三国時代の文学スレッ ..
451:無名武将@お腹せっぷく
07/03/25 21:12:06
『礼記』に投壺篇があって、投壺の礼について解説してる。
内容はおおまかには>>449なんだけど、
『礼記』で解説するくらいだから由緒正しいゲームだったんじゃまいか。
魏の時代に、どんな感じでやってたのかわからないけど。
452:無名武将@お腹せっぷく
07/03/25 21:17:01
>>424のそのゲームと本が置いてあったってことかね
453:無名武将@お腹せっぷく
07/03/25 23:19:13
>>450
鬼退治でもしてくれそうだなww >桃割れる
454:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 00:07:40
乃ち古今を提緯し、名実を総験するに、
まず、水経注・類聚・御覧は「乃」の字が「機」になっており、「提緯古今、総験名実」
は陸機の行動。
さらに「提緯古今」と「総験名実」は対になっている表現なので、「提緯古今」は
「古今を提緯す」と読みたい。「緯」の字には順序だてて系統化するという意味もあり、
「提緯古今、総験名実」は
陸機は古今の事について秩序だって指摘し、世間での評価とその実際について広く検証した
という意味で解釈してみたが、自分でもちょっと強引な解釈だと思う
もし、「緯」を緯書ととれば「緯を古今に提し、名実を総験す」と読み
緯書の神秘的な予言を古今の史実に即して提示し、その緯書の内容と史実を検証した
と解釈できる…のだろうか
此の年少は甚だしくは欣解せず。
まず欣解の正確な意味がわからんが、欣の字が入っているので、何か喜んだ様子を
指すものとすると、「不甚欣解」で、それ程喜ばなかったの意味になる。
ただし、芸文類聚は「不堪欣解(欣解に堪えず)」に作り、それだと大喜びしたの
意味になるが、他に「堪」とするテキストは無いようなので、「不甚欣解」で
いいと思う。
ここで、なぜ王弼があまり喜ばなかったかが疑問になるが、
陸機の話の内容は、「提緯古今、総験名実」で、提緯の意味がよくわからんにせよ、
古今の事件なり人物なりについて検証した内容と思われるので、
観念論・抽象論的な玄学を得意とした王弼の肌に合わなかった
ということじゃないだろうか
455:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:15:53
既に暁にして便ち去り、驂を逆旅(げきりょ)に税く。逆旅の嫗に問う。
逆旅は宿屋。
明け方になって立ち去り、馬車を宿屋に止め、宿屋の老婆に問い尋ねた。
嫗曰「[君何宿而来、]此東数十里無村落、止有山陽王家塚爾。」
水経注には[ ]の文句が付いている。
君 何(いずこ)に宿りて来るか
あなたはどちらで宿をとってきたのか
の意味
機は乃ち怪しみ悵(うら)み、昨路を還睇するに、空野霾雲、拱木日を蔽う。
方(はじ)めて知る 昨(きのう)遇う所の者は、信(まこと)に王弼なりと。
「怪悵」という熟語は辞書に載っていないが、類聚と御覧は「機乃怪、悵然、還睇昨路」
として、「陸機は驚き怪しみ、がっかりして昨日きた道を振り返って眺めると」と読める
還睇は振り返って見るの意味で辞書に載っている。
「空野霾雲、拱木蔽日」は水経注には「空野昏霾、雲攢蔽日」として、
水経注の考証を行った楊守敬によれば(楊守敬『水経注疏』)、水経注の方が
正しいらしい。
空野は「空と野原」と「何も無い野原」の両方の解釈が可能だが、後の句に「雲攢蔽日」
と空の様子を描写する表現がでてくるので、「何も無い野原」と解釈すると
空野昏霾(こんばい)たりて、雲攢(あつ)まりて日を蔽う
暗く何も無い野原が広がるなかりで、雲が集まって太陽を隠している
という意味だと思う。
方(はじめて)は現代中国語の「方始」「方才」の意味で、
「そこでようやく」「そこではじめて」のニュアンスだと思う。
456:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:20:45
>>433
逆旅(げきりょ)は宿屋だよ。
宿屋に泊まって、そこのばあちゃんに聞いたら、
「こっから東数十里に村なんてねーよー。山の南に王さんちの墓があるだけだー。」と答えた。
おかしいなと思って、もどって昨日来た道を眺めてみたら、何にも無くて土ぼこりが舞っていて、
ただお墓の木が木陰をつくっていた。
それではじめて、昨日遇った人は本当に王弼だったんだということがわかった。
ということですね。
457:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:24:26
リロードせずに書き込んだら、かぶってしまいました。すみません。
しかし、こんな時間に、こんなことを書いてる人間が二人いるなんてw
458:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:46:56
>>455
×暗く何も無い野原が広がるなかりで
○暗く何も無い野原が広がるばかりで
最後に後半の陸雲のエピソードの部分で
平生を論叙するに、人に異ならず、尋で共に老子を説くに、極めて辞致有り。
というのは、(若者が)日常について会話するときは(世間話みたいなもの?)
普通の人とかわりないが、老子について語り始めるとものすごい
って言う事じゃないかと思う
>>448-452
Thx
「置易与投壺」と書かれていればまだわかりやすかったのだが
この文章全体にも言えることだが、大元の原本は多分もっと詳しく丁寧に書かれていた
気がする
書写する人や引用する人が全部書き写すのが面倒だったのか、転写を重ねるうちに
省略や要約をされまくり、「置易投壺」みたいな語句がポツンと残って、
解釈を困難にしている気がする
459:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:47:29
>>455
×暗く何も無い野原が広がるなかりで
○暗く何も無い野原が広がるばかりで
最後に後半の陸雲のエピソードの部分で
平生を論叙するに、人に異ならず、尋で共に老子を説くに、極めて辞致有り。
というのは、(若者が)日常について会話するときは(世間話みたいなもの?)
普通の人とかわりないが、老子について語り始めるとものすごい
って言う事じゃないかと思う
>>448-452
Thx
「置易与投壺」と書かれていればまだわかりやすかったのだが
この文章全体にも言えることだが、大元の原本は多分もっと詳しく丁寧に書かれていた
気がする
書写する人や引用する人が全部書き写すのが面倒だったのか、転写を重ねるうちに
省略や要約をされまくり、「置易投壺」みたいな語句がポツンと残って、
解釈を困難にしている気がする
460:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 02:49:47
うはw連投ごめん
もう寝る
461:456
07/03/26 03:22:52
ゴメン。山陽は山の南ではなくて、地名だた。
山陽の王家の塚
462:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 04:18:53
陸機片付いたじゃまいか
皆乙!!!!!
463:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 10:51:38
漢書・匡衡伝に「解人頤」というのがあって、
解頤(おとがいをとく)というのはアゴを開くだから大笑することだそうです。
だから、「欣解」は喜んで笑うだろうと思います。
>>454と>>458を考え合わせると、「乃提緯古今、総験名実、此年少不甚欣解。」と
「論叙平生、不異于人。」が同じことを言っていて、
「乃提緯古今、総験名実」=「論叙平生」と考えられるんじゃまいか。
易や老子ではない現実的な話題には、あまり興味を示さなかったということかな。
そろそろ桜も咲くので、かなり戻って>>401の春詠です。
韻とか解んないけど、こんな読みでどうでしょう。
節運同可悲、莫若春気甚、和風未及燠、遺涼清且凜
節の運(めぐ)りは同じく悲しむ可くも、春気の甚(はなは)だしきに若くは莫し。
和風は未だ燠(あつ)きに及ばず、涼を遺(のこ)して清且(か)つ凛。
季節の移り変わりはみな感慨深いけれど、春がやっぱり一番だ。
おだやかな春風はまだ暑くなく、涼しさを遺して清らか且つ凛としている。
464:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 12:08:32
どっちも(・∀・)イイ!
皆乙カレー!!
465:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 13:02:13
お疲れ様です
普段このスレに上がる様な文章が、
いかに計算された良い文章なんが分かるなァ
466:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 14:06:11
>>451
左伝なんかにも投壺の描写があった気がする。
467:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 14:42:59
>>466
横紙すまん。左伝て何か読みにくい。読みやすい注釈書ってある?
468:まとめサイト ◆XoQX5vgfQU
07/03/26 14:46:26
URLリンク(www.geocities.jp)
ここまでUP
469:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 15:18:12
>>465
いい文章は読みやすいよねw
470:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 16:05:46
>>466
昭公の伝十二年にあったよ。
「これが入ったら諸侯の旗頭になる。」と言って矢を投げて、
入ったら喜ぶってのは、宴会芸じゃなくてお呪いみたいな感じだな。
魏の時代には、もっと宴会芸っぽくなってたのかな。
>>467
オレも平凡社の中国古典文学全集の訳本しか持ってない。
なんか良いのないかな。
471:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 18:42:36
>>467>>470
明治書院版が特にいいとは思うけど、訳文のみだけどほぼ全訳の
平凡社版でもいいと思う。
いちおう両方買った人間の意見。
472:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 19:16:17
>>471
ありがとう。
文選巻二十六に陸機の赴洛道中作二首というのがありました。
王弼の幽霊に遇った旅の途中で作ったんかな。
二首のうち一首をうp。
?轡登長路嗚咽辭密親
借問子何之世網嬰我身
永歎遵北渚遺思結南津
行行遂已遠野途曠無人
山澤紛紆餘林薄杳阡眠
虎嘯深谷底鷄鳴樹巓
哀風中夜流孤獸更我前
悲情觸物感沈思鬱纒緜
佇立望故郷顧影悽自憐
473:無名武将@お腹せっぷく
07/03/26 19:18:23
最初の化けてる文字は、手偏に怱で、ソウ/す・べるです。
474:1(ry
07/03/27 01:22:27
まとめさん乙であります(`・ω・´)ゝ
>>434-463
#王弼(異苑)
Sugeeeeeeeeeeeee-----------!!!!!! Thxであります!!!!
自分は理系のシロートなので、ひとりではぜったいわかりませんですた(`;ω;´)ブワッ
礼記の投壷というのは、なんか専用の「矢羽のついていない矢」と「胴に持ち手のある壷」をつかって、
URLリンク(p.pita.st) ←こんなふうに矢をつぼにいれて、
勝った人はまけた人にお酒をのませるらしい……と、新字源に出ていますたorz。
王弼たんのの幽霊とあったのが陸雲たんバージョンはけっこう話がもりあがっていますが、
陸機たんバージョンはあんまりウケなかったのですねw。
どっちが王弼たんの幽霊に会ったんだろう。もしや、二人ともそれぞれ別に会ったのでせうかw。
>>463
#春詠
フォローthxであります!! この春詠ってつづきはなくて、これで完結しているのでせうか……(・∀・)?
#春秋左伝
自分も台湾學生書局のやつしかもってないので、図書館に行かないと読めないのですが、
明治書院の新釈漢文大系シリーズはべんりだと思うですー。
475:1(ry
07/03/27 01:27:33
>>472
#陸機の赴洛道中作二首
Thxです!! 自分の上海古書出版の文選では、
二首めもセットになってつづいていたので、いちおううpしてみるですー。
赴洛道中作二首 其二
(白文)
遠遊越山川 山川脩且廣
振策陟崇丘 案轡遵平莽
夕息抱影寝 朝徂銜思往
頓轡倚嵩巖 側聴悲風響
清露墜素輝 明月一何朗
撫枕不能寐 振衣獨長想
(其一、適当書き下しorz)
「轡(たづな)を揔(す)べて長路を登り、嗚咽し密親に辭す
子は何ぞ之(ゆ)くかと借問するに、世の網の我が身に嬰(かか)りしやと
永歎して北の渚に遵(したが)うも、思いは遺りて南の津(きし)に結ぶ
行き行きて遂に已に遠く、野の途(みち)は曠(むな)しく人は無し
山澤は紛として紆餘し、林薄は杳として阡眠たり
虎は深谷の底に嘯(うそぶ)き、鷄(とり)は樹の巓(いただき)に鳴く
哀風が夜の中を流れ、孤獸は我が前を更(へ)る
物に觸れて悲情を感じ、沈思は鬱として纒緜とす
佇立して故郷を望み、顧影して自憐し悽(いた)む 」
(其二、適当書き下しorz)
「遠く遊びて山川を越ゆるに、山川は脩く且つ廣し
策(むち)を振るいて崇丘に陟(のぼ)り、轡を案(おさ)えて平莽に遵う
夕に息(やす)みては影を抱(いだ)いて寝(い)ね、朝に徂きては思いを銜(ふく)みて往く
轡を頓(とど)めては嵩巖に倚(もた)れ、悲風の響くを側聴す
清露は墜ちて素(しろ)く輝き、明月は一(いつ)に何ぞ朗らかなる
枕を撫して寐(い)ぬるに能わず、衣を振るいて獨り長く想う」
476:1(ry
07/03/27 01:29:45
(其一、適当訳orz)
「たづなをとって長い道のりを出発し、むせび泣いて親しい者たちに別れを言います。
あなたはなぜいらっしゃるのですかと聞かれたので、世の中の網にかかってしまったのですと答えました。
ふかいため息をついて北の砂でできた渚にそっていきますが、
思いはあとにのこって南の岸の舟の渡しにとどまっています。
行って行ってこんなにも遠くまできてしまい、野の道はひろくてまったく何もなくて誰もいません。
山や沢がいり乱れて曲がりくねり、林と草むらは深く暗く生い茂っています。
虎が深い谷底でひくくうなり、鳥は高い木のてっぺんで鳴いています。
ものがなしい風が夜のなかを流れてゆき、はぐれた獣が私の前を通りすぎていきます。
こうした風物にふれては悲しみの情を感じ、深い物思いはうれいをもって心にまとわりついて離れません。
たちどまって立ってみては故郷をはるかにへだててながめ、
影をふりかえっては自分の身の上をあわれんで悲しみます。」
(其二、適当訳orz)
「遠く他国へ仕官するのに山川を越えて来てみれば、山川は長くしかも広いのです。
ムチをふるっては高い丘にのぼり、たづなをおさえては草原をすすみます。
夕べにやすむときは自分の影を抱いて寝て、朝に出発するときには思いを内にふくみながら行きます。
たづなをとめては大きな岩にもたれ、風が悲しくひびくのをじっと聞いています。
透明な露がおちて白くかがやき、明るい月のまったく何とくもりなくあきらかなことでしょう。
枕にもたれても眠ることはできず、(ねがえりをうって)衣の袖をふるってはひとり長く思いにふけります。」
477:無名武将@お腹せっぷく
07/03/27 02:18:14
(´;ω;`)ブワッ・・・
そこまで行きたくないのなら断れないものなのか・・・
478:無名武将@お腹せっぷく
07/03/27 21:39:30
断ったらどうなったんだろね
479:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 01:15:11
司馬懿みたいに「さっさと来ないとヌッ殺ス」と脅されるw
弁亡論を著したのが上洛前か後か気になる。
あんなの堂々と書いて大丈夫なんだろうか。
480:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 02:50:42
>>474
赴洛道中作二首をうpしたものです。訳つけなきゃと思いつつ、ほったらかしでした。乙です。
ボクはつい最近ここに来るようになったので、1さんはその筋の学科の学生さんだと思ってました。
理系のシロートなのに、こんだけ読むのは逆にSugeeeeeeeeeeeee-----------!!!!!! であります!!!!
春詠はこれで全部のようです。秋詠というのもありました。
肅肅素秋節、湛湛濃露凝、太陽夙夜降、少陰忽已升
肅肅(しゅくしゅく)たる素秋の節、湛湛(たんたん)たる濃露凝(こ)る。
太陽は夙夜降り、少陰は忽(こつ)として已に升る。
静かな秋、清らかな濃い露が凝結する。
盛んだった陽気が朝夕に衰えていき、
ふと気付くと、小陰の気が已にあらわれている。
素秋は、五行で金気は色は白、季節は秋で、素は白だから素秋というそうです。
北原白秋の名前とおなじですね。
ちなみに青春は五行で木気は色は青、季節は春だから青春だそうです。
481:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 03:11:26
田中芳樹の「創竜伝」で知った厨房時代の思い出>青春
482:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 03:38:02
>その筋
甘寧のことかー!!w
483:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 03:49:19
このスレは他学部出の人が多いんじゃなかった?
逆に、専門に勉強した人では思い付かない発想をするから面白いよ
勿論、専門的なフォローがあってこそ話が進むんだが
484:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 10:48:26
多いもなにも
板の性格上、ちょっと文系よりかもしれないが
リアル社会とあまり変わらないんじゃないか・・・
485:無名武将@お腹せっぷく
07/03/28 11:50:16
>>479
晋書の陸機伝では、いつ作られたかは明言していないが
上洛前の部分に弁亡論を長々と引用しているから
上洛前の作品なんかな?
今まで何度か陸機伝を読もうとしたことがあるが、
そのたびに最初のほうに出てくる弁亡論でいきなり挫折しているw
486:無名武将@お腹せっぷく
07/03/29 03:49:03
太平広記巻317
魯粛
孫権病。巫啓云。「有鬼著絹巾、似是故将相。呵叱初不顧、径進入宮。」
其夜、権見魯粛来、衣巾悉如其言。(出幽明録)
( )内は原注
孫権病む。巫 啓(もう)して云わく、「鬼の絹巾を著(つ)くる有り、
是れ故将相に似たり。呵叱(かしつ)すれども初めより顧みず、径(ただ)ちに進みて
宮に入る」と。其の夜、権 魯粛の来るを見る、衣巾 悉く其の言の如し。
(幽明録に出づ)
孫権が病気になったおり、祈祷師が申し上げました。「絹の頭巾をした幽霊がおり、
亡くなった大臣のようであります。声をあげて咎めましたが鼻にも引っ掛けずに、
そのまま進んで宮殿に入っていきました。」その夜、孫権は魯粛が来るのを目にしたが、
その服装は祈祷師の言葉どおりだった。
魯粛 何しに来たん(´・ω・`)
487:無名武将@お腹せっぷく
07/03/29 05:37:09
>>486
つまり、祈祷師が見かけた幽霊が魯粛だったってこと?
488:無名武将@お腹せっぷく
07/03/29 07:55:53
魯粛は「おまえ長生きしすぎじゃね?」って言いにきたんだよ
489:無名武将@お腹せっぷく
07/03/29 23:37:39
なんか凄いな魯粛w
490:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 03:31:22
魯粛出すぎだろwww
呉は祈祷師とか巫女とか好きでよく使ってるけど
言ってることはトリック満載の出鱈目に違いねえから
1 孫権は魯粛に後ろ暗いところがある(スピリチュアルアタック)
2 もうだめぽ・・・お迎えが近いですよ(孫策か周瑜でもいいけど魯粛)
3 魯粛好きすぎの孫権にサービス(お見舞いに来てたよ、よかったね)
この三択だなw
しかし怖い話だ
491:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 10:58:21
>>490
三択に甜茶吹いたw
(只今花粉症)
何で幽霊エピ多いの魯粛は
492:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 13:00:18
幽霊になりやすい体質だったとか?(何だそりゃ)
493:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 14:27:20
死んでるんだから、体質はないだろー。霊質とか魂質とかかなw
霊体っていうから、やっぱり体質かな?
494:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 15:51:44
「狂児ならそんな訳のわからんことやりそう」と思われてたんじゃ?w
495:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 15:54:45
生前の魯粛の性格や逸話からだと、化けて出るようなタイプにゃ思えないけどね。
幽霊で登場して欲しい程、呉の民に愛されてたととるべきか?でも、怖い話もあるしなあ・・・
496:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 16:03:04
日本的に考えると、恨みがましいタイプが化けて出るって感じだけど
中国だと、豪快な奴が化けて出やすいんだろうか?
張飛とか
497:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 16:43:31
張飛は義理固いだけで(ry
498:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 19:09:10
>>495
会ってみたいという当時の人々の願望が現れたのかも知れないね。
499:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 19:10:42
関羽のこと考えるとやっぱり
日本と同じく
恨み残して死んだ奴が出たと考えられてるんじゃまいか
500:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 19:24:13
中国の幽霊はパワフルだな
501:無名武将@お腹せっぷく
07/03/30 21:30:32
よく成仏できなかった人が現世で幽霊になるとか言うから
きっと生前に未練を残してしまったんじゃなかろうか
とか思ってみたり
502:無名武将@お腹せっぷく
07/03/31 20:19:12
ミ・д・ミ
でもこういう話があるってことは
幽霊って物が信じられてたってことだよな……
503:無名武将@お腹せっぷく
07/04/01 22:54:27
お、落ちてない
みんなどうしたんだろ……
504:無名武将@お腹せっぷく
07/04/01 23:16:05
応援上げ
505: 【豚】
07/04/01 23:45:43
立って半年たってないから落ちない、でおkかな よく知らんけど
過疎板とはいえ、本当にみんなどこいっちゃったんだと不安になるな
506:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 00:01:37
仁寿殿前 有大方銅鏡。高五尺餘 広三尺二寸、立着庭中。
向之便写人 形體了了 亦怪也。
『太平御覽』巻七一七
仁寿殿の前に 大方の銅鏡有り。高さ五尺餘 広さ三尺二寸
立てて庭中に着く。之に向かひて便(すなわ)ち人を写せば、
形體了了として、亦た怪なるなり。
仁寿殿の前に、大きな四角の銅鏡がある。高さは五尺あまり、幅は三尺二寸で
庭の中に立ててある。これに向かって人を写すと全身がはっきり見えるので
不思議なことである。
御覽巻七一七、服用部十九「鏡」に<陸機与弟雲書曰>として載っていました。
自分の姿を鏡に映して不思議がる陸機。
その事を弟に手紙で伝える陸機。
厳しい顔でポーズとかとってたら陸雲でなくても笑いがこみ上げてきます。ププッ
507:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 00:23:55
うんこスレの中に埋もれてこのスレがあるのを見ると、何と言うか……
508:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 13:50:19
>>506
仁寿殿て皇帝が執務したり臣下に謁見する場でいいのかな?
皇帝に謁見する前に臣下たちがそれ見て身だしなみチェックとかしてたら
確かに笑えるw
509:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 18:13:28
この時期はみんな忙しいんだろうな…
オイラは今日から暫く毎日が日曜日だけどな'`,、'`,、('∀`)'`,、'`,、
前スレにも惇が銅鏡ブン投げたの出てたけど、
昔はデカイ鏡が無かったのか。
510:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 18:23:02
>>509
まずもって、でかい銅板を作らなきゃいけない。
ここで第一関門。
んで、そのでかい銅板をひたすら磨かなきゃいけない。
ここで第二関門。
かなり国力と技術力がないときっついかと。
511:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 18:37:36
博物館やなんかで見られる銅鏡って
大体顔くらいの大きさ(2〜30センチ)の丸いのだよね。
投げるにもお手頃
台所のステンレスくらいには映ったんだろうか
512:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 19:56:51
>>511
昔ミュージアムショップで買った銅鏡だとこんぐらい映る。
URLリンク(www.uploda.org)
ちょっと黄色っぽいけど顔見るには支障ない。
513:無名武将@お腹せっぷく
07/04/02 21:02:41
>>511
NHKの歴史番組にも銅鏡が出てたな。重たくて飛べないと思うけど
投げたくなる形だったw
514:無名武将@お腹せっぷく
07/04/03 18:32:56
>>512
結構よく映るもんだな!
しかしこれをぶん投げたら
ごわゎわゎわゎん
と鳴りそうだ
515:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 14:14:43
へぇー…
銅鏡って結構きれいに映るんだ
516:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 16:27:00
画像流れちゃってた…
再うpきぼんぬ
517:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 21:21:55
>>516
再うpしますた。
URLリンク(winplus.or.tp)
518:無名武将@お腹せっぷく
07/04/04 21:43:04
最近このスレを発見してまとめサイトを見るに
陸機の「二本足の猿」を見てびっくりな陸雲宛の手紙の断片があるくだり
「二本足の猿」というのは人間のように「二足歩行」してる猿を発見してびっくり
って事が言いたかったんでしょうか?
それとも前脚を欠いた猿。。とか?って別にびっくりしないか
猿も常には四本足で歩行するんだけど
当たり前に二本足でも歩行できるから別段びっくりするような事ではないと思うんだけど。。
519:無名武将@お腹せっぷく
07/04/05 02:24:53
>>517
ぐっじょぶ
520:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:15:34
>>517
(*゚▽゚)b グッジョブ! にぶ〜く映るのかと思ってた。見てびっくり。
<燕歌行>二首 其二
別日何易会日難 別るる日は何ぞ易く会う日は難し
山川悠遠路漫漫 山川悠か遠く路は漫漫たり
鬱陶思君未敢言 鬱陶(むねふさ)がり君を思いて未だ敢えて言わず
寄声浮雲往不歎 声を寄せるも浮雲往きて還らず
涕零雨面毀容顔 涕(なみだ)零(こぼ)れ面に雨(なが)れ容顔を毀つ
誰能懐憂独不歎 誰が能(よ)く憂を懐(いだ)き独(ひと)り歎かざる
展詩清歌聊自寛 詩を展べ清歌し聊(いささ)か自ら寛(ゆる)うす
楽往哀来摧肺肝 楽しみ往き哀しみ来りて肺肝を摧(くだ)く
耿耿伏枕不能眠 耿耿(こうこう)と枕に伏し眠ること能わず
披衣出戸歩東西 衣を披(かず)き戸を出でて東西に歩む
仰看星月観雲間 星月を仰ぎ看(み)て雲間を観(み)る
飛?晨鳴声可憐 飛?(ひそう)晨(あした)に鳴く声憐む可し
留連顧懐不能存 留連して顧み懐(おも)いて存ること能わず
『玉臺新詠』九 『初學記』十五
521:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:16:06
[ 口語風味 ]
別れる時は極めて簡単だが、会うことは難しい。
山川は遥か遠く、路は果てしなく広い。
君を思い出せば胸塞がる想いだが、口に出しては言えない。
この気持ちを浮雲に託そうと思うが、雲は往ったまま帰ってはこない。
哀しくて涙こぼれ、零れ落ちる涙は表情を変えていく。
この憂いを抱いて誰がよく歎かずにいられよう。
詩を作り歌を唄って気を紛らそうとしても、
楽しみは過ぎ去り哀しみがやって来て、痛いくらい切ない思いがする。
横になっても眠る事が出来ず、衣を羽織って外に出て東西へ歩き回る。
星や月を頂く雲間を見上げると、飛び立つ?(まなづる)の夜明けに
啼く声が悲しく聞こえる。こんな切ない想いを抱える身には、
生き永らえても意味が無いとさえ思う。
522:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 00:51:22
なんかカナシス(´・ω・`)
523:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 01:22:17
>>517
これだけきれいに映るとなるとごまかしきかないなw
曹操の容姿コンプレックスの理由がわかった気がするよ
思ってたよりみんな美意識高そう
524:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 01:27:52
>>523
美意識というより、儒教が蔓延している時代だからな。
惇のような隻眼(というか体の一部がかけている人)は差別されてた時代。
525:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 02:59:12
身体髪膚 これを父母に受く
敢えて毀傷せざるは考の始めなり
孝経 曾子
526:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 03:17:33
しかし、孔子の高弟である子路(曾子にとっては兄弟子)は、
内乱の中で勇武のものにふさわしい死をとげ、その身を切り刻まれたわけで、
「毀傷せざる」どころの話ではない。
孔子自身も、志士仁人たるものは一身を捨ててでも仁を成し遂げることがある、と説いた。
後の経学儒教では、どうも曾子の言葉だけが重視されたらしいね。
527:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 07:27:25
曹操もブサイクとかじゃなくて
背がちんまいのに悩んでたんだよ!
528:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 07:47:22
普段の軽い言動もあいまって、いわゆる貫禄がなかったんだろうね。
529:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 10:34:05
スレ違い大変失礼しますが、ダメもとでお聞きしたい。
どなたか「扶風県郷士史」についてご存知の方はいらっしゃるまいか?
530:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 10:36:49
間違えた 郷土史 ですたorz
531:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 13:37:08
後漢三国掲示板とかいう所で話題になっているやつか
ググって見たらURLリンク(www.wanfangdata.com.cn)
に
[5]谭绍裘纂:(光绪)《扶风县乡土志》
と出てくるので、清朝末期の地方志っぽいな
京大とかの漢籍を集中して集めている大学の図書館あたりじゃないと
所蔵しとらんと思う
532:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 20:52:27
はあー…やっぱ一般人には閲覧不可能そうですね。
本文を読んでみたかったのだが、ぐぐっても出てこなかったもんで…
レスdですた。
533:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 21:13:21
>>532
NACSIS Webcat
URLリンク(webcat.nii.ac.jp)
で検索したら、陝西省扶風縣郷土志 / (清)譚紹裘撰 というのが出てきました。
所蔵機関のリストもでるよ。
URLリンク(kensaku.libnet.kulib.kyoto-u.ac.jp)
534:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 23:03:38
皇 南 礼 義 人 天 扶 雪
天 八 重 高 間 下 植 中
上 男 方 便 何 久 綱 松
帝 児 知 覚 独 無 常 柏
眼 終 死 生 伯 龔 在 愈
分 不 甚 堪 夷 勝 此 青
明 屈 軽 捨 清 潔 行 青
535:無名武将@お腹せっぷく
07/04/06 23:15:35
謝枋得っすね。
536:無名武将@お腹せっぷく
07/04/07 12:12:36
>>520乙
其の二とあったんで、其の一は?と思ったが
まとめサイトを見ると曹丕の燕歌行其の一はすでにあったんだな
去年の九月の書き込みだから、まだ初代スレの頃の話題だな
ついでに僭越ながら誤字と?になっている部分を訂正させてもらうと
寄声浮雲往不歎→寄声浮雲往不還
飛?晨鳴声可憐→飛鶬晨鳴声可憐
537:無名武将@お腹せっぷく
07/04/07 14:34:27
__
,,ィ ` '``' 、
,. _ ,ィ'' :ヽ
,i,.:' i .:' .::`
/ !゙ _、/ _;;-=ェ;、 .::i!
, '′,/ ,r;;.,i `tiゝ.:: ,, .:::::i
, '":` ,/ ,iY'i '" .' ::/゙ '''ミ::, .:::::|
r′.: ;'-ーヽi′,'. i ',," ::/ 'kヮ、 ゜::::::::i
i ::. / :'゙ヽィ ゙ `ヾi `' .:::::::/ もはや自治新党転覆しかない
| ゙ ノ i ''-=ミヽ. .:/
l // 、 ヽミ`、ゞ :::::::::ソ-
j i;;;| ヽ_ ″ .::::::/ノタl゙
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.,i;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;\ ノ;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;;ヽ
538:無名武将@お腹せっぷく
07/04/08 22:04:03
ほっしゅ
539:無名武将@お腹せっぷく
07/04/08 22:27:46
>>533
遅れましたが重ねてdです
540:1(ry
07/04/09 01:14:52
うお、年度がかわったらびみょうに忙しくなったorz
とりあえず保守しますー(`;ω;´)ゝ
>扶風県郷士史
馬岱スレででてた、馬岱のあざなが伯瞻とかいてあるという本でせうかー。いいなー。
北京の東岳廟に岱瞻門ってあるし、うはwwwww夢がひろがりんぐwwwwwwな説ですw
541:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 01:27:08
>>540
個人的にそっちを採用!と思うんだよなー<伯瞻
542:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 03:28:44
地方志だとそれ以前に作られた地方志を下敷きに増補を重ねていくという
編纂のされかたをすることが多いはずなので、
地方志を所蔵する図書館を利用できる人がいれば
それ以前に作られた扶風県や西安府の地方志を遡って
探して確認してみるのもいいかもね
543:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 10:25:53
馬岱スレ落ちたよ
544:無名武将@お腹せっぷく
07/04/09 21:57:34
世知辛いですなぁ…
545:無名武将@お腹せっぷく
07/04/11 21:43:06
保守
546:無名武将@お腹せっぷく
07/04/12 04:54:48
張勃 呉録地理志
浙江経富陽県前過、江中有沙漲。呉武烈帝為郡吏赴府、郷人餞之、会於沙上。
父老曰、「此沙狭而長、君其為長沙太守乎」
後果如父老之言、因於長沙起兵、為呉始祖、遂名此沙為孫洲。
浙江 富陽県を経て前み過ぎたるに、江中に沙漲有り。呉武烈帝 郡吏と為り
府に赴かんとし、郷人これを餞せんとして、沙上に会す。
父老曰く、「此の沙 狭くして長し、君 其れ長沙太守と為らんか」
後に果して父老の言の如し、因って長沙において起兵し、呉の始祖と為り、
遂に此の沙を名づけて孫洲と為す。
浙江が富陽県を通過して更に流れていくと、川の中に砂が水面よりも堆積している
場所がある。呉の武烈帝(孫堅)が郡の役人となって郡府に赴くことになり、
孫堅の同郷の人々が餞別を行おうと、この中洲に集まった折、父老が言うには
「この(中洲の)砂地は狭くて長い、君はおそらく長沙太守になるだろう」と。
その後、果たして父老の言うとおりになり、そこで(孫堅は)長沙で起兵し、
呉の始祖となり、それによってこの中洲を『孫洲』と呼ぶようになったのである。
547:546
07/04/12 04:57:19
特にこれを投下した意図は無いけど
保守代わりの小ネタということで
548:無名武将@お腹せっぷく
07/04/12 11:01:17
乙!この時期は忙しいねえ・・・
549:546
07/04/13 04:16:58
文学とは全然関係ない保守ネタ
明一統志 巻六十二 荊州府 祠廟
魏武帝廟
在宜都県西南三十里清江南岸。昔有漁人、見朽木逆流、頗類人形、上有曹字、因立廟。
魏武帝廟
宜都県の西南三十里 清江の南岸に在り。昔 漁人有りて、朽木の逆流するを見るに、
頗る人形に類し、上に曹の字有り、因って廟を立つ。
宜都県(湖北省宜都市)の西南三十里、清江(長江の支流)の南岸に在る。
昔、ある漁師が腐った木が(清江を)逆流しているのを目にしたが、
あたかも人間のような形をしており、上に「曹」という文字があった。
そこで(魏武帝)廟を建てた。
こんな所に魏武帝廟とは何のゆかりが、と思ったら
建てられた理由バカスw
明代の地理書の話なので今もあるかどうかはシラネ
550:無名武将@お腹せっぷく
07/04/13 23:23:47
武帝に限る意味もないよなw
文帝とか明帝じゃダメだったんだろうか。
やっぱネ申だからか?
551:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 04:27:06
>>550
きっと木の高さがネ申と同じだっ(ry
関係ないけどTVで「喰いタン2」を目にすると何故か
グルメ皇帝を思い出してしまうので困る。
552:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 10:11:48
なるほど
ちっさい木だったんだね(・∀・)w
553:無名武将@お腹せっぷく
07/04/14 22:48:47
雑談・質問スレから誘導されてきました
曹丕が悪友から麻薬をもらってきたら、司馬懿にそれを捨てられた
という逸話があると聞いたのですが
ご存知の方はいらっしゃいませんか?
554:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 01:09:15
>>553
その逸話は初耳だ…俺も気になるな。
555:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 01:42:10
俺も聞いたことないな
麻薬を憎んでいた司馬懿…そりゃ何晏も殺されるわw
556:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 03:20:26
とりあえず、太平広記の人名索引で曹丕と司馬懿が登場するエピソードを
それぞれ検索してみたが
太平広記にはそういう話は収録されてないっぽい
見落としがあったらスマソ
557:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 06:28:15
一応age!
当時も麻薬ってご法度じゃなかったんだろうか?
その頃の麻薬ってどんなものだったんだろう
558:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:13:05
>>557
何晏ちゃんが堂々と流行らせていたから定着していたんじゃないかな。
それに曹丕に麻薬をあげた悪友も誰なのか気になる…
真っ先に呉質が浮かんだけど違うような気がする。
559:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:19:25
>>557
ちなみに当時の麻薬のことは文学スレのまとめサイトにあるよ。
URLリンク(www.geocities.jp)
560:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 07:40:58
>>558
自分は夏侯楙が真っ先に浮かんだ。
………根拠はないけど。
561:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 08:20:42
小説か何かのネタな気がするんだけど
562:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 12:44:17
>>553
どこで知ったのか、もう少し細かい内容が分かればいいのだが…
563:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 13:53:51
数字板で出てた質問だね。
最初にその話した奴、同人の小説とか鵜呑みにしたんじゃないのかと思った。
564:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 16:35:36
そんな話をこっちに持ってこないで欲しいズラ
565:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 19:18:37
うーん…結局、逸話でなく作り話だったということなのか?
566:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 19:55:15
だと思うよ。
てかどこかの同人小説で見た気がするわけで・・
567:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:05:35
曹否は現実主義者なんでそんなモン興味も示さないし
仲達に取り上げらせるという行動をとるはずもなし
568:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:10:36
174 名前: 風と木の名無しさん [sage] 投稿日: 2007/04/10(火) 23:44:03 ID:NvGV3xSR0
>>172
悪友から麻薬を勧められて持って帰ってきたら速攻で司馬懿に捨てられた逸話をどこかで見た
元はこれだな・・・・・
この174の勘違いだったのか、それとも捏造なのか。
勘違いor捏造といや、wikiの張春華の項目、
自殺未遂のきっかけになった司馬懿の暴言
(「老太婆面目可憎,怎麼還勞駕?出來?!」)の意味が、従来に聞いてた内容とかなり違ってたな。
なんなんだ「召使を殺した女が云々」って。
訂正されたみたいだが、ああいうのはホント勘弁してほしい。
569:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:25:07
wikiの三国関連の記事はとんでもネタが多いな
演義と正史ごっちゃになってたり個人サイトの考察をぱくったり
しかもそれを信じてる人がいてビビる
570:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:39:22
数字板の話持ってくるのはやめてくれ
虫唾が走る
571:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 20:41:16
>>568
なにそれどこのスレ?
572:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:02:14
何で数学板で曹丕の話が出るんよw
573:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:07:49
腐女子に曹丕好きが多いからだろ
574:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 21:08:32
>>572
数学じゃなくて数字だよ
575:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 22:13:28
見たことの無い曹丕のエピソードにwktkしたのに作り話だったのか…ガッカリ
576:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 22:48:16
俺も数学だと思ってたw
文学はご覧の通り大変盛んだったが
この時代の中国に所謂数学者ってのはいたのだろうか。
577:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 23:15:07
URLリンク(www23.tok2.com)
こんなのとか。
天体の運行を計算するのに数学が発展してたんだろうな。
578:無名武将@お腹せっぷく
07/04/15 23:50:47
>>577
そういや、当時の中国では天文観測で毎年のカレンダーを作っていたらしいな。
579:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 00:03:13
星を見るのって指揮官としては嗜み程度のことだよな
曹洪はかなり算術得意そうw
580:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 05:32:36
>>579
単位に「銭」とか「金」とかがつかないと計算能力が発揮されない予感
581:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 06:40:38
>>580
確かにwwww
曹洪は金が絡むと発揮するタイプだなw
582:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:16:54
前スレで『詩品』(鐘エ)の曹丕評があったので他の人のも。
ちなみに、曹植は上品、曹丕は中品、曹操は下品に分類してある。
●魏陳思王植(上品)
其源出於国風。
骨気奇高、詞采華茂、情兼雅怨、体被文質、粲溢今古、卓爾不群。
嗟乎、陳思之於文章也、譬人倫之有周、孔、鱗羽之有龍鳳、音楽之有琴笙、女工之有黼黻。
俾爾懷鉛吮墨者、抱篇章而景慕、映余暉以自燭。故孔氏之門如用詩、則公幹升堂、思王入室、景陽、潘、陸、自可坐於廊廡之間矣。
●魏武帝魏明帝(下品)
曹公古直、甚有悲涼之句。叡不如丕、亦称三祖。
583:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:18:06
『詩品』続き。建安七子編+α。
●魏文学劉驕i上品)
其源出於古詩。
仗気愛奇、動多振絶。真骨凌霜、高風跨俗。但気過其文、雕潤恨少。
然自陳思已下、髀フ独歩。
●魏侍中王粲(上品)
其源出於李陵。
発愀愴之詞、文秀而質羸。在曹、劉間、別構一体。方陳思不足、比魏文有余。
●魏白馬王彪魏文学徐幹(下品)
白馬与陳思答贈、偉長与公幹往復、雖曰「以莛叩鐘」、亦能閑雅矣。
※白馬王彪=曹彪(曹丕・曹植の異母弟)
他に何晏や二陸なんかも載ってるけどとりあえず。
584:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 16:44:50
確かに曹操は下品だな 別の意味でw
585:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 20:38:17
曹丕と弟たちだけでサッカーの試合ができるもんな…。
586:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 20:47:24
下品じゃないよ上品な小さいおじさんだよ
587:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:09:44
>>585
想像して吹いたww合計25人だしなw
588:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:16:30
『詩品』だと、下品は「かひん」て読むのかな。やっぱり「げひん」なんかな。仏教だと「げぼん」と読むけど。
589:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 21:58:08
ぎゃぼー と読みます
590:無名武将@お腹せっぷく
07/04/16 23:04:51
>>589
むきゃーっ ほんとですかー。
591:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 02:18:38
いまいち自分には詩の評価とか格調とか難しいことはわからんが、
詩品の評価を総合すると
曹植>(王粲?)>劉驕п陸機>(上品と中品の壁)>曹丕>(中品と下品の壁)>
曹操・曹叡・曹彪・徐幹
こんな感じか
意外に劉驍ェ高評価なんだな
592:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 06:18:47
>>585
余った曹昴は審判ですか。
>>591
やっぱり曹植が一位なのね。
593:無名武将@お腹せっぷく
07/04/17 18:58:11
唐の時代に陸遜の子孫で、詩人の「陸チョウ」という人物がいるらしいですが
誰かご存知の方いらしたら詳細教えてくださいませんか?
594:無名武将@お腹せっぷく
07/04/18 05:44:43
スレとは直接関係ないんだけど
今2ちゃんで流行ってるTシャツメーカー
URLリンク(maker.usoko.net)
試しに文学スレおなじみの曹操、曹丕、曹植、何晏、ニ陸を入れてみたんだけどかなりウケたw
郭嘉、魯粛、荀ケやらの主だった連中も入れてみたんだが絶妙なシャツができたよwww
595:無名武将@お腹せっぷく
07/04/18 06:07:19
>>594
曹操のガリバートンネルひでぇwww
596:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 02:14:12
ガリバートンネルwww
魯粛の悪玉菌とか徐庶の不倫相手との思い出
極めつけは曹丕のI am GAY、しかもエンジェルw
597:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 03:52:47
>>594
曹丕のただならぬ想いってのが気になるぅぅぅwww
何気に曹彰や曹叡もスゴイことになっているww
598:まとめサイト ◆XoQX5vgfQU
07/04/19 17:00:21
URLリンク(www.geocities.jp)
ここまでUP
599:無名武将@お腹せっぷく
07/04/19 18:09:29
>>598
いつもご苦労様です。
最近うpされた燕歌行 其二が曹丕の詩だと今知りました…orz
600:無名武将@お腹せっぷく
07/04/20 11:47:01
詩聖:曹植⇒杜甫
書聖:鍾繇⇒王義之
文化的にも政治的にも見るべき点の無い時代と言われる割に、
後代の発展の雛型は漢末魏初に存在したように思う。
601:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 00:48:07
>>594
今更ながらワロスwwww
602:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 01:47:00
異苑巻三
晋中朝武庫内、封閉甚密、忽有雉雊。時人咸謂為怪。
張司空云、「此必蛇之所化耳」
即使捜庫中、雉側果得蛇蛻。
晋の中朝の武庫内、封閉すること甚だ密なり、忽ち雉の雊(な)く有り。
時人咸(みな)謂いて怪と為す。
張司空云わく、「此必ず蛇の化する所なるのみ」
即(ただ)ちに庫中を捜さしむるに、雉の側に果して蛇の蛻(ぬけがら)を得たり。
晋の朝廷内の武器庫は、非常に厳格に閉ざされていたのだが、
にわかに雉の鳴き声がして、当時の人々は皆、怪異だと思った。
(博学で有名な)司空の張華が言うには、「これは必ず蛇が変わった物に違いない」
すぐさま武器庫の中を捜索させると、雉の側には果たして蛇の抜け殻があった。
603:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 01:48:32
この話を読んで真っ先に思い浮かんだのが
>>121の猿の話
監徒というのがよくわからんが(もしかしたら監獄のようなもの?)
建始殿というからには洛陽の宮中の話だろうと思う
>>518のように二足歩行の猿のどこが怪物?よいう意見もあるが
それなりに厳重な警備が敷かれているはずの首都洛陽の宮中の建始殿や武器庫等を
自由に闊歩する猿(一匹か複数かわからんが)がいたら
「怪物」と呼んでも不思議じゃないんじゃね、とオモタ
むしろ晋の首都の警備が(ry
604:無名武将@お腹せっぷく
07/04/22 14:28:29
(((( ;゚Д゚)))
どうでもいいが張華が一瞬でも張春華に見えたorz
605:無名武将@お腹せっぷく
07/04/23 21:55:14
猿ってのは野性では4足歩行で、よく訓練しないと立って歩かないらしいね。
洛陽じゃ猿の見世物でもあったのか、何で宮中(しかも諸房中にってw)にいたんだとか、
色々とツッコミが入る話だなwww
606:無名武将@お腹せっぷく
07/04/24 02:33:23
武器庫絡みでもう一つ
異苑巻二
晋恵帝元康五年、武庫火、焼漢高祖斬白蛇剣・孔子履・王莽頭等三物。
中書監張茂先懼難作、列兵陳衛、咸見此剣穿屋飛去、莫知所向。
晋 恵帝の元康五年、武庫火(や)き、漢の高祖の白蛇を斬りし剣・
孔子の履(くつ)・王莽頭の等の三物を焼く。
中書監張茂先 難の作(おこ)るを懼れ、兵を列ねて陳衛したるに、
咸(みな)此の剣の屋を穿ちて飛去するを見、向う所を知る莫し。
晋の恵帝の元康五年(295年)に、武器庫が火事になり、
漢の高祖が白蛇を斬った剣・孔子の履いた靴・王莽の首等の三つの財宝を焼失した。
中書監の張茂先(張華)は、(この機に乗じて)反乱が起こるのを懼れて、
軍隊を展開して陣を敷いて警備にあたったが、みな漢の高祖の剣が屋根を貫通して
いずことも無く飛び去っていったのを目撃した。
607:無名武将@お腹せっぷく
07/04/24 02:34:37
武器庫の火災でこの3つの財宝が失われたことは、晋書の五行志にも見える。
晋書自体、志怪小説のような怪しげな記事を載せることもあるので
史実かどうかは確定しがたいが、恵帝紀にも元康五年(閏)十月に武器庫の火災が有り
12月に武器庫を新たに作ったとの記事があるので、武器庫の火災自体は
史実と見てよさそう。
もし3つの財宝も史実なら、歴代の魏の皇帝は王莽の首と対面したことがあるに
違いないなwww
陸機が猿と出会った武器庫は焼失前と再建後と、どっちの可能性も有りそう
なんにせよ晋の都の武器庫は、蛇が雉になったり、猿が出没したり、剣が飛び去ったり
王莽の首があったり、いろいろといわくつきの場所だなw
608:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 12:48:48
火災かぁ…
この時代って白兵戦しかやりようないんだっけ
609:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 17:22:56
王莽頭ってなんだよw ちょん切った首をミイラみたいに干したんかな。
どっかの原住民に、干し首ってのがあったような記憶があるが。
610:無名武将@お腹せっぷく
07/04/25 19:45:07
確か王莽のしゃれこうべが残ってたんだっけ?
611:無名武将@お腹せっぷく
07/04/27 02:12:08
とりあえず保守
612:無名武将@お腹せっぷく
07/04/27 11:11:56
なんかホラーな話に
((((゜д゜;))))
613:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 06:57:24
王莽の首って財宝だったんだ……
614:無名武将@お腹せっぷく
07/04/28 20:23:26
>>536
大変遅ればせながらご指摘ありがとうございます
>>599
作者名入れ忘れです…orz 粗忽者なもので申し訳なく
<呉趨行> 陸士衡
楚妃且勿歎 齊娥且莫謳 楚妃且(しばら)く嘆ずる勿れ 齊娥且く謳(うた)ふ莫れ
四座竝清聽 聽我歌呉趨 四座よ竝びに清聽し 我が呉趨を歌ふを聽け
呉趨自有始 請従昌門起 呉趨自ら始め有れば 請ふ昌門従り起(はじ)めん
昌門何蛾蛾 飛閣跨通波 昌門何ぞ蛾蛾たる 飛閣通波を跨(わた)る
重欒游承極 回軒啓曲阿 重欒(ちょうらん)游(うか)べる極(はり)を承(う)け 回軒曲がれる阿(のきば)に啓(ひら)く
藹藹慶雲被 冷冷祥風過 藹藹(あいあい)として慶雲は被(おほ)ひ 冷冷として祥風は過ぐ
山澤多蔵育 土風清且嘉 山澤には蔵育多く 土風清らかにして且つ嘉し
泰伯導仁風 仲雍揚其波 泰伯は仁風を導き 仲雍其の波を揚ぐ
穆穆延陵子 灼灼光諸華 穆穆たり延陵子 灼灼として諸華に光(かがや)く
王迹?陽九 帝功興四遐 王迹は陽九に?(やぶ)れ 帝功は四遐(しか)に興る
大皇自富春 矯手頓世羅 大皇富春自(よ)りし 手を矯(あ)げて世羅を頓(ととの)ふ
邦彦應運興 粲若春林葩 邦彦運に應じて興り 粲として春林の葩(はな)の若し
屬城咸有士 呉邑最爲多 屬城には咸(みな)士有るも 呉邑最も多しと爲す
八族未足侈 四姓實名家 八族未だ侈(おご)るに足らず 四姓實に名家たり
文徳熙淳懿 武功r山河 文徳は淳懿を熙(ひろ)め 武功は山河にr(ひと)し
禮讓何濟濟 流化自滂沱 禮讓何ぞ濟濟(せいせい)たる 流化自ら滂沱たり
淑美難窮紀 商?爲此歌 淑美紀(しる)すに窮(つく)し難く 商?(しょうかく)して此の歌を爲(つく)る
※昌→門+昌 冷→?+令
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