三国時代の文学スレッ ..
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159:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 08:20:53
>>158
言われて見れば…病弱だったという曹熊や曹沖には偏頭痛が
あったという様子は無かったそうですし曹操だけが悩まされたのかな…。
早死にしたイメージが強い曹丕や曹植や曹彰が病気に苦しんだ
記録とかはあるのでしょうか?
曹丕には郭皇后が甄夫人が夫に呪いを掛けている為、病気が
治りにくくなっているという讒言をしたという話はありますが…

160:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 12:28:53
ヒッピーといったらクスリだけどもw
植物系のものじゃなく(一番手軽そう)、鉱物ってのが不思議だね。

161:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 12:48:05
魯迅の文脈だと、昔から五石散のレシピはあったが
誰もやらなくて、改良して流行らせたのが何晏て感じだね

162:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 14:57:28
話は戻るけど、陸遜の字。
梁代に『何遜(字・仲言)』という人がいるんだけど、
『遜』と『言』は実は呼応しているってことは?
陸家の人ってあんまり捻った字にしないしさ。

163:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 17:12:33
Σ(゚Д゚)

164:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 18:38:59
ネ申の偏頭痛遺伝云々は原因にもよるよな
脳腫瘍か糖尿か老眼か…はたまたストレス、冷え性、貧血のような
ちょっと乙女ちっくな原因かもしれないしw

>>162
出仕当時18歳で字は貰ってただろうから言は本名の議に合わせてるんじゃないかな
遜は字に合わせるというより謙る(遜る)意味を含めてつけたっぽい
ただやたら上手い文字選びなので文人肌の孫権はこれだけでも気に入りそうだ

165:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 19:38:12
>>164
>乙女ちっくな原因
関羽への恋心!?

166:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 20:14:02
吉川の曹操の関羽フェチは凄いよな。
まあ前スレで崔エンや太史慈のヒゲフェチだったしなw

167:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 22:41:59

美しい港町 青森市  人口30万人
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

チベット高原 盛岡市  人口29万人
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

海と山が両立する中核市 秋田市  人口34万人
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

仙台市の隣で期待と夢がふくらむ山形市  人口25万人
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

県庁のある大都市 福島市  人口29万人 
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

東北2位の郡山市 2位の大都会  人口34万人 
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)

東北で一番住みやすい いわき市  人口35万人 
URLリンク(www.syasinkikaku.co.jp)



168:1(ry
07/03/12 22:50:15
>>162
#陸遜のあざな
Thxです!! うひー、ほんとだ。いま後漢書をみていたら、
後漢書巻四十四の鄧張徐張胡列伝第三十四の胡広伝に、

「時年已八十、而心力克壮。継母在堂、朝夕瞻省、傍無几杖、言不称老。
及母卒、居喪盡哀、率禮無愆。性温柔謹素、常遜言恭色。」

「時に年已に八十にして、心力は克壮とす。継母が堂に在るに、朝夕に瞻省し、傍には几杖の無く、言うに老と称さず。
母の卒するに及び、喪に居て哀を尽くし、率礼に愆(あやま)り無き。性は温柔にして謹素、常に遜言恭色す。」

「八十歳になってもなお、心身ともに力強く元気でした。父親の再婚相手である母親と同居していましたが、
朝夕にあいさつをかかさず、つえも必要とせず、言うことも年よりめいてはいませんでした。
母親が亡くなるにあたっては、喪中にとても悲しみ、葬礼を完璧にとりしきりました。
温厚でつつしみぶかく質素な性質で、いつも謙遜したうやうやしい人でした。」

とかいてありますたorz orz orz。言は議にも遜にも呼応したあざなだったのかー。カッコヨス。
この後漢の胡広さんは、明の文人の胡広さんとは同姓同名の別人ですおね……まさか幽r(ry

169:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 23:03:22
便利な字だw

170:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 23:38:13
少しズレるが以前読んだ論文では韋曜の呉書と陳寿の呉書を比較して、
前者には元の名が議であることが書かれていないと指摘されていたな。
韋曜の呉書といっても引用元は世説新語の注だが。

171:無名武将@お腹せっぷく
07/03/12 23:50:57
実は陸議と陸遜て別にいたんじゃない?

172:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 00:04:55
それは難しくないか?ww

173:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:11:23
字の元ネタは
曹操&司馬徽=荀子
陸雲&趙雲=史記
周瑜&諸葛瑾=春秋左氏伝
陸機&陸遜=後漢書か。
この辺が当時の知識人の愛読書だったのかな。

174:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:20:58
陸遜の時代に後漢書は無い罠

175:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:32:20
何晏ちゃんの字は養父の曹操が付けたと思うんだけど

何(かろうじて可)
晏(何事もなく穏やか、静か、安らか)
平(たいらか、穏やか)
叔(控えめ、静か、拾ったお豆)

もしかしてわざと叔を付けて養子って意味を含んでるのだろうか・・・
でもネ申がそんな意地悪するなんてやだ(´・ω・`)

「叔」については
同義の「粛」で(正しい)「淑」は通常女子に使用する文字なので避けたと考えて
「淑」の意味を含むのなら(善良、美しくて優しい、しとやか、控えめ)

ネ申的には穏やかで控えめな何晏ちゃんキボンヌって感じなのかな

176:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:35:27
>>175
いずれにせよ名に対応した字であることは間違いないのだろうけど
そういえばその「叔」の所以が気にはなっていた

177:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:41:30
>>175
へえ、何晏ちゃんの名づけ親は曹操だったのか。
でも、曹操は叔という字を意地悪したつもりで付けたのでは無かったとしても
曹丕に「貰い子」と呼ばれて嫌われる辺りは皮肉ですね…

178:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 01:45:20
姓を変え家督も継がせるくらいでないと貰い子とは認めない
それが曹丕ルール

179:1(ry
07/03/13 01:52:53
ネ申ポン酒のみますた(゚∀。)

>>139
なつほどー、日本じゃ和服をあつかうのはいまだに呉服商ですもんねー。
韓非子の越の人のようすも、魏志倭人伝の日本の人のようすにそっくりだし、
宋代にはいると政権ごと南下してくるので、皇帝のたべものや衣服まで外国とはおもえない親近感w。

>>174
げっorz orz orz
そういえば陸機の時代にだって後漢書はない罠。orz orz orz
まあなんかもっと前にも出典があったのだろうとしんじたい……orz orz orz

陸抗、あざな幼節さんの抗節は漢書賈誼伝だからおkですおね(゚∀。)

>>175-176
何晏ちゃんのあざな平叔はだれが与えたのかしらないのですが、由来は論語の
「子曰、晏平仲善与人交、久而人敬之。」
「子曰く、晏平仲は善く人と交わり、久しくして人之(これ)を敬う。」
「孔子先生は、晏嬰は人とまじわるのがうまいので、人は彼をうまやうようになりますた。」
かと思っていますた(゚∀。)よくかんがえたら違うか……orz

でも晏と平でやすらか、で呼応はしていますおね。叔は伯仲叔季の兄弟順かと……

ちなみに斉の宰相として諸葛丞相も梁甫吟でうたった晏嬰さんは、
すごくりっぱな人ですが身長は六尺に満たなかったので、いや別になにも曹sうわあqwせdrfgt

180:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:16:06
>>137
曹植がレノンで孔融がマッカートニーで五石散がマリファナなら、何晏は誰だw

181:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:26:56
ジムモリソン

182:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:29:45
叔は成り立ちが良ろしくない文字なのに何で兄弟順に使われてるのかわからん
何晏平叔は音も文字も綺麗だけど何かおさまりが悪い気がしてムズムズする
中国では問題無いのかなあ

183:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:30:32
気まずい雰囲気になるのは悪いと思うのですが、眠る前に勇気を持って言います。
1さんはこのスレになってから曹丕の話題に徹底的に触れないようにしている印象を受けます。
前スレで注意を受けたからと、そんなにピリピリと意識しなくても良いと思うのですが…。
三国時代の文学を語るのに外せない人物の一人ですし、
1さんが語る曹丕の話題が好きだった者の一人としては寂しく思っています。

……思い違いでしたら本当に申し訳ないです。

184:1(ry
07/03/13 02:38:22
>>180
ジェリー・ガルシアあたりでせうか?w
ジムモリソンは潘岳でw

いやしかしマジなはなし、曹魏の清談が東晋にいたった>>131-134のながれは、
ヒッピー→ヤッピー→ジェネレーションX→ネオ・ヒッピーのながれに似ていると(自分は)思うのです(゚∀。)

>>183
そんなことはないですたが、そういえばさいきんは西晋よりですた。すみませんですたorz
けっこう曹丕曹丕といっているような気がしていたのですが……orz w

三世紀の中国の文人のみなさんはいっぱいいて、いろいろとおもしろいので、
いろんな人の文章が鑑賞できたらたのしいと自分は思うです……(゚∀。)
そういえばまだ建安七子もでそろっていないのですおね。

185:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:41:52
前スレでワーワー言って楽しんだから
今はサカナを別に移して楽しんでるだけさ

186:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 02:52:27
>>179
所以が気になった、ってのは、
要するに家族に関してあまり詳しい話を聞いたためしがないので、
実は上に二人いたのか、親の兄弟とかがいたのか、
それともまったく例外で深い意味はないのかとか、
いや意味はあるのだろうけど

それにしても有名な爺さんは兎も角、親父なんか名前すら
マトモに出てこないとか……

187:1(ry
07/03/13 03:06:03
そいでは曹丕のブログをちょっとだけうpしてみます。
全三国文巻六魏六の文帝三より
「江東為葛、寧可比羅紈綺穀。」(御覧八百十八)
「江東の葛(くず)為(た)るや、寧(いず)くんぞ羅紈綺穀と比ぶる可(べ)きか。」
「江東の葛といったら、すばらしいうすぎぬ、しらぎぬ、あやぎぬ、あやおりものと比べるべきなほどです。」

葛といっても、葉や茎をガシガシとかじったのではなく、葛湯みたいにするでんぷんの葛粉のことですおねw。
葛粉が白くきめこまかいことか、それでつくった葛切りとか葛湯かなにかが滑らかなことを、
絹織物にたとえたのでせう。江東はあたたかくて湿気がおおいので、
いまでも日本と同じく葛がばんばん生えていますが、三世紀にもきっとそうだったのかと思います。
曹丕は南部にいたころに食べたのか、それともいつもの孫権の使者がくれたのでせうかw。
逆にいえば、洛陽なんかは葛がそんなに生えないほどにさむくて乾燥しているのですおねー。

曹丕は蜀錦についてもいろいろ熱くかたっているので、布についても一家言があったらしいですw。

188:1(ry
07/03/13 03:13:40
>>186
たしかに、何晏ちゃんに実家で兄弟がいたのかとか、曹氏の外戚ってことで
兄弟の順番が叔だったのかとか、このへんは魯迅先生もわからんといっているぐらいなので、
自分のようなしろうとにはぜんぜんわからないですー。
何進さん関係で、どこかになにかでてないのでせうかね。

189:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 03:27:04
>>179
字を与えたのが曹操だとしたら、養子に晏嬰の名を付けるかねえ
まあ論語から引いただけかも知らんけど。

>>187
グルメは相変わらずだなw

190:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 03:30:23
えっそうなの?気づかなかったわw
ここでいつ誰が誰(の作品)を語ろうと自由だと思うし
また1さんが1さんの名前で曹丕話したくなったら、書き込んでくれりゃいいと思うけどな
いや名無しでも無問題なんだけど

なに分析してるのか知らんがリクエストとかエールだけじゃ駄目なの?
勝手に他人の気持ち想像して決めつけたり
自己の判断でしてることに口出しするのは野暮なんじゃね

191:190
07/03/13 03:32:22
ごめん
>>183に遅レス

192:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 03:38:02
まあマターリしようぜ(´∀`)
音楽に国境は無いが言葉には国境が有るこの世界で
中国語が解らなくても漢文が読めれば
美しい原文を楽しめる日本語圏に生まれたことに感謝!
そして「くずきり」旨そう!

193:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 03:44:20
くずきり(゚Д゚) ジュルリ
相変わらずぴぃ様のブログは素晴らしいな
何かもう食べ物が美味しそうで美味しそうで
流石ブログの帝王だ

194:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 03:56:09
>>121
遅レスだけど猿ワロスwwwww

>>187
くずきり(゚Д゚)ンマソダナー・・・・

>それともいつもの孫権の使者がくれたのでせうかw。
ツボに嵌ったwwww孫権の使者って色んなもん持って来るよなwwwww

195:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 06:23:53
孫権のミカンは酸っぱくてぴぃ様のお気に召さなかったんだよなw

196:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 07:26:33
現代日本の品種改良されてめちゃめちゃ甘くなった果物類をぴぃ様に食わせたら
どんなブログができるのか気になってきた。
永久にその疑問が解決されることはないけど。

197:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 07:45:41
しかし何「晏」に「平」叔という字を付ける時に
晏平仲のことが思い浮かばなかった知識人はいるまいよ

198:197
07/03/13 07:47:41
スマソ>>179>>189あてね

199:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 07:58:39
>>179
宮城谷昌光三国志で、
ネ申が貧弱で「あんな大将じゃだめだ」とガカーリした兵士が文句言ってるところに
我らが鮑信様が
「晏子だってちっちゃかったんだぞ! 人間背丈じゃない!」
みたいなこと言うシーンがあったことを思い出したわけで・・・

200:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 11:09:43
何晏は論語集解やってるしね、孔子に縁があるのかも。

201:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 11:12:05
くずきり!(゚∀゚)
ちょー食いてぇw

202:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 11:18:33
葛湯とか葛餅かも知れんぞ(゚∀゚)

203:まとめサイト ◆XoQX5vgfQU
07/03/13 12:51:46
URLリンク(www.geocities.jp)
ここまでUP

204:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 18:16:06
うはー、葛を絹に例える曹丕はオサレだw

205:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 18:30:35
分かる!葛粉て龍角散みたく細かくてキラキラしてるもんね。

206:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 18:43:57
>>187
葛は洛陽にはないの?あんなの何処にでも生えてんのかとオモタw

207:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 22:56:44
>>205
何で龍角散www
ゴホンときてるのか?

208:無名武将@お腹せっぷく
07/03/13 23:18:19
葛粉は粒がきめ細かいからじゃねw

209:1(ry
07/03/14 01:10:16
まとめさんいつも乙であります(`・ω・´)ゝ

#江東の葛
自分もはじめは、デンプンのこな(⊇葛粉≒片栗粉≒コーンスターチ)そのものの
龍角散のようなw粒子の白さとキラキラしたきめこまかい輝きを上等の絹織物にたとえたのかと思って、
「すげーうまい修辞だ!」とおもったですー。でもよく考えたら、三世紀の中国で、
身分のたかい成年男子が自分で台所にはいって、加工されるまえの葛粉いじったりはしないかも……
とおもって、葛湯かくずきりかあんかけか分かりませんが、料理されたあとの葛粉の滑らかな舌ざわりと
つややかな光沢を絹にたとえたのかなーと思って、いちおう両方かいておきますたorz。

でも、孫権からの献上品wならばその場で検分したり、あとは弓術とかのすべりどめ(?)とかに
片栗粉みたいなのを使ったりするのならば、曹丕が自身で葛粉をいじくったりするのかもですおねw。
洛陽は葛がよく育つには、さむくて乾燥しすぎだと思うですー。
だからいつもの孫権の使者wは、温暖な南部の海山の幸をいつも献上してくるのですねw。
大国である魏のトップが気むずかしいと、献上品も気をつかうので孫権も大変ですおね。
曹操なんて、干しアワビ(トコブシ?)でおおよろこびしてたのになーw。

#何晏ちゃんのあざな
たしかに、>>189さんのように晏嬰の名を外戚の何晏ちゃんにつけるかなーというと不思議ですおね。
でも>>197さんのように、曹丕も「余是以少誦詩論」と論語を暗唱しているといっているし、
「子曰晏平仲善与人交……」を失念している人は、曹操をふくめいなさそうですおね。
>>200さんのように何晏ちゃんは論語集解の編纂までやっているので、あざなをもらう以前の若いころから
論語についての評判が高くて、それじゃあっつうんで名の晏にひっかけて、論語にちなんだ文字を
あざなにもらったんだよー、とかかもしれないですおね。
叔はほんとに何なんでせうね……実家の何氏では三男だったのかな。

210:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 01:22:56
とこぶしで喜ぶネ申カワユスww

211:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 01:35:02
>弓術とかのすべりどめ
野球のロージンは松脂だっけ?

212:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 02:01:40
>>211
松脂だね。

>>199
へえ読んでみよう。

213:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 03:33:07
くそう葛とかとこぶしとか
美味そうな話題の大攻勢じゃないか(゚∀゚)じゅる

214:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 03:35:47
ふと気になったのですが、呉から魏への献上品が海山の幸だったのなら
逆の魏から呉への献上品は何が多かったのでしょうか?

215:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 03:43:36
献上っていうか下賜ってことになるんだろうけど、やっぱ文化的なものじゃないかな?
布とか、それこそ鏡とか、珍しい書物とか、最先端のファッションに身を包んだ美女とか。
あー都で今こんなのが流行してんだ!すげ!って感じの。

216:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 03:47:30
あ、曹丕なら自分の典論を献上品に加えていそうだなw

217:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 07:52:37
孫権が像をネ申に送ってたけど
お返しに北の謎の動物を送り返したりしたんだろうか。
北方産の名馬とか

218:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 08:09:35
そういやその象の体重を量る話が小学6年の時の算数の教科書に載ってたな…
あのころはまさかネ申がらみとは思わなかった…。

219:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 08:31:06
>>218
自分も読んだ。当時は、昔は面白いこと考えるおっさんがいたんだなあ、って廷臣の誰かが考えたんだとばかり思ってた。
まさか八歳(だったかな)の、しかもネ申の子供が考えてたなんて……


220:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 09:49:23
>>216
つか、実際に典論は下賜してるw

呉主伝注の『呉歴』に
「文帝報使、致鼲子裘、明光鎧、騑馬、又以素書所作典論及詩賦与権」

つまり、高級ファッションと馬、
そして曹丕ご自慢の『典論』に詩賦まで付けてプレゼント

221:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:19:25
孫権的には典論よりネ申の「おいしいお酒のつくりかた」が
欲しかったに違いない

222:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:32:31
呉にはうまい酒は無かったのだろうか

223:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:34:10
他人の迷惑かえりみず、自作の同人誌をあちこちに配り回る曹丕たん
が思い浮かんだ

224:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:46:22
ぴぃ様ブロガー通り越してついに同人男にされたwww
…うん、ぶっちゃけそうかも。ネ申もある意味孫子の二次創作かも…。
あの親子コミケとか好きそうだよな。

225:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:47:35
自費出版の本を配る親戚のおやじいるよな・・・

ま、「経国の大業にして、不朽の盛事」だからいいけど

226:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:48:57
225だけど
いきなり「同人誌」「コミケ」に考えが行く
お前らに付いていけねえw

227:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 10:53:54
文芸サークルは根強いぞ。

228:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 11:17:59
ブログ書籍化か
結構いいんじゃないの

「姉ちゃんの詩集」とか読んだら驚くかな…ww

229:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 12:40:16
話に乗り遅れたが
葛は布の原料になるらしい。
辞書には葛布・葛衣・葛巾等の熟語が載っている
葛で作った服は夏服として公羊伝・荘子等の中国古典に出てくるよ
文脈から言って、これは食べ物としての葛じゃなくて
葛で作られた布のことじゃないかな

>>168
>#陸遜のあざな

論語の憲問篇に
「邦無道、危行言孫」
(邦に道無くんば、行を危(たか)くし言は孫(ゆず)る)
とあり、テキストによって孫の字は遜になっているものがあるらしいんで
論語あたりからきたのかもね

230:1(ry
07/03/14 14:37:00
>>229
>葛布
Σ(゚∀。)

231:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 15:02:44
>>229
いやはや、曹丕だからと食い物に繋げて申し訳なかったw

232:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 15:38:21
なるほど!
食い物の方かと思った
植物って無限の可能性があるな

233:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 16:47:02
>222
韋曜が孫皓に茶を酒の代わりとして許してもらっていたっていうから
少なくとも呉の宴席で飲む酒は同じ系統の色の
紹興酒っぽいのを想像してもらえればいいかと。
実際は現代なら酒母に使うような薄いやつだとは思うけど

234:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 19:59:50
>>229
葛布か、成程な
>>209はロージンの可能性まで考えたのに惜しかったなw

235:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 21:46:06
<與王朗書>
孫權重遣使稱臣、奉貢明珠百筐、黄金千鎰、馴象二頭、或牝或牡、
擾禽鸚鵡、其他珍玩、盈舟溢航、千類萬品。
                    『太平御覽』六百二十六

孫権からの貢物。真珠百箱、黄金千鎰(3kg)人に慣れたつがいの象とオウム
その他沢山の珍しい品々を船いっぱい!

 <與孫権書>
今因趙咨致文馬一匹、白鼲子裘一領、石蜜五斛、鰒魚千枚。
              『太平御覽』八百五十七 九百三十八

趙咨さんに下賜品を言伝。 飾りを付けた馬一匹、白いおじぎ鼠の皮衣一揃い、
氷砂糖五斛、とこぶし千枚。  

236:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 22:12:46
>>235
>とこぶし千枚



237:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 22:13:12
sugeeeeeeeeeeeeee!!!!!!!!!!!
おじぎ鼠って何だwwww

238:無名武将@お腹せっぷく
07/03/14 22:28:29
>>235
おじき鼠???kwsk!

239:1(ry
07/03/15 00:50:07
>>229
#葛布
葛ときいた瞬間にクズキリであたまがいっぱいになった自分を反省するですw。ぴぃ様スマンカッタorz orz orz
そいでは>>187をびみょうに訂正しますorz
△「江東の葛といったら…… →◎「江東の葛(からつくった布)といったら……

>>235
#與王朗書&孫権書
Sugeeeeee!!!!! Thxです!! 献上品すげー。象に黄金に真珠百箱かー、ゴージャス(*´Д`)

「与孫権書」は、孫権が魏から下賜をうけたしなものの目録でせうか?
おさとうとかトコブシとか、南部の名産っぽいものもたくさんあるのですねー。ふしぎです。

236さんじゃないですが、大字典さんによれば鼲鼠つーのは絨鼠という中国の毛皮用の齧歯類で、
絨鼠というのはどうやらチンチラのこと……かもしれないです(自信なし)。
いま日本のウィキペディアをみてみたら、チンチラは南米原産らしいので、近似種でせうか??
中文のウィキペディアの解説によれば、↓
URLリンク(zh.wikipedia.org)
>絨鼠属(中国絨鼠),哺乳綱、囓歯目、鼠科的一属
絨鼠属(中国絨鼠)は哺乳綱ネズミ目ネズミ科の属の一種らしいです(よくわからず)。

240:1(ry
07/03/15 00:52:59
>>216
#典論を孫権に下賜
>>220さんThxです! たぶんそのつづき(?)なのですが、魏書文帝紀第二の注には↓とあるですーw。
「胡沖呉暦曰、帝以素書所著典論及詩賦餉孫権、又以紙写一通与張昭。」
「胡沖の呉暦に曰く、帝は素(しらぎぬ)に書くるを以って著したる典論及び詩賦を孫権に餉(おく)り、
 又紙に写す一通を以って張昭に与う。」
「胡沖の呉暦によれば、曹丕は自身の著作である典論と詩賦をしらぎぬにかいて孫権に下賜し、
 また紙にうつした一通を張昭にあげました。」

このへんは前スレの典論・典論自叙関係でgdgdかいたような気がするので省略するですがw、
曹丕も孫権以外にわざわざ名のしられた文学者であった張昭にも「読んでね!」と写しを送ったのでせうねー。
しかし孫権と曹丕はそんなに年かわんないからともかく、張昭はちょうど曹操と一歳ちがいのりっぱな学者なので、
魏の皇帝とはいえ自分の息子のような年の人からそんなもんが送られてきたら、さぞかしびっくりしたことでせうw。

>>229
#陸遜のあざな
なるほどー、孫でもいいのですね。いま三国志の魏書をみていたら、魏書十六の杜恕伝の本文に
「立朝不忘於容身、牛s遜言以処朝廷者……」というのがあったので、
陳寿さんの時代にも遜言という用例があったよー陸遜クリア! ヒャッホウ! とよろこんで(ry

あと、鮮于璜碑にも「……上輔機衡、遂登漢室……」という文章があって、
台北故宮博物院刊の六朝全書法目録によれば鮮于璜碑は延熹8(165)年の立碑らしいので、
陸機たんも生まれるまえに機衡の用例クリア。で、>>173-174さんの後漢書の罠はとけたぞーやったー(゚∀。)

241:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 01:08:42
>>240
今に伝わっていないという事は、張昭はそれを捨ててしまったんだろうかw?

242:1(ry
07/03/15 01:18:58
>>241
どうなのでせう?w 紙だから、ふるくなって伝わらなかったのかもですねー。
張昭さんちも孫権のうちも晋に移行するあたりでgdgdしたので、子孫がちゃんと守りきれなかったのかも……

243:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 03:10:32
>>240
父と変わらない歳をした張昭にも贈り物をしている辺りを見ると
曹丕はやっぱり年上フェチだったんだなーと思った。

244:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 05:08:29
>>240
>陸遜&陸機の字
乙カレー!罠が解けて良かったねw

245:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 05:30:14
>>233
薄い酒だからがぶ飲み出来たのかな

246:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 05:52:39
>>

247:246
07/03/15 05:55:03
スマン誤爆したorz
ついでなんで>>229>>240に俺からも乙カレー
陸遜好きななんで、字の由来が気になってた

248:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 07:11:57
>>222
むしろ水と米がが豊富だった呉の方が美味い酒はたくさんある

249:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 08:03:51
だから仲謀はアル中に(ry

250:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 08:49:37
>>239
いくつか、辞書などを引いたところ
漢語大詞典やweb上の辞書では灰鼠というリスの仲間らしい
URLリンク(dic.open-lit.com)
URLリンク(140.111.1.40)
灰鼠
URLリンク(zh.wikipedia.org)

ただし、中国博物別名大辞典という書物には黄鼠として
根拠として本草綱目を引用する
黄鼠
URLリンク(icgr.caas.net.cn)(%E5%B7%A6)%20%E9%BB%84%E9%BC%A0.htm

灰鼠は今でも毛皮が取引されているのに対し、
黄鼠は、南宋の文献に夷狄が美味として愛好したみたいな記述が多く
この場合は、上の灰鼠っぽい

251:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 09:03:07
「夷狄が美味として愛好」とか、ひょっとしてそれタルバガンかな…

252:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 09:14:35
>>248
美味い酒を米から作るにはある程度寒くないと難しい

253:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 13:53:07
>>241
陸幾だったか陸雲だかの文章に典論の影響を指摘している人がいる。
外祖父(だったっけ)の家で見たのか、陸家の方に伝わったのかだと思う。

254:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 15:12:20
>>253
陸家が目にした典論は孫権が頂いた側かも知れないというのはない?

255:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 15:48:17
そこら中にうpされてたんだよ>典論

256:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 16:33:20
当時は本一冊作るにも全部手書きだし誰かが写本してなきゃ曹丕から孫権に贈られた物でいいんじゃね?

257:1(ry
07/03/15 16:39:22
>>253-254
文心雕龍に、陸雲たんが典論についてなんかいってるのがでていたような……

てっきり陸機たんと同じく、洛陽とかで見たのかと思っていますたーorz

258:1(ry
07/03/15 16:53:43
あれ、与兄平原書だったかも?orz<陸雲たん

259:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 17:06:49
陸機が曹操の遺令を読んで弔魏武帝文を書いた様に
陸雲も晋に仕官してから読んだという可能性は十分に考えられるね

260:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 18:43:01
とりあえず、曹丕に典論を押し付けられた孫権が捨てなかったことは確かだなw

261:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 18:43:23
小説の話で悪いんだけど、
陳瞬臣の本に「当時は娯楽が少ないから詩だの文章だのは口コミや文書で
すぐに広まって楽しまれてた」みたいなことが書いてあったよ。
で、その小説の中では孔明が曹植の詩を読んで感情移入していた。

262:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 19:42:38
>>260
張昭は貰って嬉しかったとは思うが(高名な文人として認められた証だ)孫権はどう思ったかね…
曹丕にすればやはり自信作なんだね。


263:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 19:59:06
その辺は、前スレの文学によるレコンキスタ説が気に入っている
ああいう考え方も出来るのだなと思った

264:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 20:02:56
息抜きにやって来て足跡残してゆきますよ

「公讌」王粲
昊天降豐澤,百卉挺葳蕤。涼風撤蒸暑,清雲卻炎暉。
高會君子堂,並坐蔭華榱。嘉肴充圓方,旨酒盈金罍。
管絃發徽音,曲度清且悲。合坐同所樂,但愬杯行遲。
常聞詩人語,不醉且無歸。今日不極歡,含情欲待誰。
見眷良不翅,守分豈能違。古人有遺言,君子福所綏。
願我賢主人,與天享巍巍。克符周公業,奕世不可追。

<書き下し風味>
昊天、豐澤を降し,百卉は葳蕤に挺<み>つ。
涼風、蒸暑を撤し,清雲、炎暉を卻<しりぞ>ける。
君子の堂に高會なって,坐を並べたるは華榱の蔭<もと>。
嘉き肴が圓方を充たし,旨酒<うまさけ>は金罍を盈たす。
管絃は徽<うる>わしき音いろを發し,曲度るに清く且つ悲し。
坐を合わせて樂しむ所を同じくし,但だ愬杯して行遲するのみ。
常に聞くは詩人の語,醉わずして且つ歸ること無からん。
今日歡しみを極めずに,含情、誰に待そうと欲するのか。
眷良を見るに翅ばず,分を守れり豈に能く違わん。
古人に遺言有り,君子は綏<やす>んずる所を福とするものと。
願わくば我が賢主人よ,天とともに巍巍たるを享けよ。
周公の業を克符し,世を奕<かさ>ねて追う可からず。

265:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 20:03:43
<口語風味>
素晴らしき天が豊かな恵みを降し,あらゆる草木が庭園(大地)に満ち溢れている
涼風が蒸し暑さを爽やかに払い,気持ちよさげな雲が灼熱の日差しを退けた
君子たちが会宴に大勢つどい,大きな垂木の下に坐を並べる
嘉き肴が様々な器を充たして,旨酒<うまさけ>が金罍を盈たしている。
管絃は徽<うる>わしき音いろで,奏でられた曲は心清らかにし感動させてくれる。
一同は一緒に楽しみ,楽しいために杯をいつまでも重ねている。
詩人が語るよくある言葉,酔いつぶれるまでは帰らない、これを地でいっているのだ。
今日歓楽を極めずに,(含情以下の句が上手く訳せません><)
今日つどった良き仲間達を見ると誰も羽目を外しすぎては居ない,分を守っているのだ、どうして羽目を外して坐を壊すことができよう
古人はこういう言葉を遺している,君子というのは程よい楽しさを福とするものなのだ
願わくば我が賢き主人(曹操)よ,天と共に巍巍たる(天命)を享けられよ
周公の業績は符に刻み記すにとどめ,累ねられ変わってしまった今のこの世にまでそれを追うべきではないでしょう

口語訳してみると改めて自分の理解がこれでいいのか疑問が沸いてきますな
表面的には「聖人の理想を追いかけるのは(難しいので)その位にして、
天が与えてくれた大いなる命を受けて今を楽しんでもいいんじゃないすか?
ご主人さま?」なんだろうけど
飽くまでも戯れなのだろうが裏では「You、もう好い加減天下獲っちゃいなYO!」
という気持ちも酔い任せで入ってるのかも知れないと思ったり。


266:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 20:07:07
王サンキター!

267:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 20:07:39
>嘉き肴が圓方を充たし,旨酒<うまさけ>は金罍を盈たす。

王粲の作ったこのフレーズは、名フレーズだったようで、結構後世で
この改変コピペというかパクリというかそんなんがチラホラ見られます
このスレでは目立たないけど普通に建安七子だけありますね

268:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 20:26:04
>>262
孫権も文人肌だから喜んだんじゃね?

269:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 23:05:53
>>262
孫権は曹丕が嫌いな蜜柑を押し付け、曹丕は自作の文を読め!と押し付ける…
と書くと子供の喧嘩のように見えるなw

270:無名武将@お腹せっぷく
07/03/15 23:10:00
孫権「俺んちで捕れた自慢の蜜柑だ、ぜひ食え!」
曹丕「俺が書いた自慢の文学論だ、ぜひ読め!」
と、お互い善意だったのさw

271:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 00:00:59
>>265
なんか酔っぱらいちっくですげー楽しい詩だね

272:1(ry
07/03/16 01:35:50
>>250
#おじぎねずみ
Thxです!! すげー。灰鼠とか黄鼠とか、いろんなのがいるんですねー。
講談社の戦前の大字典だと、たぶん中国博物別名大辞典というのと同じ本草をひいて、
「鼲鼠即黄鼠、時煖則出坐穴口、見人則交前両足於頚拱立如揖乃燄入穴、
淮南子謂聖人師拱鼠制礼是也、一名礼鼠、一名拱鼠、一名?鼠」(?は印刷が潰れて判読できずorz)として、
黄鼠というのだとしているみたいですー。なんかかわいいのっぽい(*´Д`)ハァハァ

そいでなんと、魏書任城陳蕭王伝第十九の曹植伝に、曹植たんの曹叡への上疏文に
「陛下体天真之淑聖、登神機以継統……至使蚌蛤浮翔於淮、泗、鼲鼬讙譁於林木。」
という用例があるですー(辞書のうけうり)。
この鼲鼬は大字典では「おじぎねずみといたち」としてるみたいです。
そいで、三省堂の新明解漢和では、鼲は絨鼠として、毛皮用の囓歯類としているですー。

灰鼠、黄鼠、絨鼠、オジギネズミ、チンチラ、タルバガンというのが候補でせうか……(*´Д`)カワイイ

#呉のおさけ
「酒は則ち九醞の甘醴、十旬の兼清」と南都賦にうたわれ、曹操がおさけのつくりかたを
郭芝という人におそわって献帝に奏上したうるわしの南陽(宛)は、いまでいう河南省南部なので、
あれぐらいはさむくないとおいしいお酒はできないのでせうか……(゚∀。)ジュル

273:1(ry
07/03/16 01:39:40
>>264
#王粲の公讌詩
Thxです!! 公讌シリーズキタ Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒Y⌒(。A。)!!
このスレの1スレ目のはじまりも曹植たんの公讌だったのですが、夏の華やかな夜に、粋と贅をこらした
ギョウの宮庭で、みんななかよく酒宴に興じる公讌シリーズが、自分はとてもたいへんに超大好きですw。
URLリンク(www.geocities.jp) ←七哀詩其一でも似たようなことを
かいたような気がするのですがorz、王粲さんは動詞のつかいかたがかっこいいですおね(゚∀゚)。
前半12句の、躍動感あふれる動詞をひとつの句ごとに軸にして、そこに豊かで華やかな詩景がまとわる構成は、
よむひとをワクワクさせて期待感をもりあげてゆき、いやおうなしにギョウの宮殿や景色のすばらしさ、
むせかえるような夏の夜の空気、そのなかのビアガーデン的なw酒宴のたのしさを感じさせますおね。
そしてその暑く濃密な酒宴の詩景のなかで、「常聞詩人語……」にはじまる後半12句の、
王粲が寛大で典雅な主人たる曹氏にささげる朗々たる誦詠が、なんときわだって映えることでせうか!
(王粲さんは、顔はまず(ryにしてもw)

この酒宴は銅雀台でもよおされ、銅雀台ができたのは210年なので、この詩がよまれたのは
210年以降になりますおね。そうすると、曹操が208年の赤壁の戦いをまえにして詠んだとされる
「対酒当歌……周公吐哺、天下帰心」の短歌行はもう詠まれたあとなので、
王粲はさいごの「克符周公業,奕世不可追」は、もちろんそれをふまえて詠んだのですおね。
そして、このさいごのところを「奕世(えきせい)追う可(べ)からざらんことを」とよんで、
そして国号の魏を巍に暗喩させると、かなりイケイケな詩になりますおねーww。
つまり、>>265さんのように、曹操が周公のように天を補佐し、魏が天下治めちゃいなYO! とよめるですw。
>>265さんのとおり、あくまで酒宴の主催者ヨイショなのでせうがw、しかし赤壁の大敗から
数年もたたないのに……とおもうと、往時の曹操の勢いとはいったいどれほどのものであったかと思うですー。

>>267
この句は、曹植たんの『正会詩』の「珍膳雑沓、充溢圓方」とどっちが早いのでせうね。
いずれにしても、たいへんにうまそうでとてもよろこばしーい表現でありますおね(*´Д`)ハァハァ

274:1(ry
07/03/16 01:59:37
>>272訂正ですたorz
×見人則交前両足於頚拱立如揖乃燄入穴 →◎見人則交前両足於頚拱立如揖乃竄入穴

275:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 02:18:19
そういえば、古くは魏と巍は通用していて区別が無かったというか、
説文には魏の字が無くて巍の字で収録されていたんだっけ

276:1(ry
07/03/16 02:30:00
>>275
ですおね! なので、公讌で王粲がわざわざここにもってきた「與天享巍巍」というのは意味深ですね?w
この最後の四句のつながりは、魏とせずにわざと巍とした洒脱な技巧による謙譲をわすれずに、
しかし酒興の解放感にかけて粋に曹操の天下を願った、王粲(と詩人たちが感じていたであろう)
文学を愛し保護する曹氏に感謝したたえた表現であり、
ついでに宴席の礼にかなったかっこいいヨイショだと自分には思えますw。

277:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 02:43:32
増々楽しそうな詩だw

278:1(ry
07/03/16 02:50:44
酔ったいきおいにまかせて、自分たちにしかわからない暗喩をつかって、
「ねえ、TNK(天下)とっちゃいましょうよ!」「よし、TNKとるかー!」とかさわぐのはたのしいと思うますw。
もうよのなか、俺ら天下無敵だぜえー! みたいなよっぱらい同士のノリかw。

279:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 02:52:13
>>275
2ちゃんでも時々携帯からのカキコで魏を巍と打つのを見かけるなw

280:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 02:54:06
TNKがTDNに見えて驚いたアッー!www

281:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 03:51:14
王粲gj!!
このスレは格調高い解説なのか、おバカなのか解らないのがいいw

>>261
陸兄弟も曹操の亀の歌歌ったのかな。

282:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 07:51:49
>>278
ネラーの集まりに思えてきたwwww

ところで、おじぎねずみは
孟嘗君が秦から逃げるときに使った狐白裘のようなものかなーと
思ったのですが、あれは狐か。


283:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 13:31:42
関係ないけどネ申オタの陸機たんも『短歌行』作ってんだね
白文だけ置いていく

『短歌行』陸機

置酒高堂 悲歌臨觴
人寿幾何 逝如朝霜
時無重至 華不再陽
蘋以春暉 蘭以秋芳
来日苦短 去日苦長
今我不楽 蟋蟀在房
楽以会興 悲以別章
豈曰無感 憂為子忘
我酒既旨 我肴既臧
短歌有詠 長夜無荒

284:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 16:19:25
王サンは顔が悪かったんだっけw

285:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 16:40:38
陳琳さんが好きです
でも王粲のほうがも〜っと好きです!

286:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 21:51:53
>>273
公讌好きノシ
赤壁からたった2年後なのか…曹操は本当に挫けない男だなww

287:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 21:55:42
>>283
陸機 の<短歌行>と聞いてやって来ました。
僭越ながら書き下し風味をば。

高堂に置酒し 悲歌して觴(さかづき)に臨む
人の寿命幾何(いくばく)ぞ 逝くこと朝霜のごとし
時は重ねて至ること無く 華は再び陽(ひら)かず
蘋(ひん)は春を以て暉き 蘭は秋を以て芳(かんば)し
来る日の短きに苦しみ 去る日の長きに苦しむ
今 我 楽しまずんば 蟋蟀(しつしゅつ)房に在らん
楽しきは会うを以て興り 悲しきは別れを以て章(あら)はる
豈に感無しと曰はんや 憂ひは子が為に忘らるる
我が酒既に旨く 我が肴既に臧(よ)し
短歌を詠ずること有らん 長夜にして荒(すさ)むこと無けん

陸機たん…。゚(゚´Д`゚)゚

288:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 21:57:21
gj!!漢文出来ない当方に訳もキボン…

289:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 21:58:37
>>287
乙カレー
訳と解説もお願いします!

290:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 22:00:50
289だけどかぶった…

291:無名武将@お腹せっぷく
07/03/16 23:14:36
陸機のネ申オタは本物だなw

292:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 00:16:47
>>288 >>289
詩や賦は難しくて泣きそうだー 本当にムズいよー
でも<歎逝賦><呉趨行><文賦 >とか大好きだからうpしたい野望が。
へ(ryな解釈なので、脳内で陸機になって読んでくれーー

[ 口語風味 ]
立派な座敷で酒宴を開き、悲しげに歌いつつ酒を飲む
人の命は儚く、朝霜のように消えてしまう
時は二度とは戻らず、花は二度と開くことはない
田字草は春が来て輝き、蘭は秋になって香る
未来の短さに苦しみ、過去の多さに苦しむ
今自分が楽しまなければ、あっという間に年は暮れてしまう
楽しみは会う事で起こり、悲しみは別れる事で明らかになる
感情が無いとは言わないが、憂いは君の為に忘れられる
我が酒も旨いし、我が肴もよい
短歌でも歌おうではないか 
徹夜などして度を越すようなことはやめておく

「今我不楽 蟋蟀在房 」「短歌有詠 長夜無荒」の典故は『毛詩』唐風・蟋蟀による。
「蟋蟀有堂 歳聿其莫。今我不樂 日月其除」
蟋蟀(こおろぎ きりぎりす)堂に有り、歳 聿(ここ)に莫(く)れん。
今 我 楽しまずんば、日月其れ除(さ)らん。
「好樂無荒 良士瞿瞿」
楽しみを好むも荒(すさ)むことなかれ、良士は瞿瞿(くく)。

293:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 01:05:45
>徹夜などして度を越すようなことはやめておく
陸機は二日酔いで進軍出来ないとか無さそうだw

294:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 02:05:56
>>282
おじぎねずみが齧歯類なのは確実ぽいからねえ・・・

295:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 04:34:55
タルバガンを食うとペストになるらしいぞ

296:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 09:01:06
>>292
乙です

同じ短歌行でも曹操と曹丕の詩の色合いは全然違うのに、
陸機のは、人寿幾何(陸機)・人生幾何(曹操)という表現にしても、
酒が云々だとか短歌行を歌おうだとか、
かなり曹操の短歌行を意識してるね。さすがネ申オタ

ただ内容的には
曹操は(短いのだから)人材来い!天下を収めてやるぜ!に対して
陸機は(短いのだから)とにかく今を楽しもう…と、刹那的

297:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 09:53:02
陸機のネ申ヲタっぷりに乾杯

298:1(ry 改行変だったら済みませんorz
07/03/17 09:54:40
電車から携帯なんで忘れないうちにこれだけレスするですー
まえに陸機たんの黄耳塚の記述をさがしてた人、
いま芸文類聚巻94に、述異記をひいて出ていますたお! 辞書なしなので変だったらすまんですorz

「……後犬死、殯之、遣送還葬機村、去機家二百歩、聚土為墳、村人呼為黄耳冢。」
「……後に犬の死するに、之(これ)を殯(もがり)し、送還せしめて機の村に葬り、機の家を去ること二百歩に、
土を聚(あつ)めて墳と為し、村人は黄耳冢と呼び為す。」
「……のちに犬がしんだら、これをかりもがりして、送り還してやって陸機の故郷の村に葬り、
陸機の家から200歩離れたところに土を盛ってお墓にして、村の人はこれを黄耳冢(塚)と呼びました。」

機の村ってのは華亭でせうか。この話じゃなかったらすまんです……(´・ω・`)

299:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 10:14:41
携帯乙w

300:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 13:23:56
>>126
<平復帖>すいませんタイプミスです。ご指摘感謝です。
 ○ 「呉子楊往初來主」
 × 「呉子楊往初來至」

 ○ 呉子楊往(さき)に初めて來たり主(した)しむも
 × 呉子楊往(さき)に初めて來至(いた)るや

陸機が呉の優秀な人材を呼び寄せたのではないかと思います。
「主」をどう扱ってよいのやら、自信ないです。
「唯男」「寇乱」のあたりもよくわからんのです

>>298
うおー携帯から!sugeeeeeeee!!!!!そうです、コレです、ありがとうございます!
黄耳くんは名物犬だったのでしょうね。
陸機がいかに犬を可愛がっていたかがよくわかります。


301:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 14:19:50
すごい犬だな
華亭と洛陽はどれぐらいの距離なんだうろかね

302:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 15:48:58
華亭は現在の上海市松江区らしい。
唐代の地理書の元和郡県志によれば洛陽から蘇州府(呉郡)まで2170里
蘇州府から華亭県まで東に270里
そして華亭県の西35里に華亭谷というのがあって、そこに陸遜・陸抗宅があったらしい

古代の距離の測定の精度なんか怪しい物だし、犬がちゃんと街道を通ってきたとは
限らないと思うが、おおざっぱに2500里で、唐代の1里=540mとして1350km
手持ちの現代の地図帳の里程表では上海と洛陽の距離は1175km
犬が山川をものともせずに直線距離を突っ走らない限り
1000km以上は余裕であったとみていいんじゃね

303:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 18:09:07
犬って一日にどんだけ走れるんだw
餌はどうしてたのかとか疑問は尽きぬw

304:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 19:33:03
>>303
餌を与える人でもいたんだろうか。

305:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 20:28:43
小型犬でもあるまいし、普通に野鼠とか兎とか狩って食ってたんじゃないかなあ。
どのルート通るかなんか予測不能だし1回目とかは勝手に飛び出したわけだから
まさか首輪とかに「陸機の飼い犬です。おなかをすかせていたらごはんをあげて
ください」とか書き付けつけとくとかも無理だろうし。

306:無名武将@お腹せっぷく
07/03/17 22:37:25
むしろよく途中でとって食われなかっ(ry

307:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 01:25:10
当時の中国の犬は柴犬みたいなのかな

308:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 03:05:07
三国時代ではペットを飼う文化はあったんでしょうか?

309:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 03:16:55
そういや前スレの野田黄雀行、今まで雀捕まえて飼うんだと思っていたが…マサカ((((;゚Д゚))))
URLリンク(www.geocities.jp)

310:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 12:54:22
>>307
もっとでかいだろ。

ペットっていうか狩りのお供とかにイヌ飼ってた話は李斯の死ぬ前の話とかで
確認できるし、まあ愛玩用かどうかは別にしてイヌは普通に飼ってたでしょう。

んでもってスズメは日本でもわりと普通に焼き鳥で食う文化があったわけだし、
まあまさかっていうか間違いなくそうでしょう。

311:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 13:41:34
食用以外の可能性を考えなかったw

ケイ康も王サンも曹氏が好きなんだな
ネ申は詩人のアイドルだったのかなw

312:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 17:53:04
陸兄弟といい王敦といい・・確かにネ申ヲタ多いな
演義で悪役にされるまでは結構人気あったんじゃないか?

313:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 17:54:49
やっぱり三国を統一させた晋の元が魏だからその影響か?

314:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 18:40:47
ていうか冷静に考えたらあの時代的には李白や杜甫ぐらいのインパクトだろ、
しかもまだ没後何百年も経ってるわけじゃないからフィーバーも冷めてないどこ
ろかほどよく伝説っぽくなり始めてるぐらいのころじゃないか?

315:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 21:19:48
文武の両道を兼ね備えたパーフェクト超人だろ?
さらには雑事にも気が利き子供も英才揃い
後継者問題においても誤らず
生前の統一こそしくじってリビングレジェンドにはなれなかったけど
死んじまって冷静に業績が評価されれば伝説も当然じゃないか?

316:無名武将@お腹せっぷく
07/03/18 21:59:56
>>315
さすがに後継者問題は揉めた感があるが…
外見は竹中直人だけど死後だから容姿の事はイメージするしかなかっただろうしw


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