■みんなで綴ろうトヨタのモタスポ裏50年史■
at F1
63:音速の名無しさん
07/11/05 22:24:40 6ygD93Yb0
>>59
トヨタスタッフがエンジントラブルを恐れて練習走行時から、一周も全開走行を行わせなかったとか、
決勝で日産・マツダ・トムスもリタイヤしたため、「十数時間ピットに車を停めておき、
最後の10分間だけ走らせろ。そうすれば日本車唯一の完走車になる。」
との非常識なオーダーをトヨタが童夢に出したのが1986年の事。
このオーダーを受けて、童夢はドライバーに全開走行を指示(笑)、リタイヤしたという。
林みのる曰く「トヨタに言われるままにピットに停めておき、
最後だけ走るなんて事はルマン24時間レースへの冒涜であり許されることではない。」
この結果、翌年からトヨタはトヨタ・チーム・トムスとしてワークス参戦することになり、
この年限りで童夢の第1期ルマン参戦は終わることになる。
トヨタGT-ONE(通称TS020)がGT1規定に沿って出されたのは1998年。
規定に従い1台のロードバージョンは製作はされたが、実際に市販はされていない。
当時のGT1クラスはポルシェ911GT1やメルセデスCLK-LM等の化物マシンが闊歩していたが、
これらはあくまで市販車のボディデザインを継承しているのに対して、GT-Oneは明らかにCカーそのもの。
一足先にデビューした日産のR390も似た部分があるが、そのR390と比較しても
さらに、明らかにGT1レギュレーションのみに特化したモデルであった。
また、運転席の後部スペースをトランクスペースとして申請、レース用燃料タンクを配置し、
特異なスタイルを実現したことでも物議を醸した。
当然ながらCカーにしか見えないトヨタに他のエントラントから非難が殺到。GT1クラスが、
翌1999年度よりGTPクラスへと改定される契機となった。なお1999年はGTPクラスとして出場している。
霜降り牛肉っぽいカラーリングが98年、マルボロのパクリ風なのが99年のカラーリングである。
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