傳統文化背景 」に、人人皆得其正鵠矣(じんじんみなそのせいこくをえたり)と (ちなみに、明治書院の漢文大系『中庸』には正鵠に(まと)という読み仮名をあてています。)。
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