■みんなで綴ろうトヨタのモタスポ裏50年史■
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71:タナケン、復活!?
07/11/06 13:31:02 jLKiCH0F0
>>28
3K-Rが出現したことはごり押しとは関係ないです。
何故出られたかと言うと、任意選択公認部品(ボルトオンオプション)が1973年より
50台の生産を持って認可されたからです。これによりマツダはロータリー12Aに市販車に無い
ペリフェラルポートを日産はL14〜L18に16バルブへッドを装着しレースに出場しております。
まあ確かに市販されていないスペシャルパーツであり、プライベートには福音とはなりませんでしたが
それは日産の16バルブエクセレントも同様であります。こちらのヘッドは変更を加えて後の
FP用LZ14(当時230万円)で供給されました。
きっちりレースに出られる車両であるにも関わらず、ライバルサニーのエントラントが
一方的にスターレットが出るならレースをボイコットすると声明し物議をかもしました。
このことに対して生沢選手はAS誌のコラムで、今までサニーのケツを見せられながら
走らざるを得なかった舘選手が、トヨタの方向転換で闇に葬られようとしていたマシンを
苦労して引っ張り出して、レースに参加しようと言うのに、自分たちが勝てそうも無いと
なると規則違反でもないこの車をボイコットすると言う意識はレベルが低いと糾弾しておりました。
サニーのA10はボアXストロークもそうですが、3ベアリングなんで5ベアリングの3Kには
劣っていました。でA12が出てやっと5ベアリングとなりライバル3kと同じ土俵に。
排気量の件ですが、1972年に第3次オプションパーツが日産から設定されて
76.8φのピストンが設定されてレース仕様としては、1298ccを実現しております。
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