孔明に軍事の才能はな ..
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409:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 20:51:35
この板は近日中に取り潰されるようです。

続きは中国英雄板でやりましょう。
URLリンク(hobby9.2ch.net)

410:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 21:05:24
装備なんかは蜀のが上だった可能性が高いぞ
銅、鉄生産力は魏領では貧弱だったらしいから

411:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 21:08:21
将や兵の強さなら魏や呉より蜀の方が上だろw
人材も普通にいるしどこが人材無しだよw

演技見すぎwww

412:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 21:31:59
漢代では装甲率40%くらい、官渡の袁紹軍が14%くらい、
三国の中では装備開発に熱心だった蜀漢が一番装甲率が高かったのではと篠田先生は言ってます

413:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 21:44:46
>>411
え?将の強さって何?
装備は>>412の言うとおり。

有能な人材は中央に集まるもので、蜀に人無しとはいわないが、魏や呉を凌駕するとは言い難い。

司馬懿・ケ艾・陸遜・陸抗クラスの人物なんて諸葛亮くらいしかいなかったけど。

414:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:01:40
>>406
少なくともオマエに誰も論破などされてないけどw
しかもそれに気付いてないんだからある意味凄いよwww
しかし持論を示せば示すほど自爆してるとこはまさに民主党並みだな
この回答万ってアホコテはwwwwww
しかもそれに気付いてないんだからある意味凄いよ

415:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:07:34
406は高次機能障害だろ
知覚・運動・記憶・思考・推理能力が著しく低い
LDっぽい雰囲気も漂ってるしヤバイよ
中枢神経やられちゃってるねコイツは

416:回答万
07/03/04 22:25:08
何一つ論理的に反論できず
必死に意味不明なことを書き込み話をそらそうとする



諸葛厨って哀れだづすな 笑

417:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:26:38
あ〜ぁ俺、我慢してたのに
ヴォケにヴォケと言っても分からないからヴォケなんであって

諸葛亮の無能ならそれもいいが、思い込みと思い付きで言ってるから前提となる知識が間違ってますよ、って指摘を受けて「同じ事を」と言うのは要するに自分の進歩の無さを嘲っているわけです
こちらが唸るほどの史料の読み込みと考察を聞かせて欲しいもんだが

まで書いて気付いた
待て、これは孔明の自演だ!

418:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:28:53
スレリンク(chinahero板)

次スレ

419:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:39:28
>>418
中英板に迷惑。

420:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:43:50
>>418
まだ次スレにいくには早すぎるし、そっちの板に迷惑


421:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 22:56:02
中英板にも迷惑だが回答万って支離滅裂なお馬鹿さんも俺たちには迷惑!!!
回答万は村八分にしようぜ
つーことで諸兄おK

422:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 23:11:03
>>417
うーむ、回答万の馬鹿な意見に答えることで、
諸葛亮を偉大とする根拠が提示され、
回答万を憎むことで、このスレ住民の意志は一つとなる。
全ては奴の読みどおりにことが運んでいるというわけか。
諸葛孔明、なんとも恐ろしき策士よ。

423:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 23:20:17
回答万=孔明

かもよ

424:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 23:28:18
>用兵の法を部下に研究させてたりする。
>もし孔明に軍事の才能がなかったら、そんなことはさせないと思うんだが…。
えーとそれで成果があったの?
中国史は西洋史と違って資料が残っていないので証明しようがないんだけど。

ハンニバルすげーと孔明すげーじゃ全然違うよ。

425:無名武将@お腹せっぷく
07/03/04 23:32:00
>>422
だとしたら回答万の権謀術数おそるべし (((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

426:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 00:01:35
>>424は何のレスをしてんだ?

427:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 00:13:14
>>424
>中国史は西洋史と違って資料が残っていないので
も意味不明。「史料を読んだことがないので」の間違い?

428:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 00:25:02
分かった
>>424がみんなや回答万を錯乱させてた元凶だ

429:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 00:26:54
>>325

430:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 02:21:07
>>407
十分じゃないでしょ、魯粛は孫権に提示した同盟の条件を全然守れてないのにも関わらず、
劉備に勝手に口約束を交わして使者である諸葛亮と共に帰ってきてる。
そこで問題なのが曹操に降るという選択肢がある孫権が劉備の使者を引見してるという点、
これは後々になればこれを口実に曹操に何かされるかもしれないほどの越権行為、
その越権行為に対し魯粛は説明を孫権に行わず、諸葛亮が公式の場でそのメリットを説いて孫権に認めさせた、
この同盟締結に関しての諸葛亮の功績は大。

>ここで決定的な影響力を持ったのは魯粛でも諸葛亮でもなく周瑜。
周瑜は決定的と言えるほどの影響力は持ってない、確かに周瑜の意見を孫権は喜びはしたものの、
時系列で見ればこれは魯粛帰還前、実際には周瑜の意見以後も諸将協議は続いており降伏論が多かった、
孫権が実際に行動を起こしたのは諸葛亮が使者として赴き同盟のメリットと曹操軍の詳しい内情を孫権に伝えて
同盟締結させた後の事で、諸葛亮の影響力が非常に大きかったことが分かる。

431:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 05:46:07
参考URL
URLリンク(www.geocities.jp)

以下一部抜粋。

●北伐の目的
北伐の目的は選挙運動である。
後漢以降の中世中国は、士大夫の世論が世界の帰趨を決める時代であった。
そのために自国の体制のすばらしさを訴えることが、北伐の目的であった。
従って、戦場で仲達をうち破る必要などいっさいなかった。

●北伐成功の可能性
呉との連携、鮮卑の軻比能、遼東公孫淵、西羌の援助、南蛮軍の追加、反曹派の名士など、
全世界を巻き込んだ包囲網を作り、持久戦に持ち込んで魏を破綻させるのが孔明の戦略構想であった。
魏にも、明帝の浪費、仲達の忠誠心の欠如、大将軍級の名将の不足などつけ込む隙は十分にあった。
呉軍の北上に際して明帝自身が親征したが、このことは大将軍級の人材が仲達以外に既にいないことを暴露している。
もしも、上記の多方面の軍団が同時に動いたなら、もはや魏には打つ手がなかった。
以下、それぞれの進行状況を見てみよう。

●呉との連携
●鮮卑の軻比能
●遼東公孫淵
 公孫淵の挙兵は、237年である。
●西羌の援助
 これは本来馬超に期待されていた。これが姜維へと受け継がれたわけである。
●南蛮軍
 南征の結果、勇猛な部隊が北伐軍に加わっていた。
●反曹派の名士
 すなわち、これが旧清流派であり、仲達らである。

孔明の死後5〜10年あれば、すべてが反魏のもとに動く可能性は十分にあったのである。

432:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 06:26:30
>>430
いやあ、むしろすごいのは魯粛のようなw

433:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 08:37:32
お前ら釣られすぎ

434:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 11:43:35
>>399
>根拠は?

つ出師の表

435:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 11:52:08
>>431は概ね正しい認識だと思うが、
関羽北上時の于禁軍団壊滅並みのショックは必要だろう。
第三次北伐後の曹真遠征がチャンスだったのだが…

436:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 12:03:35
>>430
魯粛が荊州に着いた時点で同盟の条件も荊州征服の条件もなくなってる。
だからといって何もしないで帰るわけには行かない。
>>407にも書いたが魯粛の主張は曹操に対抗するには荊州が必要というもの。
出立前には曹操に降るという選択肢がなかったのだから越権行為でもなんでもない。
魯粛が何の説明もせずに諸葛亮が孫権に会えるわけもない。

裴松之が指摘しているように周瑜の説得は魯粛帰還後。
孫権の意志はもともと対決しようというものだったが群臣の反対が強かった。
諸葛亮や魯粛のような無官の人物が影響力を発揮できる状況ではない。
だから魯粛は便所で説得しなくてはならなかったわけだが…
周瑜が孫権と群臣の居並ぶ前で説得した事で孫呉が一致して曹操に対抗する事が決まった。

437:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 12:06:36
>>431の考え方だと、孔明は蜀の武将と兵士全員、
それに劉禅すら騙している不忠者になるわけだが・・・

438:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 14:00:10
曹魏を倒せるなら問題ない。

439:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 14:22:10
>>431は因果関係無視、時系列無視のトンデモだな

440:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 17:01:05
>>436
周瑜は一言も劉備に言及しておりませんが
同盟援軍成立は無官の人物で影響力を発揮でき無い諸葛亮は関係無い事になりますが?
影響力を発揮でき無い状況下での同盟成立であるからこそ諸葛亮の功績が大きいわけで
これは諸葛亮伝でも記述を大きく割いている証左でもあり
陳寿絶賛の根拠でもあると思いますが?

441:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 17:53:41
>>440
周瑜が鄱陽から帰ってくる前に
曹操に帰順か劉備と同盟して曹操と対決かの二択になってたからね。

同盟締結の使者として行ったんだから全く関係ないとはいわないよ。
問答だって立派にこなしてるんだから使者としては十分な仕事をしてる。
但し劉備との同盟は魯粛の提案で孫権もその必要性を理解していたし
曹操との対決を決定的にしたのは周瑜ということ。
諸葛亮が>>401のいうようなことを成し遂げたわけではない。
本人の伝で活躍が誇大化されるのは当たり前のことだし
陳寿が評で絶賛してるのは政治と人格。

442:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 18:50:44
>>441
外交ってのは政治と人格じゃね?
それに奇策と絶賛してるのは外交結果だし
401じゃないけど、十二分に意志決定のきっかけとしての
役割もこなしていると思うが?

というか劉備がいれば漢の丞相に対抗する為の
大義名分が立ちやすいという降伏派の反論への説得力にもなるし

周瑜の一言がなければ決まらないとしても
意志決定への役割は卑下することはない立派な功績だと思うが

つか、本人の伝は誇大化なら周瑜の一言も誇大化にならね?

443:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 18:59:27
同盟に関しては呉志だと別に諸葛亮でなくても劉備でも成立すると思うが。

444:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 19:21:41
呉は豪族集団だから、孫権が本心どうであれ世論の流れを変えないと駄目だと思うのよ
わざわざ陳寿が同盟に長文を費やしているのは、諸葛亮以前・以後で流れが変わったと言いたいんじゃないか
魯粛の便所も「ここで諸葛亮に乗っかって」ってカンペみたいなもんだとオモ

445:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 19:46:07
>>442
すまんが奇策と絶賛してるのがどこか分からない。
>>440が同盟締結したことが陳寿絶賛の根拠のひとつと書いているから
諸葛亮伝の評の事だと思ったんだけど
諸葛亮集なら読んだ事ないから分からないorz

あの頃の劉備じゃ大義名分としての説得力は大したことなさそう。
劉gならありだが諸葛亮がそれを主張出来たかは微妙だと思う。

意志決定にどれだけの役割を果たしたかなんてのはぶっちゃけ分からない。
ただ>>441に書いたこの部分は無理なく推測できる。
> 劉備との同盟は魯粛の提案で孫権もその必要性を理解していたし
> 曹操との対決を決定的にしたのは周瑜ということ。
だから>>401の言ってることはおかしいと主張してる。

伝の内容が食い違えば周瑜伝も疑ってかかるのが当然で
何で周瑜が決定的な役割を果たしたと思うかというと
周瑜の影響力の大きさと反対派の群臣がいる場での発言だから。

446:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 19:53:09
>>436
既に前提が覆ってるのに、独断で何かしていい訳が無い。
特に劉備との同盟は降伏という選択肢が残っていた孫権にとっては死活問題で、
これを勝手に纏めようとして魯粛の行動は完璧に越権行為、なので本来ならば魯粛は
この同盟の有用性を公式の場で語る必要がある。
しかし魯粛がそういう事をした形跡はないので、内々で諸葛亮を紹介したか、
連れてきたもの仕方が無いという判断でしょう。

その裴松之の指摘は時系列がおかしいんだよ、
周瑜伝ではこの話し合いの時期に劉備と魯粛が遭遇したと書かれており、
魯粛は未だに帰ってない時期の話し合いなのにも関わらず、既に魯粛が周瑜を呼び返せと進言した後になってる。
それから諸葛亮は劉備の使者としてきてる訳で、孫権配下でもないのに官位が重視される理由が無い、
元々孫権自体が大した官位でもない上に配下も下級役人クラスの官位であるのに、
孫権配下でそれ程官位が重要視されたかは疑問だが、無官の魯粛を劉表の慰問に行かせたりしてるし、
劉表の遺児&劉備との同盟結ぶ使者にもしてる、官位が重要だったら失礼極まりない行為だよ。
魯粛の便所での説得は周りが反対派である以上は孫権と直接交渉が有効だからでしょう。

447:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 20:22:03
裴松之の指摘がおかしいというのを踏まえて時系列を推察してみるとこんな感じ。

・魯粛荊州へ出立。
・曹操到来、劉j降伏。
・孫権が話し合ってる時期に、劉備と魯粛は遭遇(周瑜伝)
・周瑜は命令を受け鄱陽へ(魯粛が帰還すると今度が周瑜がいないのでこの時期に行ったんだろう)
・諸葛亮、使者として呉に訪問&魯粛帰還(呉主伝・周瑜伝・諸葛亮伝)
・魯粛、孫権に周瑜を召し返すように進言(魯粛伝)
・進言を受け周瑜に軍務遂行を委任し、魯粛に戦略立案を補佐(魯粛伝)
・諸葛亮が使者として孫権に会談し、その結果周瑜と程普を派兵(呉主伝・周瑜伝・諸葛亮伝)

呉書では周瑜も魯粛も諸将が降伏論を唱える中、一人主戦を唱えた事になってる、
裴松之はこれを手柄を盗む行為だと憤慨してる訳だが、並べてみると分かり易い。
早い話が魯粛と周瑜は同時期に孫権の下には居なかったという事、
周瑜が主戦論を唱えてる間は魯粛は劉備と遭遇しており、その後は周瑜は前線に近い鄱陽で軍を備えていたと思われる、
で魯粛が帰ってくると今度が魯粛が便所で周瑜を呼び戻せと孫権を説得、
そうこうしてる内に諸葛亮と会談して曹操軍の内情+同盟のメリットを公式の場で諸葛亮が説き、
孫権はそれを受けて派兵を決定、魯粛を補佐に任じて周瑜に軍務を委任し、劉備と合流という流れに。

448:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 20:41:42
>>445
大義名分は会談で主張してるじゃん
そして劉備の名分の大きさは荊州人士への影響力と
孫権の階位を上げた事でもわかるじゃん

449:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 21:17:51
>>446
周瑜伝は先に周瑜の発言を持ってきて
魯粛が劉備と同盟して諸葛亮をつれてきたことは後に記述しているが
その文頭に「時」とつけているから、必ずしも時系列的に後とは断言できないと思う
仮に、時系列的に魯粛が帰還する前の発言なのだとしたら
この周瑜の意見は呉が開戦を行う決定打にはなりえていないことになる。
魯粛伝では彼が帰還したときまだ会議は続行中で
降伏派が大勢を占めていたんだから。
ここは裴松之の指摘の方が妥当だと思うけどね

450:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 21:40:27
方針も決まってないのに二大巨頭の一人が外に行くものか?

451:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 22:00:31
>>449
文を見るならば後ではなく劉備と魯粛が出合ったのと同時期ぐらいでしょう、
そこから魯粛と諸葛亮は呉へと出立するわけだから自然と会議より後という事になる。

>この周瑜の意見は呉が開戦を行う決定打にはなりえていないことになる。
実際なりえていないでしょう、孫権に対して諸葛亮が同盟の利を説く必要があり、
この会談の後に初めて孫権は周瑜と程普を督に任じて派兵する訳だから、
周瑜の意見で開戦が決定済みならば諸葛亮の話は聞くまでも無い話であるし、
魯粛帰還後であるならば周瑜が同盟の件について全く触れていないのは不自然であり、
裴松之の意見は腑に落ちない点が多い。

>>450
諸葛亮が赴く頃には孫権は柴桑に居る訳だから、かなり近い。
そもそも魯粛が帰ってくるまでに孫権が今まで周瑜を呼び寄せていない事が有り得ない。

452:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 22:13:32
>>451
周瑜伝の時系列から外れるから"時"を使ってるんじゃないの?
劉備が曹操に破れたとき…という意味でしょ
だから裴松之が突っこみいれてるんだと思うけど

453:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 23:14:11
>>451
周瑜の発言は同盟を考慮した上でのものじゃないか?
彼は夏口まで派遣してくれるよう要請しているが
当時夏口は劉キの領地なのだから
そこまで呉が軍を出せることを前提にしてる時点で
劉備(劉キ)との同盟を前提にしている可能性が高いだろう


454:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 23:18:33
>>452
そうはならんよ、「時〜」から始まる文章は「〜遇於赤壁.」で終わりなんで、
時〜の部分を時系列から外れてるとするならば赤壁進軍までが外れてる事になるが、
それは有り得ないし、既に書いたように不自然な点が多い。
この部分の裴松之の突っ込み自体がそもそも冷静な突っ込みとは言い難いので、
時系列を誤解したまま勢い余って書いちゃったじゃないのかな。

455:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 23:33:31
ここの「時」は「遣諸葛亮詣権」までにかかる語じゃないか?


456:無名武将@お腹せっぷく
07/03/05 23:53:00
裴松之の注での指摘をまとめると

○抗戦論の口火を切ったのは魯粛で、周瑜はその後呼び戻された。
○周瑜本文では、満座降服論を唱える群臣の中で、
 あたかも周瑜一人が抗戦論を唱えたような書きぶりで、魯粛には言及なし
○以上より、これでは魯粛の功績が無視され、周瑜一人が抗戦に導いたように見える。
 これでは魯粛に対してあんんまりだ

ということ。
その後の本文の「時に〜」以下は、場面を移して魯粛が劉備との共同体制を用意していた等、
戦前の状況を説明したもの。
時系列的に、周瑜の説得の後の事と並べたわけではないことは明らかであり、
裴松之も当然それはわかっていたであろう、これを問題にしたわけではない。

つまり、裴松之は陳寿の記述を誤解したわけでもなく、
陳寿の記録の時系列に齟齬があるわけでもない。

457:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 00:25:19
>>453
劉備との同盟が前提ならば共同戦線を張る筈の劉備に対して言及があっても良いし、
諸葛亮と対談後は即座に派兵に応じてることからこの会議の時点で同盟は未だに未定、
荊州の大部分を支配していた劉jが降伏したいたんで、、夏口まで無理矢理進軍するつもりだったんじゃないのかな。

>>455&456
原文では「〜遇於赤壁.」が文章の区切り、
なので時劉備為曹公所破から始まる文章は赤壁まで進軍するまでを一連の流れとして捉えてる。
ところがこの一連の流れに周瑜の説得は入っておらず、呉主伝でも諸葛亮が使者として到来→派兵の流れ。
裴松之は魯粛の手柄が無視されてる事のみに目を向けすぎたんだろう。
それに魯粛に言われるまで会議に最後の最後まで周瑜が呼び出されないという事態のおかしさという矛盾もある。

458:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 00:40:01
>魯粛に言われるまで会議に最後の最後まで周瑜が呼び出されないという事態のおかしさという矛盾もある。

これについてあるサイトでは周瑜だけでなく他の軍部の人間も最初の会議に
いないらしく遅れて着たか、軍部の人間を無視して先行しての会議らしい。

459:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 00:50:48
>>458
あそこか、軍部の人間が居ないっても諸葛亮来た&魯粛が帰ってきた時は
孫権は柴桑に軍勢を率いて駐屯してて、事の推移を見計らってる段階なのに、
軍部が居ないor無視しての会議というのは有り得ないし、
周瑜は命令を受けて鄱陽に居たらしいが、降伏論者ばっかりで困ってるのにも関わらず
一回も周瑜を呼ばないでいたというのが意味不明すぎる、距離にしたら大したこと無い距離だ。

460:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 00:59:08
それは情報を集めていたでいいと思うが
発言権が大きいからこそ下手なことを言えないから
降伏論者を納得できるだけの情報を集めていたんでしょ。

461:460
07/03/06 01:06:06
追加で諸葛亮が情報を持っていたとしても自分達の裏打ちのない情報に
国家の存亡なんか賭けられるはずがない。

462:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 01:09:40
>>460
周瑜が鄱陽に居たのは孫権の命令を実行してたからであって、
本人の意向じゃないし、諸葛亮のもたらした情報と比べると見劣りするので
情報を集めてたという線も無いと思うよ、場所的に一体鄱陽でどんな情報が得られるんだって話だし、
結局は諸葛亮の会談で派兵が決定したんだから。

463:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 01:13:45
>>462
鄱陽は前線に近く反乱の多い地だから情勢を見極める必要はあるよ

464:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 01:27:25
>>463
それは鄱陽の情勢であって、降伏論者を喝破するための情報を得る場所じゃないでしょう。
情報収集がしたいならば柴桑でも出来る、つーか降伏論者を説得しながらより前線に近い
柴桑でやった方が効果的な訳で(諸葛亮からも情報収集できるし)
それに鄱陽の情勢を見極めるだけならば何も周瑜だけでやる必要は無いし、
それよりは会議に一回も出席したことが無いというならそっちの方が重大でしょう。

465:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 01:32:58
降伏論者を論破するにしても段階がある。
むしろ、他国の諸葛亮だけの情報で戦争なんかできるはずがない。

466:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 02:13:14
>>464
降伏論者を喝破する前に曹操に勝てるかを考えるのが普通でしょ。
孫権も周瑜も勝ち目が無いのに戦おうとするわけが無い。
巨大な敵と争うのに足元が不安定ではどうしようもない。

情報収集じゃなければ何で孫権は周瑜を鄱陽へ行かせたと思うの?

467:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 02:17:31
>>465
だったら柴桑で段階を得ればいいだけの話、むしろ一回も出席しない方が悪影響。
それと諸葛亮の情報だけで戦争しろと言ってるんでなくて、諸葛亮の情報も入手しつつ、
より最前線である柴桑に居た方が情報収集できる。
この様に周瑜が今まで会議に出た事がないという説は非常に不自然な点が多い。

468:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 02:28:25
>>466
降伏論者を喝破するためには曹操に勝てる方法を考える必要があるから、
それはほぼ=でしょう、そして柴桑は前線に近く、降伏論者を説得しながら情報収集できる。
そして足元を固めるのも大事だが、当時の鄱陽に反乱の兆しはなく、
周瑜が一回も会談に出た事がないならば何も周瑜に掛かり切りにさせる程の重要性は無いでしょう。

周瑜が鄱陽に行った目的ねえ、大方軍備を整えるとかそんな所だと思うな、
実際には記述されてないんここは推測の域だけどもね。
降伏論者が多いが孫嫌の内意は決まっていたようなんで、内々に指令を出していたとかあるかもね。
それから逆に問いたいけど、一体柴桑からさらに後方の鄱陽で一体どんな情報が得れると言うのかね?
その情報は柴桑に居る時よりも有益な情報を得られるとでも?

469:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 02:28:40
別に不自然とは思わないが、
むしろ確固たる情報もなしで会議をやれば議論に負ける
それなら最初は会議に参加をせず情報を集めてからのほうがいい。
孫権も国家の2の周瑜がいなければ決められないと逃げることもできる。

470:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 02:36:54
>降伏論者を説得しながら情報収集できる。
えらい矛盾だな降伏論者を説得するために情報収集なのに
情報がまだ集まってない状態だと根性論でも説くのかな?

471:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 06:50:38
孔明なんて地方政権の小物論じても仕方ないだろ
歴史的事業をしたわけでもないし

472:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 09:46:44
>>469
>それから逆に問いたいけど、一体柴桑からさらに後方の鄱陽で一体どんな情報が得れると言うのかね?
>その情報は柴桑に居る時よりも有益な情報を得られるとでも?

>>470
何処が?
より前線で情報収集しながら説得工作、両立出来るが?
会議自体は何日も行われてるみたいだし。

473:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 10:32:08
孔明厨の長文君はニートで会議や人の集まりが苦手みたいだな。

474:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 10:45:25
>>473
反論できない負け犬が吠えてらwww

475:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 10:46:24
某日、歴ゲー板に「無双シリーズ史上最悪の失敗点」というスレが立つ。
しかし良スレだったスレは三国無双2信者によって中盤から荒らされ大変なことに・・

しかし荒らし達はカズ子なるコテが犯人だということにしようとしたものの
明らかに自分達がスレの混乱を招いた張本人であることがバレバレw
好評な無双シリーズの他作品に対するすさまじい嫉妬から、いつもの如く
気持ちよくスレを荒らしてたゴキブリ共であったが
スレ住人らに自分達の厨行為を正当化するのが無理であることを思い知らされ突如豹変。

自分達のスレでコソコソ陰口叩きつつも恥ずかしいログを流すべく、
怒涛の連投で失敗点スレを埋めていくのであったw
この日を境にものすごい勢いで2信者は暴れ出し今も無双関連スレを荒らしてるが、
失敗点スレで論破されたという恥ずかしい過去は消えるのだろうか・・・

    彡川三三三ミ
   川川 ::::::⌒ ⌒ヽ
  川川::::::::ー◎-◎-)   / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
 ..川(6|::::::::  ( 。。)) <  2こそ最高w
 川川;;;::∴ ノ  3  ノ   \__________
   ノ\_;;;;;;;;;;;;;;;;ノ ゲプッ
  ( *  ヽー--'ヽ )
  (∵ ;)  ゚ ノヽ  ゚ ):)     ○三国無双2信者
  (: ・ )--―'⌒ー--`,_).    ○36歳
  (___)ーニ三三ニ-)     ○歴ゲー板の荒らし(そろそろ2年目に突入)       
  (∴ ー' ̄⌒ヽω  ).     ○無職
   `l ・  . /メ /       ○中卒(議論で瞬殺される凄まじい低能ぶり)
    ヽ ∵  /~- /       ○童貞
    (__)))))_)))))     ○好きな行為『2を誉めてくれないスレへの荒らし』
.                   ○嫌いなコテ『カズ子』

476:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 10:47:26
内容を見ず長文だってだけで拒絶するのは自分が低能だって言ってるようなもんだからな。

477:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 12:33:19
赤壁の戦い勝てたのは
孔明のおかげだと思うけど・・・

478:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 12:40:19
>>477
そう断言する根拠は?
演技に書いてたつーうオチはやめてねw

479:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 13:13:45
そもそも美丈夫は元々回答保留だろ?
さいそうにいたのだって、呼ばれてないから水軍の訓練をしてただけだろうし。
美丈夫を説得したから孔明の功績って大きいんでないの?

480:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 13:41:43
つか、孔明と周瑜は会ってないんじゃないの?

481:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 14:05:01
つか、周瑜のこと美丈夫って代名詞使って呼ぶ奴はじめてだよな

482:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 14:16:19
>>479
仮に孔明が周揄を説得したとしよう
それがなぜ大きな功績になるんだ?
周揄が回答を保留にしてのは曹操に勝つ自信はあったが
孫権を説得できるか迷ってただけだろ
そもそも孔明が説得しなくても遅かれ早かれ孫権を説得したんじゃないか?

483:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 14:47:39
美丈夫は本当に曹軍100万に勝てると思ってたのか?
普通に考えたら無理だろ?
そして開戦にもっていって新野から敗走した劉備軍のために時間を稼げたってだけで
外交官としても優秀だろ?

484:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 14:51:28
>>482
479ではないが
張昭の影響力に対抗できるのが周揄ぐらいだからじゃね?

まぁそれは良いとして諸葛亮が孫権を説得しなかった場合
劉備と同盟を結んで戦争という選択肢がハズされる可能性が高い
魯粛ががんばって同盟という選択肢が残ったとしても
とても対等の同盟なんて形にはならなかったと思う
どちらかというと劉備は客将扱いとなるだろう

そういう意味では、劉備陣営から見た場合
諸葛亮が孫権を説得したという功績は大きい

485:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 14:59:16
劉備軍がそれなりに頼りになるという認識を孫権が持つことも対曹操共同戦線を結ぶ上で重要な要因となる。

486:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 15:06:05
ぶっちゃけ赤壁で劉備軍は何もしてないからな。
本当に孔明にはしてやられた。

487:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 15:07:59
>>486
活躍したのは周瑜と黄蓋だけで劉備軍と程普は見てただけ、かw

488:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 15:33:19
程普は周瑜との主導権争いに敗れて窓際扱いだし、
劉備は周瑜から「なんかこいつやばそう」と警戒されて
「あんたなにもしなくていいからね!」と言われてしまうし。

489:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 16:03:27
>>477
>赤壁の戦い勝てたのは孔明のおかげだと思うけど・・・
この話からかなり脱線した結論に達してないか?
つまり赤壁の戦い勝てたのは別に孔明のおかげてはない
孔明は劉備の為においしいとこへ持っていく為に活躍したということだろ?
第一、曹操軍が100万なわけないないだろ!!
>>483はその数字を本気で信じてるのか?


490:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 16:13:04
>>489
正直なんでそういう結論になったかは別として
>>482で言う「孔明が周揄を説得した」場合
赤壁の戦いが存在したのは諸葛亮のお陰って事になり
この戦争は諸葛亮いたからこそとなるな

491:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 16:17:35
ま、孫権自身も開戦に傾いていたようだから、どうかと思うがな。
降伏派の力を弱める効果の一つにもなったろうな。

492:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 16:22:20
劉備孫権同盟を結ぶ上で諸葛亮が果たした役割は大きい。
ただし、その同盟の価値は劉備側と孫権側では重みが違う。
劉備にとっては「うはwwww、利用しつくしたれwwww」
孫権にとっては「まあ、ないよりマシかな?→ちょwwww、調子乗りすぎwwwww」

493:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 16:59:26
孫権も利用し尽くしたれモード
でなきゃ江夏乗っ取らない

494:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 17:08:13
赤壁の戦いってホントにあった話なの?

495:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 17:55:04
厳密にはない
が、この頃の劉備と孫権と曹操らのとった軍事行動が三国時代の起点となったのも事実

496:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 18:03:36
>>495
「厳密」て何だよw
赤壁で行われた戦闘はあったよ。

497:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 18:06:51
馬鹿にする前にとりあえず URLリンク(miri.sakura.ne.jp) の孫呉へ

498:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 18:06:57
孫権と周揄の不仲説って本当ですか?
正史にはどういった記述がされてるのでしょうか?

499:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 18:30:04
>>498
周瑜 魯粛 呂蒙 陸遜 呉の軍師を語るスレ
スレリンク(warhis板)

こっちで尋いた方がいいよ。

500:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 18:35:45
流れが読めないんで的外れな意見になれば申し訳ないが、

呉主伝によれば

魯粛が曹操に敗れて逃走中の劉備に会う。            ↑
夏口まで来て諸葛亮を使者に送る。                |この当時、朝論は降伏派が圧倒的だった。
周瑜・程普が派遣される。                      ↓

周瑜伝によれば

9月に曹操が荊州を降し、群臣は恐れ戦いた。          ↑この当時、魯粛は当陽で劉備と会い、夏口まできて諸葛亮が派遣された
周瑜は抗戦を主張。                          ↓
                              ↓
こういった情勢をみて、孫権は周瑜らを派遣した。

魯粛伝によれば

劉表の死亡直後に、孫権と協議して二案をたずさえて出発。    ↑
南郡まで来た時に荊州は降伏。                      |この時、周瑜は使いで外に出ていたので魯粛が呼び戻す。
当陽で劉備と会い、夏口まできて諸葛亮が派遣され、魯粛も帰還 ↓
                              ↓
周瑜らが派遣される。

諸葛亮伝によれば
夏口まで来て諸葛亮が派遣される。
諸葛亮が孫権に抗戦論主張。
周瑜らが派遣される。

この時だのこの当時だのがどこに入るのかは不明だし、
江表伝を合わせて考えれば周瑜の発言によって孫権は開戦を公式に決定し、
その夜の個人会談の発言と合わせると既に水軍三万を揃え、魯粛・程普と直ぐに出発してくれとあるんだから、
魯粛が呼び戻すように良い、周瑜が決戦論を説いて派兵が決定した流れでいいと思うのだが。

501:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:16:46
魯粛との内々の話し合いもあり、交戦の方針でいきたいなあ。
でも大勢は降伏に傾いているし、言うこと聞いてくれなかったらどうしよう?
よっしゃ、ここは魯粛を前線に派遣して、こいつらを説得できる材料を集めさせよう。
お、帰ってきたな。ってか周瑜も帰ってきた!武の重臣のこいつも交戦を主張してくれてる!
おし、ここで一気に交戦の流れに持っていくぜ!
というのが孫権の真実。

502:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:21:41
東南の風を吹かせたのは誰なの?

503:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:37:18
>>502
そんなもん人間がどうこうできるはずがないだろ
演義で孔明が東南の風を吹かせたのはフィクション
本気で信じてないだろうな…

504:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:39:29
っていうか赤壁は普通にスレ違いだろ。
スレタイと関係ないじゃん。

505:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:52:14
東南の風、というのは8月頃に吹く偏西風のこと。
地元の漁師などは、当時、何十日かに一度、偏西風が、つまり東南の風がふくことを知っていた。
孔明は書籍でそのことを知っていたって話だろ?

506:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 19:53:05
>>502
祈ったのは孔明だが吹かせたのはその演義の世界の神様。
吉川三国志ではその時期そこに必ず出る自然現象として偏西風が吹いたことになってる

507:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 20:11:14

東京テロ実行部隊


スレリンク(mona板:225番)



508:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 20:23:03
てか孔明の祈祷って
どれくらい効果があるんだろ
延命の時は魏延に邪魔されたけど・・・

509:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 20:40:32
あれはむしろ寿命を縮めたと思う。

510:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 21:03:48
URLリンク(miri.sakura.ne.jp)
孫呉国に仕官よろ〜

511:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 21:19:27
>>510
どなか知りませんがありがとうござぃます。
孫呉をよろしくお願いします。

512:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 21:25:54
ちなみに無料アドレスしかない方は、面倒ですが携帯で認証できます。
携帯に送られてきた認証ページURLをパソコンで開き認証キーを入れればOKです

513:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 23:36:02
神に頼る前に滋養つけて休養でもとったほうが寿命縮めずに済むのにな
食事も取らずぶっ通しで祈祷してればそりゃ体壊す

514:無名武将@お腹せっぷく
07/03/06 23:48:25
演義を楽しむことを批判しないが、考察やってる途中に演義を持ち込むのはやめないか?

515:無名武将@お腹せっぷく
07/03/07 03:42:32
おそらくわざとやってんだろ
東南の風はともかく祈祷は話題となんら関係無いし悪意があるとしか思えんが

516:無名武将@お腹せっぷく
07/03/07 11:42:37
風伯

517:無名武将@お腹せっぷく
07/03/07 17:05:16
>515
演技で言うなら劉備の黄巾賊討伐時のエピソードが前ふりになってるだろ。
祈祷は兵士達に納得させるための見せかけ。
孔明はその時期に東南の風が吹くことを知っていたと見るべき。

518:無名武将@お腹せっぷく
07/03/07 17:53:15
>>517
俺が>>515で言ってる祈祷は孔明が寿命を延ばすために七日間祈っていた話のこと
あと東南の風を吹かせたとみせかける為に行なった祈祷はフィクションだろ
論議と全く無関係じゃん
つーかごっちゃにして考えるなよ!!

519:無名武将@お腹せっぷく
07/03/07 21:28:41
>>500
既に書いたが、周瑜伝の記述は
>この当時、魯粛は当陽で劉備と会い、夏口まできて諸葛亮が派遣された
だ区切る文章ではなく、赤壁まで進軍した所までを一区切りの文章となる。
なのでここの部分は時系列を抜き出したものではないでしょう、これは直後の「時曹公軍眾已有疾病」
という文章が時系列に沿った記述である事からよけいにその可能性が高い。
また諸葛亮伝によれば「諸葛亮の会談後にすぐさま周瑜らを派兵した」とあり、
呉主伝でも諸葛亮と会談→派兵の流れの記述である事を見れば周瑜の会議での発言は諸葛亮以前の事でしょう、
「江表伝」は呉賛美の傾向がある上に、諸葛亮との会談で既に派兵を決定した孫権が、
再び会議を開いて既に諸葛亮が述べた意見を周瑜から聞いて安心するという展開というもので不自然な点が多い。
まあ前のレスに結構書いてあるから読んでくれるとありがたい。

520:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 04:45:57
>>519
一つ聞いていいか?
519は原文をどこで確認してる?
漢籍電子文獻?それとも別の書物?
自分の持っている、中華書局版の原文だと該当箇所は
「遣諸葛亮詣權」で句点が打たれていて一旦切られているんだが、
漢籍電子文獻を今確認したら
そこで切らずに「遇於赤壁」までを一文扱いしてるんだよな。
どうも519との文解釈の違いがもともとの原文の句読点の違いで
余計混乱してる気がしてきたんだが

521:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 07:57:14
原文に句読点はない
後から打ったものだ

522:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 08:27:37
>>521
いや、それはわかってるよ。
要は大本の文章を
中華書局版のように「遣諸葛亮詣權」で一旦区切る解釈もあれば
漢籍電子文獻のように「遇於赤壁」まで一文として続ける解釈もあるわけだけど
519は「遇於赤壁」まで一文という解釈に断定しているようだから
確認している原文の句読点がそうなっているから断定しているのかと思ってね。


523:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 12:00:19
URLリンク(www.geocities.co.jp)

とりあえずここを熟読しな
お前らが思ってるより孔明は軍事に明るい

524:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 12:42:38
>>523
多分ネタなのだろうが、マジレスすると、
その手の八陣図を根拠に孔明が軍事に明るいというのは
演義を根拠に話すのと同レベルだぞ。
序の部分読んだだけで、孔明に仮託したものだとバレバレ。

525:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 20:20:22
晋の馬隆が孔明の兵法学んで対鮮卑で戦功上げている

526:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 21:03:45
このスレの成果@

・孔明に祈祷の才能はない

527:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 21:22:33
このスレの成果A

・孫呉国に仕官することはいいことだ

528:無名武将@お腹せっぷく
07/03/08 22:47:25
諸葛亮に軍才はあるが実に偏り過ぎて虚の部分が足りないだけだろ?

529:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 00:59:31
しまった!公安の罠か!

【社会】“山口組の兵法” 捜査車両、捜査員の官舎や自家用車までデータベース化 警察に対する情報収集が活発化
スレリンク(newsplus板)

530:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 02:58:24
>>520
横レスすまないが、>>519の回答が無いようなので、該当の文について
結論からいえば、「時に〜」は「遣諸葛亮詣權」までと解釈するほうが妥当。

周瑜の説得により、孫権決断。これは伝の主役、周瑜の記事。
「時に〜」で、一旦視点を変え、その頃魯粛により、劉備との協力体制ができたことを説明。
視点を再び周瑜に戻し、上の事を踏まえ、周瑜が孫権の命で出陣するという記事。
再び「時に〜」で視点が変わり、曹操軍の状況

つまり、この伝の主役は周瑜であり、
周瑜の事跡を追いながら、「時に〜」を挟んで、場面転換し状況説明を行なっている。
この場面の、こうした文章の構成さえ理解できれば、そう難しい問題ではない。

531:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 03:10:13
>>530だが、連投スマヌ。
漢籍電子文獻のためにフォローしておくと、
漢文のテキストの句読点は、必ず日本語の句読点と重なるわけではない。
文章に大きな切れ目が来るまでは読点で済ます場合が多々あり、
日本語訳する場合には、適宜各自で句点で切ったほうが、文章的に理解しやすくなる場合も多い。
なので、該当文も、漢籍電子文獻の句読点のままでも
「その頃〜ということであったので、孫権はその結果〜である」
と、やや文章が不味いが、文意は特に変化が無い。
漢籍電子文獻の句読点が間違っているとは言い切れない。

原文を利用するなら、句読点の位置は随時自分で判断するべしという例。

532:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 11:07:20
司馬懿の評価をなんか勘違いしてるやつがいるけど、
伏兵を配置すべき場所に配置するのは定石だけど、詭計に変わりはないんだよ。
正攻法のみってのは定石ばかりって意味で、
虚実まじえた用兵が出来ないってことじゃあないんですよ。

533:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 11:57:04
兵法ってのは基本と理論の積み重ね。
兵法にないものは奇策といわれる。
孔明は基本にものすごく忠実だっただけだろ。
基本を「全て」守れるやつなんて居ないんだよ。
必ずどこか抜けていたりするものだが
孔明にはそれがなかった。
将棋でも指すように相手を追い詰めていける。
だから恐れられたんだろ。

534:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 12:39:23
それはあまりに物語的すぎると思う
まぁ、強い軍隊で戦争に勝つのを目指した人だな

535:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 14:17:56
>>533
兵法をマニュアルか何かと思ってないか?
奇策もまた兵法通り
ただ、意外な方法で兵法の定石を踏襲するだけ

536:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 14:20:11
なんかアク禁になってる間に話しが進んじゃってて出る幕ない感じだけど、
>>519-531を踏まえて考えると、500の解釈でも良さそうってことだよね?

あと江表伝を「呉賛美の傾向がある」なんて言うのだったら、そもそも蜀書や呉書自体も大いにその傾向が強いんだから
個々の伝だって十分疑えるよね?ぶっちゃけ諸葛亮伝のセリフは陳寿が呉書読んでパクッたのかもしれないし、
逆に呉書が諸葛亮の発言を頂いたのかもしれない。俺はあんまりこういった論法は好きじゃないし、そもそもそんなこと言ってたら議論にならないよ。

大体諸葛亮が先にしても後にしても、孫権の気持ちは既に魯粛会談の頃から、あるいはそれ以前の人質交換の時から抗戦だったはずだし、
既に諸葛亮が述べた意見を周瑜から聞いて安心するというのが会議のことなのか夜のことなのかわかんないけど、
どちらにしろ周瑜の主張はより正確だったし、しかも孫権はそれを聞いてからようやく安心したなんて書いて無くないのでは?
会議なら周瑜が賛成したことによって決断できた(できる流れになった)。夜なら周瑜が孫権と心を一つにしてるのを喜んだって展開だと思うのだが。

537:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 15:08:28
>535
兵法は理論なのだからマニュアル化は可能だろw
奇策というのは人の心の油断をつく代物。
そんなものをマニュアル化はできない。
才能のなせる業だ。
基本を全て守ったということは孔明に対して
「奇策を弄することが不可能」だったということだ。
もし魏延の言った戦法を孔明がとったなら
相手はいくらでも奇策をしかけてきたことだろう。
孔明は兵法の基本を守りながら常に奇策もおりこませてはいるよ。
その奇策に惑わされないようにとったのがシバイの引きこもり戦法だろ。
相手の兵糧が尽きるまで待つという。
出てこない相手にはそりゃ何も仕掛けられん。
だから孔明は基本を忠実に守っただけにしか見えなくなる。
孔明がへぼいのではなく、シバイの打った手が
最善だったというだけの話だ。
引きこまれれば正攻法しかとる方法がなかったんだろ、孔明にも。
けどシバイの戦法は蜀軍を撤退させるためだけのものであり、
蜀軍に勝つための代物ではなかったよな?
シバイにはまともにぶつかりあって
孔明に勝つ方法を思いつけなかったということだ。

538:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 15:23:17
婦人服とか策と言えば策だな
後代に婦人服で籠城側をおびき出して撃破した例も残ってるし

539:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 15:26:33
たぶん軍事を装備と理論で裏打ちするという意味では武霊王以来の名将だろう

540:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 15:57:41
>>537
途中まではごもっともだが、
司馬懿は領土を守りに行ってるんだから引っ込んでれば被害もなく守りきれるなら、まさしく最善手なんだから
「司馬懿にはまともにぶつかりあって諸葛亮に勝つ方法を思いつかなかった」は酷じゃないか?

541:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 19:06:02
>>528だけど>>532が言ってる司馬懿の評価を勘違いしてる奴って俺のこと?
ああいう書き方したけど諸葛亮に奇策は出来ないという意味ではないからね
諸葛亮は自軍を有利な状況に常に置き升目を一つ一つ埋めていく様な
戦術を得意としてると俺は思ってるんだよね
まあ奇策を余り好まない様な印象を俺は持っているだけで
諸葛亮に虚の部分が全くないとは当然思ってなどいないのをわかってほしい・・・

542:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 21:02:39
孔明>>>>>>>>>>シバイ>周楡>曹操

543:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 21:15:45
童貞歴な

544:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 21:22:53
正攻法、奇策云々と言うより、例えば、司馬懿と初めて対戦した時の事だが、蜀軍が上ケイ付近で郭准を破った際、司馬懿は強行軍で救援に来た時のこと。
この時の司馬懿軍は、強行軍のため装備は軽装、輜重は最低限と言った具合で、すぐに蜀漢軍と対戦できる状況ではなく、救援軍を出現させる事で、蜀漢軍の動きを止め、郭准軍の壊滅と上ケイ失陥を防ぐと言うもの。
司馬懿は諸葛亮の性格、あるいは用兵指向から、上ケイ付近へ自軍を展開する事で前記の目的を達成できると読んでいたが、蜀漢軍が攻勢に出るのを恐れてもいた。

諸葛亮の当面の戦略目標は魏軍主力の撃破のはず。まず、郭准の先鋒軍を破ったのは幸先の良い事で、次ぎは司馬懿軍、っと思ってたろう。
が、司馬懿軍の出現が、その強行軍のため当初の見込みよりかなり早かったのだろう。
本来であれば、戦略目標達成の機会であるから、司馬懿軍の存在を知った段階で会戦に向かうはずだが、司馬懿軍との遭遇が思っていたより早い、と言うだけで開戦を躊躇してしまう。
当初計画が破綻すると「堅実に」撤退するしか無い、と言うのは軍事的には不向きだあったとしか言いようがない。


545:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 21:43:10
>>541
>諸葛亮は自軍を有利な状況に常に置き升目を一つ一つ埋めていく様な
>戦術を得意としてると俺は思ってるんだよね

お前は俺か
しかし諸葛亮に言いたいのは
そういうように自軍を余りに有利に、敵軍を不利な状況に置いてしまうと
そもそも会戦が発生しなくなる(非常に発生しずらくなる)わけなんだが
そういう状態に持ち込んで会戦の発生を望むのは余りに都合が良過ぎねーかよ亮ちゃん?
ということなんだが。

546:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 21:59:31
「だって負けたら困るじゃんwwwwwww」

547:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 22:03:11
>>546
まぁ、そうなんだけどさ
結局そうなった時にどうやって敵を釣りだすかというところに係るわけで。
応変の将略が欲しいところですな

548:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 22:09:06
「だから前に『運籌策於帷幄之中、吾不如子初遠矣。若提枹鼓、會軍門、使百姓喜勇、當與人議之耳』って言ったじゃんwww」
「そんなに求められても出来ねえもんは出来ねえしwww」
「ならやらなきゃいいじゃんってのは無しね」

549:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 22:09:32
あの世に行ってから
「しまった、死んだふりがあったか」
と気付いたらしいよ

550:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 22:11:09
給料日まで10日 所持金2000円
でも明日はデートの日だ
訳を話してやりくりして無理をしないのが諸葛亮
万馬券を買うのが魏延
そもそもお金に困ってないのが司馬懿

551:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 22:16:52
そんなやりとりを横で見てる独り者が孫権

552:無名武将@お腹せっぷく
07/03/09 23:22:24
>>550
くだらい比喩がいっぱいあったけど(サッカーとか)、
これには納得してしまったw

お金がなくても楽しませられる才能が足らなかったってとこかな。

553:無名武将@お腹せっぷく
07/03/10 00:00:08
>>552
それだと、諸葛亮だけでなく、魏延も司馬懿も、
お金がなくても楽しませられる才能が足らない
ということになるのだが。
相変わらず、アンチは話を妙な方向に持っていこうとするんだな。



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