三国時代の文学スレッド3
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100:無名武将@お腹せっぷく 07/03/11 01:01:49 >>99 糸で作った靴は、「絲履」と呼ばれてる。 >>98氏の補足以外では、残ってるのは草鞋くらいかな? 少し時代が下るが、南北朝時代の顔氏家訓には、当時の貴族が高下駄をよく履いていた事が書かれているらしい。 101:無名武将@お腹せっぷく 07/03/11 01:11:36 >>97 >韓非子には、南部(越)の人は冠をかぶらず、いれずみをしてはだしでいると書いてあるので 冠売りと靴売り夫婦だっけ? 102:無名武将@お腹せっぷく 07/03/11 01:25:06 靴の話題が出たので中国社会風俗史を引っ張り出して見たら 曹真が履をはいて昇殿することを許されていたり、 曹操が北征の帰途に客が来ると知ると驚喜して 早速履を揃えて出迎えたとか書かれていますね。 103:無名武将@お腹せっぷく 07/03/11 01:46:37 >>22さん >>33 1さん お言葉に甘えてうPさせて頂きます 《平復帖》平原内史呉郡陸機士衡書 彦先羸瘵、恐難平復。往屬初病、慮不止此、此巳爲慶。 承使唯男、幸乃復失前憂耳。呉子楊往初來至、吾不能尽。 臨西復来、威儀詳跱、擧動成觀、自軀體之美也。 思識☐愛之邁前、勢所恆有。宜☐稱之。 夏伯榮寇辭之際、聞問不悉。 彦先羸瘵(るいさい)し、平復し難きを恐る。 往(さき)に初め病に属(およ)ぶや、 此に止まらざるを慮(うれ)ふも、此に巳て慶と為す。 唯男を使して、幸ひに爲に復(また)前憂を失ふ耳。 呉子楊往(さき)に初めて來至(いた)るや、吾尽くす能わず。 西より復来るに臨めば、威儀詳(つまび)らかに跱(そな)はり、 挙動観を成し、自ら軀体の美なり。 思識☐愛の邁前なるは、勢の恒に有る所なり。宜しく之を☐称すべし。 夏伯栄寇乱(こうらん)の際なれば、聞問悉(つく)されず。 ☐は不明な文字。故宮博物院の解説を参考としました。
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