■みんなで綴ろうトヨタのモタスポ裏50年史■ at F1
[2ch|▼Menu]
29:音速の名無しさん
07/11/03 16:27:53 9HG9ULfq0
>>28の続き
(3)
翌1974年3K−Rキットがいつ市販されるかというトヨタユー
ザーの期待をよそにトヨタは1年間沈黙を守りMTレースは再びサ
ニー勢の独壇場となる。翌1975年に5台のスターレットはTO
M‘Sをはじめトヨタの覚えめでたいチューナーに払い下げられM
Tシリーズに復帰する。松本恵一のドライブでその年の第2戦以降
4連勝し松本はシリーズチャンピオンに輝く。翌76年も第一戦こ
そ名手都平健二の意地のドライビングで僅差(同タイム鼻の差)の
勝利をあげるが、その後4戦はスターレットが圧勝している。77
年も4戦全勝、78年も5戦全勝と世界に5台しかないスペシャル
マシンにMTシリーズは蹂躙される。ここ期に及んでも3K用DO
HCキットも3K−R搭載車も発売されず、トヨタユーザーの間にも、もしやという疑念が生じていた。
無敵を誇ったスターレットにも翳りが見え始める。79年、80年
4戦中1勝、そして、ついに81年には1勝もあげることができず
、かわって台頭してきたシビックにサニーのライバルの座を奪われ
、ついに82年末にはホモロゲーションの切れたB110サニーと
運命を共にする様に表舞台から姿を消すことになる。もっとも73
年デビュー以来新造されることなく、同じ車体とエンジンで8年の
長きに渡ってレースを戦っていれば、いかなモンスターと言えど、
くたびれ戦闘能力は低下する。加えてサニー勢もただ手を拱いてい
た訳ではなく、成熟を重ね、この頃には最高180馬力に迫るまで
に進化していたのだから、当然の帰結ではあったわけだ。
結局、3K用DOHCキットは発売されることはなく、3KーR搭
載車が市販されることもなかったことから、このスターレットはサ
ニー駆逐の為だけに5台だけ作られたスペシャルマシーンであり、
トヨタが金と政治力によるゴリ押しで3K−Rを主催者に公認させ
たことが改めて明らかになると共に、淡い夢を抱いた3Kユーザー
のプライベーターはトヨタに裏切られたことを思い知らされたので
ある。  第四話(終)


次ページ
続きを表示
1を表示
最新レス表示
スレッドの検索
類似スレ一覧
話題のニュース
おまかせリスト
▼オプションを表示
暇つぶし2ch

5008日前に更新/261 KB
担当:undef