【伊達最上芦名】奥羽英雄列伝【南部安東大崎】
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1:無名武将@お腹せっぷく 07/06/29 05:13:18 戦国時代、東北で興亡を繰り広げた戦国武将について語ろう。 ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%9B%BD%E6%99%82%E4%BB%A3_(%E6%97%A5%E6%9C%AC) 東北地方の戦国大名は鎌倉時代から代々土地を所有してきた由緒ある一族が、そのまま戦国大名化したものが多い。 例外は若狭武田氏末裔を名乗る(実際は商人出身か?)蠣崎氏で、青函海峡沿いの中小豪族を統一した。 南部氏より独立した津軽氏もまた例外に含まれよう。 ただ津軽為信は古くより津軽地方を領有して南部氏に謀殺された大浦氏の流れとも実は南部氏の出身ともされ、出自自体が曖昧である。 東北地方は関東の騒乱にほとんど巻き込まれることなく、当然中央の政争の影響もほとんど見られない。 戦乱といえば、15世紀前半から南部氏が仙北・鹿角に出兵(この鹿角争奪戦は永禄頃まで続く)、伊達氏の河北地方への侵食など領地争いが目立つ。 篠川公方や雫石御所も滅ぼされるなど、東北地方といえど、平穏無事ではなかった。 また、1522年伊達稙宗が奥州探題・大崎氏らを差し置いて陸奥守護職に就くなど下克上の芽は見られる。 1542年には伊達稙宗父子が争いを起こし、血縁関係から奥羽を巻き込んだ大乱(天文の乱)へ発展した。 このため、伊達氏の求心力は低下、最上氏など他勢力が跋扈することとなる。 1570年以降、最上義光、伊達政宗、南部晴政、安東愛季、津軽為信など東北地方にも戦国大名と言える人物が登場する。 彼らは兵を率いて他を圧し、一大版図を築いた。そしてそのまま豊臣秀吉の奥州仕置にて認められた。 一般的に安東氏が津軽・秋田県域、南部氏が東奥・南部地方(岩手県域)、奥州探題の大崎氏が現宮城県中央部、葛西氏が現宮城県石巻市より北部、 羽州探題最上氏が最上地方を、伊達氏が伊達郡、置賜郡など6〜9郡を、芦名氏が会津地方、二本松氏(畠山氏)・二階堂氏・石川氏・田村氏・白河結城氏がそれぞれ中通り(仙道)の1〜2郡を、相馬氏・岩城氏が浜通り(海道)を割拠した。
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