三国時代の文学スレッ ..
[2ch|▼Menu]
674:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:29:24
流れぶっ滾りで失礼しますお。

関公、千里馬を飛ばし、家来の周倉、刀を握って千里を飛ばす。
関公は不憫に思って千里馬を与えようとしたが、見つからない。
日に九百里進む馬を高く買い求め、これを周倉に与えた。

お供の周倉、日に百里、二日で二百里遅れてしまった。
公を見失っては大変、しかし授かった馬を捨てるにも忍びない。
そこで周倉は馬の四つ足を括り、刀の柄に引っ掛け肩に担ぎ、
飛ぶように走って行った。
                (平凡社 歴代笑話選より『笑府』の一部)

675:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:43:17
>>674
面白い。落語のネタになりそう。

676:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:47:04
しかし周倉は足裏から毛を抜かれると
関羽に追いつけなくなってしまう

677:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 20:58:41
前スレで出てきた張飛(と楊貴妃)の話と同じ出典。
笑府は明代に書かれたもので、演義の流行ぶりが窺えます。
関羽まわりの逸話は探したらもっと見つかるのかもw

678:無名武将@お腹せっぷく
07/05/28 23:56:27
すいません
中国の方で「曹操」という曲を歌っている方がいるのですが、
自分では和文にできませんでした。
知恵をお貸しください。


曹操
作詞:林秋離 作曲:林俊傑

不是英雄 不讀三國
若是英雄 怎麼能不懂寂寞
獨自走下長板坡 月光太溫柔
曹操不囉唆 一心要拿荊州
用陰謀陽謀 明說暗奪淡薄
東漢末年分三國 烽火連天不休
兒女情長 被亂世左右 誰來煮酒
爾虞我詐是三國 說不清對與錯
紛紛擾擾 千百年以後 一切又從頭


679:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 00:02:13
3行目  月光太[嗢のさんずい]柔
5行目  明[ごんべんに上が「八」下に「兄」]暗奪淡薄
8行目  [ごんべんに上が「八」下に「兄」]不清對與錯

です。申し訳ありません。

680:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 06:23:05
>>678

『曹操』、前に自分で訳したことがあるので載せてみます。
中国語全くダメで、英訳してあるサイトを見て訳したので
間違ってるかもしれませんが……


『曹操』

三国志を読まずして、どうして英雄になれようか?
英雄であるならば、どうして孤独を分からずにいられようか?

ひとりで長板坂を駆け降りる 月の光は暖かすぎる
曹操は冗長なことは言っていられず 一心に荊州を欲しがる
陰謀・計略を使って 暗奪を明言し 淡々と向かう

後漢末、中国は三つの国に分かれる
戦火が空に向かい終わりもなく燃え上がる
愛を離さないでいる術もなく 
誰が温かい酒を持ってきてくれようか?
お互いにだまし合う、それが三国志
善し悪しを言うことはできない
乱れきった乱世の千年後 すべてはまた新たにはじまる



681:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 11:58:12
>>673
大変遅ればせながらうpdです!

682:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:32:58
678です。

>>680さん、訳ありがとうございました!
カラオケでみかけてずっと気になっていたのでモヤモヤが晴れました。
本当に感謝です!


683:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:39:21
>>682
『681』殿は李白の件をいってるんじゃないの??
ちがってたらスマソ。。。

684:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 21:50:29
683です…。勘違いヤロウはこの私めでした…(。A 。 )
>>682様、大変なご無礼を・・申し訳ありませんでした。
酔っ払いはもうねます。。。orzorzorz
ほんとにごめんなさい

685:無名武将@お腹せっぷく
07/05/29 23:14:15
歯磨けよ

686:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 00:52:03
兎に角保守。

今月のお買い物。明治書院の新書漢文大系『文選 文章編』
全集からの抜粋版なので書き下しと訳と簡単な解説しかないけど新書サイズ
なので携帯に便利なので購入。

このスレ的には「出師表」「在元城与魏太子牋」(呉質)「与呉質書」(曹丕)
「与呉季重書」(曹植)「為袁紹檄予州」(陳琳)等が入ってます。

花田清輝の『随筆三国志』講談社文芸文庫で復刊。曹丕論と左思論が秀逸。
以前から持っているのがかなりヨロヨロなので購入しました。


687:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 01:12:01
へー
花田清輝、そんな評論書いてたのか
花田好きなので是非買ってみる。楽しみ

688:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 02:46:40
>>686
おおー、情報トンです!本屋へ行ってみます!

689:無名武将@お腹せっぷく
07/05/31 05:08:20
NHKの漢詩紀行、今日は陳琳の『馬に飲かう長城の窟(飲馬長城窟行)』でした。
この番組は曹植とか劉邦とかやってくれるから見逃せないんだよな〜

690:無名武将@お腹せっぷく
07/06/03 23:47:55
ミニ情報
PR誌(出版社が無料で作っている情報雑誌)創文社の『創文』5月号に
曹植論「仮構の力─曹植の文学への問い」(大上正美)掲載。




691:無名武将@お腹せっぷく
07/06/06 05:13:50
まだ読んでないけど随筆三国志買ったよー!ついでに保守あげ

692:1(ry
07/06/08 16:42:42
あとちょっとしばらく書き込めないので保守ー

693:無名武将@お腹せっぷく
07/06/09 14:28:55
おお、1さんお久しぶりです。生きていたんですね…

694:無名武将@お腹せっぷく
07/06/09 23:17:36
>>693
パンダ交流史でググると1さんry(カミングアウト済)
三国時代では無いが興味深い…

695:無名武将@お腹せっぷく
07/06/10 01:16:51
そういえば中国古典にでてくる獏(貘)は
パンダのことだという説があったっけ

696:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 21:11:54
苦寒行パンダ説わろす…w

697:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 22:34:02
他の歴史板での愚痴を漏らすスレ
スレリンク(nanminhis板)

698:無名武将@お腹せっぷく
07/06/12 22:58:59
>>696
羆=パンダという解釈はパチ臭いな(w

699:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 02:20:29
保守がてら、パンダ談義でも

《爾雅》釋獣
獏、白豹。
《郭璞注》
似熊小頭痺脚、黒白駁、能舐食銅鐵及竹骨、骨節強直、中實少髄、皮辟濕。
或曰、豹白色者。別名貘。
《邢モ疏》
《字林》云、似熊而白黄、出蜀郡。一曰、白豹。

《説文解字》
貘、似熊而黄黒色。出蜀中。
《段玉栽注》
即諸書所謂食鐵之獣也。見《爾雅》《上林賦・蜀都賦注》《後漢書》。
《爾雅》謂之白豹、《山海經》謂之猛豹。
今四川川東有此獣。薪采攜鐵飯甑入山、毎爲所噛。其歯則奸民用爲偽佛齒。

科学的・生物学的な動物の観察分類など無かった時代の文献なので、
複数の動物のイメージが混ざり合ったり、想像が想像を呼んでたりしそうだが、
少なくとも、獏のモデルとなった動物の一つがパンダであった可能性は高そう。

笹を食う→竹の幹なんかもバリバリ食う→硬い金属や骨も(ry
見たいな感じに勘違いされていったのじゃないだろうか

700:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 04:14:52
>>699
トンです。
やっぱり当時でもあの白黒柄は珍しかったんだろうか。
今のように可愛さにハァハァするような考えじゃなかったのかなw

701:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 07:43:45
曹操なら「あの大きなどうぶつはかわいいのう」とか言い出しそうだけどなw

702:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 07:50:02
漢中にパンダを連れてきたのが劉備の勝因。

703:無名武将@お腹せっぷく
07/06/13 11:03:15
>>701
生け捕りにするのだ!決して殺したり傷つけたりしてはならん!
とか言い出してみんなをパニックのどん底に突き落とすわけですね。

704:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 12:53:35
パンダ保護センターって四川省の臥龍市にあるしな

705:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 15:39:19
>>694
パンダ何処だか見つからない・・・
避難所に貼ってほしす・・。

706:無名武将@お腹せっぷく
07/06/14 18:27:37
昨日の朝の漢詩紀行曹操キタ(゚∀゚)

707:1(ry
07/06/15 00:58:13
>>699
すげえwパンダ鉄たべることになってたのかー……
なんかに呉でタケノコを馳走になった漢の人が国に帰って、
自分でもあれを食おうと竹をかじってみて苦労する話があったから、
竹を常食する動物なんて怪獣みたいに思えたんだろうか……

>>705
自分のでよければ、一応避難所に貼ってみます。orz

708:無名武将@お腹せっぷく
07/06/15 03:24:14
前スレ>>1000
なんという兄妹喧嘩…

709:708
07/06/15 03:25:32
あああああ!!!!
誤爆った!!!すみません…忘れてくださいorz

710:無名武将@お腹せっぷく
07/06/17 02:49:20
保守

711:無名武将@お腹せっぷく
07/06/17 06:13:32
>>709
誤爆を見ると、どんなスレに書き込みたかったのか、ちょっと気になるw

『三国志曼荼羅』(井波律子著 岩波現代文庫)という本を買ってみた。
面白いかな?どうかな?ちょっと期待。

712:無名武将@お腹せっぷく
07/06/19 00:45:45
>>711
もしかしてその人って世説新語か何かの本
書いてなかったかなとかうろ覚えで言ってみる

713:無名武将@お腹せっぷく
07/06/19 01:22:29
井波さんは「物語三国志」を読んで
あまりの孫策大好きさに驚いたことがある。

というか、当時そういう脇役(?)プッシュの本が少なく
呉が好きだったから、驚いだし嬉しかったし、変な気持ちになった

714:708
07/06/19 19:33:48
>>711
今頃なんですが…某カードゲームスレで兄妹喧嘩をしているのは
曹丕と曹節です……

715:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 08:45:10
今朝の漢詩紀行、曹丕だったそうです・・・
見逃しちまったぁぁぁ!!!!ヽ(`Д´)ノウワァァァン

716:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 11:35:34
うっそーん
おれ曹丕ファンなのに、悔しいっ

717:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 13:16:34
建安七子の誰かなら絶対見たい

718:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 15:01:00
漢詩紀行はすでに放送されたものを繰り返し放送しているようだ
残念ながら建安七子はないね

漢詩 三国志の時代(日本語朗読:中村吉右衛門)

  酒に対して まさに歌うべし(曹操) / 蘇子客と舟を浮かべ赤壁の下に遊ぶ(蘇東坡・杜牧) /
  客子は常に人を畏る(曹丕) / 高樹に悲風多く海水はその波を揚ぐ(曹植) /
  流転して 常のところなし(曹植) / 武帝の宮中人去り尽くす(劉庭・岑參) /
  波は空城を打って 寂寞としてかえる(劉禹錫) / 日暮いささか為す 梁甫吟(杜甫) /
  丞相の祠堂 何れの処にか尋ねん(杜甫) /白帝城高くして 暮砧急なり(杜甫)

719:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 15:03:12
ちなみに明日は曹植だって
忘れないように録画しとかないと・・・

720:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 16:20:02
なぬぅ!?明日は曹ちんとな!?今度こそは見逃さんっっ!!

>719 情報d!!

721:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:26:00
曹丕が兄弟で車に乗って旅に出た、みたいな詩もやっていたはず>漢詩紀行

722:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:33:00
>>721
うぅわぁ〜それすんげぇ見たい。。。(*´д`*)

723:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 21:33:26
>>711
>『三国志曼荼羅』
俺も読んだ

曹操は女より(優秀な)男が好きだった

の結論に激しくワロタww

724:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 22:10:05
>>718
ググってみたがDVDにもなっているんだね。
値段が高いが…むむむ……

725:無名武将@お腹せっぷく
07/06/21 23:24:10
玄武陂の詩のマターリ度は異常

726:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:24:36
>>721
それって確か、「於玄武陂作」とかいう詩…だったかな?

727:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:35:55
文学スレッドのログには無いようなので白文をうpしてみます。
訳は誰かお願いします……


「於玄武陂作」 曹子桓

兄弟共行遊
驅車出西城
野田廣開闢
川渠互相經
黍稷何鬱鬱
流波激悲聲
菱茨覆緑水
芙蓉發丹榮
柳垂重蔭緑
向我池邊生
乘渚望長州
羣鳥讙譁鳴
萍藻泛濫浮
澹澹隨風傾
忘憂共容與
暢此千秋情


しかし、一緒に旅をしたという兄弟って一体誰でしょうね?
曹植だったら浪漫があっていいですね。

728:無名武将@お腹せっぷく
07/06/22 04:43:22
>726-727 正にそれでした。
漢詩紀行は、表題作と一緒にもう一作も朗読されるのです。
今日明日の曹植もまず確実にそうでしょうね

729:無名武将@お腹せっぷく
07/06/23 11:53:07
高樹に悲風多く海水はその波を揚ぐ(曹植),は「七歩詩」と放送されてる。
この番組は、中国の風景が見られるので楽しみにしている。


730:1(ry
07/06/27 01:20:19
>>727を訳してみるテスト(ry
(てけと書き下し)
兄弟(けいてい)共に行遊し、車を驅りて西城に出ず
野田は廣く開闢し、川渠(せんきょ)は互いに相い經る
黍稷(しょしょく)何ぞ鬱鬱たる、流波激して悲聲あり
菱茨(りょうき)は緑水を覆い、芙蓉丹榮を發す
柳は垂れて重蔭を緑にし、我に向ひて池邊を生ず
渚に乘じ長州を望めば、羣鳥讙譁(かんか)して鳴く
萍藻泛濫して浮かび、澹澹として風に隨き傾く
憂いを忘れ共に容與し、此の千秋の情を暢ぶ

(てけと訳)
「兄弟でいっしょに遊びにでて、車を走らせて城の西に来ました。
野や田はひろびろと開けはじまり、川やほりわりが絡みあって流れています。
モチキビとウルシキビがこんもりと茂り、流れは激しく波だって悲しい声をあげます。
ヒシとカヤがあおあおとした水辺に覆いかかり、ハスの花は赤くあざやかに咲いています。
柳がしだれて豊かな深い陰をつくり、池の岸辺で私をさしまねきます。
(砂の)渚に立って長い中州をながめれば、鳥の群れがかまびすしく鳴いています。
浮き草があふれるほど多く浮かびただよい、ゆったりと風にゆられて動きます。
憂いを忘れて、この千年もはるかにのびのびした風情にいっしょにゆったりしましょう」

 玄武陂というのは、曹操が対呉戦線の準備のために、208年にギョウに作った
水軍の水練訓練用の人工湖なので、この詩は少なくともそれ以降の作ですよね。
せっかく湖まで作ったのに、赤壁(ry
 しかし、曹丕と一緒に池にいった兄弟は誰でしょうねー。仲良しで良いことれすね。
ギョウの西というのは、典論自叙にも
「与族兄子丹猟于鄴西、終日手獲麞鹿九、雉兎三十
(親戚の子丹兄ちゃんとギョウの西まで猟に行って、一日で自分達でノロジカ九頭と兎と雉三十羽をとったよ)」
と書いてあるので、なんか土地が豊かないい眺めのところだったんでしょうねー。
弁当と、おやつにブドウでも持っていって食いたいです。

731:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 01:39:17
>>1氏復活おめ

菱茨(リョウシ)の茨はテキストによっては芡(ケン)の字になっていて
スイレン科の水草だそうです

そういえば同じく曹丕の「芙蓉池作」の詩の芙蓉池も
ギョウの西にあったんだっけ

732:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 07:00:27
>>730
おお〜1さん、訳乙です!
本当にまたーりとした詩ですね〜曹丕は兄弟と仲が悪い印象が強いから
旅を共にした相手が余計に気になってしょうがないですw

733:無名武将@お腹せっぷく
07/06/27 19:04:24
幼い弟達の保護者として遠足に付き合ったんじゃないかと思ったが
子供達の世話に追われる状態で作るような詩じゃないなw

734:1(ry
07/06/28 02:44:11
>>731
Thxです、済みませんorz >>730は×菱茨(りょうき)→◎菱茨(りょうし) です。
ほんとだー、中華書局の三曹詩選だと、
「菱芡(qian):菱茭和”鶏;頭”。芡:睡蓮科水草、俗称鶏頭、或鶏頭米」
となっていて、鶏頭米というのは「オニバス(大きな蓮の仲間)の実」みたいですねー。
ぐぐってみたら、蘇州名産で甘いスープに入れて白玉みたいにして食べるらしいです。うまそう。

邯鄲市政府のサイトにギョウの古跡の説明とかがありますた。
URLリンク(www.hd.gov.cn)
いまの臨漳県の西南20kmのところにあるらしい。
写真で見るかぎりでは、わりと乾燥したところみたいですね。
 
邯鄲市の地理と気候
URLリンク(www.hd.gov.cn)

そいで、邯鄲市臨ショウ県の地図と航空写真↓ですが、
URLリンク(maps.google.co.jp)
この左下にあるのがギョウの古跡でせうねー。
URLリンク(maps.google.co.jp)
ちょっとずらしてみると、市政府の説明どおりに河のほとりに街があるので、このどれかが古跡なのかな?
西側の山から東にむかって流れてきた河によってできた、扇状地のような地形のところみたいですね。
URLリンク(maps.google.co.jp)
拡大してみると、お城とかがあるひらけた東側(昔は草原?)に対して、
河をさかのぼって山のほうにいく西側には池や水場みたいなものも多く見えますし、
山のふもとなので、動物とかもいっぱいいたんでしょうねー。
距離も数kmから20km程度でふもとまで行けそうなので、馬ならばすぐですね。
上にあるでかいダムみたいなのはまさか違うでしょうが、小さい池のどれかが玄武陂なんだろうかw。

735:1(ry
07/06/28 03:01:10
臨ショウ県政府のサイトにそのものの写真と説明があったww
「野田廣開闢 、川渠互相經、黍稷何鬱鬱」というのは
↓こういう風景らしいです。バロスww
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)

漳河と麦畑は↓こんな感じらしいです。こっちのほうが近いんじゃ……。
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)
ギョウ城遺址↓はこんな感じ。ウェブって便利だー。
URLリンク(www.lz.hd.gov.cn)

736:無名武将@お腹せっぷく
07/06/28 17:29:03
スレリンク(warhis板:4番)
三戦板復興プラン

3
三国志スレは立てない、立てさせない。
既存の三国志スレもできるだけ追い出し、戦国一色の板を目指す。
三国志には常に無双の影が付きまとい、それが糞スレ発生の温床となっているから一時的に完全除去する必要がある。
三国志を語りたい住民には一時的に中英板へ疎開してもらい、三戦板の情勢安定を待って戻ってもらう。


理解できましたか?
という事で板の糞化の元凶の三国志関連スレッドは中国英雄板に出て行ってください。
これも三戦板のためなんです。お願いします。

中国英雄板
URLリンク(hobby9.2ch.net)

737:無名武将@お腹せっぷく
07/06/28 22:13:42
>>734
>>735
本当にwebって便利ですねー。ちょっと旅をした気分になるw
やっぱりドライブ感覚で行ってきたってとこでしょうか。
当時はもっと綺麗で狩りだけでなく魚釣りも楽しめたんでしょうね。

738:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 05:04:56
杜甫って本当に三国志、っていうか諸葛亮が好きだったんだなー

739:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 10:11:01
>>738
今日の漢詩紀行の感想だとみた

740:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 13:30:40
孔明をうたった詩って杜甫の蜀相のほかにもあるのかな・・?
日本では土井晩翠のあれが有名ですけど

741:無名武将@お腹せっぷく
07/06/29 23:19:41
>>738
誤爆かと思ったw

742:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 01:00:13
産め

743:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 01:06:59
>>742
誤診だと願ったw

744:無名武将@お腹せっぷく
07/06/30 02:37:08
蜀相

丞(蜀)相祠堂何處尋、錦官城外柏森森
映堦碧草自春色、隔葉黄鸝空(多)好音
三顧頻繁(煩)天下計、兩朝開濟老臣心
出師未捷(用)身先死、長使英雄涙滿襟

とりあえずググってみた
URLリンク(www5a.biglobe.ne.jp)

745:無名武将@お腹せっぷく
07/07/02 12:31:43
良スレ

746:無名武将@お腹せっぷく
07/07/04 23:24:44
URLリンク(homepage2.nifty.com)

747:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 02:31:31
曹丕たんがお兄ちゃんのカタキって張繍を虐め殺したとすると
賈クを重用してる理由がわからんな

748:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 04:42:07
曹沖死んだとばっちりで殺された不疑たんカワイソス

749:無名武将@お腹せっぷく
07/07/05 23:51:17
>>747
カタキもなにもないと思う。結果曹操の後継者になれたわけだし。
単に気に入る・入らないの問題じゃねーの?

750:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 00:38:28
>>747
世渡り上手な賈クが曹丕を上手く手助けしたからでは?

751:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 08:05:08
>>747
賈クは部下のつとめとして張繍を補佐しただけと考えて、才に免じて放置したのかと思ってた。


ついでに張繍は曹丕に虐められて死んだんじゃなくて、病死だと思ってた。
勘違いしてたよ……orz

752:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 16:42:46
>>751
おいおい、煽りっぽい文章を真に受けていいのか?

753:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 18:34:42
張繍が自死した云々については正史に挿話があるな。
しかしどれぐらい信憑性があるものなんだろうか?
曹丕は他にも人との不和が記されてるから、そういう奴なんだろうなと思ってる人多そうだけど。

754:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 23:36:06
張繍伝見ると「烏丸討伐の途中で逝去」ってなっていて死因はのってないけど、
注釈の方には

張繍が降伏後にしょっちゅう頼みごとをしてくるのに曹丕がムカついて
「兄ちゃん殺したくせに、なんで平気な顔して俺んとこ来れるんだよ!」って言ったら
ビビッタ張繍が自殺した。

ってな話がのってました。
賈クは単に曹丕がムカつくような事をしなかったってだけじゃないかな?


755:無名武将@お腹せっぷく
07/07/06 23:58:08
賈詡は曹丕が曹操の太子になるのに力を貸したから。

756:1/4
07/07/07 05:30:46
>>746
なんの意図があるのかわからんが、原文うpしとこう

テキストは六臣註文選。
( )内は李善注文選との文字の異同
{ }内は五臣注文選との文字の異同
(×)はその前の文字が李善注文選では存在しないことを示す

爲曹洪與魏文帝書
陳孔璋*

十一月五日、洪白。前初破賊、情侈()意奢、説事頗過其實。得九月二十日書、
讀之喜笑、把玩無猒、亦欲令陳琳作報。琳頃多事、不能得爲。念欲遠以爲歡(懽)、
故自竭老夫之思。辭多不可一二(一)、粗舉大綱、以當談笑。

*…善曰、陳琳集曰、琳爲曹洪與魏文帝牋。
     文帝集序曰、上平定漢中、族父都護還書與余、盛稱彼方土地形勢、
            觀其辭如陳琳所敘爲也。

757:2/4
07/07/07 05:41:20
漢中地形、實有險固、四嶽三塗、皆不及也。彼有精甲數萬、臨高守要、一夫(人)揮戟、
萬人(夫)不得進。而我軍過之、若駭鯨之決細網、奔兕之觸魯縞、未足以喩其易。
雖云王者之師、有征無戰、不義而彊(強)、古人{今}常有。故唐虞之世、蠻夷猾夏、
周宣之盛、亦讎大邦、詩書歎載、言其難也。斯皆憑阻恃遠、故使其然。是以察茲地勢、
謂爲中才處之、殆難倉卒。來命陳彼妖惑之罪、序(叙)王師曠蕩之コ、豈不信然。*
是夏殷所以喪,苗扈所以斃、我之所以克、彼之所以敗也。不然、商周何以不敵哉。
昔鬼方聾昧、崇虎{虐}讒凶、殷辛暴虐、三者皆下科也。然高宗有三年之征、
文王有退修(脩)之軍、盟津有再駕之役、然後殪戎勝殷、有此武功焉(×)。
未(焉)有星流景集、飈奮(奪)霆擊、長驅山河、朝至暮捷、若今者也{焉}。
由此觀之、彼固不逮下愚、則中才之守、不然明矣。

*…善曰、文帝答洪書曰、今魯抱凶邪之心、肆蠱蜮之政、天兵神拊、師徒無暴、
      樵牧不臨。
(蠱蜮の蜮の字は、正確には「惑」の心を虫に変えた字。意味も発音も
「蜮」の字と同じ。胡克家の文選考異は「惑」の誤字とする)

758:3/4
07/07/07 05:48:09
在中才則謂不然、而來示乃以爲彼之惡稔、雖有孫田墨氂、猶無所救、竊又疑焉。*
何者、古之用兵、敵國雖亂、尚有賢人、則不伐也。是故三仁未去、武王還師、
宮奇在虞、晉不加戎、季梁{良}猶在、彊(強)楚挫謀、曁至衆賢奔絀、三國爲墟。
明其無道有人、猶可救也。
且夫墨子之守、縈帶爲垣、高不可登、折箸爲械、堅不可入。
若乃距陽平、據石門、攄八陣之列、騁奔牛之權、焉肯土崩魚爛哉。
設令守無巧拙、皆可攀附、則公輸已陵宋城、樂毅已拔即墨矣。
墨翟之術何稱、田單之智何貴、老夫不敏、未之前聞。

*…善曰、文帝答曹洪書曰、今魯罪兼苗桀、惡稔惹ヘ、縦使宋翟妙機械之巧、
     田單騁奔牛之誑、孫呉勒八陣之變、猶無益也。

759:4/4
07/07/07 05:53:53
蓋聞過高唐者、效(効)王豹之謳、游(遊)睢渙者、學藻繢之綵。間自入益部、
仰司馬楊王之(×)遺風、有子勝斐然之志。故頗奮文辭、異於他日。怪乃輕其家丘、
謂爲倩人、是何言歟。夫埼垂耳於坰(林)牧(埛)、鴻雀戢翼於汙池、
褻之者固以爲園囿之凡鳥、外廏之下乘也。及其(×)整蘭筋、揮勁翮、陵諮エ浮、
顧眄(盼)千里、豈可謂其借翰於晨風、假足於六駮哉。恐猶未信丘言、必大噱也。
洪白。*

*…善曰、此雖假孔子名而實以空爲戯也。或無丘言二字。

760:無名武将@お腹せっぷく
07/07/07 06:13:24
>756
ちょっと補足。
引用の李善注の「如陳琳所敘爲也。」の「如」の字は、「知」の字誤りだと
胡克家の文選考異にある。

中国語サイトからコピペして修正しただけで、読み込んで無いが
漢中を支配する張魯を破った喜びのなかで書かれた手紙らしく、
作品名に文帝の名があるが、まだ曹丕が帝位につく前の作品。

件のサイトでは、本文中にしつこく代筆では無く、
曹洪本人の自作であると主張していることをネタにしているが、
なんとなく、陳琳も曹洪も曹丕もわかったうえでのお遊びという感じがしないでもない
根拠は無いけど

個人的には、この手紙と李善注に引用された曹丕から曹洪への手紙から伺える
曹丕の「張魯m9(^Д^)プギャー」のし具合が笑えた

761:無名武将@お腹せっぷく
07/07/08 00:04:58
手紙と言えば、孫権が焼くよう指示した陸遜への手紙にはどんな罵りが記されていたのか知りたいなあ。
惜しいな孫権、文才を後世に知らしめる機会だったのに

762:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 02:32:56
たまには日文の話もしてみよう。

『太平記』巻第20「義貞夢想事 附・諸葛孔明事」は、
新田義貞が大蛇に変身して斯波高経を撃退する夢を見る物語。
大蛇と化して地に伏せた義貞を「臥竜」になぞらえ、
陣没した諸葛亮の非運に重ね合わせて凶夢であるとしている。
この物語は蜀漢びいきの立場で劉備の仁・諸葛亮の智を賞賛しているが、
曹操・劉備存命中に五丈原の役が起こるなど
史実とも『平話』『演義』などとも相違する点がある。

江戸時代の洒落本・夢中楽介の『通人三国師』は、
劉備が吉原で料亭を営むところに借金を抱えた孔明が転がり込み、
さらに仲達が押し掛けるが孔明の計略で撃退される、という筋立て。
すでに三国志のパロディ化が行われていた事が判る。

三国志プロパーではないが、万葉集に載った山上億良の「沈痾自哀文」に
華陀が出てくるし、枕草子や徒然草は文選を称賛している。
三国志に取材した川柳・狂歌の類も探せば結構あるはず。

763:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 02:37:43
おもしれーなー
ここみたいに三国オタというか、ネタにして楽しむ層が
そんなに昔からいるんだな。
世界一三国志が好きなのは、ひょっとすると日本人かもしれないな…w

764:無名武将@お腹せっぷく
07/07/10 13:44:50
>>760
その曹丕から曹洪への手紙も気になるw

765:1(ry
07/07/10 22:37:52
そういえば、「知らざあ言って聞かせやしょう」の弁天小僧とかの
歌舞伎の義賊白浪五人男は、韓暹楊奉の白波賊から来てるらしいですw。

766:無名武将@お腹せっぷく
07/07/11 20:33:50
楊奉は美青年だったのかw

767:無名武将@お腹せっぷく
07/07/12 02:15:02
>>760
>わかった上でのお遊び。
そんな感じするね。あれだけ何か浮いているというか雰囲気が違う感じ。

兎に角曹洪のネタの多さは一族中突出していることだけは確かだ。

768:無名武将@お腹せっぷく
07/07/13 02:50:57
>>760
曹洪と曹丕は金のトラブルを起こしているので仲悪いイメージがあったけど
そういうお遊びもする余裕があったのね


最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
暇つぶし2ch

5382日前に更新/286 KB
担当:undef